4 思わぬ情報

 ところが、その一年後のことである。
 傷害罪で逮捕された岡田康弘という男が、妙なことを言い出したのだ。
「俺は、未解決殺人事件のことを知ってるよ」
 そう岡田に言われ、警視庁の中村刑事(30)は、
「それ、どういうことだい?」
 と、眼を白黒させた。まさか、岡田からそのようなことを聞かされるとは思っていなかったからだ。
「だから、人殺し野郎のことを知ってるのさ」
 と、岡田は不貞腐れたように言った。
 そう言われ、中村刑事は思わず、
「詳しく話してくれないかな」
「二年前のことだが、西表島の何とかいう村、何でも船でしか行けないような村で殺人事件が起こったんだが、刑事さんはその事件のことを覚えてるかい?」
 と、岡田は言っては、唇を歪めた。
 すると、中村刑事は、
「知らないな」 
 と言っては、眉を顰めた。確かにそのような事件のことは、知らなかったからだ。
「何でも、その村を一人で訪れていた若い女が海に落ちて死んだんだ。その女は、表向きは事故死となってるが、それは、飽くまで表向きでの話さ。本当は、その女は、殺されたんだよ」
 と、岡田は、力強い口調で言った。その口振りは、正に本当のことを言ってるんだと言わんばかりであった。
「何故そんなことを知ってるんだい?」
 中村刑事は興味有りげに言った。
「俺はその男から直に聞いたからさ」
 と言っては、岡田はにやっとした。
「でも、それだけじゃ、その話は信じられないな。もう少し具体的に話してくれないかな」
 と言っては、中村刑事は眉を顰めた。
「そいつの名前を仮に村木としよう。村木は二年前の五月に西表島に行ったんだよ。何故西表島に行ったかというと、やつはシュノーケルが好きでね。そちらの方に綺麗なサンゴを見ることが出来る海があるので、まあ、サンゴ見物の為に西表島に行ったんだろうよ」
「なるほど。でも、村木さんは、何故あんたにそのことを話したんだい?」
 と、中村刑事はいかにも納得が出来ないように言った。
「村木と俺は、以前刑務所で一緒だったんだ。俺は前科二犯。村木も前科二犯だ。それで、妙に親しい友人となったんだ。で、俺たちの犯行はいずれも傷害事件だったんだが、出所後、二人で酒を飲んだんだが、その時、村木はべろんべろんに酔ってしまった為か、とんでもないことを口走ったんだよ。それが、その事件のことなんだよ」
「ふむ。でも、もう少し、具体的に話してくれないかな」
「だから、俺たちは、俺たちが今まで犯した犯罪を自慢げに話し合ったんだ。すると、村木が『いくらお前でも、人殺しはやったことはないだろ』と言っては、にやっとしたんだ。それで、俺は『ない』と言ったら、村木はその人殺しとやらを話し始めたんだ。それが、その西表島の事件のことなんだよ」
 そう言った岡田の表情は、些か真剣なものであった。そんな岡田は、正に岡田は今、とても重要なことを話してると言わんばかりであった。
「どうやって殺したのかも話したのかい?」
「ああ」
「じゃ、それを話してくれるかい」
「何でも、その女と村木は同じ民宿に泊まってたんだ。そして、その女の美貌が自ずから村木の眼に留まったらしいが、たまたまその夜は寝苦しい夜で、村木は眠れなかったんだ。それで、トイレに向かったのだが、すると、その女が外出するのをたまたま眼にしたんだ。それで、密かに後をつけると、その女は、港に腰を下ろしては、海を見てるじゃないか。
そんな女に村木は後ろから抱きついたのさ。すると、その女は抵抗し、揉み合いになり、呆気なく海に落ちてしまったんだ。そんな女を村木は助けようとはしなかった。それが、その事件の真相さ」
 と、岡田は些か満足そうに言った。そんな岡田は、正に胸に痞えていた鬱憤を吐き出したと言わんばかりであった。
 そんな岡田に、中村刑事は、
「でも、あんたは、何故そんなことを警察に話すつもりになったのかな?」
 と、些か納得が出来ないように言った。
「だから、俺と村木は大喧嘩したんだ。その憂さ晴らしさ」
 と、岡田はいかにも腹立たしそうに言った。
 その岡田の証言を受けて、中村刑事は早速、村木こと、その外山広助という男性から話を聴いてみることにした。村木という男は、前科二犯だということや、岡田と共に同じ刑務所にいたということなどから、外山広助ということが分かったのだ。
 都内の1DKマンションに住んでた外山を、中村刑事は、翌日の夜、訪れた。
 そんな外山は、中肉中背の男で、何処にでもいるような感じの男だったが、額には深い皺が刻まれ、その目つきはなかなか鋭く、ただものではないような印象を中村刑事に抱かせた。
 そんな外山に、中村刑事は、警察手帳を見せると、外山は言葉を発することなく、警戒したような視線を中村刑事に向けた。 
 そんな外山に、中村刑事は、
「何故来たか分かりますかね?」
 と、鋭い視線を外山に向けた。
 すると、外山は、
「分からないな」
 と、正に不貞腐れたような表情で言った。そんな外山は、正に中村刑事の来訪に些か不満そうだった。
「あんたは、S刑務所から、三年前に出所したばかりだな」
 そう言うと、外山は、
「ああ」
 と、素っ気無く言った。そんな外山は、それがどうかしたのかと言わんばかりであった。
 すると、中村刑事は小さく肯き、
「で、あんたは、S刑務所内で、友人が出来なかったかい?」
 と言っては、外山を見据えた。
「友人?」
中村刑事の言葉に、外山は怪訝そうな表情を浮かべた。
「ああ。そうだ。友人だ」
 と言っては、中村刑事は小さく肯いた。
 すると、外山は、
「そんなもの、出来やしないさ」
 と、憮然とした表情で言った。 
「そうかな」
 そう言っては、中村刑事はにやっとした。
「そうかな、とは、どういう意味なんだ?」
 外山は怪訝そうな表情で言った。
「あんたは、出所後も、一緒に酒を飲む位の友人をS刑務所内で得たんじゃないのかな」
 そう言っては、中村刑事は外山を見据えた。
 すると、外山は、
「そんなの、いやしないさ」
 外山は、中村刑事を突き放すように言った。
「それは、間違いないかな?」
「ああ。間違いないさ」
「岡田康弘という男を知ってるかい?」
 そう中村刑事が言うと、外山の表情はさっと青褪めた。中村刑事はそんな外山の表情の変化を見逃さなかった。
 だが、外山はすぐに表情を元に戻すと、
「知らないな」
 と言っては、眉を顰めた。
 既に、外山と岡田が、S刑務所で同じであったということを確認してる中村刑事は、
「あんたは、嘘をついても、無駄だよ。あんたと岡田がS刑務所で一緒だったことは、既に確認してるんだ」
 そう言っては、唇を歪めた。
「その岡田か。知ってることは知ってるが、それがどうかしたのかい?」
 と、外山はそれがどうかしたのかと言わんばかりに言った。
「その岡田さんが、出所後、あんたと一緒に飲んだ時に、あんたがとんでもないことを口走ったと証言してるんだ」
「刑事さん。俺と岡田が一緒に酒を飲んだという証拠でもあるのかい? 俺は飲んでいないと言ってるのに」
「それは、間違いないかい?」
「ああ。間違いないさ。それに、その岡田という男は、刑事さんにどんな話をしたんだい?」
 と、外山はいかにも興味有りげに言った。
 それで、中村刑事は岡田が話したこと、即ち、外山が同じ民宿に泊まっていた相川莉子を船浮の港で乱暴しようとしたところ、抵抗され、莉子を死に至らしめたという話を話した。
 そんな中村刑事の話に、外山は言葉を挟まずに、黙って耳を傾けていたが、中村刑事の話が一通り終わると、突如、表情を綻ばせては、
「あっはっは!」
 と、腹を抱えて笑い出した。
 そんな外山を見て、中村刑事はむっとした表情を浮かべては、
「何がおかしいのですかね?」
「何がおかしいって、これ程おかしい話はないじゃないか! 俺が女を乱暴しようとして、その挙句、海に突き落としただって! これがおかしくないわけがないじゃないか!」
 と、大声で笑った。そんな外山は、正におかしくて堪らないと言わんばかりであった。
「じゃ、その話は出鱈目だというのかい?」
「当り前ですよ。俺が人を死に至らしめるようなことをやるわけがないじゃないですか!」 
「では、何故岡田さんは、そんなことを言ったのかな?」
 と、中村刑事は些か納得が出来ないように言った。
 すると、外山は、
「だから、岡田と俺は、仲違いしたのさ。一緒に飲んでいた時に、喧嘩となってしまったのさ。その時以来、俺は岡田と一度も会っていないんだ。それに、その時、俺は岡田に散々罵声を浴びせたからな。そんな俺に対して岡田は恨みを持ったんじゃないかな。だから、そんな出鱈目を言ったんじゃないのかな」
 と言っては、険しい表情を浮かべた。そんな外山は、正にそんな碌でもない作り話を警察に話した岡田のことを強く非難してるかのようであった。
 中村刑事はといえば、そのように外山に言われ、戸惑ったような表情を浮かべた。一体、岡田と外山のどちらが正しいのか。どちらが、出鱈目を言ってるのか? 中村刑事はその真偽がよく分からなかったのだ。
 それで、まず一昨年の五月二十日の外山のアリバイを調べてみることにした。一昨年の五月二十日に、外山が西表島に居なければ、明らかの岡田の話が出鱈目だったということになるだろう。
「で、外山さんは、一昨年の五月二十日に、西表島に行かなかったですかね?」
 と、中村刑事は外山の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、外山は、
「西表島? そんなところに行ってないよ」
 と、憮然とした表情で言った。
「では、その頃、何処で何をしてたのかな?」
 と、中村刑事は外山の胸の内を探るかのように言った。
「そんな前のことは、覚えてないよ」
 外山は再び憮然とした表情で言った。
「そう言わずに、思い出してくださいよ。そんなに前のことじゃないじゃないですか」
 中村刑事はそう言っては、眉を顰めた。
 そう中村刑事が言っても、外山は言葉を発そうとはしなかった。そんな外山は、正に今の中村刑事の問いに対して、返答をしたくないかのようであった。
 しかし、程なく外山は言葉を発した。そんな外山は、
「家でTVを見てたんじゃないのかな」
 外山の返答は、そうであったので、外山のアリバイは曖昧だといえるだろう。そうだからといって、外山が西表島で、莉子を死に至らしめたとは、断定出来ないだろう。
 さて、どちらの言い分が正しいのか。
 それで、中村刑事は再び岡田に会って、岡田に外山が言ったことを話してみた。
 すると、岡田は、
「刑事さん。外山に騙されては駄目ですよ。外山はその頃、西表島にいたんですよ。俺は、この耳ではっきりと聞いたのですから」
「しかし、そう言われてもねぇ」
 と、中村刑事は眉を顰めた。いくら岡田がそのように主張しても、それだけじゃ、外山を逮捕出来ないのは、当然のことだ。
 しかし、何故岡田はそんな話をしたのだろうか?
 それは引っ掛からないわけでもない。
 それで、念の為に、岡田と外山の写真を見せて、一作年の五月二十日に西表島の赤嶺荘にこの二人の内のどちらかが宿泊してなかったか、赤嶺に確認してもらった。
 すると、何と赤嶺は、
「この方が、泊まっておられましたよ」
 と言っては、岡田の写真を指差したのであった。
 これによって、岡田の話が出鱈目であったことが、明らかとなった。
 それで、岡田にそのことを話すと、岡田は、いかにも決まり悪そうな表情を浮かべては、言葉を詰まらせた。そんな岡田は、正に後ろ暗いものが存在してるかのようであった。
 また、岡田は莉子の死の経緯の詳細をいやに詳しく知っていた。そのことからして、岡田が話した外山の犯行とは、実は岡田の犯行そのものではなかったのか。だからこそ、岡田はその詳細に関して、詳しく知っていたのではないのか? そう中村刑事が思っても、それは当然のことであった。
 それで、中村刑事はその思いを岡田に話してみた。
 すると、岡田は、
「それは刑事さんの考え過ぎというものですよ」
 と言っては、表情を綻ばせた。そんな岡田は、正に中村刑事は何を言い出すのかと言わんばかりであった。
「しかし、赤嶺荘の赤嶺さんは、相川莉子さんが死んだ時に、あんたは赤嶺荘にいたんだが、外山さんはいなかったと証言してるんだよ」
 と言っては、眉を顰めた。
「ですから、以前も言ったように、俺と外山は仲違いしてましてね。だから、外山を困らせてやろうとしただけなんですよ」
 と、岡田は眼を大きく見開き、いかにも岡田の言い分を分かってくれと言わんばかりであった。
「しかし、そんな嘘はすぐにばれると思ってなかったのかな?」
「ですから、俺は頭が悪いのですよ」
 と言っては、岡田は苦笑いした。
「でも、あんたは莉子さんの死の経緯をいやに詳しく知っていたじゃないか」
「ですから。俺は空想力だけは逞しいんだ」 
 と、岡田は再び苦笑いした。しかし、そんな岡田の説明をあっさりと信じるわけにはいかないだろう。
 やはり、莉子を死に至らしめたのは、岡田であった可能性が高いのだ。しかし、それをいかに裏付ければいいのだろうか?
 その手段を、中村刑事は見出すことは出来なかった。
 しかし、意外なところから、真相が明らかになることになった。というのも、赤嶺荘の赤嶺が、何と莉子を死に至らしめたことを自供したからだ。
 八重山署にやつれた姿で姿を見せた赤嶺は、正に憔悴しきったような表情を浮かべていた。そんな赤嶺は、いかにも疲れたような表情を浮かべては、
「刑事さん。僕は刑事さんに嘘をついていました」 
 と言っては、項垂れた。
「嘘? どういった嘘をついていたのですかね?」
 八重山署の野島警部は、赤嶺が言った嘘というものが、どういったものなのか、てんで推測出来なかったので、いかにも怪訝そうな表情を浮かべては言った。
 そう野島に言われると、赤嶺は野島警部から眼を逸らせ、少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、いかにも決まり悪そうな表情を浮かべては
「警察は、二年前の五月に、僕の民宿の宿泊者であった相川莉子さんの死は、事故死として処理したのですよね」
 そう赤嶺が言ったので、野島警部はとにかく、
「そうだが」
 すると、赤嶺は小さく肯き、
「しかし、実際はそうではなかったのですよ」
 と、野島から眼を逸らせては、いかにも決まり悪そうに言った。
「そうではない? それ、どういうことなんだ?」
 と、野島は眼を大きく見開き、眉を顰めた。
 すると、赤嶺は野島から眼を逸らせたまま、言葉を詰まらせた。そんな赤嶺は、これから野島警部に言おうとしてることは、やはり、言いたくないかのようであった。
 だが、野島を見やっては、意を決したような表情を浮かべては、
「実は、莉子さんの死には僕が関係してるのですよ」
と、いかにも決まり悪そうに言った。
 その言葉は、正に野島にとって意外であり、正に想像もしてないことであった。正に、赤嶺からそのような話を耳にするなんて、まるで予想してなかったのだ。
 それで、野島はいかにも驚いたような表情を浮かべては、
「それ、どういうことなのですかね?」
 と、赤嶺の顔をまじまじと見やっては言った。
「あの日、つまり午後十一時過ぎに、玄関扉が開くような気配がしたんですよ。それで、僕は素早く起き上がり、玄関の方に行ったのですが、すると、誰かが外出するのを眼にしたのです。
それで、僕は後を追うことにしました。というのも、うちの民宿では、夜間の外出は禁止していたからです。
それで、僕はその人物の後を追けることにしたのですが、その一方、好奇心も持ち上がり、密かにその人物、そして、その時は既に女性だと分かったのですが、その女性が何処に行くのか、密かに確かめてみることにしたのですよ。
 そして、その女性は、やがて、港の突堤にまで行きました。そして、海を見詰めてるのですよ。
 その時は、既にその女性は相川さんだと分かっていたのですが、その相川さんの様からして、自殺でもしようとしてるんじゃないかと僕は思ったのですよ。
 しかし、僕の民宿の宿泊者に自殺されてしまえば、堪ったものではありません。要するに、それは縁起が悪いと思ったのですよ。
 それで、後ろから密かに莉子さんに近付き、自殺を思い留まらせようとしたのですが、すると、その時、莉子さんはさっと振り返りました。
 すると、莉子さんは、正に驚きの表情を浮かべました。というのも、辺りが暗かった為に、僕のことを変質者とでも思ったのかもしれません。
 それで、莉子さんは素早く走り去ろうとしたのですが、すると、その時に何かに蹴躓いたのか、海に落っこちてしまったのですよ。
 しかし、僕にはどうすることも出来ませんでした。というのも、辺りは暗かった為に、莉子さんが何処に落ちたのか、分からなかったからです。
 そうかといって、救急隊員を呼んだって、どうにもなりません。何しろ、ここは船でしか来れない船浮ですからね。
 僕は正にその場を逃げるようにしてその場を後にするしかなかったのですよ」
と、赤嶺はいかにも決まり悪そうに言った。そして、これが、莉子の死の真相だったようだ。
しかし、実際はそうではないのかもしれない。赤嶺は莉子に悪戯をしようとしたのかもしれない。そんな赤嶺から莉子は逃げようとして海に落ちてしまったのかもしれない。これが、真相かもしれない。
しかし、今となれば、神のみが、真相を知ってるのだ。

 因みに、この事件で赤嶺は逮捕されることなく、その後も、赤嶺荘を細々と営んでるとのことだ。



 〈終わり〉

この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、風景とか建造物等の構造が実際とは少し異なってることをご了解ください。

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