5 囮捜査

 今、警視庁の刑事や鑑識たちから家宅捜索を受けてるのは、鮫島直之(24)という無職の男であった。鮫島は二日前に傷害の疑いで逮捕されたのである。
 鮫島は仲間五人と共に、葛西臨海公園の人気のない場所で、夜の十時頃、アベックを襲ったのである。
 しかし、それは、囮捜査であった。
 ここしばらくの間で、葛西臨海公園の人気のない場所で、深夜にアベックが襲われ、女性が乱暴されるという事件が多発していた。そして、三ヶ月前には、アベックに対する殺人未遂事件も発生したのだ。
 それを受けて、警視庁は業を煮やし、若い刑事と若い婦人警官でアベックを装い、犯人に襲わせようとしたのだが、遂にその囮作戦に犯人が引っ掛かったのである。
 とはいうものの、その時に警視庁の刑事が逮捕出来たのは、一人だけで、後の四人には、巧みに逃げられてしまったのだ。そして、逮捕されたその一人が、鮫島直之であったのだ。
 だが、鮫島の住居は明らかになったので、その鮫島のアパート(川崎市中原区内にあるアパート)が家宅捜索されることになったのだ。
 そして、刑事たちの狙いは、鮫島が決して口を割ろうとしない鮫島の共犯者を見付け出すことと、鮫島たちの余罪であった。
 そして、鮫島の共犯者を突き止めるのは時間の問題だと思われた。
 というのは、鮫島の友人と思われる人物を記したアドレス帳が見付かったからだ。
 そのアドレス帳には、二十人程の名前が記されていたが、その中に鮫島の共犯者がいる可能性はかなり高いといえるだろう。
 また、鮫島は前科はなかったが、余罪があると警視庁は睨んでいた。それ故、警視庁の刑事たちは、懸命に鮫島の2DKの部屋を捜査したのである。
 捜査は正に入念に行なわれた。それ故、鮫島の部屋にあったビデオテープの中身までがチェックされたのである。
 すると、興味深いものが録画されてるテープが見付かった。
 それには、何処かのホテルで男女がセックスしてる場面が映っていたのだが、その様が何となく妙なのだ。というのは、その男女は密かに男女の行為を撮影されてるかのようなのだ。
 また、その男女は、年配の男性と若い美人の女性だったのだが、その男性の顔に刑事たちの中の一人が、心当りあったのだ。
 というのは、その刑事は東京都台東区に住んでいたのだが、その台東区選出の都会議員安川強(60)に、その男性がとても似ていたのである。
 それ故、その刑事、即ち、上野厚刑事(29)は、何度もそのビデオを眼にしてみた。
 しかし、上野刑事の結論は揺るがなかった。
 即ち、そのビデオに映ってる男性は、やはり安川強に違いなかったのである。
 それ故、上野刑事は、
「びっくりしたな」
 と、大層驚いたように言った。
 何しろ、安川は誠実な人柄で通っていて、某中学校のPTAの役員を兼ねていたり、また、女性の人権を擁護したりすることが、政治のスローガンだったのだ。
 また、安川には妻子がいるのだ。そんな安川が、あのような若い女性と情事に耽ったりしてるのが、上野刑事には信じられなかったのだ。そして、上野刑事はその思いを他の刑事に話した。
 すると、川岸明(30)という刑事が、
「人間とは、そんなものじゃないかな」
 と、苦笑しながら言った。そして、
「ひょっとして、そのビデオは盗撮されたものじゃないかな」
 と言っては、眉を顰めた。
「盗撮?」 
 上野刑事も眉を顰めた。
「ああ。そうだ。ホテル内に密かに隠しカメラが仕掛けられていて、安川さんたちがそれに気付かず、盗撮の餌食になってしまったというわけさ。
 そして、そんな盗撮されたビデオが、被害者が知らない内に、市販されたりすることもあるらしいよ。
 二ヶ月前に起こった星野富男さんの事件を覚えてるかい?」
 嵐刑事は上野刑事を見やっては言った。
 すると、上野刑事は、
「知らないな」
 と、決まり悪そうに言った。
 それで、上野刑事は川岸刑事に星野の事件のことを話した。
 すると、川岸刑事は、
「じゃ、鮫島も盗撮相手をゆすったりしてたのかな」
 と、眼をキラリと光らせては言った。
「それは、どうかな」
 上野刑事は渋面顔で言っては、首を傾げた。
「それはどうかなとは、どういう意味かな」
「うん。それは、鮫島の部屋からは、盗撮に使うカメラなんかが見付からなかったからな。盗撮カメラを使いこなすには、カメラに詳しくなければならないよ。でも、鮫島の部屋からは、そんな気配は感じなかったんだよ」
 と、上野刑事は言っては、小さく肯いた。
「となると、どうなるんだ?」
 川岸刑事は怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「つまり、鮫島はあのビデオテープを誰から貰ったんじゃないかな。あるいは、市販されてたものをダビングしたかだ」
「でも、市販されたものではないだろう。何しろ、安川さんは一応、有名人なんだから、そのことに誰かが気付く筈だよ。だが、今のところ、そのような話は聞いたことがないからな」
「確かにそう言えるだろう。だが、このことは、とにかく、警部に話さなくては」
 ということになり、安川のビデオのことは、直ちに松山警部(52)に伝えられた。
 すると、松山は初めの内は気難しげな表情を浮かべては、言葉を発そうとはしなかったが、やがて、
「そのビデオテープから、指紋を採取してみよう」
 と言っては、小さく肯いた。
「指紋、ですか……」
 上野刑事は松山の意図がよく理解出来なかったのか、怪訝そうな表情で言った。
「ああ。そうだ。指紋だ。とにかく、鑑識に指紋を取ってもらおう」
 ということになり、直ちに安川が映ってるというビデオテープに付いている指紋が採取された。
 すると、驚くべき人物の指紋が採取された。
 その人物とは、二ヶ月前にお台場で絞殺死体で発見された星野富男の指紋が付いていたのだ。
 その結果を受けて、松山は、
「やはり、僕の勘は当ったよ」
 と、いかにも満足そうな表情を浮かべては言った。
「それは、どういう意味ですかね?」
 上野刑事は怪訝そうな表情を浮かべては言った。上野刑事は松山の胸の内がよく分からなかったのである。
「上野君は二ヶ月前に起こった星野富男さんの事件のことを知ってるかな?」
「ある程度は知ってますが、詳しくは知りませんね」
そうか」
 と松山は言っては、星野の事件の概要を説明し、そして、
「で、その星野さんの事件は捜査は、今、壁にぶち当ったような状況で、なかなか進展してないようなんだよ。
 で、僕が思ったのは、盗撮ビデオ絡みで最近、何か事件が発生してないかということなんだ。そして、それに関しては、まず星野さんの事件が思い出されるんだ。それ故、鮫島が何らかの関係で、星野さんの事件に関係してる可能性があるのではないかと、僕は思ったというわけさ」
 と言っては、肯いた。
「成程。ということは、星野さんを殺したのは、鮫島なんでしょうかね?」
「今の時点では、そうだとは断言は出来ないさ。しかし、鮫島が所持していたビデオテープに星野さんの指紋が付いていたとなれば、鮫島はしらを切る事は出来ないさ」
「ということは、鮫島は星野さんを殺しては、あの安川さんが映ってるビデオテープを奪ったのでしょうかね?」
「その可能性はあるな。何しろ、星野さんは盗撮マニアだったんだ。それ故、その星野さんが仕掛けた盗撮カメラに安川さんが引っ掛かった可能性はあるよ。
 それで、星野さんはその盗撮によって得たビデオで安川さんをゆすったのかもしれないな。
 その結果、安川さんは鮫島たちを使って星野さんからそのテープを取り返そうとしたのか、あるいは、意図的に殺させたのかもしれないな」
 と、松山はその可能性は充分にあると言わんばかりに言った。そして、
「鮫島の所持品などから、安川さんとの接点がないか、捜査してみよう」
 ということになり、早速、その捜査が行なわれた。 
 すると、さ程時間を経ずに、鮫島と安川に接点があるという証拠が見付かった。というのは、鮫島の携帯電話に、安川の携帯電話に電話したという発信記録が残っていたのだ。
 その結果を受けて、直ちに鮫島に対する訊問が再開された。
 すると、鮫島は鮫島が所持していたビデオテープに星野の指紋が付いていたことに関しては、
「あのビデオテープは、拾ったんだよ」
 と、いかにも決まり悪そうに言った。
「何処で拾ったんだい?」
「ですから、お台場ですよ」
 と、鮫島は再び決まり悪そうに言った。
 そして、鮫島の携帯電話の発進記録に、安川の電話番号が残っていたことに関しては、
「間違って電話をしてしまったんですよ。誰だって、かけ間違いというものがあるじゃないですか。正に、そのかけ間違いですよ。僕は、安川強という都会議員なんて、まるで知りませんよ」
 と言うだけで、捜査陣を手古摺らせたが、安川への電話の件では、鮫島の嘘を暴く事が出来た。
 というのは、鮫島の部屋にあったメモ用紙に、安川の電話番号がメモしてあったからだ。
 その事実を突き付けられると、鮫島は黙秘を始めた。そんな鮫島は死んでも真相を話さないぞと言わんばかりであった。
 それで、今度は安川から話を聴くことになった。
 安川の前に姿を見せた松山に対して安川は、
「警視庁の刑事さんが、一体、僕に何の用があるのですかね?」
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
 そんな安川に松山は、
「安川さんには、妻子がおありでしたね?」
 そう松山が言うと、安川は表情を綻ばせては、
「勿論、ありますよ」
「では、安川さんには失礼な訊き方となりますが、安川さんは時々、浮気されたりしますかね? あるいは、商売女を買ったりしますかね?」
 そう山村が言うと、安川の表情から笑みが消えた。そんな安川は、正に嫌な質問をしてくれたなと言わんばかりであった。
 案の定、安川は、
「そのような質問に答えなければならないのですかね?」
 と、不満を露にしては言った。
「是非、答えていただきたいですね」
 と、松山は力強い口調で言った。
「どうしてですかね?」
 安川は納得が出来ないように言った。
「実はですね。安川さんにとって、公にされたくないような場面が映ったビデオテープを我々は入手してしまいましてね」
 松山は安川から眼を逸らせては、言いにくそうに言った。
「僕にとって公にされたくないような場面が映ったビデオテープ?」
 安川は再び怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「ええ。そうです」
「それは、どんなものですかね?」
 安川は渋面顔で言った。
「それは、安川さんが若い美女とホテルでセックスをしてる場面が映ったビデオテープですよ」
 と、松山は言いにくそうに言った。
 すると、安川の表情は、忽ち茹で蛸のように真っ赤になり、そして、松山から眼を逸らせた。そして、安川は松山から眼を逸らせたまま、言葉を発そうとはしなかった。そんな安川は松山の出方を窺ってるかのようであった。
 そんな安川に松山は、
「安川さんは、それに関して、何か心当りありますかね?」
 と、安川の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、安川は、
「そのビデオを見てみないことには、何とも言えないですがね」
 と、表情を改めては言った。
 すると、松山は、
「これを見てくださいよ」
 と言っては、一枚の写真を安川に見せた。
 それはビデオの映像をデジカメで撮影したものであったが、それは明らかに安川が映ってると断言出来るものであった。
 この決定的な証拠を見せ付けられると、安川は戯けたような表情を浮かべては、
「こりゃ、参ったな」
 と言っては、右手で頭を掻いた。
 そんな安川に、松山は、
「これで、安川さんは先程僕が言ったことを認めてもらえますよね?」
 すると、安川は、
「どうしてそのようなことを訊くのですかね? 僕のプライベートのことが、警察の捜査に関係してるのですかね?」
 と、些か納得が出来ないように言った。
 すると、松山は、
「実はですね。我々は今、殺人事件の捜査をしてましてね。で、その事件の被害者は、星野富男という二十四歳の男性だったのですが、星野さんは盗撮という悪趣味がありましてね。つまり、女子トイレとかラブホテルなんかに隠しカメラをセットし、盗撮を行なっていたということですよ。 
 で、星野さんは時々、盗撮したビデオを元に、秘密を公にされたくなければ、金を払えとかいうように、盗撮した相手をゆすったりしていたみたいなんですよ。
 で、安川さんは有名人ですから、星野さんに金を払えとか言われて、ゆすられていたのではないかと、僕は思ってるのですよ」
 と、安川の顔をまじまじと見やっては、落ち着いた口調で言った。
 すると、安川は、
「僕は星野という男にそのようなことはやられてませんよ」
 と、何ら表情を変えずに、落ち着いた口調で言った。
「そうですかね? でも、それはおかしいですね」
 松山はいかにも納得が出来ないように言った。
「何がおかしいのですかね?」
 安川も納得が出来ないように言った。
「そのビデオテープには、二ヶ月前にお台場公園で他殺体で見付かった星野さんの指紋が付いていたのですよ。ということは、そのビデオは星野さんが盗撮したと思われるのですよ」
「そうですか。でも、その星野という人物は、僕にコンタクトを取って来なかったのですがね」
 と、安川は怪訝そうな表情を浮かべた。
「それは間違いないですかね?」
「勿論、間違いないですよ」
 と、安川は力強い口調で言っては、大きく肯いた。
「じゃ、安川さんは鮫島直之という人物を知ってますかね? 台東区内に住んでいる二十四歳の若者ですが」
 すると、安川は間髪を入れずに、
「知らないですね」
 と、素っ気なく言った。
「そうですかね? で、先程言及した安川さんが公にされたくないビオテープを所持していたのは、その鮫島なんですよ。
 で、その鮫島は先日、傷害事件を起こし、逮捕されました。鮫島は鮫島を入れて五人で、先日アベックを襲い、その罪で逮捕されたのですが、余罪があると我々は看做し、鮫島のアパートを捜査したところ、安川さんのスキャンダルを映したビデオテープが見付かったというわけですよ。
 更に、鮫島の携帯電話を調べてみたところ、何と安川さんと通話した記録が残っていたのですよ。
 これは、どういうことですかね?」
 と、松山は安川を睨め付けるように言った。
 すると、安川は険しい表情を浮かべては、少しの間、言葉を詰まらせていたが、やがて、
「恐らく、そのビデオテープの事が関係してるのではないかと思いますね」
 と、松山から眼を逸らせては、淡々とした口調で言った。
 その安川の言葉の意味を理解出来なかったので、
「それ、どういうことですかね?」
「つまり、鮫島という男が、僕が公にされたくないビデオを持っていたのですよね? となると、そのビデオをねたに、僕をゆすり、金をせしめようとしてたというわけですよ。
 それで、僕の電話番号を紳士録なんかで調べ出し、僕に電話を掛けたのですよ。
 だが、留守電状態になっていたので、電話は繋がらなかった。しかし、僕に電話を掛けたという記録は残っていたというわけですよ」
 と、安川は些か得意げな表情を浮かべては言った。そんな安川は、正にこれが真相だと言わんばかりであった。
 すると、松山は、
「そうですかね」
 と、納得が出来ないように言った。
「そうですよ。それ以外にどのように説明すればいいのですかね? つまり、鮫島という男は、星野さんと同様、ゆすり屋だったというわけですよ」
 と、安川は言っては、唇を歪めた。
「でも、どうして、鮫島が持っていたビデオテープに星野さんの指紋が付いていたのでしょうかね?」
 そう松山が言うと、安川の言葉は詰まった。安川はその松山の問いに対する適切な答えを見出せないかのようであった。
 そんな安川はやがて、
「そのようなことを僕に言っても、僕は分からないですよ。鮫島に訊いたらどうですかね」
 と、不貞腐れた表情を浮かべては言った。
「鮫島は今まで傷害事件を起こしたことはあるのですが、盗撮はやってないようなんですよ。何しろ、鮫島はカメラには詳しくないみたいですからね。
 となると、鮫島は星野さんが持っていたそのビデオテープを星野さんから奪った可能性があるのですよ。
 では、何故そのようなことをやったのかというと、誰かの命を受けたからと思われるのですよ。
 で、誰の命でそうやったのかと思いますかね?」
 松山は安川の顔をまじまじと見やっては言った。
「そんなこと言われても、僕に分かるわけがないじゃないですか!」
 安川は、松山から眼を逸らせては、不貞腐れたように言った。
「僕はそう鮫島に命じたのは、安川さんだと思ってるのですがね。安川さん以外に、あのビデオが公になっても困る人はいませんからね」
 と、松山が言うと安川は、
「その言い方は失礼ですぞ!」
 と、声を荒げては言った。
「どうして失礼なんですかね。安川さんはそのビデオを手に入れたいと思ってもおかしくはないと思うのですがね」
「しかし、僕は鮫島という男に、そのビデオを星野とかいう男から奪うようにと、命じてはいませんよ」
 と、声を荒げては言った。
「そうですかね? 今までの我々の推理によると、鮫島たちが星野さんを殺したと推理してるのですよ。そして、その時に鮫島は安川さんが映ったビデオを手に入れたと思ってるのですよ。無論、鮫島たちにそうするようにと命じたのは安川さんだというわけですよ。
 で、その時に故意かアクシデントがあったのかは分からないですが、鮫島たちは星野さんを殺してしまったというわけですよ。
 これが、星野さんの事件の真相だと我々は推理してるのですがね」
 と、松山は自信有りげな表情と口調で言った。
 すると、安川は、
「馬鹿馬鹿しくて、話にならん! もうこの辺で、刑事さんの話に耳を傾けるのは、勘弁させてもらえないですかね」
 と、松山にいかにも不満そうに言っては、松山の許から去ろうとした。
 すると、その時に、松山の携帯電話が鳴った。
 それで、松山は受信ボタンを押した。そして、相手の声に耳を傾けた。
 そして、松山は少しの間、携帯電話に耳を傾けていたが、やがて、安川の許にやって来ては、
「今、入手した情報なんですがね。
 鮫島宅にあった携帯電話に、安川さんとの通話内容が録音されていたものが見付かったのですよ。その内容は、星野さんに金を渡す振りをして、ビデオを奪い取るというものでした。
 これによって、安川さんは星野さんの事件の有力な容疑者となりましたから、安川さんからじっくりと話を聴かせてもらわなくなったというわけですよ。
 それ故、署まで来てもらいましょうかね」
 と、安川は今度こそ、ホシは逃がさないぞと言わんばかりに言った。

   (終わり)

 この作品はフィクションで、実在する人物、団体とは一切関係ありません。また、風景とか建造物の構造等が実際とは多少異なってることをご了解ください。

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