6 事件解決
今までの捜査からすると、今回の事件には、八丈スカイホテルの町田幹夫が関係してる可能性は極めて高い。町田から話を聴いた後、高田に高田の証言を町田が否定したと言ったところ、高田は、
「俺の視力は両眼とも1・5なんだ。間違うことがないさ」
と、力強い口調で言った。
それを受けて、町田の証言が出鱈目であった可能性が高くなった。
では、何故町田が出鱈目の証言をしたのか? それは、町田が小笠原の死に関係してるからだろう。
では、どのように関係してるのか?
それを明らかにする必要があるだろう。
まず考えられるのは、小笠原と町田との間で、個人的にトラブルがあったというケースだ。
その点を踏まえて、小笠原の息子の正明に電話をして確認してみたところ、
「そのような話は耳にしたことはない」
という返答を受けた。しかし、正明が知らないだけで、実際は何かが存在してるのかもしれない。
それで、引き続き、小笠原の友人だった者に聞き込みを行なってみたのだが、特に成果を得ることは出来なかった。
そこで、次に、八丈スカイホテルの従業員に再び話を聴いてみることにした。何しろ、彼らは偽証した可能性がある。それ故、少し脅してやれば、すぐに本音を吐く可能性は十分にある。
それで、その日の夜、八丈スカイホテルで、フロント係をやっている安井千代宅を訪れた。それは、その日の午後七時頃のことであった。因みに、千代のその日のホテルでの勤務は午後六時までであった。
千代は、野々村の顔を眼にすると、眉を顰めた。そんな千代は、まるで嫌な奴がやって来たと言わんばかりであった。
そんな千代に、野々村は、
「もう一度、安井さんに話を聴きたいのですがね」
野々村がそう言っても、千代は言葉を発そうとはしなかった。そんな千代は、まるで固唾を呑んで次の野々村の言葉を待ってるかのようであった。
そんな千代に、野々村は、
「安井さんは、以前二十日の午前八時から九時頃にかけて、支配人の町田さんと一緒にホテル内で仕事をしていたと言いましたが、それは、間違いないですかね?」
と、千代の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、千代は、
「ええ」
と言っては、小さく肯いた。しかし、そんな千代は、些か自信無げであった
「その時に、町田さんはデスクワークをやっていたということですが、では、具体的にどういった仕事をしていたのでしょうかね?」
「そう言われても、私では分からないですよ」
と、千代は突っけんどんに言った。
「そうですかね。僕はそう思わないのですがね」
と言っては、野々村は唇を歪めた。
そんな野々村の言葉に、千代は興味を持ったようなのだが、千代の口からは、言葉は発せられなかった。
そんな千代に野々村は、
「嘘をつけば、後で後悔することになりますよ」
と言っては、冷ややかな眼差しを千代に投げた。
すると、千代の表情は、強張った。そして、言葉を詰まらせた。
そんな千代に、野々村は、
「本当のことを言ってもらわないと、後で逮捕されるかもしれませんよ」
と言って、にやっとした。その野々村の笑みは、正に嫌味のある笑みだった。
すると、千代は、
「逮捕されるって、それ、本当ですかね?」
と、いかにもおどおどとした表情と口調で言った。
「本当さ。刑務所に入りたいのかね」
と言っては、野々村は再び嫌味のある笑みを浮かべた。
すると、千代は、二十秒程言葉を詰まらせては、何やら考えを巡らしてるようであったが、やがて、意を決したような表情を浮かべては、
「確かに、刑事さんの言われる通りです」
と、まるで開き直ったような表情を浮かべた。
すると、野々村は表情を和らげ、
「詳しく話してもらえるかな」
「ですから、町田さんに嘘をついてくれと頼まれたのですよ」
そう言った千代の表情には、後ろめたさはなかった。何もかもを話して、楽になりたいと言わんばかりであった。
「つまり、五月二十日の午前八時から九時頃、町田さんが八丈スカイホテルの事務室内で事務の仕事をやっていたと警察に証言するように言われたというわけかい?」
「そうです」
「ということは、その時間帯は、町田さんは、八丈スカイホテル内のいなかったというわけですかね?」
「そこまでは知らないです。しかし、事務室内でデスクワークをしてなかったことは間違いありません」
と言っては、千代は肯いた。
「では、町田さんは、いつもなら、その時間帯に、事務室内でデスクワークをやってるのかい?」
「いいえ。その時間帯は、いつも町田さんは、事務室内にはいませんわ」
この千代の証言から、町田に対する疑いは、一層高まった。しかし、千代の証言を否定されれば、それ以上追及出来ない。それで、更に、八丈スカイホテルの関係者に聞き込みを行なってみた。
すると、興味深い証言も入手することが出来た。その証言をしたのは、客室係りの松居花子だった。花子は、
「その日の午前八時前ですが、妙な光景を眼にしましてね」
と、いかにも決まり悪そうに言った。
「妙な光景ですか。それ、どういったものですかね?」
野々村は、いかにも興味有りげに言った。
「人が争う場面ですよ。二階の非常階段付近でしょうかね」
と、花子は、野々村からちらちらと眼を逸らせながら、いかにも言いにくそうに言った。
「人が争う場面ですか」
「そうです。年配の男性と中年の男性です」
「その内の一人が、小笠原さんではなかったですかね?」
そう言っては、野々村は眼をキラリと光らせた。
すると、花子は眼を大きく見開き、
「正にその通りです!」
と、さすが刑事さんは物分かりがよいと言わんばかりに、声を弾ませては言った。
すると、野々村は些か満足したように小さく肯いた。正に重要な情報を入手したと実感したからだ。
「で、その小笠原さんと争っていた人物が誰なのかは、分かりますかね?」
野々村は無謀な問いだとは思ったが、とにかくそう訊いた。
すると、意外にも花子は、
「分かりますよ」
そう言った花子は、些か自信有りげに肯いた。
その答えは野々村にとって意外なものだったが、そう答えてくれた方がよいに決まっている。
それで、
「それは、誰ですかね?」
と、眼を大きく見開き、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。
「それは、畑中登さんですよ。畑中さんは、うちの近所に住んでいる人だから、知ってるのですよ」
これによって、畑中登が八丈島署に出頭を要請され、野々村たちから訊問を受けることになった。
畑中は最初の内は、小笠原の事件への関与を激しく否定していたが、小笠原が殺害された直前の畑中の携帯電話の発信記録に、小笠原の携帯電話の番号が保存されてることが明らかになると、畑中はもう逃れられないと観念したのか、真相を話し始めた。
「運が悪かったのですよ」
と、畑中は野々村から眼を逸らせては、いかにも言いにくそうに言った。
「詳しく話してもらえますかね」
野々村は畑中の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、畑中は渋面顔を浮かべながらも、淡々とした口調で話し始めた。
「刑事さんも知ってるように、僕は小笠原がクラブのホステスをやっていた母と関係したことから生まれた私生児でした。母は、小笠原に何度も認知を認めるように迫ったのですが、小笠原は認知してくれませんでした。
そんな母の文句を僕はまるで子守唄のように聞かされて育ちました。
しかし、母は裁判を起こすことはありませんでした。というのも、認知はしてくれなかったのですが、ある程度のお金を定期的にくれたので、僕たちは、そのお金を当てにして生活することが出来たからです。
で、今回何故小笠原が八丈島に来たかというと、どうやら小笠原はこの先が長くないと察知し、小笠原の死亡してからのことを僕と話し合う為に来たのです。
で、結論から言うと、小笠原は僕に相続を放棄しろと迫ったのですよ。
それに頭に来た僕は、月曜の朝、八丈スカイホテルで小笠原を呼び出し、非常階段付近で小笠原と激しい口論になりました。僕は法律に基づいて小笠原の遺産を相続しようと思っていたのに、お前は俺の正式な子供でないから、放棄するのは当然だと頑なに言う小笠原の思いを改めさせようとしたのです。
しかし、小笠原は決して小笠原の意思を変えようとはしませんでした。
これに頭に来た僕は、小笠原の胸倉を?み、突いたのです。
すると、小笠原はその弾みでよろけ、非常階段の手摺に頭をぶちつけ、その時『ごつん!』と、鈍い音がしました。その音と共に、小笠原の意識は無くなってしまったのですよ」
と、畑中はいかにも決まり悪そうに言った。そして、更に話を続けた。
「その事態を見て、僕は気が動転し、慌ててその場を逃げ出したのです」
と、眼を伏せては、いかにも決まり悪そうに言った。
しかし、眼を大きく見開き、野々村を見やっては、
「でも、僕は小笠原を人捨穴に遺棄したりはしませんよ」
と、付け加えた。
その点に関しては、八丈スカイホテルの町田が詳しいだろう。
小笠原が死亡した経緯を畑中が説明したということを野々村から聞かされると、町田はもう誤魔化せないと思ったのか、この時点で真相を話し始めた。
「『東側にある非常階段で老人が倒れている!』と客室係が血相を変えて僕の許にやって来ました。
それを受けて、僕は直ちにその場に駆け付けてみたところ、その老人は既に息絶えていました。
『これはえらいことになった!』と思い、直ちに110番通報しようと思ったのですが、そんな僕の思いは早々と変わりました。というのは、つまり、僕のホテルで妙な事件が発生したということが、新聞等で報道されれば、僕のホテルの客足が鈍ると思ったのですよ。
ただでさえも、今の不況下、毎年、売上は減少しています。そんな時に、こんな事件が公になれば、大打撃を受けると思ったのですよ。
それで、その老人の死体を人捨穴に遺棄し、また、車は八重根港に放置したのですよ」
と、町田はいかにも決まり悪そうに言ったのだった。
その後、畑中は小笠原殺しを自供した。というのも、小笠原の死は後頭部を強打されたことによる脳挫傷で、非常階段の手摺に頭をぶちつけたことによるものではないという司法解剖の結果を基に畑中を厳しく追及したところ、畑中はバックに忍ばせて来た鉄製の置物で小笠原の後頭部を強打して殺したことを認めた。畑中はどうしても小笠原を許すことが出来なかったと、力強い口調で自供したのである!
〈終わり〉
この作品はフィクションで、実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、風景の描写や建造物の構造等が実際とは多少異なってることをご了解してください。