第十二 意外な真相

     1

 こういう風にして、長谷川への訊問は行なわれたのだが、やはり、田中二郎と三郎の事件の解決の目処はまだ立たなかった。
 とはいうものの、事件は終結させなければならない。それが、警察の使命なのだ。
 それで、改めて捜査会議が行なわれた。
 その席上、二郎の事件に関しては、三郎犯人説を認める刑事が少なからずいた。何しろ、三郎は前科者であることが明らかとなり、また、田中二郎たちの犯行を知っていたとのことから、田中二郎の金を狙い、事に及んだという可能性は十分にあったからだ。また、三郎なら、やりそうなのだ。田中二郎の隣室に田中一郎という似たような名前が住んでいたのは、正に偶然で、また、田中二郎を殺したのが、田中三郎であったというのも、正に偶然の出来事であったのだ。戸田たちは当初、似たような姓名を持った人物が三人も関係することの裏には犯人の意思が潜んでいるという推理は、ややこしく考え過ぎたのではないのか。そういう意見が続出したのである。
 それ故、今や田中二郎殺しは、田中三郎単独説が有力となってしまった。そして、それで、田中二郎の事件を終結させることが、もはや、確定的となってしまったのである。

     2

 一方、長谷川の証言などにより、金子一平宅で引き起こされた事件に関して、今までの証言を覆させられた金子三平は、遂に自らが偽証したことを認めた。長谷川に対する捜査内容などから、三平はもはや、警察を騙すことは出来ないと観念したようだ。
 そんな三平は、
「要するに、相続税を払うよりも、ああした方が僕は得だったのですよ」
 と、札幌にまで出向いた戸田に、三平はいかにも気落ちしたような表情を浮かべては、また、いかにも元気ない声で言った。
 そんな三平に戸田は、
「で、岡本勝の遺体はどう始末したのかい?」
 そう言った戸田の表情には、厳しさが見られた。何故なら、三平がそれを認めれば、正に死体遺棄となるからだ。 
 すると、三平は、
「遺体の処理は大河内さんたちに任せましたよ。僕はその男性の死体がどうなったのかは、知らないですよ」
 と、いかにも決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
 そんな三平に、戸田は田中二郎と三郎の事件に関して改めて言及し、
「何故、この二人が殺されたのか、心当りないのかな」
 と、三平に冷ややかな眼差しを投げた。
 すると、三平は、しばらくの間、何やら考え込むような仕草を見せては、言葉を詰まらせていたが、やがて、
「刑事さん、騙されては駄目ですよ」
 と、戸田に冷ややかな眼差しを投げた。
 すると、戸田は、
「それ、どういう意味なんだ?」
 と、些か納得が出来ないように言った。
 そんな戸田に、三平は、
「ですから、長谷川さんや、大河内の証言を鵜呑みにしては駄目だということですよ」
 と、言っては、小さく肯いた。
 そう三平に言われ、戸田は言葉を詰まらせた。確かに、それはそうだ。戸田は無論、そうは思ってはいた。 
 だが、三平にそのように指摘されると、改めて、戸田はそう思ってしまったのだ。
 そんな戸田に、三平は、
「いいですか。刑事さん。長谷川さんや大河内さん、田中さんは、僕の家に侵入し、僕の親父から金を盗んでやろうと目論んだ奴等ですよ。また、僕の車に轢かれた浮浪者の死を闇に葬り、その代償として、僕に金を強請った奴等ですよ。そのような奴等の証言を鵜呑みにするなんて、甚だ軽率だと言わなければならないということですよ」
 と、正に力強い口調で言った。そんな三平は、正に田中二郎、田中三郎たちの死には、長谷川たちが関与してると言わんばかりであった。 
 それで、戸田はその思いを、三平に語った。 
 すると、三平は、
「僕はそう思いますよ。刑事さんもそう思わないのですかね?」
 と、戸田の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、戸田は、
「そりゃ、可能性はないとは思わないが、証拠がなくてね。で、三平さんは、それに関して具体的に何か思うことがあるのかい?」
 と、三平の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、三平は、
「そりゃ、ありますよ」
 と、言っては、唇を噛み締めた。
 そんな三平に、
「それは、どういったことかな」
 と、戸田はいかにも興味有りげに言った。
 すると、三平は、
「黒い野良犬を田中三郎は、田中一郎という大学生の車に故意に轢かせたのですよね?」
「そうらしいな」
 と、戸田は小さく肯いた。 
 すると、三平は、
「ぼくはその黒い犬に関して、思うことがありますね」
 と言っては、小さく肯いた。
「ほう……。それはどういったものかな」
 戸田は、いかにも興味有りげに言った。
 すると、三平は、
「大河内さんですよ。大河内さんが黒い犬を飼っていたという話を僕は耳にしたことがありますよ」
 と、眼をキラリと光らせては言った。
 そう三平に言われ、戸田の表情は思わず強張ったものに変貌した。何故なら、その証言は今、初めて耳にするものであったからだ。また、その証言によって、今まで田中二郎、三郎の事件では容疑者圏外と看做していた大河内が、一気に容疑者圏内へと引き戻されたといった塩梅となったからだ。
 それで、戸田は、
「詳しく説明してくれないかな」
 と、眼を大きく見開いては、また、好奇心を露にしては言った。
「要するに、大河内さんが犬好きというのは、僕は大河内さんや長谷川さんたちの会話でそう察知したのですよ。何故なら、長谷川さんが大河内さんに、『大河内さんとこの黒い犬は元気かい?』と言ったのを、僕は覚えているからですよ」
 と、三平は正に重大な証言をしたと言わんばかりに言った。
 戸田も確かにその三平の証言は、重大なものだと、認識したようだ。何故なら、戸田はいかにも真剣な表情を浮かべたからだ。
 そんな戸田に、三平は、
「それに、大河内さんと田中三郎さんは、中学時代の同級生なんですよね。だったら、田中三郎さんに、そのような行為をさせたのは、大河内さんではないですかね?」
 と、眼をキラリと光らせては言った。そんな三平は、正に自らが重大な証言をしているということを十分に認識してるかのようであった。
 また、戸田も同感であった。
 だが、戸田にはまだ解せないことがあった。
 それは、仮に大河内が田中三郎に指示を出し、その田中一郎に妙な行為をさせたとしても、その理由を解せなかったのだ。
 それで、戸田はその思いを三平に話してみた。 
 すると、三平は少しの間、何やら考え込むような仕草を見せていたが、やがて、
「捜査を攪乱させる為ではないですかね」
 と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。
「捜査を攪乱させる為?」
 戸田は些か納得が出来ないように言った。戸田は今の三平の言葉の意味が理解出来なかったからだ。
 すると、三平は、
「そうです。捜査を攪乱させる為ですよ。何しろ、大河内さんは推理小説を読むのが好きであったみたいですからね。というのも、大河内さんが長谷川さんに推理作家の名前を口にしたことを、覚えていますからね」
 と、いかにもその可能性が高いと言わんばかりに言った。
 そう言われ、戸田は、
「ふむ」
 と、呟くように言っては、腕組みした。確かに、その可能性はありそうだったからだ。
 つまり、田中二郎たちの事件には何ら関係のない、また、田中二郎と一字しか違わない姓名を持った田中一郎という大学生が、田中二郎の隣室に住んでいた。 
 それで、大河内はそんな田中一郎を利用し、警察の捜査を攪乱してやろうと目論んだのだ。
また、大河内の友人に、田中三郎という、これもまた、田中二郎と一字しか違わない人物がいた。そして、三郎はチンピラ然とした男だ。それ故、この田中三郎も利用してやろうとしたのだ。また、田中二郎を殺した動機は、金であろう。大河内はペンションを興したものの、経営はうまく行っていない。それに、アルバイトなどの経費もかさむというものだ。それ故、金はいくらあっても足らないという状況であろう。 
 それ故、大河内は田中二郎の金に目をつけ、ゆすり取ってやろうとしたのかもしれない。
 また、田中三郎は大河内たちの秘密を知った危険な存在となった。それで、田中三郎に田中一郎に妙な言い掛かりをつけさせ、その結果、田中一郎が田中三郎を殺したと思わせるような偽装工作をしたのかもしれない。無論、田中三郎を殺したのは、大河内というわけだ。それが、田中三郎の事件の真相であるのかもしれない。
     
 三平への捜査によって、今や、捜査は完全に進展したといえよう。金子三平、大河内、長谷川たちは、正に自己保身の為に、次から次へと、明るみになっていない謎を白日した。もっとも、彼らのも証言には、矛盾点があった。しかし、その矛盾点をつくことによって、まだ明らかになっていない真相に近付くことが出来ると戸田は理解したのだ!
 また、田中二郎に宛てた手紙の中で〈さちと同じだ〉という表現が用いられていたことから、横田幸男は、田中二郎、大河内たちによって、殺された可能性が高い! 
 だが、大河内たちから今まで入手した証言からは、それらの推理を裏付けることは、不可能というものだ。
 さて、困った。推理の上では、もはや、事件はほぼ解決したと、戸田はほくそ笑んだものの、実際は解決にはまだまだという感じなのだ。
 果して、田中二郎、三郎の事件は解決出来るだろうか?
 そういった悲愴感も、漂い始めなかったといえば、それは嘘となるだろう。

     3

 そして、一週間が過ぎた。
 そして、その一週間の間は、捜査の進展は見られなかった。だが、その翌日になって、捜査に進展が見られた。
 というのは、件の封筒が見付かったのである。
 件の封筒とは、田中一郎が誤って開封してしまったという封筒が、亡き田中二郎の「黒川ハイム」の部屋から見付かったのである。
 その封筒は、何と、下駄箱にあった田中二郎のスニーカーの中に入っていたのである。捜査陣は、そこまで捜査しなかったのである。
 何故、田中二郎がその封筒をそのような場所に入れておいたのかは、推測も及ばないという塩梅であった。とはいうものの、見付かったという事実は変わりなかった。
 そこで、その封筒に付いていた指紋を採取し、事件の関係者の指紋が見付からないかという捜査が行なわれた。
 すると、成果はあった。
 何と、その封筒からは、長谷川弘の指紋が付いていたことが明らかとなったのだ!
 だが、その事実は捜査陣にとって、意外であった。何故なら、その封筒には、大河内の指紋が付いているべきであったからだ。だが、実際に付いていたのは、長谷川弘の指紋であったからだ。
 ということは、長谷川弘がその文面を書いたのであろうか? そして、長谷川は投函する郵便受けを間違えてしまったのか?
 そう推理すると、戸田は些か満足そうに肯いた。その可能性は十分にありそうだからだ。
 そして、更に捜査を進めていくと、決定的な証拠を入手することが出来た。というのは、インターネットでGPS自動車追跡装置を販売してる業者にコンタクトをとり、捜査を進めたところ、何と長谷川弘が、田中一郎のアルトに付けられていたものと同じ商品をG社から購入していたことが明らかとなったのである!
 この事実を受け、長谷川が再び戸田からの訊問を受けることになったのだ。

     4

 戸田に新たに発覚した正に長谷川を窮地に追い詰めると思われる位の決定的な事実(GPS自動車追跡装置購入)という事実を突き付けられると、流石に長谷川の表情はみるみる内に険しくなって行った。そんな長谷川の表情は、もう誤魔化しは通用しないのではないかという崖っ縁に立たされたような心境を表すようなものにも受け取れた。 
 そんな長谷川は、蒼褪めた表情を浮かべては、なかなか言葉を発そうとはしなかった。
 それで、戸田は改めて、その事実、更に今までに捜査して明らかになった事実や推測を交えては、
「これはどういうことですかね」
 と、長谷川に詰め寄った。
 すると、長谷川は、まだしばらくの間、戸田から眼を去らせては、言葉を発そうとはしなかったが、やがて、
「金が欲しかったんですよ」
 と、戸田から眼を伏せながら、いかにも落胆したような表情を浮かべた。そんな長谷川は、正に何もかもを話しては、楽になりたいと言わんばかりであった。
「やはり、田中二郎さんに〈十日まで待ってやる。それまでに渡さなければさちと同じだ〉という手紙を出したのは、長谷川さん、あんたなのか?」
 と、戸田は眼をギラギラと輝かせては言った。
 すると、長谷川は、
「ええ」
 と、小さな声で呟くように言っては、小さく肯いた。
「ということは、横田さんはやはりあんたたちに殺されたのかい?」
 そう戸田が言うと、長谷川は、無言で小さく肯いた。
 すると、戸田はいかにも威厳を込めたような表情を浮かべては、小さく肯いた。これによって、捜査は大きな前進を成し遂げることが出来たからだ。そんな戸田の口からは、
「何故殺したのか? 口封じの為かい?」
 と、長谷川の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、長谷川はこの時点で戸田の方を恐る恐る見やっては、
「そうです。戸田さんが以前指摘したように、横田さんはマリリン教にのめり込むようになって、今までの自分を悔い改め、これからは誠実な人生を送りたいと、我々に宣言したのですよ。
 我々としては、金子さんの事件がうまく行った為に、第二の金子さんのような犯行をやろうということを計画していました。
 もっとも、まだ誰を標的にするかまでは決まっていませんでした。つまり、金子さんのような獲物が見付かれば、事に及ぼうと、僕たち、即ち、僕と横田さん、田中二郎さん、大河内さんは言い合っていたのですよ。
 ところが、その中で横田さんがメンバーから離脱したいと言い出したのですよ。 
 また、横田さんは今までの悪行を神の前に懺悔して、心を入れ替えるなんて、言ったのですよ。その横田さんの心変わりを僕たちは恐れました。何故なら、横田さんの口から、僕たちの犯行が露見するのではないかと、思ったからです。 
 それで、僕と大河内さん、それに、田中二郎さんの三人で、横田さんを横田さん宅で火事に見せかけては殺したのですよ」
 と、長谷川は言っては、項垂れた。そんな長谷川は、正に取り返しのつかないことをやってしまったと、大いに後悔してるかのようであった。
 そんな長谷川に、戸田は、
「じゃ、田中二郎さんも殺したのかい?」
 そう戸田が訊くと、長谷川はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべては、黙って肯いた。
 すると、戸田も小さく肯き、そして、
「何故、田中さんを殺したんだい?」
 と、いかにも納得が出来ないように言った。
 そう戸田が言うと、長谷川は戸田から眼を逸らせては、少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「ですから、横田さんと同じですよ」
 と、いかにも決まり悪そうに言った。
「横田さんと同じ?」
「そうです。つまり、田中さんも、もう足を洗いたいと言い出したのですよ。でも、僕と大河内さんは反対しました。というのも、弱気になった者の口からは、必ず我々の犯行が露見すると思ったからです。
 もっとも、田中さんはそれはないと断言しました。
 それで、僕は田中さんに、我々と縁を切る為の手切れ金を渡せと、要求したのですよ。でも、田中さんはそれを渋りました。
 それで、僕が田中三郎さんに頼んで田中さんの郵便ポストに投函したのが、あの手紙だったというわけですよ。
で、僕と大河内さんは、田中二郎さんを殺すしかないと思っていました。それで、その計画を練ったのですが、その結果、田中三郎さんを利用してやろうということになったのですよ。というのも、田中三郎は、田中二郎と一字違いですから、もし、二郎さんが殺されれば、三郎が関係してると世間を欺くことが可能だと思ったのです。更に、二郎さんの隣室には、田中一郎という人物が住んでるじゃないですか。それで、田中一郎は利用出来ると、僕たちは読んだのですよ。
 つまり、三郎が一郎に何かと難癖を付け、一郎に恨みを持ってると世間に思わせる。そして、その結果、三郎が一郎と二郎を間違えて殺してしまったと思わせることが出来るのではないかと、考えたというわけですよ」
と、長谷川はいかにも知的な容貌を浮かべては言った。後で分かったことだが、長谷川は超難関の国立大学の出身だとのことだ。
「つまり、一郎さんに対して犬を轢かせ、難癖をつけさすように、あんたたちは、三郎さに仕向けたのかい?」
「正にその通りです。一郎さんの車の前に犬の餌を投げ、犬がその餌目掛けて一郎さんの車の前に飛び出し、その結果、一郎さんの車に轢かれてしまうという作戦を僕たちは練り、三郎さんに実行させたのですよ」
 と、長谷川はいかにも自信に満ちた表情と口調で言った。そんな長谷川は、自らが考え出した姦計を自画自賛してるかのようであった。
「で、一郎さんのアルトにGPS電波発信装置を装着し、また、三郎さんを熱川で殺したのも、あんたかい?」
 戸田は長谷川の顔を食い入るように見やっては言った。
「そうです。三郎はいずれ俺たちを強請るに決まっています。そういう男だと大河内さんは言ってました。それで、先手を打って僕が殺したのですよ」 
 と、長谷川はいかにも険しい表情を浮かべては言った。
「ということは、あんたが熱川にまで行って殺したのか?」
「そうです。僕と三郎が、三郎の車に乗って、田中一郎さんをつけ、熱川にまで行ったのですよ。そして、熱川の海岸近くで一郎さんに薬を嗅がせては眠らせ、熱川の雑木林にまで三郎の車で行ったのですが、その時、僕は隙を見ては三郎を殺したのですよ。何故、三郎を殺したのかは、先程、説明した通りですよ」
 と、長谷川はまるで学生がテストで満点を取ったと言わんばかりに、いかにも自信有りげな表情と口調で言った。
 そう長谷川に言われ、戸田は些か満足そうに肯いた。捜査が着々と進んでることを実感したからだ。
 そんな戸田は、
「じゃ、田中二郎さんはどうやって殺したのかい?」
 と、いかにも興味有りげに言った。
 すると、長谷川は、
「ですから、僕は二郎を呼び出したんですよ。俺たちと縁を切りたいと言ったことに対して、少し話を聞かせてくれという具合にね。
 で、その時、僕はやはり、二郎をこのままにしてはやばいといと、確信しました。それで、二郎の隙をみては、刺殺したというわけですよ。後は、東京デズニーランド沿いの川に遺棄したというわけですよ」
 と、再びいかにも自信有りげな表情と口調で言った。そんな長谷川は、一人殺してしまえば、後、二人、三人と殺しても、大したことではない言わんばかりであった。
 そんな長谷川に、戸田は、
「でも、今の供述を裏付ける証拠がないんだな」 
 と、渋面顔を浮かべては言った。そんな戸田は、正に長谷川の供述だけでは、長谷川を逮捕は出来ないと言わんばかりであった。 
 だが、そんな戸田に長谷川は、
「証拠ならありますよ」
 と、澄ました表情を浮かべては言った。
「ほう……。それは、どんなものかな」
 戸田は眼を大きく見開き、輝かせては言った。
 すると、長谷川は、
「三郎を刺した時、僕は返り血を浴びています。その時の衣服を僕はまだ持ってますから、その血を鑑定すれば、僕の供述を裏付けられるでしょう。また、田中二郎の場合も同様ですよ」
 と、自慢げに言った。
 すると、戸田は眼を大きく見開き輝かせたまま、
「その衣服は何処にあるんだい?」
「そりゃ、僕の家ですよ」 
 そのようなことは当然だと言わんばかり言った。
 すると、戸田は些か満足そうに肯いた。これによって、田中二郎と三郎の事件は解決出来ると、思ったからだ。
 そんな戸田は、
「で、大河内さんは、あんたのい田中二郎殺し、三郎殺しには、関わっていないのか?」
 と、長谷川の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、長谷川は、
「関わっていませんね。大河内さんは臆病だから、足手まといになると僕は思いましてね。それで、僕が単独で行なったのですよ。でも、大河内さんは横田さん殺しには関わってますよ。で、横田さん殺しにも証拠があるんですよ。それは、僕は横田さん殺しを謀議してる時に、その会話を密かにボーイスレコーダーに録音しておきましたからね」
 と、いかにも自信有りげに言った。
 そんな長谷川に、戸田は、
「でも、長谷川さんは何故、こんなにすらすら自供してくれる気になったのかい?」
 と、あまりにもの長谷川の心変わりに驚いたように言った。
 すると、長谷川は、
「僕は最近、肝臓の調子が悪いので、診察を受けたんですがね。すると、肝臓がんで、もう長く生きられないとのことなんですよ。そのことが影響してるんじゃないですかね」 
 と、他人事のように言ったのだった。

     (終わり)

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