9

 そう門田は思ってしまったのだが、やはり、その思いは誤りであったという証拠が程なく見付かったのだ。
 というのは、何と、理子の死体が見付かった日、即ち、六月十日の午前九時過ぎに、志高湖にまでやって来た山内春樹という男性が、志高湖畔周辺をビデオカメラに収めていたのだが、そのカメラの映像に、何と白河朋子の姿が映っていたのだ。
 これは正に朋子にとって不運であり、また、門田たち捜査陣にとって見れば、幸運であったと言わざるを得ないだろう。
 米倉たち警察は、理子の遺体が発見された六月十日の朝早い時間に、志高湖畔で不審な人物とか場面を眼にした者はいないかと、市民に情報提供を呼び掛けたところ、その情報が寄せられたというわけだ。
 この情報提供を受けて、白河朋子は、別府署に任意出頭を要請された。それは、形の上では任意であったが、強制みたいなものであった。 
 そして、取調室で門田を含め、強面の刑事四人に囲まれ、このビデオの映像に関して説明するようにと迫られると、朋子はもう逃れられないと思ったのか、真相を話し始めた。
「私、米倉さんのことが好きだったのです」
 と、まるで、朋子は少女のように、はにかみを見せながら言った。
「そのことは分かってるさ。既に捜査でそのことを確認してるからな」
 と門田は言っては、小さく肯いた。
 すると、朋子も小さく肯き、
「でも、米倉さんは私のことなど、相手にしませんでした。そして、米倉さんは私達の同級生の渡辺美香さんと結婚したのです。私はそのことがとても羨ましかったのですが、そんな私に思ってもみない情報が寄せられたのです。その情報を私に知らせたのは、私の高校時代からの友人の田岡裕美さんでした。
 そして、その田岡さんからもたらされた話は、信じられないものでした。
 それは、米倉さんの奥さんとなった美香さんが、何と米倉さんに殺されるのではないかと美香さん自身が恐れていたということなのです。美香さんは、美香さんの親友であった田岡さんに、美香さんが万一山登りなんかで死んだら、それは米倉さんに殺されたと思ってくださいという言葉が録音されたボイスレコーダーを田岡さんに渡していたのですよ。
 そして、その美香さんの予感通り、美香さんは十勝岳で死亡したということになったのですが、私は田岡さんから、そのボイスレコーダーを聞かされていたので、米倉さんが美香さんを殺したと察したのですよ。何故、美香さんを米倉さんが殺したのか、その動機はよく分からないのですが、美香さんによると、米倉さんは浮気癖の強い男で、一人の女性を長く愛せないという性格なのだそうです。それ以外としても、保険金欲しさに美香さんを殺そうとしてるとのことです。
 それはともかく、田岡さんはそのボイスレコーダーを警察に聞かせようとはしませんでした。田岡さんによれば、余計な厄介な出来事に関わりを持ちたくないというのが、その理由だったそうです。
 でも、私は違います。私はそのボイスレコーダーのコピーを持って、米倉さんにそのボイスレコーダーを聞かせ、このボイスレコーダーを警察に渡さない代わりに、私と付き合うように、私は米倉さんに迫ったのですよ。
 すると、米倉はあっさりと私の求めに応じたのですよ。 
 そのことから察すると、やはり、米倉さんは美香さんを殺したということです。もし、そのボイスレコーダーが全くの出鱈目なら、私がそのボイスレコーダーを警察に渡しても、米倉さんは恐れることはないのですからね。
 そして、そういう風にして、私は米倉さんが経営する『白銀』でアルバイトの仕事を手に入れたのですよ」
 朋子は正に一気にそう告白した。そして、朋子の告白は更に続いた。
「そして、私は米倉さんと付き合うようになったのですが、それと共に、米倉さんに理子さんと離婚するように迫りました。しかし、流石に米倉さんはそれには応じませんでした。そんな米倉さんに私は、『美香さんを殺したように、理子さんも殺すのよ。巧みに殺せば、誤魔化すことは出来るわ』と言ったのですが、米倉さんは流石に私のその誘いには応じようとはしませんでした。
 そして、それどころか、私に別れ話を切り出して来たのですよ。
 もう半年も付き合ったのだから、これで終わりにしようと。
 その米倉の言葉に、私は頭に血が上りました。私は高校時代より、米倉の妻になることを夢見て来たのに、その夢を米倉は粉砕しようとしたんです。その結果、発生したのが、理子さんの事件だったのですよ」
 と、朋子はいかにも力強い口調で言った。そんな朋子は、理子の事件が発生したのは、必然的なことであったと言わんばかりであった。
 そんな朋子に、
「つまり、志高湖畔で、赤松さんと岡倉さんを襲ったのは、白河さんだったというわけですか」
 と、門田は唖然とした表情で言った。そんな門田は、正にそれが事実だとしたら、信じられないような出来事だと言わんばかりであった。 
 だが、朋子は、
「そうです」 
 と言っては、あっさりとその事実を認めた。
「つまり、赤松さんと岡倉さんの件は、理子さんの事件を誤魔化す偽装工作であったというわけか」
「そうです。私はその二人の男性の隙を見ては、巧みに後頭部を殴打し、意識を失わさせることに成功しました。そして、理子さんを殺したのも、その二人の男を襲った犯人だと思わせるようにしたのですよ。
 そして、その犯人を米倉にしてやろうとしたのは、勿論でした。米倉はやはり私が気に入らず、私から離れて行こうとしたので、米倉の妻を殺し、米倉を苦しめさせ、また、理子を殺したのは、米倉だと思わせる偽装工作をしたのですよ。私は、米倉と同じ車を持っていたので、赤松や岡倉を襲った時に、私の車を志高湖畔の駐車場に停めておき、理子を殺したのは米倉だと思わせる偽装工作を行なったというわけですよ。何しろ、米倉の前妻は変死してますから、後妻も妙な死に方をすれば、米倉に警察の疑いの眼が向けられるのは、至極当然のことですからね」
「じゃ、いかにして、理子さんを殺したんだい?」
 と、門田は些か納得が出来ないように言った。まだ、理子の殺害方法は述べられていなかったからだ。
「理子を殺した場所は、志高湖畔ではありません。志高湖から少し湯布院の方に行った国道210号線の道路脇なのです。
 実のところ、私は理子の車にGPSの車両追跡装置を密かにマグネットで装着しておいて、理子の動きを監視していました。そして、人気の無い場所で理子を殺し、志高湖に遺棄してやとうと目論んでいたのです。そして、その目論見は成功したというわけですよ。
 即ち、理子は私の計画通りに人気の無い道路脇で車を停め、休憩していたのですが、その隙に私は犯行に及んだというわけですよ。
 もっとも、その時に米倉がいたり、車が通り過ぎれば、私の犯行は不可能だったでしょうが、そうではなかったというわけですよ。
 そして、その後、理子の死体を志高湖に遺棄しました。それは、六月十日の午前八時半頃のことでした 私は理子の殺害場所は、志高湖の近くでは無理だと思っていましたが、こんなにうまく行くとは思いませんでしたよ」
 と言っては、朋子はにやっとした。その笑みは、薄気味悪い笑みであった。 
「そして、私のその計画は成功したと思っていたのですが、社会というものは、そんなに甘いものではありませんね」
 と言っては、朋子は今度は渋面顔を浮かべた。
 そんな朋子を見て、門田は朋子の醜い表情が、その時は一層醜く見えたのであった。
 因みに、「白銀」の防犯カメラに米倉と浮気相手が映っていたというのは、無論、朋子の嘘であった。朋子は米倉に警察の疑いの眼が向けられるようにと、偽証したというわけだ。
 また、朋子の証言から、美香の死は、米倉の殺しの線が高まった。
 しかし、今となれば、それを証明するのは、不可能というものだ。正に、証明出来ない殺人事件は、この世にいくらでも存在してるのだ!


(終わり)

 この作品はフィクションで、実在する人物、団体とは一切関係ありません。また、風景や建造物等の描写が実況とは若干異なっていることをご了解ください。

目次