5 意外な真相
真美の筆跡鑑定が行なわれた結果、真美の遺書と思われるものは、どうやら別人物が書いたということになった。
となると、どうなるのか?
つまり、真美は何者かに殺されたということになるのではないのか?
では、その犯人は誰かというと、それは真美の遺書と思われるものを書いた者というわけだ。
その思いを鳴海は萩原刑事に言うと、萩原刑事は、
「一体、どうなるのですかね?」
と、眼を白黒させては言った。
「だから、我々はまんまと一杯喰わされたというわけさ」
と、鳴海はいかにも歯痒そうに言った。
「一杯喰わされた、ですか……。それは、どういうことですかね?」
萩原刑事は興味有りげに言った。
「だから、実際には外山さんを殺した人物がいて、その犯行を隠す為に外山さんが岩本さんを殺した結果、自殺したと思わせる偽装工作を行なったというわけさ」
と言っては、鳴海は眼をキラリと光らせた。
「成程。となると、その人物はどういった人物になるのですかね?」
萩原刑事は鳴海に意見を求めた。
「そりゃ、あの遺書の内容からして、外山さんを殺した人物が、どういった人物なのか、凡そ察せられるよ。つまり、岩本さんが外山さんに乱暴する為に、外山さんの部屋に侵入するという可能性を知ってる人物だよ」
と言っては、鳴海は力強く肯いた。
「成程。でも、そのことを一体誰が知っていたのでしょうかね?」
萩原刑事は決まり悪そうな表情を浮かべては言った。そんな萩原刑事は、そのような人物に関して、まるで心当りないと言わんばかりであった。
「うーん。それに関しては、まだ分かってないな。岩本さんはそのことを安易に誰かに話すとは思えないからな」
と、鳴海は冴えない表情で言った。
そして、二人の間にしばらくの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、萩原刑事は、
「警部は、岩本さんが外山さんの部屋に外山さんを乱暴する為に、侵入した可能性があるということを、外山さん以外に話したりはしませんでしたかね?」
「そりゃ、岩本さんの奥さんには話したな」
と、鳴海は渋面顔を浮かべては言った。そんな鳴海の表情には、今まで岩本の妻が今回の事件に関わりを持っていたなんてことは、考えたことはなかった。だが、今、初めてその可能性が浮上してしまった。
そして、それはあまりにも意外であった為に、鳴海は思わず渋面顔を浮かべたのである。
そんな鳴海に萩原刑事は、
「奥さんですか……。で、それ以外に考えられることは、密かに警部と外山さんとの話を盗み聞きしていた者がいないかということですよ。そういった可能性はあるのではないですかね」
と、眼をキラリと光らせては言った。
「盗み聞きか……」
鳴海は呟くように言った。
「ええ。そうです。たとえば、警部と外山さんとの話を壁に耳を当てて聞いていたとか……。あるいは、盗聴器が仕掛けられていたということが考えられませんかね? 何しろ、外山さんは美人でしたからね。ですから、外山さんは盗聴の被害に遭っていたのかもしれませんよ。
もし、盗聴器が仕掛けられていれば、警部と外山さんの会話が、洗い浚い盗み聞きされていたかもしれませんよ」
と、萩原刑事はそう言っては、唇を歪めた。
「成程。じゃ、まず、外山さんの部屋に盗聴器が仕掛けられてなかったか、捜査してみることにするか」
すると、萩原刑事が、
「その捜査は無駄に終わるんじゃないですかね」
と、渋面顔で言った。
「何故、そう思うんだい?」
と、鳴海。
「そりゃ、もし盗聴器が仕掛けられていたとしても、犯人は既に撤去したかもしれないからです。それに、外山さんを殺した時に持って行ったかもしれないし」
と、萩原刑事は言っては、小さく肯いた。
「成程。しかし、まだ、外山さんの部屋に盗聴器が仕掛けられていたと決まったわけではないんだ。それ故、壁に耳ありという諺を忘れてはいけないな」
と、鳴海は言っては、小さく肯いた。
そんな鳴海に、萩原刑事は、
「となると、警部は犯人は、外山さんと同じアアパートに住んでいた者と推理されてるのですかね?」
と、鳴海の顔を真美っじまじと見やっては言った。
「そりゃ、その可能性もあるんじゃないかな」
と、鳴海は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべては言った。そして、
「江戸川乱歩の小説に屋根裏の散歩者というのがあるじゃないか。つまり犯人は屋根裏の散歩者のように、屋根裏伝いに、外山さんの部屋に行っては、外山さんの部屋に侵入し、外山さんの部屋を物色していたかもしれないぜ。何しろ、外山さんは美人だから、男にそのような気をそそらせる魅力を持ってるよ。それに、外山さんが住んでいた『田代ハイツ』は、古いアパートだから、そういったことが可能かもしれないよ」
ということになり、とにかく、改めて、真美の部屋の捜査が行なわれることになった。
だが、盗聴器が仕掛けられてなかったことは、早々と判明した。
だが、屋根裏の捜査は、早々と成果があった。四畳半の和室の天井裏の羽目板の釘が巧みに外され、そこから天井裏に出入り出来たからだ。
それで、天井裏を懐中電灯で照らしてみると、またしても早々と成果を得ることが出来た。何故なら、天井裏に積もった埃の上を、明らかに人間が歩いたと思われる足跡が刻まれていたからだ。
では、その足跡が外山さんの部屋から何処に続いているかというと、それは何と隣室、即ち105室の田中伸一の部屋から来ていたからだ。
田中伸一といえば、十月二日の午後八時頃、真美の部屋で大きな物音が聞こえたと証言した男だ。正に、鳴海たちに貴重な証言をした男だ。その田中の部屋から真美の部屋へと、足跡が続いていたのである。
その事実を受け、萩原刑事は、
「一体、どうなってるのでしょうかね?」
と、渋面顔を浮かべては言った。
そう萩原刑事に言われて、鳴海も渋面顔を浮かべては、言葉を詰まらせた。、正に、今の事実は、今までの捜査を覆す程の重大な意味が込められていたからだ。
そんな鳴海に、萩原刑事は、
「十月二日の午後八時頃に、外山さんの部屋で尋常ではない音が聞こえたというのは、事実だと思いますね。何故なら、103室の居住者もそう証言してますからね。
で、僕たちは今まで、その音は岩本さんと外山さんが争った時の物音だと思っていたのですが、実際は外山さんと田中さんが争う時の音であったのではないですかね」
と、眼をキラリと光らせては言った。
「外山さんと田中さんが争う時の音?」
鳴海は眉を顰めては言った。
「そうです。田中さんは今まで密かに壁に耳を当てたり、天井裏から外山さんの部屋に侵入しては、外山さんのプライベートの生活を密かに盗み見していたのですが、遂に欲望を抑え切れずに、外山さんの部屋に外山さんが部屋にいる時に屋根裏から侵入したのですよ。
その結果、二人に争いが発生したのですよ」
そう萩原刑事が言うと、鳴海は、
「僕はその推理には、反対だな」
と、鳴海は眉を顰めては言った。
「どうして、反対なんですかね?」
萩原刑事は些か不満そうに言った。萩原刑事はこの推理にかなり自信を持っていたのである。
「もし、田中さんが外山さんに乱暴しようとしたのなら、外山さんはそのことを我々に話したのではないかな。しかし、実際はそうではなかったんだ」
と、鳴海は言っては、小さく肯いた。
「そりゃ、恥ずかしいことは、いくら警察でも話しにくかったのではないですかね」
と、萩原刑事はその可能性が高いと言わんばかりに言った。
「そうかな。僕はそうは思わないな。
それに、もし、十月二日の午後八時頃に外山さんの部屋から聞こえた音が、外山さんと田中さんの争う声なら、田中さんはそのような音が聞こえたと我々に話すだろうか? もし、僕が田中さんだっら、そのような証言は行なわないな」
鳴海にそう言われると、萩原刑事は、
「そうでしょうか……」
と、声を小さくしては言った。
「僕はそう思うよ。で、実際にも、十月二日の午後八時頃、外山さんの部屋で尋常ではない音が聞こえたんだよ。そして、その音は、やはり、外山さんと岩本さんが争う音だったんだよ。
で、田中さんはその音を耳にし、隣室に向かったんだよ。
すると、外山さんと岩本さんが争っていた。そこに、田中さんが入って来たので、岩本さんは逃げようとした。
だが、田中さんはそれを許さずに、岩本さんを殺してしまったんだ。あるいは、既に外山さんが岩本さんを殺してしまったか、あるいは、外山さんと田中さんが岩本さんを殺してしまったかだ。
つまり、この三つのケースの内のどれかだよ」
と、鳴海は言っては、大きく肯いた。そんな鳴海は、正にその通りだと言わんばかりであった。
「外山さんと田中さんがぐるであった可能性もあるというわけですか」
「そりゃ、有り得るだろう。で、田中さんはそのことをねたに、外山さんに関係を迫ったのかもしれないな」
と、鳴海は眼をキラリと光らせては言った。
「では、そのことと、外山さんの死が、どう関係してるのですかね?」
と、萩原刑事。
「外山さんは岩本さんの死に関係してるという弱みがある為に、田中さんの要求を拒否することが出来ない。それで、田中さんの要求に渋々応じていたのではないかな。
だが、外山さんは良心の呵責に堪えられず、自首しようと田中さんに言ったのではないかな。
だが、田中さんはそれを拒み、外山さんを殺したというわけさ。外山さんの頭を殴ったりして、外山さんを気絶させ、ガス栓をひねったんじゃないかな」
と、鳴海は力強い口調で言った。
そして、この時点で、田中が真美の死に関して、重大な事実を知ってるという可能性が高まった。
それで、田中の部屋の家宅捜索の令状が出るや否や、田中の部屋の家宅捜索が行なわれることになった。
更に、田中を署に出頭させ、訊問が行なわれることになった。
だが、田中は鳴海たちの推理を真っ向から話にならないと否定した。
だが、田中の部屋に対する家宅捜索の方は、大いに成果があった。田中の部屋にあった携帯電話の通話履歴から、真美の携帯電話から掛かって来たという証拠が遺されていたのだ。また、真美が死ぬ少し前にも、真美から電話が掛かって来たという事実も判明したのだ。
また、田中の部屋に保管されていたDVDから、真美の部屋が撮られていたという事実も発覚した。
そして、その映像から推して、どうやら田中は真美の部屋の盗撮を行なっていたようだ。また、真美と田中がセックスをしてる場面を映したDVDも見付かったのである。
また、田中の部屋からは盗聴器も見付かった。もっとも、その盗聴器は真美の部屋を盗聴していたという証拠は入手出来なかったものの、真美の部屋を盗聴していたことは、充分に察せられた。
これらの事実を突き付けられると、田中はもう逃れられないと観念したのか、遂に真相を話し始めた。そして、その内容は、凡そ鳴海たちの推理通りであった。
即ち、真美が岩本を殺してしまった事実を盗聴器からの音声で知った田中は、それをねたに真美をゆすり、真美との関係を持つに至ったのである。
真美を殺したことに関して、田中は、
「あの女は、俺だけのものさ。警察の手に渡り、何年か刑務所暮らしを送る位なら、俺の手で殺してやった方が、綺麗なままで、あの世に往けるというものさ。だから、自殺に見せかけて、殺してやったというわけさ」
と言っては、不敵な笑みを浮かべた。
そんな田中に精神鑑定が行なわれるのは、当然のことであろう。
また、岩本の遺体は、田中の供述通りの場所で見付かった。岩本の遺体は天人峡温泉近くの雑木林の中に埋められていたのだ。
田中は、真美が岩本を殺したという事実を隠す為に、岩本の車を旭岳ロープウェイ乗場の駐車場にまで運転して行っては、岩本が旭岳周辺の山で遭難したと思わせようとしたのである。
また、真美の遺書を真美の筆跡を真似て書いたのは、田中であったことはいうまでもないが、それが失敗だったと田中は悔んだ。何しろ、真美の部屋にはパソコンがなかった為に、手書きで真美の筆跡を真似るしかなかったというわけだ。
これによって、岩本の事件は、真美の死を誘発するかのような結果となり、そして、岩本の遺体が発見されたことにより、事件は解決した。
鳴海はこの経緯を岩本の妻であった沙織に話した。
すると、沙織は少しの間、何も言おうとはしなかったが、やがて、
「主人は天罰が当ったのですよ」
と言っては、眼を伏せた。
その沙織の言葉に鳴海は何も言おうとはしなかった。だが、心の中では、〈僕もそう思う〉と、密かに肯いたのである。
〈終わり〉
この作品はフィクションであり、実在する人物、団体とはまったく関係ありません。また、風景や建造物等が実際の状況とは多少異なってることをご了解ください。