5 事件解決

 しかし、東京での捜査はその後、興味ある情報を入手していた。というのは、増山にレイプされたという桂木清美と又吉がかなり親密であったという情報を入手出来たからだ。その情報を警視庁の前沢にもたらしたのは、増山の友人であった葛西敏弘であった。葛西は、
「その桂木清美という女は、又吉君とも付き合ってましたよ」
 と、正に淡々とした表情と口調で言った。
「それ、本当ですかね?」
 前沢は眼を丸くして言った。
「本当さ。俺は、二人がキスをしたり、又吉が桂木さんの尻を撫でた場面を眼にしたことがあるからね。あれは、ただならぬ関係があった証さ」 
 と、葛西はいかにも自信有りげな表情と口調で言った。
「しかし、桂木さんは、同じバンド仲間の山野君と付き合っていたんじゃないのかな」
 と、前沢は些か納得が出来ないように言った。
「そうさ。山野とも付き合っていたさ。しかし、又吉とも付き合っていたのさ。いわば、桂木清美は尻軽女というわけさ。
 それに、又吉の奴は純情だから、美人の桂木清美が少し色気も使えば、すぐに参ってしまったんじゃないのかな。
 でも、清美という女は、利益がなければ動かないような女だからな。だから、又吉に近付いた目的が、何かあったんじゃないのかな」
 と言っては、葛西は些か険しい表情をした。
 それで、前沢は清美の友人たちを見付け出しては、徹底的に聞き込みを行なってみた。
 すると、事件を解決出来るような有力な情報は入手出来なかったが、捜査を前進させるような情報は入手出来た。
 というのは、やはり、清美は増山のことを強く憎んでいたということだ。
 清美は複数の友人たちに、
「増山は交通事故に遭って死んでしまえ」
「地獄に落ちるぞ」
 とかいうように、散々悪口を言っていたということが、明らかになったのだ。そのことから、桂木清美が増山のことを強く恨んでいたことは間違いない。となると、やはり、清美は増山からレイプされたのか。
 それで、清美は又吉に増山への復讐を依頼したのではないのか? その思いが前沢の脳裏を過ぎった。
 何しろ、又吉と清美が親密な関係にあったということは既に明らかになっている。それ故、その推理は十分に現実味がありそうだ。
 そして、今度はその推理に基づいて捜査をしてみることにした。
 増山の死亡推定時刻は十一月十六の午前十時から正午の間だ。
 又吉はその頃、自宅に戻ったというが、その裏付け捜査は行なっていない。
 それ故、まずその捜査を行なってみることにした。
 すると、早々と成果を得ることが出来た。というのは、又吉宅の隣に住んでいる長田武士という人物が、その頃、又吉宅には、又吉のアルトが停められていなかったと証言したからだ。
 ということは、又吉のアリバイは曖昧ということだ。
 更に、又吉宅から三軒隣に住んでいた野村という人物も同じ証言をした。
 しかし、それだけでは又吉を逮捕するわけにはいかないだろう。
 それで、今度は桂木清美を追及してみることにした。

 前沢の顔を見ると、清美は嫌な顔を見せた。そんな清美は、正に疫病神がやって来たと言わんばかりであった。
 そんな清美に、前沢は、
「増山さんの事件で、その後、色々と明らかになったことがありましてね」 
 と言っては、唇を歪めた。
 前沢はそう言ったものの、清美は言葉を発そうとはしなかった。そんな清美は、前沢の次の言葉を待ってるかのようであった。
 そんな清美に、前沢は、
「やはり、桂木さんは、増山さんのことを相当恨んでいたようですね」
 と言っては、唇を歪めた。
「……」
「それは、事実ですね」
「事実じゃないわ。私、増山さんのことを特に恨んでなんかいないわ」 
 と言っては、不満そうな表情を浮かべた。
「そうですかね。桂木さんは、桂木さんの友人たちに、増山さんのこと強く恨んでるようなことを言っていたという情報を入手してるのですがね」
「一体誰から?」
「桂木さんの友人たちからです」
「私の友人たちには、そんなこと言ってないわ。友人は、何か勘違いしてるんじゃないかな」
「そうですかね。複数の友人たちから、そう聞いたのですがね。
 それと、桂木さんは、又吉さんとも仲が良かったようで」
「又吉さんって誰?」
 と、清美は怪訝そうな表情を浮かべた。
「ですから、増山さんと同じバンドにいた又吉さんですよ」
「ああ。その又吉さんね。知ってることは知ってるけど、ただ知ってるだけよ」
「特別に親しい間柄ではないのですかね?」
「全然」
「携帯電話で、連絡を取り合ったりはしてなかったのですかね?」
「全然」
 と、清美は即座に否定した。
「では、男女の関係なんかはなかったということですかね?」
 と、前沢がいやに真剣な表情を浮かべては言うと、清美は、
「そのようなもの、あるわけがないじゃないですか」
 と、いかにも愉快そうに言った。
 それで、この辺で清美の許を後にすることにした。
 桂木清美と話をしてみて、清美は嘘をついてるという感触を得た。つまり、清美は、増山に対して強い恨みを持ってるだけでなく、又吉とも男女関係がある位、親しい関係があったというわけだ。
 そして、嘘をつかなければならないというのは、やはり、後ろ暗いものがあるからだろう。
 
 その一方、又吉への捜査も続けて行なわれていた。
 そして、十一月十六日に、又吉が証言した安脚場戦跡公園に誰が行ったのかの洗い出しの捜査をした。
 しかし、その様な人物を見付け出すことは出来なかった。
 しかし、事件を解決出来るような有力な情報を入手出来るに至った。その情報を高橋たちにもたらしたのは、又吉と同じ集落に住んでいる田中浩二という男性だった。田中は、
「十一月十六日に午後六時頃のことだ。俺は、実久海岸の方から自宅の方に向かっていたのだが、スリ浜の前を通り掛かった時に、とんでもない場面を眼にしてしまったんだよ」
 と、いかにも言いにくそうに言った。
「とんでもない場面? それ、どういう場面ですかね?」
 高橋は、眼を大きく見開いては言った。
「道路脇に車が停まったんだが、その車から出て来た人物は、何と同じ集落の又吉さんだったのです。一体、今の時間にスリ浜に何をしに来たのかと思っていたのですが、僕は又吉さんの車の傍らを通り過ぎて行きました。そして、少し車を走らせたのですが、そんな僕はすぐに引き返しました。というのは、ここしばらく又吉さんとはあまり話をしたことがなかったので、久し振りに話をしてみようと思ったからです。
 そして、僕は車をUターンさせ、スリ浜に向かいました。
 ところが、その時、妙な場面を見てしまったのですよ」 
 と、田中は、渋面顔で言った。そんな田中は、このようなことはあまり言いたくないと言わんばかりであった。そして、田中は、更に話を続けた。
「又吉さんは何と誰かを肩に担ぐような恰好をして、道路を横切りスリ浜に行きました。その様が甚だ妙だったので、僕は何か悪い場面を眼にしてしまったと思い、スリ浜で又吉さんと会うこともなく、再びUターンしては、家に戻ったのですよ」
 と、いかにも決まり悪そうな表情を浮かべた。
 この証言によって、事件は解決したみたいなものだ。つまり、又吉が肩に担いでいた男は、増山であったというわけだ。 
しかし、又吉に今の証言を否定されてしまえば、それで終わりだ。 
それで、
「その証拠はないですかね?」
 だが、田中は
「そのようなものはありません」
 と言った。
 しかし、それも致し方ないであろう。
 しかし、これによって、又吉への容疑は一層高まった。しかし、まだ逮捕するのには、証拠が不十分だ。そして、動機もまだ解明出来ていないが、考えられるのは、又吉の単独か桂木清美の依頼を受けての犯行かだ。
 それで、まず清美を攻めてみることにした。

 またしても、清美の前に現れた前沢を見て、清美は露骨に嫌な顔を浮かべた。そんな清美は、正に疫病神がやって来たと言わんばかりであった。
 そんな清美に、前沢は、
「増山さんの事件に進展が見られましてね」
 と言っては、唇を歪めた。 
そう前沢が言っても、清美は言葉を発そうとはしなかった。そんな清美は、前沢の出方を窺ってるかのようであった。
 そんな清美に、前沢は、
「やはり、増山さんの事件には、又吉さんが関係してるみたいですね」
 と言っては、唇を歪めた。
「……」
「というのも、又吉さんが増山さんの死体を加計呂麻島のスリ浜という浜に遺棄した場面を眼にされていましてね。これによって、又吉さんはもう否定は出来ないでしょう」
「……」
「で、問題は、又吉さんの単独犯なのかどうかということですよ」
「……」
「で、我々は、単独犯ではなく、桂木さんが関係してるのではないかと疑ってましてね」
 と言っては、眼をキラリと光らせた。
 すると、この時点で清美はやっと言葉を発した。
「どうして、私が関係してるというのですか?」
 と、まるで前沢に挑むかのように言った。
「ですから、桂木さんは、増山さんにレイプされたのですよ。ですから、増山さんのことが憎くて仕方なかったのですよ。
 そんな折に、増山さんが加計呂麻島に行っては、又吉さんと会うという情報を桂木さんは入手しました。それがチャンスとばかりに、桂木さんは、又吉さんに増山さん殺しを依頼したというわけですよ。何しろ、桂木さんと又吉さんは、ただならぬ関係にありましたからね」
 と、前沢は清美の顔をまじまじと見やっては言った。そんな前沢は、その可能性は十分にあると言わんばかりであった。
 すると、清美は、
「ホッホッホッ!」
 と、甲高い声で笑った。そんな清美は、おかしくて堪らないと言わんばかりであった。
 そんな清美を見て、前沢は些かむっとした表情を浮かべては、
「何がおかしいのですかね?」
「だって、これがおかしくない筈がないじゃないですか。そんな出鱈目な推理を聞かされれば、おかしいに決まってるじゃないですか。ホッホッホッ!」
 と、清美はまたしても、甲高い声で笑った。
「では、桂木さんは、増山さんの事件には全く関係してないのですかね?」
「当り前でしょ」
「後で関係してると分かれば、罪が重くなりますよ」
 そう前沢が言うと、清美の言葉は詰まり、強張ったような表情を浮かべた。そんな清美は、正に今の前沢の言葉に大いに動揺したかのようであった。
 そんな清美に、
「今なら真相を話してくれれば、罪は軽くなりますよ。又吉さんはいずれ真相を話すでしょうから、その時に、桂木さんが関係してると分かれば、困るのは桂木さんの方ではないですかね」
 そう言っては、前沢は唇を歪めた。そんな前沢は、正に知ってることがあれば、何もかもを話した方が得だと言わんばかりであった。
 すると、清美は、
「だから、私は関係してないのよ」
「直接には、ですよね」
「そうよ」
「でも、又吉さんに増山さん殺しを依頼したのですよね?」
「しないですよ」
「でも、少し位は言ったのですよね?」
 そう前沢が言うと、清美は少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「そりゃ、少し位痛めつけて頂戴という位のことは、言いましたよ。増山は私をレイプしたからね。ですから、そんな増山のことを憎くて仕方なかったのですよ。だから、又吉さんに電話して、少し痛い目に遭わせてやって頂戴位のことは言いましたよ、でも、殺してくれなんて言いませんよ。当り前じゃないですか!」
 と、清美は甲高い声で言った。そんな清美は、正にそれが真相だと言わんばかりであった。
「ということは、又吉さんは桂木さんの依頼を受けて、増山さんを痛めつけたのでしょうかね? そして、それが、アクシデントなんかもあって、死んでしまったというわけなんでしょうかね?」
 と言っては、前沢は眉を顰めた。
「そこまでは私は知りませんよ。又吉さんに聞いたらいいではないですか。でも、私は増山さんの死には何ら関係してませんからね」
 と、清美はいかにも不貞腐れたように言った。

 この清美の証言を受けて、今度は又吉から話を聴くことになった。
 高橋の話に黙って耳を傾けていた又吉は、高橋の話が人通り終わると、
「では、桂木さんは、僕が増山を殺したと言ったのですかね?」
 と、眼を大きく見開き、些か興奮気味に言った。
 すると、高橋は、
「まあ、そういうことですね」 
 と言っては、唇を歪めた。 
 すると、又吉は、
「ふん!」
 と、吐き捨てるように言った。
 そして、又吉は眼を大きく見開き、
「桂木さんがそう言ったのなら、僕にも言わさせてもらいますよ。
 僕は桂木さんに又吉さんの殺しを依頼され、それを実行してしまったのですよ。 
もっとも、本当は殺すつもりなどありませんでした。まあ、失神位はさせてやろうという腹積もりだったのですが……。でも、運が悪く死んでしまったというわけですよ」
 と、高橋から眼を逸らせ、いかにも言いにくそうに言った。
「桂木さんから、殺しを依頼されたというのは、本当ですかね?」
「本当ですよ。携帯に録音してありますよ。聞かせましょうか」
 と言っては、又吉は携帯の再生ボタンを押した。
〈新平。私よ。増山は今、奄美大島にいるわ。明日は加計呂麻島に行って、新平と会うと言ってるらしいわ。金を借りるのが目的らしいわ。で、お金を貸してやる振りをして、隙を見ては、増山を殺してよ。加計呂麻島なら、事故に見せかけて殺す場所位あるでしょ〉
 という内容が録音されていた。この録音を聞かされれば、清美は白を切ることは出来ないだろう。
 また、この録音を聞かせた後、又吉はまるで大波が押し寄せたように、真相を話し始めた。
「実のところ、清美から電話を受ける前に、増山から電話が掛かって来ました。それは以前も話した通り、今、古仁屋にいるから、明日加計呂麻島に行っては、僕に会いたいという内容でした。
 そして、その電話があってから一時間程経った頃、清美から電話が掛かって来たのですよ。そして、その電話の内容が今、聞かせたものだったのですよ」
 と、又吉は淡々とした口調で言った。
「なるほど。で、桂木さんは、増山さんからレイプされた為に、増山さんのことを殺してやりたい位、憎んでいたというわけですかね?」
「そうじゃないですかね」
「桂木さんに惚れていた又吉さんは、桂木さんの依頼を実行したというわけですか」
「いいえ。違いますよ」
 と、又吉は大きく頭を振った。そして、
「僕は殺すつもりなんてありませんでした。そんなこと当り前ですよ。金子手崎防備衛所跡の中で、少し痛めつけてやろうと思っただけなんですよ。ところが、増山と口論になってから、増山はナイフを手にしたのです。それで、僕は身の危険を感じ近くにあった大きな石を手にしては、増山の後頭部を素早く一撃したのですよ。すると、増山はあっさりと死んでしまったのですよ。つまり、僕は正当防衛をしただけなんですよ」
と、いかにも決まり悪そうに言った。そして、
「でも、人の話し声が聞こえたというのは、嘘です。増山は金子手崎防備衛所跡の中で死んでしまい、僕は増山の死体を駐車場まで運び、その後、日が暮れてから、スリ浜に遺棄したのですよ。そうすることしか、思い浮かばなかったので……」 
 と、又吉はいかにも決まり悪そうに言ったのだった。
 因みに、増山と又吉は、バンド仲間時代に麻薬を売り捌き、金を得ていたことがあった。その秘密を増山がばらすと言うので、又吉は増山のことをぞんざいに扱うわけにはいかなかったのだ。

   〈終わり〉

 この作品はフィクションであり、実在する人物、団体とは一切関係ありません。また、風景や建造物等が実際とは多少異なってることをご了承ください。 

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