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さて、困った。
牛田が前川殺しの犯人であったことは明らかとなってるのだが、そうだからといって、牛田の死を明らかにしないわけにはいかない。牛田は前川を殺したことに対する良心の呵責により、自殺するような男ではないのだから。
そこで、十一月十日頃、八丈島に行った人物のことを改めて捜査してみることにした。牛田が八丈島で殺されたのなら、その人物も八丈島に行ったのに違いないのだから。
それ故、以前のように、航空機や船の搭乗者名簿を元に、それらの人物が実在してるかどうか、こまめに捜査してみたのだが、十一月十日に羽田発八丈島行きの第三便の搭乗者中に偽名で搭乗した女性がいることが明らかになった。
その女性は、中山淑子という女性(45)だったのだが、その搭乗者名簿に記されていた連絡先には、そのような女性はいないことが明らかになったのだ。
そこで、その切符を販売した販売店で、その女性のことを問合せてみたところ、その女性は薄いサングラスを掛けた、四十から五十位の女性であったが、顔まではよく覚えていないという返答を受けた。
そこで、その女性が切符を購入した時の申込書がないか確認してみたところ、残っているということなので、早速それを回収し、その筆跡とか、また、その申込書に付いていた指紋を採取し、事件の関係者のものはないかという捜査を行なってみた。
すると、驚くべき事実が明らかになった。
というのは、その申込書に付いていた指紋は、何と前川の妻で、牛田の実姉であった前川聡子のものであったのだ!
この衝撃的な事実を受け、角田は直ちに聡子宅に行っては、聡子から話を聴くことになった。
聡子はといえば、その事実を角田から告げられると、いかにも険しい表情を浮かべては、角田から眼を逸らせ、言葉を発そうとはしなかった。
だが、もう嘘をつくのが嫌になったのか、徐々に真相を話し始めたのである。
「弟が許せなくなったのですよ」
聡子は角田から眼を逸らせては、いかにも決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「それは、どういう意味ですかね?」
聡子が言わんとすることの意味を角田は凡そ察知出来ないわけでもなかったが、とにかくそう言った。
「ですから、牛田治朗が夫を殺し、そして、私が受取ることになってた保険金をせしめようとしたことですよ」
と、聡子は今度は角田を見やっては言った。
そんな聡子に、角田は、
「そのお気持ち、分からないわけではありません」
と、まるで聡子に同情するかのように言った。
すると、聡子は些か満足したように小さく肯いた。
だが、すぐ険しい表情を浮かべては、
「私は刑事さんから言われる前に、弟が主人を殺したということに薄々気付いていました。というのも、弟は主人が八丈島に行っては、どういったルートを巡るのかとか、宿泊先のことを根掘り葉掘り私に訊きましたからね。その時の真剣な表情を眼にして、私は何となくそんな弟に不審感を抱いていたのですが、弟にそれを話してしまいました。そして、主人が八丈島に行ってる時に、私は弟に電話をしてみたのですが、午後九時になっても、午後十時になっても電話は繋がりません。それ故、私はその頃、弟は主人の後を追って八丈島に行ったのではないかと思ったのですよ」
と、聡子はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべては言った。そして、聡子の話は続いた。
「それに、弟は以前から主人が死ねば、私がいくら保険金を受取るのかといったことを詳しく訊いたのですよ。そんな弟を見て、私は嫌な予感がしていたのですが、やはり、私のその嫌な予感は当たったというわけですよ」
と、聡子はいかに決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「なるほど。つまり、奥さんはご主人を殺したのは牛田治朗さんだと確信したわけですね?」
「そうです」
と、聡子は角田から眼を逸らせては力無く肯いた。
「でも、何故牛田治朗さんは八丈島で死んだのですかね?」
角田はいかにも納得が出来ないように言った。
「ですから、私が牛田治朗を八丈島に呼び寄せたのですよ」
「奥さんが牛田治朗さんの八丈島に呼び寄せた? それ、どういう意味ですかね?」
角田は些か納得が出来ないように言った。
「つまり、牛田治朗が千畳敷で男を海に突き落とす場面を写真に撮り、また、望遠レンズを使ったから、顔まではっきり分かり、この写真を警察に渡されたくなければ、一千万払えという脅しの手紙を牛田治朗に送りつけたのですよ。
無論、写真に撮ったということは嘘で、牛田治朗がその手紙を見て、本当に八丈島に来るかどうかは私には分かりませんでした。
しかし、何故か私が呼び出した底土港に午後八時にやって来たのですよ。私はそんな牛田治朗の隙を見ては海に突き落とし、牛田治朗はそのまま命を果てたというわけですよ」
と、聡子は力無く言ったのであった。
〈終わり〉
この作品はフィクションで、実在する人物、団体とは一切関係ありません。