エピローグ
国松家の遺産相続に絡んで引き起こされた悲惨な事件が発生意してから、五年が経過した。
菊川秀明、金丸徳丸を殺したのが、国松徳三であったということは、国松邸内に残っていた秀明と徳丸の血痕や、凶器となったナイフが徳三の供述通りの場所から見付かったことから、それは証明された。
しかし、徳三は刑罰を受けることなく、この世から去った。何故なら、自らが犯行を自供した時に、上着に隠し持っていた青酸を一気に口の中に入れては、呆気なく魂切れてしまったからだ。
正に八十過ぎても尚かくしゃくとしていた徳三にしては、正に呆気ない最後であった。
徳三の供述とか、国松邸内で見付かった物証から、菊川秀明と金丸徳丸を殺したのは、国松徳三であることは証明されたものの、国松重秀を殺したのが金丸徳丸であったという証明は、困難な状態となっていた。何しろ、重秀の事件に関して徳丸から話を聴くことなく徳丸はこの世から去ってしまったからだ。
しかし、宗方たちはやはり、今までの捜査から、犯人は徳丸だと看做していた。
それ故、重秀の事件は被疑者死亡のまま書類送検されたのだった。
徳三は抜かりなく遺言を遺していて、その遺言はやはり、宗方たちの予想通りで、徳三の遺産の殆どが、花子に遺贈されることになっていた。
しかし、花子は徳三の死後、一ヶ月程国松邸に住んでいたらしいが、その後、国松邸は売りに出された。
しかし、国松邸内で殺人が行なわれたということが悪影響してか、国松邸はなかなか買い手がつかなく、結局、相場の十分の一の売値でやっと売れたとのことだ。
また、その後の花子の消息は、花子と親しくしていた者の多くが知らないらしい。噂では、四国の片田舎でひっそりと暮らしてるとのことだ。
宗方と高野刑事は抱えていた事件が一区切りついたということもあり、ふと以前捜査に携わった国松邸がどうなってるのか興味を持ち、また、パトカーで近くにまで来たということもあり、国松邸の前にまで来てみた。
すると、国松邸は更地になっていた。
嘗ては、宗方たちが溜息をついた大豪邸は跡形もなく、正に更地になっていて、そのようなものがあったのかと思わせる位であった。
そんな様を見て、宗方も高野刑事も、寂寥感を感じた位であったのだが、やがて、高野刑事が、
「やはり、人が殺された家には、誰も住む気にはなれなかったのかもしれませんね」
「いや。必ずしもそうではなかったんじゃないかな」
「それ、どういう意味ですかね?」
「花子さんがこの家から転居して一年程経った頃、この家の前を通ったことがあったんだよ。
すると、その時はまだ、国松邸は以前のままで、しかも、表札は前田になっていたから、その時は新たな居住者が住んでいたんだよ」
と、宗方は眉を顰めた。
「成程。でも、その前田さんは、どうなったのでしょうかね?」
高野刑事は怪訝そうな表情を浮かべては言った。
すると、宗方は渋面顔を浮かべては少しの間、言葉を発そうとはしなかったが、やがて、高野刑事は、
「ひょっとして、幽霊が出たんじゃないですかね」
と、神妙な表情で言った。
「幽霊?」
「そうです。幽霊ですよ。
秀明さんと徳丸さんは、この国松邸内で、徳三さんの刃によって息絶えました。しかし、それは二人にとって、予期せぬ死であり、また、実父によって殺されるなんて、夢にも思っていなかったでしょう。
正に、恵まれない人生を送って来た二人は、後少しで国松さんの大金を手にし、実りある生活が出来ると確信していただけに、その死はさぞ二人にとって悔しいものであったことでしょう。正に二人は『葬られた男』というにぴったりですよ。
それ故、その二人の怨念が、前田さんの前に幽霊として現われたのではないでしょうかね。
それで、前田さんは堪らずこの家から逃げ出し、再び売りに出されたが、結局、買い手がつかず、更地にされたのではないですかね」
と、高野刑事は神妙な表情で言った。
そのように高野刑事に言われ、宗方も神妙な表情を浮かべた。
宗方は、別に超自然的な現象を信じているわけではないが、刑事として人間の生死に関係した仕事に従事して来た結果、そのような超自然的現象を耳にしたことがあったのだ。
それで、宗方は思わず神妙な表情を浮かべたが、二人を乗せたパトカーは、まるで何かに憑かれたかのように、嘗ての国松邸の前から滑るように走り出した。
そして、二人はしばらくの間、無言だったのだが、やがて、宗方が、
「国松さんは、自らが撒いたねで、国松家を滅ぼしてしまったんだね」
と、呟くように言った。
「そうですね。自らが火遊びをしなければ、国松家にこのような不幸は訪れなかったでしょうからね」
「正に、その通りだ。それに、国松さんは、秀明さんと徳丸さんを認知してやればよかったんだ。そうすれば、殺人事件など、起こらなかっただろうからな」
と、宗方は渋面顔を浮かべては言った。
「そうですね。旧家の出で、大学教授というプライドが、仇となってしまったのでしょうね」
と、高野刑事も神妙な表情で言った。
「正にその通りだ。
本来なら、同じ家族であるべきなのに、一方だけに光が当り、もう一方が影に晒されている。
こういった矛盾は、いつかは破綻が来るということなのかもしれないな」
と、宗方はまるで悟り切ったかのように言った。
すると、高野刑事は、
「影ということで思い出したのですが、重秀さんは今の日本の古代の歴史は間違っていると言ってたそうですね」
「そう言えば、そのようなことを言っていたかな」
と、宗方はさして興味がなさそうに言った。
「僕はそのことに少し興味を持ったので、その手の本を少し読んでみたのですが、すると、僕も重秀さんのように思ってしまいましたよ」
と、高野刑事は眼を大きく見開いては、力強い口調で言った。
「おいおい。高野君まで妙な考えに染まらないでくれよな」
宗方は薄らと笑みを浮かべては言った。
すると、高野刑事は、
「いや。僕は今の定説となっている日本の古代の歴史は正しくないと思いますよ。国松家内の矛盾が破綻し国松家が崩壊したように、僕はいつかは日本の古代の歴史の矛盾が是正される日が来ると思いますよ。本来なら光に当らなければならない歴史が、いつまでも影に追いやられなければならない道理はおかしいですからね」
と、まるで真顔で言ったのであった。
( 終わり )
参考文献
〈大和民族はユダヤ人だった ヨセフ・アイデルバーク たま出版〉
〈古代日本ユダヤ人渡来伝説 坂東誠 PHP研究所〉
この作品はフィクションであり、実在する人物、団体とは一切関係ありません。また、建造物の構造や風景の描写が実況とは多少異なっていることをご了解ください。