6 事件解決
末吉としては、その裏金に関して、深く追求する必要はないと思っていた。というのは、末吉は解決しなければならないのは、その裏金に関してではなかったからだ。末吉が解決しなければならないのは、仲本正次の事件である。
そして、今や、その有力な容疑者は、北川則夫であり、その動機は人違いであった。
即ち、北川は伊原間サビチ洞内で、沢村治を殺そうとしたのだが、人違いによって、仲本を殺してしまったのだ。
この推理に基づいて、捜査をしてみることにした。
そして、その捜査はすぐに成果を得られると思った。というのは、沢村は今回の事件には関係してない為に、正直に答えてくれる筈だったからだ。
案の定、沢村は、十月二十五日の午後零時頃、伊原間サビチ洞にいたことをあっさりと認めたのだ。
そんな沢村は、末吉に、
「そのことが何か問題なんですかね?」
と、いかにも怪訝そうな表情で言った。
そんな沢村に、末吉は、
「その頃、伊原間サビチ洞で殺人事件が発生したことをご存知ないのですかね?」
と、些か驚いたかのように言った。
「知らないです。そのような事件があったのですか!」
と、今度は沢村が驚いたかのように言った。
そんな沢村を見て、末吉は「全く呑気なものだな」と思った。<本来なら、沢村が殺されてもおかしくない殺人事件が発生したにもかかわらず、それを知らないなんて!〉
そう末吉は思ったが、その思いはまだ口には出さずに、
「でも、どうしてご存知なかったのですかね? 新聞やTVで報道されたのに」
と、末吉は唖然とした表情を浮かべては言った。
「僕は新聞やTVを見ないのですよ」
と、沢村は平然とした表情を浮かべては言った。
「なるほど。で、沢村さんが、伊原間サビチ洞を後にしたのは、何時頃か、覚えておられますかね?」
「いや、そこまでは覚えていませんね」
と、沢村は眉を顰めた。
「では、どれ位の間、伊原間サビチ洞にいましたかね?」
「それも覚えてないのですよ。でも、大した見所はなかったので、すぐに戻ったことを覚えていますね」
と言っては、沢村は小さく肯いた。
「では、十月二十五日に、沢村さんはどうして石垣島やって来たのですかね?」
と、末吉は興味有りげに言った。
「どうしてって、そりゃ、単なる観光旅行ですよ」
と、沢村はそれが何か問題なのかと言わんばかりに言った。
「では、十月二十五日に、沢村さんが石垣島に行くということを誰か知っていましたかね?」
末吉は興味有りげに言った。
すると、少しの間、言葉を詰まらせていたが、やがて、
「店長の村木君なら知ってましたね。村木君に僕は、石垣島でパラグライダーをしに行くと言いましたからね」
と、沢村は淡々とした口調で言った。
「なるほど。では、パラグライダーは石垣島のどの辺りで行なうのですかね?」
と、末吉は、沢村の顔をまじまじと見やっては言った。
「玉取崎の方ですね」
と、沢村は淡々とした口調で言った。そんな沢村は、それが何か問題なのかと言わんばかりであった。
だが、末吉はそう沢村に言われ、些か表情を和らげた。どうやら末吉たち推理は一歩一歩真相に近付いてるような気がしたからだ。
「で、沢村さんは、パラグライダーを行なったのですかね?」
と、末吉はいかにも興味有りげに言った。
「否。行なわなかったのですよ。何しろ、風が強過ぎましてね。それで、伊原間サビチ洞に行ったというわけですよ」
「では、村木さんは、十月二十五日に沢村さんが石垣島でパラグライダーをするということ誰かに話したでしょうかね?」
「さあ、それは分からないですね。村木さんに訊いてもらいえないですかね」
そう沢村に言われたので、末吉は早速村木に会って、それに関して村木から話を聞いてみた。
すると、村木は、
「話しましたよ」
と、あっさりと言った。
「ほう……。一体誰に話したのですかね?」
末吉はいかにも興味有りげに言った。
「北川君に話しましたよ」
「北川さんとは、以前『パステル』で働いていた北川則夫さんのことですかね?」
「そうです。その北川さんですよ」
そう言われ、末吉は顔には出さなかったものの、内心では「やった!」と、小躍りした。捜査は正に真相に近付いてると確信したからだ。
「どうして、北川さんに話したのですかね?」
「そりゃ、僕は北川君とは親しい間柄ですからね。北川君がうちの店を辞めてからも、僕は時々、北川君と飲んだりしてるというわけですよ。
で、確か、十月二十日だったかな。その日も、僕は美崎町にある飲み屋で北川君と飲みましてね。その時、沢村さんの話がたまたま出たので、僕は沢村さんは十月二十五日に石垣島の平久保崎の方でパラグライダーに行くということを話したのですよ」
と、村木はにこにこした表情で言った。そんな沢村は、それが何か問題なのかと言わんばかりであった。
末吉も顔には出さなかったものの、内心では「やった!」と、叫んでいた。
即ち、今の村木の証言によって、事件は解決したのも同然だと思ったからだ。
即ち、北川は元々沢村に対して、強い殺意を抱いていた。
そんな頃に、村木から沢村が十月二十五日に石垣島でパラグライダーを行なうことを知る。
北川はそれがチャンスだと思った。
そして、沢村がパラグライダーを行なうパラグライダーの店の方で、待ち伏せしていた。何しろ、その店がある辺りは辺鄙な場所であり、沢村がやって来るのを確認することは十分に可能性なことであろう。
だが、沢村はその日、強風の為に、パラグライダーは行なわず、伊原間サビチ洞に向かった。
そして、伊原間サビチ洞に行ったことがチャンスとばかりに、北川は沢村の後を密かにつけては、事に及んだというわけだ。
そう思うと、末吉は力強く肯いた。
また、沢村が被害に遭った頃、北川も伊原間サビチ洞に行ったことは証明されていた。それ故、北川はもう言い逃れは出来ないだろう。
そして、これらの証拠で、北川を追求したところ、北川はしぶしぶ真相を話したのであった。
それによると、北川は「パステル」で、副店長の沢村と共に、経費を水増しする手口を用いて、三百万程横領していた。
そして、沢村と北川は、その四百万をそれぞれに二百万ずつ山分けするのが当初の予定だったのだが、沢村は何と三百万を自らのポケットマネーとし、北川には百万しか渡そうとしなかった。
頭に来た北川は、沢村に詰め寄ったところ、沢村は、
「横領したのは、四百万ではなく、二百万だから、その二百万を山分けしただけだ」
と、見え透いた嘘をついた。
それで、逆上した北川は、沢村をぶん殴り、鼻骨を骨折させる怪我を負わせてしまったのだ。
それで、北川は「パステル」を馘になってしまったのだが、それ以降も、北川は何とか沢村に対して復讐出来ないものかと、思いを巡らせていた。
そんな折に、村木から十月二十五日に沢村が石垣島でパラグライダーを行なう話を耳にした。
それで、北川は石垣島でレンタカーを借り、パラグライダー乗り場近くで沢村を待ち伏せしていたのだ。
そして、伊原間サビチ洞で事に及んだというわけだ。
だが、それは沢村治ではなく、仲本正次だったというわけだ!
<終わり>
この作品はフィクションです。実在する人物、団体とは一切関係ありません。また、風景や建造物等の描写が実際とは多少異なってることをご了承してください。