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 美香の意識が戻った時は、ベッドの上であった。
 そんな美香は上体を起こそうとしたのだが、すると、
「まだ、休んでいてください」
 という女性の声が美香の耳を捕えた。
 それで、美香はその声の主に眼をやったのだが、すると、その女性は白衣に身を包んだ看護婦であった。
 それで、美香は、
「ここは何処ですかね?」
 と、訊いた。
「釧路市内の病院ですよ」
 看護婦はいかにも穏やかな声で言った。
「どうして私はここにいるのですかね?」
 美香はいかにも納得が出来ないように言った。
「何も覚えてないの?」
 そう看護婦に言われ、美香は思い出した。
 米町公園で外山に会い、外山から平手打ちをかまされたことを。そして、その後、すぐにロープのようなものを首に掛けられ、それから、美香は意識を失ってしまったのだ。
 それで、美香は渋面顔を浮かべては、何も言おうとはしなかったのだが、すると、看護婦は、
「心配しなくていいよ。ここは安全な場所だから。だから、ゆっくりと休んでいてください」
 そう言われ、美香は安堵したのか、再び眠りに落ちてしまったのだった。
 
 一方、昨夜、米町公園で美香が外山と話をしてる時に、美香の背後から美香にそっと忍び寄り、美香の首にロープを掛け、美香の首を絞めたのは、実のところ、外山の妻である弘美であったのだ。
 だが、近くに潜んでいた弓場と高橋が、その弘美の行為を阻止し、弘美はその場で外山と共に殺人未遂で、逮捕されたのである。
 そして、外山と弘美に対する訊問が直ちに行なわれ、最初の内は、外山も弘美も美香に対する殺意も、また、沢井和美に対する殺害も認めようとはしなかった。
 だが、外山と弘美にとって、決定的ともいえる不利な証拠が見付かった。和美が殺されたその日に、和美が借りたと思われるレンタカーの書類に、弘美の指紋が付いていたことが明らかになったのである!
 この決定的な証拠を突き付けられては、もはやしらを切ることは不可能というものであろう。案の定、弘美の方から徐々に真相を話し始めたのである。
 そして、その供述は、正に弓場たちの推理通りであった。外科医の許に嫁いだ弘美のことに嫉妬していた和美は、友人であった中林美香が、たまたま外山外科で勤務していたことを幸とばかりに、美香から外山の秘密を探ろうとした。
 その結果、件のテープとカルテを入手することに成功し、それをねたに、外山に和美と付き合うようにと迫った。
 その秘密を公にされては堪らない外山は、渋々和美の要求に応じはしたが、そんな和美の要求はエスカレートし、弘美と別れては、和美と結婚するようにと迫った。
そんな和美に手を焼いた外山は、妻の弘美と相談し、その結果、和美を亡き者にするしかないという結論に達した。
そして、その結果、考え出された手段が、納沙布岬で一人旅してる男性を引っ掛けては、その男性に和美殺しの犯人に仕立て上げるというものであった。何しろ、和美と弘美は似たところがあるので、その計画は実現可能だと、二人は看做したというわけだ。
 そして、その二人の姦計にあっさりと引っ掛かったのが、大坪であったというわけだ。
 弘美はそんな大坪と風蓮湖にまで行っては、弘美が大坪に用を足すと言って別れた時に、直ちに外山の携帯電話に電話をした。
 それを受けて、その頃、風蓮湖の近くで和美を乗せてドライブしていた外山は、人気のない所に車を停めては、和美の隙を見ては和美を紐で絞め殺し、和美の遺体を弘美と共に大坪が和美の遺体を見付けた場所に巧みに運んでは、和美に弘美の服を着せる。その後、大坪は和美の遺体を眼にし、その場を後にする。それを確認した外山と弘美は、和美のスカートの裾をまくったりして、大坪が乱暴した結果、和美が魂切れたと思わせる偽装工作をしたというわけだ。
 もっとも、この作戦は、外山と弘美にとって、正に薄氷を踏む思いであった。
 というのも、外山が和美と共に根室に来てる時に、偶然に納沙布岬で弘美のカモが見付かるとは限らないし、また、大坪が都合よく、和美の死体を発見してくれるとは限らないからだ。
 こういったリスクが存在してる為に、今回の犯行は、必ずしも成功するとは限らないという思いを外山と弘美は抱いていたわけだ。
 しかし、どうやら事は二人の思い通りに動いてくれたというわけだ。
 因みに、和美のハイヒールに大坪の指紋が付いていたのは、大坪がたまたま和美の遺体を眼にした時に触れてしまっただけのことだ。しかし、大坪はそのことを弓場たちに話してなかっただけなのだ。また、根室のレンタカー営業所では、弘美は和美の免許書証を提示した。外山が予め和美の免許証をくすねていたのだ。それを弘美に渡し、それを弘美は提示したというわけだ。その時、弘美が薄いサングラスを掛けていたというのは、弘美の素顔を隠す為だったのだ。
 それはともかく、これによって、事件は解決した。
 それ故、弓場と高橋は安堵した表情を浮かべたのだが、弓場は、
「外山さんは、医者としても、犯罪者としても、優秀ではなかったみたいだな」
 と、淡々とした口調で言った。
「それは、どういう意味ですかね?」
 と、高橋は興味有りげに言った。
「和美さんとよく似た弘美さんを犯行に使うなんて、素人が行なうような手口だよ。それに、弘美さんはレンタカーを借りる時に、指紋を付けてしまったのだから。そのようなことは、絶対にやっちゃ駄目だと、外山さんは弘美さんに言っておかなければならないよ」
 と、弓場は些か険しい表情で言った。
「そう言われてみれば、確かにそうですね」
 と、高橋は弓場に相槌を打つかのように言った。
「それに、手術ミスをしては、患者を死なせてしまうとは、医者としての腕もよくないということだよ」
 と言っては、弓場は眉を顰めた。
「とはいうものの、美男子だったから、女にもてるということは、一流だったわけか」
「正にその通りですね。いっそのこと、医者よりも、俳優になっていた方がよかったんじゃないですかね」

    (終わり)

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