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土肥の瀬名が働いてるホテルにまでわざわざやって来た高橋の顔を見て、瀬名は眉を顰めた。そんな瀬名に高橋は、
「瀬名さんに少し訊きたいことがあるのですがね」
と、瀬名の顔をまじまじと見やっては言った。
「僕に訊きたいこと? それ、どんなことですかね?」
瀬名は特に表情を変えずに、淡々とした表情と口調で言った。
「以前、瀬名さんは学生時代に森さんに恩がある為に、森さんが瀬名さんに小遣いを無心に来ても、気前よく森さんに金を渡していたというような話を聞きましたが、そんな森さんのことを瀬名さんはどう思っていたのですかね? その辺のことを訊きたいのですがね」
そう高橋が言うと、瀬名は、
「そりゃ、いいようには思ってませんでしたよ」
と、眉を顰めた。
すると、高橋は小さく肯き、そして、
「そうですよね。それ故、瀬名さんは森さんの存在が迷惑ではなかったんじゃないですかね?」
「そりゃ、迷惑とまではいきませんが、でも、先程も言ったように、いいようには思っていなかったというわけですよ」
と、瀬名は言っては小さく肯いた。
そんな瀬名に、高橋は、
「では、瀬名さんは六月十七日の午後四時から五時頃にかけて、何処で何をしてましたかね?」
と、森の死亡推定時刻でのアリバイを確認してみた。
すると、瀬名は、
「ちょっと待ってくださいね」
と言っては、その頃に思いを馳せるような表情を浮かべていたが、やがて、
「その日は僕の休暇日だったので、車でドライブしていましたよ」
「ドライブですか。どちらの方に?」
「ですから、伊豆半島を走ってましたよ。僕は伊豆に住んでるのですが、何度も伊豆半島にドライブに出向きますからね。それだけ、伊豆が好きだというわけですよ」
と、瀬名は薄らと笑みを浮かべては言った。そんな瀬名は、伊豆の話をするのが好きだと言わんばかりであった。
「一人でドライブしてたのですかね?」
「そうですよ。僕は一人でドライブするのが好きですからね」
と、瀬名は些か笑みを浮かべては言った。
「では、そのドライブコースを説明してもらえないですかね」
高橋がそう言うと、瀬名の表情から笑みは消えた。そして、
「どうしてそのようなことを訊かれなければならないのですかね?」
と、些か不満そうに言った。
「ですから、その時は森さんの死亡推定時刻でしてね」
と、高橋は気難しそうに言った。
「ということは、僕が疑われてるのですかね?」
瀬名はいかにも不満そうに言った。
すると、高橋は穏やかな表情で、
「ですから、森さんに関係のあった人物は、一応捜査してみようということになったのですよ」
と、瀬名に言い聞かせるかのように言った。
すると、瀬名は、
「それは無駄な捜査というものですよ。刑事さんが僕のことを疑うなんて、もってのほかですよ。正に税金の無駄使いというものですよ。だから、刑事さんは僕が言ったこと、即ち、森君が見付けた金蔓を調べ出すべきですよ。森君が見付け出した金蔓に絡んで森君は殺されたに違いありません!」
と、瀬名はいかにも自信有りげに言った。そして、
「その金蔓はもう分かったのですかね?」
と、瀬名はいかにも不満そうに言った。そんな瀬名は、正に瀬名に疑いを向けた高橋のことに、強い怒りを感じてるかのようであった。
すると、高橋は、
「分かったと思います」
と言っては小さく肯いた。
すると、瀬名は、
「だったら、その人物を徹底的に捜査すべきですよ。アリバイなんかは、既に捜査したのですかね?」
と、瀬名は眼をギラギラと輝かせては言った。
すると、高橋は、
「アリバイは曖昧でした。でも、その金蔓と思われる人物は、頑なに森さん殺しを否定しましてね」
と、渋面顔で言った。
すると、瀬名は些か表情を綻ばせ、
「そりゃ、自らが不利になる証言を犯人は行ないはしませんよ。それに、高橋さんも、その容疑者の証言をあっさり信じるなんて、情けないですよ」
そう言うや否や、瀬名は表情を険しくさせた。そんな瀬名は、何をもたもたしてるんだと、まるで高橋の捜査の稚拙さを非難してるかのようであった。
その瀬名の話を聞いてると、高橋は些か自信無げな表情を浮かべてしまった。
瀬名に疑いを向けたものの、その推理は何となく的外れの推理であったような気がして来たのだ。
とはいうものの、一応、瀬名の写真と指紋をとることは成功し、そして、この時点で瀬名の許から去ることとなった。
そんな高橋は、正に気難しそうな表情を浮かべてしまった。何しろ、瀬名への捜査は失敗であったという気がしたからだ。
元はといえば、前川刑事が長崎以外の線を持ち出したので、瀬名のことを捜査してみたのだが、元々高橋は瀬名が犯人というケースは想定してなかったので、高橋は瀬名への捜査など行なわなければよかったと反省した位であった。
ところが、前川刑事が思わぬ情報を入手することに成功したのだ。そして、その情報は正に今後の捜査を決定付けると思われる位の大きなものであったのだ。
その情報を前川刑事に提供したのは、瀬名が働いてるホテルで客室係をやっている主婦の沢口幸代(60)であった。幸代は六月十日に瀬名が金を無心に来た森と言い争ってるような場面を眼にしなかったかと、聞き込みを行なった前川刑事に、重大な証言をしたのだ。何故なら、幸代は、前川刑事に、
「言い争ってる場面は眼にしませんでしたが、瀬名さんはマーチに乗った男性と石廊崎方面に向かったのを眼にしましたよ」
「では、そのマーチは何色でしたかね?」
「赤です」
「では、マーチを運転していた男性は何歳位でしたかね?」
「瀬名さんと同じ位でしたよ」
この幸代の証言は正に有力なものとなった。何故なら、瀬名の証言を覆すものであったからだ。というのも、瀬名は六月十日に森と思われる者と車に乗って何処かに行ったというような証言は行なってはいなかったからだ。
更に、新たに捜査を前進させるに間違いない証拠も見付かった。
それは、指紋だ。瀬名の指紋が森のメモ書き、即ち、長崎のナンバーが記してあった、森の部屋の引き出しの中から見付かった件のメモ書きから見付かったのである!
この事実は、正に捜査を前進させるに違いに有力な証拠となることであろう。
そして、これらの事実を受け、瀬名は伊東署の取調室で高橋たちから訊問を受けることになった。
そして、瀬名は幸代の証言や、森の部屋にあったメモ書きに付いていた瀬名の指紋のことに言及されると、いかにも強張った表情を浮かべた。そんな瀬名に、何度もこの事実を元に、高橋達は瀬名に強く詰め寄った。
すると、この時点でやっと瀬名は自らの犯行を認めたのであった。
それによると、瀬名は六月十日、即ち、森が土肥の瀬名の許に金を無心に来たその日、確かに森に二十万渡した。そして、その後、森が借りたレンタカーに乗って、二人で伊豆半島にドライブに乗り出したのだ。
そして、白浜まで行っては、その帰りに波勝崎に寄ろうということになった。そして、その時に偶然に長崎が犯した不祥事の目撃者となってしまったのだ。
そして、森のゆすり癖を知っていた瀬名は、森にデミオに乗った男性をゆすって金をせしめてはどうかと言った。何しろ、瀬名は今まで森に三百万も与えて、そして、今後も与えなければならないという危惧があった。それ故、瀬名は瀬名に替わる森の金蔓を見付けたかったというわけだ。
そして、森は瀬名のアドバイスを受けて、そのデミオに乗った車の持ち主を突き止め、そして、その人物をゆすろうとしたのだが、車のナンバーから持ち主をいかにして突き止めるか分からなかったので、探偵屋に調べてもらおうということになったのだが、その費用を瀬名が負担するようにと森は瀬名に迫った。そんな森を見て、瀬名は森から逃れられないと理解し、森の隙を見て事に及んだのだ。これが、森の事件の概要なのだ。
とはいうものの、何故瀬名は森に金を与え続けなければならなかったのだろうか? それは正に不可解だ。ただ単に学生時代の恩で、そこまでやらなければならなかったのだろうか?
そして、その疑問を高橋にぶつけられたのに対して、瀬名は、
「実は僕は幼少時に学友を殺したことがあるのですよ。表面的には事故だったのだけれど、そうではなかった。そして、その秘密を森君は知っていたのですよ。ですから、僕には森君には弱みがあったのですよ」
(終わり)
この作品はフィクションであり、実在する人物、団体とは一切関係ありません。また、風景の描写、建造物の構造などが、実際の状況と多少異なってることをご了解ください。