8 興味深い情報
高垣の死亡推定時刻は明らかになってるので、有力な容疑者である鈴木と相川の高垣の死亡推定時刻のアリバイは、当然捜査が行なわれていた。
それによると、鈴木も相川も、家にいたであった。
相川も鈴木も、今は小倉建設という小さな建設会社で、建設作業員として働いていた。そんな二人は、正社員ではなく、アルバイトであった。
それで、高垣が死亡した日のことを小倉建設に確認してみると、確かに二人は午後五時半に仕事場を後にしたことが確認された。
そんな二人は、仕事を終えると、帯広市何の中華料理店で夕食を食べ、真っ直ぐに帰宅したと証言した。そんな二人は独身であった。
それ故、高垣の死亡推定時刻に家にいたと証言されてしまえば、その証言を覆すことは、困難と思われた。
そして、高垣の事件が発生して、二週間が経過した。
鈴木と相川は、依然として、秋草の死に対しては、関与を認めたものの、高垣の死には、頑なに無関係を主張していた
もし、その鈴木と相川の主張が正しいとなると、一体誰が高垣を殺したというのだろうか? 高垣が秋草の死の真相を録画した動画をねたに、鈴木と相川をゆすり、その結果、鈴木と相川に殺されたというのが、高垣の事件の真相ではないのか?
鬼頭たちは、高垣の事件が発生した当初より、その可能性が最も高いと看做していたのだが、その一方、最近になって、別の可能性もあるという可能性も持ち始めた。
というのも、いかにして、高垣が鈴木と相川の連絡先を知ったのかということが、明らかになっていないからだ。
高垣が鈴木と相川をゆすったのなら、二人の電話番号などを知ってなければならないのだ。しかし、高垣と鈴木、相川とは、かなやま湖キャンプ場で顔を合わす以前は、何ら接点はないと、今までの捜査の結果、結論づけてるのだ。
もっとも、かなやま湖キャンプ場の管理人から聞いたということが考えられるのだが、管理人の岡村茂男は、それをあっさりと否定したのだ。
となると、高垣はいかにして、鈴木と相川の連絡先を知ったというのか? その謎を明らかにしないと、鬼頭たちの推理は、単なる推理として終わってしまうことだろう。
それ故、念の為に、野口博敏刑事(28)だけが、別の可能性に基づき、捜査してみることにした。
すると、興味深い情報を入手することが出来た。その情報を提供したのは、高垣と同じ運送会社でアルバイトをしていた山本雅夫という男性であった。山本は、野口刑事に対して、
「高垣さんは、奥さんと喧嘩が絶えなかったそうですよ」
と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。
「奥さんと喧嘩、ですか」
野口刑事はいかにも興味有りげに言った。
「そうです」
山本は肯いた。
「どうして、奥さんとの間に喧嘩が絶えなかったのですかね?」
野口刑事は眼を大きく見開いては言った。
「そりゃ、高垣君の稼ぎがよくなかったからではないですかね。高垣君は元々、大手スーパーで働いていたのですよ。そこで知り合ったのが、今の奥さんですよ。
ところが、昨今の不況で高垣君はリストラに遭ってしまい、退職を余儀なく強いられたそうです。
それで、新たな職探しを始めたらしいのですが、思うようにいかなかったそうです。それで、やむを得なく、うちの運送屋でアルバイトをやってたのですよ。 しかし、アルバイトの身の上ですから、稼ぎは多くありません。それで、専業主婦をやっている奥さんとの喧嘩が絶えなかったというわけですよ」
と言っては、山本は小さく肯いた。そして、山本の話は更に続いた。
「で、高垣君は奥さんから、離婚を切り出されていたそうですよ。しかし、奥さんはなかなかの美人でしてね。その為だかどうかは分かりませんが、高垣君は離婚は絶対にやらないと言ってましたよ」
と、山本は些か神妙な表情を浮かべては言った。
すると、野口刑事も神妙な表情を浮かべた。何故なら、その件が高垣の事件に関係してるかもしれないと思ったからだ。
それで、
「山本さんは、その件が、高垣さんの事件に関係あると推理されてるのですかね?」
と、いかにも興味有りげに言った。
すると、山本は言葉を詰まらせた。そんな山本は、何と答えればよいのか、思案してるかのようであった。
だが、山本は程なく言葉を発した。
「そりゃ、何とも言えません。でも、犯人は思ってもみなかった人物であったということは、今までに何度もありますからね」
と言っては、小さく肯いた。だが、山本は、その件に関して、それ以上言及しょうとはしなかった。
だが、野口刑事としては、今の山本の話は捜査してみる必要はあると思った。
それで、まず、高垣宅の近所の住人から話を聞いてみることにした。
しかし、特に興味ある情報を入手することは出来なかった。
だが、やがて興味ある情報を入手することが出来た。というのは、高垣の死亡推定時刻に、高垣宅の車が駐車場に停められていなかったという証言を入手したからだ。
この結果を受けて、早速早苗から話を聴くことになった。
すると、早苗は、
「その頃、私は外出していたのですよ」
と、平然とした表情を浮かべては言った。そんな早苗は、いずれ警察がその質問をすることを予期していたかのようであった。
「どちらに外出していたのですかね?」
鬼頭は早苗の顔をまじまじと見やっては言った。そんな鬼頭は、今の鬼頭の問いに対する早苗の表情の変化を決して見逃すまいと言わんばかりであった。
すると、早苗は、
「その頃は、幸福駅の方に行ってましたわ」
「幸福駅の方に行った? それ、どうしてですかね?」
鬼頭はいかにも納得が出来ないような表情と口調で言った。そんな鬼頭は、嘘をつくなら、もう少し巧みな嘘をついてはどうかと言わんばかりであった。
「星ですよ。私は星を見るのが好きでしてね。で、星は街中では見辛いのですよ。ですから、民家やビルの明かりが眼に入らない場所にまで行っては、夜空とか星を見ていたのですよ。私は、星空観察という趣味がありますのでね」
と、いかにも平然とした表情を浮かべては言った。そんな早苗は、今の言葉には、何ら嘘偽りはないと言わんばかりであった。
「でも、その頃は、ご主人はまだ帰宅してなかったのですよ」
と、鬼頭は高垣がまだ帰宅していないのに、星空観察なんかに出掛けるのかと言わんばかりであった。
すると、早苗は、
「そのようなことは、別に珍しくはないですよ。主人は子供ではないのだし、また、家の鍵も持っていますからね」
と、淡々とした口調で言った
早苗はそう言ったものの、高垣の死亡推定時刻に、高垣の妻の早苗が、どこやらに行っていたということが明らかになった。即ち、高垣の死亡推定時刻に、早苗のアリバイはないということだ。
そして、もし早苗が高垣を殺したのなら、早苗はその夜、緑ヶ丘公園に行ったに違いない。何しろ、高垣の遺体は緑ヶ丘公園の四百メートルベンチで発見されたからだ。
早苗が犯人なら、緑ヶ丘公園以外の場所で高垣を殺し、緑ヶ丘公園にまで運んだという可能性は小さいと思われた。何故なら、早苗一人で、高垣の遺体を高垣の遺体が発見された場所にまで運ぶのは、容易ではないと思われるからだ。従って、早苗は緑ヶ丘公園の四百メートルベンチ近くで、高垣を殺した可能性が高いというものだ。
その推理に基づいて、緑ヶ丘公園に立て看板を立て、高垣宅の車、即ち、シルバーのフィットが緑ヶ丘公園の駐車場に停められてなかったか、市民から情報提供を呼び掛けた。
すると、早くも成果を得ることが出来た。その情報を警察にもたらしたのは、近くに住んでいた松山修一(34)という会社員だった。
松山は、
「僕はその日の午後九時頃、緑ヶ丘公園の駐車場にまで行きましてね。というのも、その日、僕はたまたま会社を休んだので、夜になって少し散歩しようと思い、緑ヶ丘公園にまで行ったのですよ。
で、夜ですから、駐車場に停められていた車の数はとても少なかったですよ。五台も停まってなかったのではないですかね。そして、その中の一つに、シルバーのフィットがあったのですよ。
で、何故そのフィットのことを覚えていたかいうと、実は僕もシルバーのフィットに乗っているからですよ。僕は僕の車が停められていると錯覚した位ですよ」
と、些か笑みを浮かべては言った。
そう松山に言われ、鬼頭はいかにも納得したように肯いた。この松山の証言によって、捜査が一歩前進したと理解したからだ。即ち、松山が眼にしたシルバーのフィットは、やはり、高垣家のフィットだったというわけだ。
しかし、帯広近辺で、シルバーのフィットに乗ってる者は、いくらでもいることだろう。
それ故、そう早苗に否定されてしまえば、それで終わりだ。
それで、鬼頭は野暮な問いだとは思ったが、そのフィットのナンバーを覚えていないか訊いてみた。
すると、松山は、
「それは覚えていないですね」
いかにも決まり悪そうに言った。
そう松山に言われ、鬼頭も決まり悪そうな表情を浮かべた。先程、捜査が一歩前進したかと思ったが、今の松山の答えによって、捜査は一歩も前進しなかったという思いが脳裏を過ぎったからだ。
そして、結局、松山から入手出来た情報はこれまでであった。
だが、これだけでは、早苗を高垣殺しの疑いで逮捕することは無理というものだ。
だが、その後、有力な情報を入手するに至った。というのは、四百メートルベンチ近くで、高垣と早苗らしき人物を眼にしたという人物が現れたからだ。その人物は、緑ヶ丘公園近くに住んでいる岡崎進一(67)という男性であった。岡崎は、
「僕はその日、たまたま緑ヶ丘公園近くに散歩に行ったのですよ。そして、夜の九時頃でしたか、フィットから男女が降りたかと思うと、四百メートルベンチの方に歩いて行ったのを眼にしたのですよ」
と、淡々とした口調で言った。
それで、鬼頭は岡崎に高垣と早苗の写真を見せたが、顔までは分からないと言った。
しかし、岡崎が証言したその男女の年齢とか身体付きは、十分に高垣と早苗のものを思わせた。
それで、この時点で、早苗から話を聴くことにした。
だが、早苗は鬼頭の推理、即ち、午後九時頃、早苗はフィットで緑ヶ丘公園に行ってないし、無論、岡崎が眼にした男女は別人だと主張した。
そんな早苗を眼にして、鬼頭は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。早苗の返答は予想通りのものであったし、また、早苗が頑なに否定したともなれば、早苗を逮捕するわけにはいかないからだ。
さて、困った。高垣殺しの犯人は一体誰なのか。また、逮捕に至るのか。今の状況では、先行き暗しといった状況であった。
だが、程なく早苗のその証言は覆されることになった。何故なら、高垣が死亡した日の午後八時半頃、高垣と早苗が借りていた有料駐車場から、高垣宅のフィットで、早苗が運転し、高垣が助手席に座って駐車場を後にしたのを眼にしたという人物が現れたからだ。
その人物は、高垣宅と同じ駐車場を借りている吉田直樹(55)という自営業者であった。吉田は、
「絶対に間違いありません。僕はそのフィットにその男女が乗車していたのは、度々眼にしてますから、その二人の顔を覚えているのですよ」
と、いかにも自信有りげな表情と口調で言った。
その吉田の証言を受けて、早苗は署に出頭を要請され、鬼頭たちから厳しく尋問を受けた。
すると、早苗は程なく観念したように、真相を話し始めたのである。
「察しの通り、私と主人の関係は、最近はとても悪化していたのですよ」
と、早苗はいかにも決まり悪そうに言った
「ご主人の稼ぎが少ないからですかね」
「正にそうですよ。主人は私も働いていた食品会社をリストラされ、運送会社でアルバイト暮らしを始めるようになりましたが、私を養うことは出来ません。私は専業主婦を夢見ていたのですが、その夢は見事に夢と終わりました。
それで、主人に離婚を切り出したのですが、主人は首を縦に振りません。
それで、喧嘩が絶えなかったのです。
そんな折に、主人が一人で行ったかなやま湖キャンプ場で、秋草さんの事件に遭遇し、主人はその場面を密かに携帯電話で動画撮影していたのです。何故、私がそのことを知っていたのかというと、主人は『いい金蔓が出来た』と言っては、それに関して仄めかしたからです。
つまり、主人はその動画を許に、秋草さんを死に至らしめた二人をゆすろうと画策していたのですよ。
それを知り、私はそれを利用出来ると察知しました。
つまり、主人を殺したのは、その二人と誤魔化せるのではないかと、思ったわけですよ。
そして、主人を緑ヶ丘公園の四百メートルベンチに誘い、隙を見ては主人の首にロープを巻き、絞殺したのですよ。
主人はまさか私に殺されるとは夢にも思っていなかったのか、私にあっさりと殺されてしまったのですよ」
と、早苗はいかにも決まり悪そうに言ったのだった。
終わり
この作品はフィクションであり、実在する人物、団体とは一切関係ありません。また、風景や建造物の描写が、実際とは多少異なってることをご了解ください。