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 野本武に対する聞き込みはこのような具合だったが、その一方、若手の野村忠義刑事(29)は今、捜査を一気に前進させるような情報を入手していた。
 その情報は、玉垣八朗が死ぬ三日前に、玉垣一朗が何と那覇市内のNレンタカーでシルバーのマーチを借りたという事実を突き止めたのである。
 何故、シルバーのマーチのレンタカーの借主のことを捜査したのかというと、安里邦夫以外の犯人の可能性を想定したというわけだ。というのも、安里邦夫が犯人とすれば、自らのマイカーを使って宮古島から伊良部島に行こうとするのかという疑問もあったからだ。また、クロのサングラスを掛けたなんていう行為は、自らが不審者であるということを公言してるみたいなものだ。そんな愚かな行為を邦夫が用いたのかということだ。となると、真犯人がいて、邦夫が犯人であるという偽装工作が行なわれた可能性があると、野村刑事は推理したのだ。
 その推理に基づき、宮古島のレンタカー業者を捜査してみたのだが、成果を得ることは出来なかった。 
 それで、沖縄本島に捜査範囲を拡げてみたところ、何と八朗が死ぬ三日前に玉垣一朗が那覇市内Nレンタカーで、シルバーのマーチを借り、その一週間後に返却したことが明らかになったのだ。
 更に、一朗に対する不審感を増大させたのは、一朗は何とシルバーのマーチを希望したのだ。シルバーのマーチは、正に安里邦夫のマイカーと同じなのだ。
 この結果を受けて、早速又吉は、玉垣一朗から話を聴かなければならなくなった。
 一朗の前に姿を見せた又吉に対して、一朗は、
「もう息子を殺した犯人に目星がつきましたかね?」 
 と、渋面顔で言った。
 すると、又吉も渋面顔を浮かべては、
「それが、まだなんですよ」
 すると、一朗は言葉を詰まらせた。そんな一朗は、又吉の来訪の目的を探ってるかのようであった。
 そんな一朗に、又吉は、
「実は、妙なことが分かりましてね」 
 と、決まり悪そうに言った。
「妙なこと? それ、どんなことですかね?」
 一朗はさして感心がなさそうに言った。
 それで、又吉は野村刑事が突き止めた事実を、いかにも落ち着いた口調で言った。
 一朗はといえば、又吉の話が進むに連れて、その表情は、徐々に蒼褪めて行った。しかし、それは、当然のことだといえるだろう。
 そんな一朗に、又吉は、
「これはどういうことなんでしょうかね?」
 と、いかにも納得が出来ないように言った。
 すると、一朗は又吉から眼を逸らせては、言葉を詰まらせた。そんな一朗は、いかにも困ったと言わんばかりであった。
 それで、又吉は、
「これはどういうことなんですかね?」
 と、再びいかにも納得が出来ないように言った。 
 すると、一朗は、
「ですから、沖縄本島周辺をドライブしていたのですよ」
 と、開き直ったように言った。そんな一朗は、一朗には何ら疚しいものはないと言わんばかりであった。
「玉垣さんは今、農協に勤務されてましたよね?」
「ええ。そうです」
「ということは、一週間程、お仕事を休まれていたのですかね?」
「そうです」
「その間に、八朗さんの事件が発生したというわけですか」
 と言っては、又吉は些か納得が出来ないように言った。
「まあ、そういう具合ですね」
 と、一朗は些か決まり悪そうに言った。
「でも、安里さんは今まで沖縄本島を一週間もレンタカーを借りてドライブしたことはないのですかね?」
 と、怪訝そうな表情を浮べては言った。
「そりゃ、ないですね」
 と、一朗はあっけらかんとした表情で言った。
「それなのに、またどうしてそのようなことをやったのですかね?」
「そりゃ、今までじっくりと沖縄本島をドライブしたことがありませんでしてね。それで、やってみたのですよ」
 と、一朗はその件に関して、何ら疚しいところはないと言わんばかりに言った。
「ほう。では、どちらのホテルに宿泊されたのですかね?」
「いや。それが、ホテルには宿泊しませんでした」
 と、一朗はおどけたような表情を浮べては言った。
「ホテルには宿泊しなかった?」
 又吉は呆気に取られたような表情を浮べては言った。
「ええ。そうです。まあ、車中泊というわけですよ」
 と、一朗は再びおどけたような表情を浮べては言った。
 その一朗の説明を又吉は信じはしなかったが、
「でも、どうしてそのようなことをやったのですかね?」
 と、いかにも納得が出来ないように言った。
「そりゃ、学生時代に戻ったような気分を味わいたくてね。それに、一週間も宿泊するとなれば、費用も相当に掛かってしまいますからね。ですから、節約の為にも、車中泊を行なったのですよ」
 と、些か決まり悪そうに言った。
「今まで、車中泊をやられたことはあるのですかね?」
 と、又吉は眉を顰めては言った。
「いいえ」
「つまり、初めての経験ですかね?」
「そうです」
 と、一朗はまたしてもおどけたような表情を浮べては言った。
「しかし、そのような時期に、息子さんの殺人事件が発生したのですかね?」
 と、又吉はいかにも納得が出来ないように言った。そんな又吉は、そのような偶然が起こり得る筈はないと言わんばかりであった。 
 そんな又吉に、一朗は、
「でも、それが事実なんですから、仕方ないじゃないですか」
 と、いかにも開き直ったような表情を浮べては言った。
 だが、その一朗の証言は程なく嘘であることが明らかになった。
 何故なら、一朗が那覇でレンタカーを借りた三日後、即ち、八朗が何者かに殺された前日に一朗の姿が一朗の二軒隣の居住者に目撃されていたからだ。
 この結果を受けて、一朗は宮古島署に出頭を要請された。
 そして、一朗は最初の間は、この一朗の証言を覆す決定的な証言に自らが窮地に追い込まれたことを自覚したのか、黙秘を貫き始めた。
 しかし、又吉たちから何度も真相を話すことが八朗の供養になるということを説き伏せられ、もはやこれまでと自覚したのか、遂に真相を話し始めたのだ。
「八朗をもうこれ以上生かしておくことが出来なかったのですよ」 
 と、一朗は又吉から眼を逸らせては、いかにも決まり悪そうな表情を浮べては、淡々とした口調で言った。
「これ以上生かしておくことが出来ない、ですか。それは、どういうことなんですかね?」
 と、又吉は眉を顰めては言った。
 すると、一朗は又吉を見やっては、
「ご承知のように、八朗は宮古島でも札付きの不良でした。虐め、万引き、くすり、恐喝など、中学の頃から、これが子供がやるようなことかと思わせる位、八朗は悪に染まっていました。
 八朗が死んだ今となれば、本当のことを言いますが、やはり、一朗はフナウサギバナタ展望台で安里君を殺したのですよ。一朗はそれを告白したのです。
 もっとも、殺したというのは、正しくはないかもしれません。しかし、八朗は大山君と共に、安里君をフナウサギバナタ展望台で海に突き落としたのですから。一朗は大山君と、安里君にフナウサギバナタ展望台から飛び降りるように強要したのですよ。しかし、安里君はそれに従わなかったから、八朗は大山君と共に安里君を海に突き落としたのですよ。その結果、安里君は死んでしまったのですよ。そう八朗は夕食時に自慢げに僕と妻に話したのですよ。それを聞いて、僕と妻はぞっとしましたが、事を公には出来ません。その思いを理解してくださいな。
 また、八朗によると、八朗が同級生の死に関わったのは安里君の件は二度目で、最初は八朗が、中学三年の時だったそうです。その時、八朗は仲間五人と共に、砂山ビーチでスノーケルをやっていたのですが、その時に故意に野本君という同級生の頭を海に沈め、その結果、野本君は溺死してしまったと、いかにも何でもない出来事のように話したのですよ。
 その件を公に出来なかったのは、言うまでもありません。
 八朗が殺しに関わったのは、その二件だけのようですが、それ以外にも様々な悪を行なっていたのは、前述した通りです。
 また、それ以外にも、当然、家庭内暴力がありました。
 八朗の行いを厳しく正そうとした妻や僕に八朗が暴力を振るうのは、日常茶飯事で、妻は肋骨骨折が二回、僕は左腕骨折が二回という被害を八朗から受けていたのですよ。 こんな八朗がこのまま大人になれば、どんな悪を行なうか、それはぞっとしてしまいます。また、社会に甚大な迷惑をかけてしまうことは必至です。
 それ故、今の内に、八朗の息の根を止めようと僕と妻は決意し、それを実行したのですよ」
 と、いかにも決まり悪そうに言った。だが、そう言い終えた一朗の表情には、何となく安堵したような表情を垣間見ることも出来た。
「つまり、八朗君の首を絞めては殺し、そして、フナウサギバナタ展望台で八朗君の遺体を遺棄したのも、玉垣さんだったというわけですか」 
 と、又吉は一朗の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、一朗は又吉から眼を逸らせ、
「そういうわけなんですよ」 
 と、いかにも決まり悪そうに言った。
「しかし、何故安里さんが八朗君の死の直前、八朗君から電話を受取ったのですかね? これは、どういうことなんですかね?」
 と、又吉は些か納得が出来ないように言った。
 すると、一朗は眼を大きく見開き、
「ですから、私達は八朗を殺したのですが、やはり、それを公にしたくはなかったのですよ。それ故、誰かを八朗殺しの犯人に仕立てようとしました。その結果、最も相応しいと思ったのが、安里邦夫さんでした。安里さんは自らの息子を八朗に殺されたと信じていましたからね。それ故、八朗には強い恨みがありました。それ故、そんな安里さんを利用してやろうとしたわけですよ」
 と、いかにも決まり悪そうな表情を浮べては言った。そして、一朗の告白は更に続いた。
「安里さんを犯人に仕立てるのは、八朗の死亡推定時刻に安里さんが八朗と会ってなければなりません。それ故、僕は八朗に安里さんに電話を掛けさせ、パイナガマビーチに呼び出させたのですよ。安里君の死の真相を話すというように言って安里さんを呼び出せと八朗に入れ知恵をつけたのですよ。
 もっとも、八朗には安里さんを呼び出せと言ったものの、それだけでは八朗は動きません。それで、いつまで経っても、八朗のことを疑ってる安里さんを怒鳴り付けてやれと八朗に言い、その結果、八朗は夜のパイナガマビーチに安里さんを呼び出したのですよ。そして、八朗と安里さんの口論が終わった後、八朗を僕の車に乗せ、そして、人気の無い所にまで行くと、僕と妻の二人が八朗の隙を見て、首を絞め、殺したというわけですよ。僕一人なら、殺すことは出来なかったかもしれませんが、妻と二人でしたから、何とか八朗を殺すことが出来たのですよ。
 後は予め那覇で借り、フェリーで宮古島に運んであったレンタカーで、伊良部島にまで八朗の死体をトランクに入れては運び、フナウサギバナタ展望台で遺棄したのですよ。
 フェリーの係員が、眼にしたという黒いサングラスを掛けていた不審な男とは、無論、僕のことですよ」
 と、一朗はまるで又吉に言い聞かせるかのように言った。
「マーチを借りたのも、安里さんの同じ車にしようと思ったからですかね?」
「勿論そうですよ。
 そして、伊良部島にフェリーで行った頃、安里さんのアリバイを曖昧にしておかなければなりません。その為に、ボイスチェンジャーで声を変え、安里さんを二十六日の朝、パイナガマビーチに呼び出したのですよ。八朗の死に関して話したいことがあると言えば、来るに決まってると確信してましたからね」
 と言っては、一朗は大きく肯いた。
 この一朗の自供によって事件は解決した。そして、これによって、伊良部島、そして、宮古島の平穏は取り戻せることであろう。

   <終わり>

  この作品はフィクションであり、実在する人物、団体とは一切関係ありません。

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