4 意外だった犯人

 次に秋田正信の親族から話を聴いてみることにした。
 秋田正信には、弟がいた。更に、両親もまだ健在であった。
 それで、まず、秋田正信の両親から話を聴いてみることにした。
 両親も盛岡市内に住んでいて、年齢は七十の半ば位だと思われた。
 しかし、特に成果を得ることは出来なかった。
 それで、次に弟の秋田三郎から話を聴いてみることにした。
 秋田三郎は、今は無職だとのことだ。以前は運送屋で働いていたとのことだが、半年程前に辞め、今は何もしてないそうだ。そんな秋田三郎に、沢口はまず秋田正信、そして、秋田明美が相次いで変死したことを話し、
「秋田正信さんは龍泉洞内で行方不明となりました。その結果、明美さんに五千万もの生命保険金が支払われるかもしれませんが、しかし、生命保険会社は、正信さんが死亡したのかどうか、確認が取れないという理由で生命保険は支払われるかどうか、調査中だったみたいですよ。そんな折に明美さんが何者かに殺されました。そんな明美さんは、どうやら殺害予告を受けていたそうですよ」
 と言っては、件の脅迫文を秋田三郎に説明した。そんな沢口の話を秋田三郎は黙って耳を傾けていたが、沢口の説明が一通り終わっても、言葉を発そうとはしなかった。
 それで、沢口は、
「これに関してどう思いますかね?」
 と、秋田三郎の顔をまじまじと見やっては言った。
「そりゃ、その脅迫文を送りつけた者が犯人ではないかと思いますね」
と言っては、小さく肯いた。そんな秋田三郎の表情は、かなり険しいものであった。
 すると、沢口も小さく肯き、そして、
「では、その脅迫文を明美さんに送りつけた人物に、秋田さんは心当たりありませんかね?」 
 と、秋田三郎の顔をまじまじと見やっては言った。
 だが、秋田三郎は、
「ないですね」
 と言っては、眉を顰めた。
「で、その脅迫文は、明美さんが旦那を保険金目当てに殺したと糾弾してるのですよ。しかし、明美さんの夫が二度も変死し、しかも、その二人の夫に高額な生命保険が掛けられていたということは、明美さんの身近だった人しか知らなかったのですよ。このようなことが、新聞等で報道されたわけではないですからね」
 と言っては、沢口は小さく肯いた。沢口がそう言っても、秋田三郎は渋面顔を浮かべては、言葉を発そうとはしなかった。
「で、秋田さんは、どう思っていたのですかね?」
 と、沢口は再び秋田三郎の顔をまじまじと見やっては言った。
「どう思っていたとは?」
「ですから、明美さんが保険金目当てに、二人の旦那を殺したのではないかということですよ」
「僕はそのようなことは、やらないと思ってましたね」
 と言っては、秋田三郎は眉を顰めた。
「つまり、明美さんの最初の夫は事故死し、お兄さんの正信さんは龍泉洞内で事故死したか、自殺したと思ってられるのですかね」
「最初の旦那であった原田道夫さんがどういった人なのか分からないので、原田道夫さんのことは分かりません。しかし、兄さんは元々気の弱いところがあったので、自殺したのかもしれませんね。以前、電車を見てると、身を投げ出し、何もかも忘れてしまいたいことがあると言ったことがありましたからね。そして、自分だけが、出世から取り残されている。そんな焦りから、衝動的に自殺したと言われても、僕は決しおかしくないと思いますね」
と言っては、三郎は小さく肯いた。そんな三郎は、正信は自殺したとしても、決しておかしくないと言わんばかりであった。
「つまり、お兄さんは自殺と思っておられるのですかね?」
「絶対にそうだと断言はしませんよ。しかし、今尚行方不明ということであれば、そうかもしれませんね」
 と、三郎はいかにも神妙な表情を浮かべては言った。
「そうですか。でも、明美さんの場合は、明らかに殺しなんですよ」
 そう言っては、沢口は険しい表情を浮かべた。
「そう言われても、僕は誰が明美さんを殺したのか、てんで思い当たらないのですよ」 
 と、三郎はいかにも決まり悪そうに言った。そんな三郎は、正に明美を殺した犯人にてんで心当たりないと言わんばかりであった。
 それで、沢口はとにかく明美の死亡推定時刻の三郎のアリバイを確認してみることにした。
 すると、三郎は、
「その頃は、僕はパチンコをしてましたよ」
と、沢口の問いに間髪を入れずに言った。
 秋田正信の弟であった秋田三郎から話を聴いたものの、特に成果を得ることは出来なかった。
 明美の死亡推定時刻にパチンコをしていたでは、アリバイは曖昧といえるが、そうかといって、三郎が明美を殺したとは限らないであろう。
 さて、困った。明美の事件は容易く解決出来そうな予想をしたのだが、実際はなかなか手古摺っているというのが実情であった。
 そんな折に、甚だ興味ある情報が寄せられた。その情報は、秋田正信の実家の近くに住んでいる岡元明という男性からであった。そんな岡元は、六十に近い位の年齢で、かなり知的な面立ちをしていた。
 そんな岡元が明美の死に関して、興味ある情報があるというので、沢口は直ちに岡元の家まで行っては、話を聴いてみることにしたのだ。
 沢口は岡元であることを確認すると、
「秋田明美さんの事件で、何か重要な情報をお持ちだそうで」
 と、岡元の顔をまじまじと見やっては言った。
「ええ。そうです。もっとも、事件解決に役立つかどうかまでは分からないですが」
 と、岡元は神妙な表情を浮かべては言った。
「構わないですから、遠慮なく話してくださいな」
 と、沢口はいかにも穏やかな表情を浮かべては言った。
「そうですか。では、話しますが、昨日、秋田正信さんの実家からパソコンが廃品回収業者に出されたのですよ。でも、そのパソコンは真新しく、とてもじゃないが、遺棄する代物ではなかったのですよ」
 と、岡元は渋面顔で言った。
「どうして、そのパソコンのことを知ってるのですかね?」
 沢口は些か納得が出来ないように言った。
「実は僕もその廃品回収業者にパソコンを出したのですよ。で、トラックに詰まれていたそのパソコンを見て、勿体ないから売ってくれないかと言ったのですよ。すると、あっさりと売ってくれましたね。値段は一万でしたが」
「なるほど。でも、どうして、そのことが今回の事件に関係あると思ったのですかね?」
「そりゃ、パソコンですよ。今回の事件では、パソコンで書かれた脅迫文が送りつけられたというじゃないですか。明美さんへの脅迫文のことですよ」
 と言っては、岡元正信は小さく肯いた。
 すると、沢口は眉を顰め、
「でも、どうしてそのことを知ってるのですかね?」
 と、いかにも納得が出来ないように言った。そのことは、部外者以外は知る筈がないことだったからだ。
「何しろ、うちは秋田さんの近所にありますからね。風の噂でそういったことは、耳に入って来ますよ」
「なるほど。では、その脅迫文を秋田さん宅の誰かが書いたと言われるのですかね?」
「そりゃ、可能性はあると思いますよ。秋田さんの両親は、明美さんが秋田正信さんを保険金目当てに殺害したと思っていたかもしれませんからね。それに、最近の二人の関係はかなり冷え込んでいたらしいですからね」
 その情報を受け、早速、その廃品回収業者から岡元が買ったというパソコンが専門家の手によって、調査された。その結果、そのパソコンによって明美に送りつけられた脅迫文が作成されたことが明らかになったのだ。
 そして、これによって、秋田正信の父親の秋田高次が署に出頭を要請され、沢口から訊問を受けることになった。
 すると、高次は早々と明美殺しを自供したのだ。明美を呼び出しては、妻の正子と共に、明美の首をロープで絞めては殺し、樹海ラインに遺棄したとのことだ。
 因みに秋田正信は依然として行方不明のままだ。龍泉洞内で事故死したのか自殺したのか、別の場所で死んだのか、明美に殺されたのか、あるいは、まだ生きているのか、依然として不明のままだった。

 〈終わり〉

この作品はフィクションであり、実在する人物、団体とは一切関係ありません。また、風景や建造物等の描写が実際とは多少異なってることをご了解ください。

 

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