5 事件解決

 今までの捜査から、久米島でダイビングショップを営んでいた末吉博敏殺しの容疑者として、二人の人物が浮かび上がった。一人は福岡の中村正志。正志は、末吉のミスが娘の沙織の自殺に繫がったと看做し、何度も久米島に行っては、末吉に文句を言い、更に裁判でも訴えた。しかし、思うようにはいなかった。
 それで、怒りが収まらず、事に及んだというわけだ。
 しかし、正志が殺したという確証はない。
 また、末吉の義弟の又吉は、アリバイが曖昧といえども、逮捕には至らない。しかし、中村正志と又吉達雄のどちらかといえば、又吉の方が可能性は高そうだ。
 それで、もう少し、又吉を捜査してみることにした。
 すると、程なく興味ある情報を入手出来た。その情報を糸数にもたらしたのは、又吉の近所の住人の比嘉知美であった。知美は、
「あまり大きな声では言えないですが、末吉さんは、又吉さんの妹に手を出していたみたいですよ」
 と、神妙な表情を浮かべては、いかにも言いにくそうに言った。
「又吉さんの妹ですが」
「そうです。昭代さんというんですがね。私は、末吉さんが車の中で昭代さんにキスをしていたのを見たことがありますよ」
 と、知美はいかにも言いにくそうに言った。
 そう知美に言われると、糸数は、
「ふむ」
 と言っては、些か険しい表情を浮かべた。その話は、事件に関係ありそうだと思ったからだ。つまり、末吉は、義弟の妹に手を出した。
 それで、又吉が日頃仲のよくなかった末吉に対して更に憤りを感じた。それで、事に及んだ。あるいは、又吉の妹も犯行に加わったのかもしれない。
 この二つのどちらかであるかもしれない。
 そう推理した糸数たち捜査陣は、その線に基づいて捜査を進めることにした。
 すると、程なく有力な情報を入手することが出来た。
 それは、高野里子と又吉の妹の昭代が、仲がよかったということだ。
 高野里子は、今、那覇の病院に入院中だが、その里子の携帯電話の番号が、福岡の中村正志を呼び出した与那嶺という架空の人物の携帯電話の番号だった。
 しかし、里子は今、入院中で、そんな里子が事件に関係ある筈はない。
 そこで、糸数は那覇の病院に入院中であるという高野里子を訪ねてみることにした。
 因みに里子は今、大腸炎で入院中とのことだ。
 病院のベッドに横たわっている里子の前に現われた糸数に対して、里子は怪訝そうな表情を浮かべた。そんな里子は、一体沖縄県警の刑事が何の用があるのかと言わんばかりであった。
 そんな里子に対して糸数はいかにも穏やかな表情を浮かべては、
「高野さんに少し訊きたいことがあるのですがね」
 すると、里子は、
「私に訊きたいこと? それ、どんなことですか?」
 と、怪訝そうな表情を浮かべた。そんな里子は、刑事から何かを訊かれるような覚えはないと言わんばかりであった。
「高野さんは、又吉昭代さんとは親しいですよね? 又吉昭代さんとは、久米島に住んでいる又吉昭代さんのことですが」
 そう糸数が言うと、里子は些か表情を和らげ、
「昭代ちゃんのことかい。昭代ちゃんなら、親しいよ」
 と、流暢な口調で言った。そんな里子の様は、かなり元気そうであった。
 すると、糸数は小さく肯き、そして、
「で、昭代さんは高野さんの携帯電話の番号を知ってますかね?」
 と、さりげなく訊いた。
 すると、里子は、
「そりゃ、知ってるさ。昭代ちゃんは私の携帯電話に時々電話を掛けてくるよ」
 と、それが何か問題なのかと言わんばかりに言った。
 そう里子に言われると、糸数は小さく肯き、そして、
「では、今、高野さんは、高野さんの携帯電話をどうしてますかね?」
「そりゃ、自宅においてあるさ。外出は出来ないから、病院に持って来ても仕方ないから」
 と、里子は淡々とした口調で言った。そんな里子は、それが何か問題なのかと言わんばかりであった。
 すると、糸数は再び小さく肯き、そして、
「で、自宅に置いてある高野さんの携帯電話は、電源を入れてありますかね?」
 と、糸数は再びさりげなく訊いた。
「そりゃ、入れてないさ」
 と、そんなことは当り前だと言わんばかりに言った。
「では、そのことを又吉昭代さんは知ってますかね?」
 と言っては、糸数は、眼をキラリと光らせた。
 里子は、その糸数の問いに、すぐに言葉を発することはなく、少しの間、何やら考え込むような仕草を見せたが、やがて、
「知ってるんじゃないかな」
 と、些か自信無げに言った。
「ほう……。どうしてそう思うのかな?」
 と、糸数は穏やかな表情と口調で言った。
「そりゃ、この病院に入院する時に、携帯電話は家に置いておくと言ったからさ」 
 と、里子は淡々とした口調で言った。
 すると、糸数は些か満足そうに肯いた。糸数たちの推理が一歩一歩現実味を帯びて来たことを実感したからだ。即ち、昭代は里子の携帯電話の電源が切ってあることを知っていたから、里子の携帯電話の番号を中村正志に言うことが出来たというわけだ。
 それ故、末吉を殺したのは、やはり、又吉昭代であったというわけだ。動機は恨みだろう。
 それで、福岡の中村正志が末吉を殺したと思わす偽装工作をした。
 正志を末吉の死亡推定時刻に久米島に呼び出しては、アリバイを曖昧にしておく。そして、その時に末吉を殺したというわけだ。昭代は何らかの手段を用いて中村正志の電話番号を知ったのであろう。
 しかし、与那嶺という架空の人物の携帯電話が又吉昭代の知人のものであったという稚拙なミスによって、又吉昭代は、墓穴を掘ってしまったというわけだ。
 しかし、まだ、今の時点で、又吉昭代を末吉殺しの疑いで逮捕するわけにはいかない。また、兄の又吉達雄も共犯関係にあるのかもしれない。
 それで、この二人が犯人であるという推理に基づき更に捜査を進めてみた。
 すると、程なく有力な証拠を入手することが出来た。というのは、又吉達雄の車のフィットのトランクから血痕が発見されたのだ。
 それで、DNA鑑定を行なったのだが、その結果、やはり、その血痕は末吉のものであったということが、明らかになったのだ。
 この決定的な証拠を突きつけられれば、もう白を切ることは出来ないだろう。
 署で糸数たちの厳しい訊問に対して、初めの内は否定するばかりであったが、程なく真相を自供し始めたのであった。
「義兄が憎くて仕方なかったのです」
 と、小さな取調室で、テーブルを挟んで糸数たちと向かい合った又吉達雄は、俯きながら、いかにも言いにくそうに言った。
「どうして憎くて仕方なかったのかな?」
 糸数は、眉を顰めては言った。
「元々義兄とは性格が合わなかったのです。その為に、些細なことで、よく言い争ったりしてました。
 それだけでなく、僕は生まれつき首が少し曲がっていたのですが、そのことで何かと悪口を言われました。『あの首曲がりの野郎』という具合に。 
 そういう風にして、末吉への憎しみは徐々に大きくなって行きました。
 そして、二ヶ月前に末吉をどうしても許せない出来事が発生しました。
 それは、末吉は僕の妹に手を出したのです。末吉には妻がいたにもかかわらず、僕の妹に眼をつけ手込めにしたのです。そして、妹の裸の写真を撮り、それをねたに妹との関係を続けるようにと妹に命令したのです。
 そんな末吉に妹はどうすることも出来ませんでした。というのも、世間体があり、末吉のことを公にすると、そんな末吉家と親戚関係にあるとなれば恥晒しとなってしまうというわけです。それで、そんな末吉に抗うことは出来ませんでした
 しかし、そんな僕たちの思いは、やがて、末吉への殺意と高じたのです。
 それで、末吉に恨みを持っている福岡の中村正志さんを利用してやろうとしたのです」
 と、又吉はいかにも決まり悪そうに言った。
「つまり、中村さんを久米島にまで呼び出しては、その時に末吉さんを殺害したということかい?」
「そうです。中村さんは、娘が末吉の所為で自殺したと信じています。
 そんな中村さんを末吉殺しの犯人に仕立て上げようとしたのです」
 と、又吉はいかにも悔しそうに言った。そんな又吉は、又吉たちの思い通りに行かなかったことが、正に甚だ悔しいと言わんばかりであった。
「で、高野さんの携帯電話を与那嶺という架空の人物のものとして利用したというわけだな?」
「正にそうです」
「じゃ、何処で末吉さんを殺したのかい?」
「末吉宅の近くの人気のない道です。妹が末吉を呼び出し、僕が末吉の背後から密かに近付き、ハンマーで後頭部を殴打し殺したのです。そして、僕のフィットで宇江城跡まで運びましました」
 そう又吉に言われると、糸数はいかにも厳しい表情を浮かべては眉を顰めた。というのは、又吉たちの犯行の手口が稚拙だったからだ。
 又吉たちは、久米島で静かに暮らすのが相応しく、犯罪者には向かないのであろう。

〈終わり〉

この作品はフィクションです。実在する人物、団体とは一切関係ありません。

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