6

 三上の証言を受けて、早速、高柳が署に呼び出され、取調室で事情聴取を受けることになった。
 だが、高柳の表情は、甚だ不快そうであった。そんな高柳は、何故署で取調べを受けなければならないのだと言わんばかりであった。
 案の定、高柳は、
「その男性が眼にした人物が僕だという証拠があるのですかね?」
 と、いかにも不満そうに言った。
 すると、長島は、
「その男性が眼にした車は、高柳さんの車と同じく、白のプリウスです。また、高柳さんの写真を見て、その男性が眼にした男性は高柳さんに似てると証言しました。これらのことから、高柳さんが早川さんの遺体が琵琶池の畔に遺棄された頃に、その場所に来ていた可能性が高まったのですよ」
 と、いかにも険しい表情を浮かべては、高柳に言い聞かせるかのように言った。
 すると、高柳は、
「これは陰謀ですよ! 警察は早川君の死の真相を明らかに出来ない為に、出鱈目な人物を作り上げ、僕を犯人に仕立てようとしたのですよ!」
 と、いかにも険しい表情を浮かべては、長島を非難するかのように言った。
 すると、長島は、
「そのような人物を勝手に作り上げたりはしません!」
「じゃ、その人物を僕の前に連れて来てくださいよ。そして、僕を直に見てくださいよ。本当にその男性が眼にした人物が僕だったのかを!」
 と、高柳は眼をギラギラさせては、正に長島を非難するかのように言った。
 そう高柳が言っても、そんな高柳の様は悪あがきだと、長島は思った。何しろ、三上と高柳との間に面識がないことは歴然としている。それ故、三上の証言は正しいと見て間違いないのだ。 
 また、医学部の教授という仕事柄、高柳なら青酸を入手出来ることであろう。 
 それ故、高柳が早川を殺したという可能性が今、大きく現実味を帯びて来たのだ!
 では、何故、高柳は早川を殺したのであろうか?
 その動機に関しては、まだ長島達は明らかにすることは出来ない状況ではあった。
 とはいうものの、高柳が今、十月四日から五日の朝に掛けて、高柳宅を留守にしていたことが、高柳の家族の証言から明らかになっていた。
 それに関して、高柳は、その頃は家に戻らなかったことを認めたものの、ではその日、何処で夜を過ごしてたかを話すことを頑なに拒んでいたのだ。
 このことからも、高柳への疑惑は一層高まった。
 それで、まず、高柳を早川の死体遺棄の疑いで逮捕しようかということになった。
 そんな頃、高柳の早川殺しを決定付けると言ってもいい位の証拠が入手されることになったのだ。
 そして、その証拠とは、早川自身が吹き込んだテープであったのだ。
そのテープの存在を、早川の妻の真澄が知ったのは、正に数時間前であった。早川の遺品を整理していたところ、机の中にこのテープが入っていて、ラベルに重要と赤のボールペンで記されていたので、テープレコーダーで再生してみたところ、驚くべき内容が吹き込まれていたのだ。それで、真澄は早川のこのテープを警察に届けたという次第だ。
 そして、そのテープには、このように吹き込まれていたのだ。
<実は僕は今まで誰にも打ち明けていなかったのだが、実は三十五年前に僕たちはとんでもない犯罪を仕出かしてしまったのである。
 もっとも、この出来事のことは既に真澄も知ってることであろう。何故なら、この事件の為に僕が警察に話を聴かれたことを知ってるだろうからだ。
 で、その出来事とは、軽井沢で岸田花代という女性が轢き逃げに遭い、死亡したというものだ。警察は無論、その轢き逃げ事件を捜査し、そして、僕も容疑者の一人として、事情聴取を受けてしまった。
何故警察が僕を事情聴取したかというと、僕たちはその事件が発生したその時に、その轢き逃げ事件の現場近くの旅館に宿泊し、しかも、轢き逃げ車と同じ車(シルバーのカローラ)に僕が乗車していたということから、僕が警察の捜査対象となったというわけだ。
だが、僕は無論、それを否定した。
すると、警察はそれ以上、強く出ることは出来なかった。というのは、僕のカローラを警察は捜査したのだが、僕のカローラには特に轢き逃げに関与したという痕跡を見付けることが出来なかったからだ。
それで、警察は僕のことを容疑者圏外に置き、その後、僕の前に姿を見せることはなくなったというわけだ。
で、今になって、何故僕がその事件のことに言及するかというと、実はその岸田花代さんを轢き逃げによって死亡させたのは、実のところ、僕の車であったのだ!
だが、僕の車であって、僕が轢いたのではない。僕のカローラには、その時に僕と共に、僕の友人が乗車していた。そして、その友人は高柳慶介という姓名であった。
 高柳君は、僕と同じ医大生で、僕と仲が良かったから、僕と共に時々、旅行をしていたのだが、その時もそうであった。
 そして、高柳君はついこの前に車の免許を取ったばかりであった。それで、車に乗りたくて仕方なかった。
 それで、僕は高柳君にせがまれて、運転を高柳君に代わってやったんだが、高柳君が運転をするようになって十分が経った頃、悲劇が発生してしまったのだ。
 その悲劇とは、もう説明するまでもないと思うが、岸田さんを轢いてしまったことだ。高柳君はまだ運転免許を取ったばかりで、車の運転に慣れてなく、その為にハンドルを巧みに捌くことが出来ずに、車を岸田さんの身体にぶつけてしまったのだ。
 もっとも、そうなったのは、高柳君が全て悪いわけではない。道路脇を歩いていた岸田さんが何故か車道の方に急に飛び出して来たのだ。それで、高柳君はそんな岸田さんのことを避け切れなかったのだ。
 もっとも、僕が運転していたのなら、きっと、岸田さんを轢かずに済んだと思われるが、そのようなことを言っても、後の祭りというものだ。
それはともかく、高柳君は人を轢いてしまったことに動転し、その婦人を助けようとすることもなく、そのまま逃げてしまったのだ。また、僕としても、今の時代のように任意保険が充実していた時代でもなかったので、他人に車を貸した時に事故を起こせば、保険が出るかどうか、そこまでは知らなかった。
 それで、出ないかもしれないと思い、高柳君が逃げようと言ったのに対して、反対しなかったのである。
 これが、岸田花代さんの轢き逃げ事件の真相であったのだ。
 にもかかわらず、警察は何故僕たちの犯罪を暴くことが出来なかったのだろうか?
 警察は僕と同じような条件、即ち、岸田さんが轢き逃げに遭った頃、軽井沢周辺の旅館やホテル、民宿なんかに宿泊していた者で、シルバーのカローラに乗っていた者を突き止めた。そして、その中に犯人がいれば、轢き逃げ車を修理に出しただろうと看做し、その者たちの居住地周辺にある自動車修理工場を捜査したが、僕のカローラが修理に出されてなかったことを確認し、僕は警察の捜査圏外に置かれたわけだが、実際には僕は僕の車を修理に出していたのだ。その修理工場が、何と僕の実家のある青森県の八戸にあったのだ。警察は僕の下宿がある東京の荒川区内周辺の自動車修理工場しか、捜査しなかったのだ。それで、僕はそんな警察の稚拙な捜査手法に助けられ、何とか警察の捜査圏外へと逃げることが出来たのである!
 そして、結局、警察は岸田さんを轢き逃げした犯人を捕まえることが出来ず、年月は経ち、三十五年が経過した。
 ところが、最近になって信じられない出来事が発生し始めたのだ。
 その信じられない出来事とは、岸田花代さんの息子だと名乗る人物が僕の診察を受けるようになり、また、その時に僕にその岸田さんの母親が軽井沢の白糸の滝近くで三十五年前に轢き逃げにより死亡したと言ったのです。
 僕はそう岸田さんから言われ、外見上は平静を装っていましたが、心の中は激しく同様していました。その岸田さんは何故か僕の診察を受け、その轢き逃げに言及したわけですが(まだ、その時点では僕を轢き逃げ犯だと言及はしてませんでしたが)、僕の前に現われ、そのようなことに言及したのには、やはり、何か意図があったにに違いなかったからです。
 そして、その意図とは、僕がその轢き逃げに関係してることを知ったからではないかと僕は思ったのです。
 そして、その時はその後、事態に大きな変化はなかったのですが、その夜、僕は僕と共犯関係にあった高柳君に電話し、事の次第を話しました。
 すると、高柳君は電話でこのようなことを話すのは都合が悪いから、一度会って話をしようよということになりました。
 それで、翌十月四日に僕は高柳君と会って話をすることになったのですよ。 
 それはさておき、今、ここでもう一つ重要なことを述べなければなりません。
 というのは、僕は一年位前から、時々うなされるようになったのです。
 その原因はやはり三十五年前に僕たちが犯した轢き逃げ事件です。高柳君が岸田花代という長野市内に住んでいた婦人を轢いた場面が、何度も夢の中で出て来ては、僕はうなされ、眼が覚めることが度々発生したのです。
 それで、僕は時々高柳君に、そろそろこの事件のことを社会に公にしなければならないのではないかと、言ったことがあるのですよ。
 もっとも、僕は本気でそう言ったわけではありません。何しろ、僕は今や妻子を抱える身の上であり、また、いみじくも病院の内科部長をしてますからね。そんな僕が学生時代に轢き逃げの共犯であったなんてことが世に知れ渡ってしまえば、僕はもうこの世界には生きていれない位のダメージを受けてしまうことでしょう。だが、気持ちとしては、やはり、その位の思いを持つべきだということを、僕は高柳君に言いたかったのですよ。
 すると、高柳君はそんな僕の話にいかにも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべては、僕の話に黙って耳を傾けていましたよ。
 で、僕が何故このようなことをテープに遺すかというと、実は高柳君は来年S大の医学部長に立候補するという話を僕は入手しましてね。
 すると、高柳君はそのことを肯定も否定もしませんでしたが、そんな高柳君は僕に、「僕は過去にとんでもないことをやってるからな」と、自嘲気味に話しました。そして、高柳君が言ったそのとんでもないことというのが何を指すのかは、今、敢えて説明する必要はないと思います。
 で、高柳君という人物はとても狡い男です。学生財代から高柳君と付き合ってる僕には、それがよく分かっています。また、とても野心家です。
 それ故、高柳君がS大の医学部長になりたいことは歴然としています。その高柳君の野心の為に、新たな不幸が発生しなければよいと僕は思っています。
 十月三日 午後九時 自宅にて >

 真澄から渡されたテープには、このように吹き込まれていたのだ。
 そして、このテープを聞き終えて、長島は愕然とした表情を浮べていた。
 何故なら、このテープには正に長島達が予想もしてなかった衝撃的な内容が吹き込まれていたからだ。
 そして、このテープから、正に早川の事件の真相が一気に明るみになったと思った。
 即ち、やはり、早川は高柳によって殺されたのだ。
 その動機は、やはり、口封じの為であろう。高柳はいつか、三十五年前の不祥事を早川が世に公表すると恐れ、先手を打って早川を殺したというわけだ。
 そして、早川が岸田に殺されたという偽装工作を行ない、早川殺しの犯人に仕立てたのである。
 即ち、岸田の許に妙な手紙を郵送し、早川の死亡推定時刻に岸田を鬼押出し園に呼び出したのも、また、岸田に早川の診察を受けるようにという手紙を出したのも、高柳だというわけだ。
 そう確信した長島は、高柳にその長島の推理を話した。
 そんな長島の推理に、高柳は黙って耳を傾けていたが、高柳は長島の話が一通り終わると、「フッフッフッ!」と、声を上げて笑い始めた。そして、その笑い声はやがて大声になった。そんな高柳は、正におかしくておかしくて堪らないと言わんばかりであった。
 そんな高柳に、長島は、
「何がおかしいのですかね?」
 と、むっとした表情で言った。
 すると、高柳は笑うのを止め、
「だってこれが笑わずにいられますか! 長島さんの推理はてんで出鱈目だからですよ。こんな空想をよくぞ真剣な表情で話すものですね! そんな長島さんのことを見てると、これが笑わずにいられますか!」
 と強い口調で言っては、再び激しく笑った。
 すると、長島は、
「いや。今や我々は今の僕の話が単なる推理ではなく、事実であったという証拠を入手してるのですよ」
 そう言った長島の表情は、とても険しいものであった。
 そう長島に言われ、高柳の表情からは忽ち笑みは消えた。そんな高柳は、正に真剣な表情で、次の長島の言葉に耳を傾けようとした。
 そんな高柳に長島は、
「実は岸田さんが受取った手紙には唾液が付いてることが明らかになりましてね。それで、我々はその唾液のDNAを調べたのですよ。そして、高柳さんのDNAと比較したのですよ。高柳さんは最近、健康診断を受けられていますからね。その時に採取した血液から、高柳さんのDNAを調べ出したのですよ。すると、結果はどうなったと思いますかね?」
 と言っては、高柳の顔をまじまじと見やった。
 すると、高柳の表情は忽ち引き攣った。そして、言葉を発そうとはしなかった。
 そんな高柳に、長島はそのDNAが一致した旨を話した。そして、その時の長島の口調はまるで高柳を哀れむかのようなものであった。
 すると、高柳は遂に観念したのか、徐々に真相を話し始めた。そして、その内容は凡そ長島達の推理通りであったが、何故高柳が早川を殺したのかという点に関しては、高柳は、
「僕は早川君に対する不満が僕の胸の中で大きく膨らんでしまったからですよ」
 と、いかにも悔しそうに言った。
「早川さんに対する不満ですか。それは、どういったものですかね?」
「早川君は事件があって以降、しきりに僕のことを攻めるようになったのですよ。つまり、僕の運転が下手であった為に、あんなことになってしまったのだという具合に。
 僕はそう早川君に迫られるのが嫌で、その後、早川君のことを避けるようになったのですが、早川君の方はまるで逆でした。しきりに僕に飲もうと誘い、高級クラブなんかで飲みまくり、その支払いをいつも僕に押し付けるのですよ。
 僕はやはり弱みがあったので、そんな早川君の要求をはねつけることは出来ませんでした。そして、そういった事態が、もう三十年位続いたのですよ」
 と、高柳はいかにも悔しそうな表情と口調で言った。そして高柳は更に話を続けた。
「そして、最近になって早川君はあの事件のことを今度は公にしようと言って来たのですよ。つまり、早川君は自らが轢いたわけではないので、気持ちをすっきりしたいということを理由に、僕にそう言って来たのです。
これには僕は堪りません。そんなことをされてしまえば、僕の人生は滅茶苦茶になってしまいます。何しろ、僕は早川君と同様に妻子を抱えてますし、また、来年にはうちの大学の医学部長になってやろうと思ってましたからね。ですから、そんなことを早川君にされてしまえば、堪ったものではなかったのですよ。
 それで、僕は早川君の口を封じることと、また、今までの憎しみを晴らす為に、早川君が飲んだ飲料水に青酸を入れては殺し、琵琶池の畔に遺棄したというわけですよ。殺したのは、僕の車の中で、その場所は僕の家の近くです。琵琶池に早川君の遺体を遺棄したのは、僕が岸田さんを呼び出した鬼押出し園の近くであり、即ち、僕は岸田さんを早川君殺しの犯人に仕立て上げようとしたというわけですよ」
 と、高柳は胸の痞えを吐き出すかのように言った。
 そして、高柳の告白は更に続いた。
「後、言っておかなければならないことは、僕が早川君の死後、何故三十五年前の轢き逃げのことを警察に話したかというと(もっとも、車を運転していたのは、僕ではなく早川君だと嘘をつきましたが)、三十五年前に青森県八戸市で早川君の車を修理したという自動車修理業者が僕に連絡して来ては、三十五年前に早川君の傷ついた車を修理したことを警察に話すと言ったのですよ。
 つまり、その業者は早川君が死んだのは、その三十五年前の自動車事故のことが関係してるのではないかと、僕に仄めかしたのですよ。
 もっとも、その業者が、僕が早川君を殺したと疑ってるのかどうかは分からなかったのですが、要するに、いずれ、三十五年前に岸田花代さんを轢き逃げによって死亡させたのが僕と早川君であったということが明らかになるのは間違いありません!(その業者は、三十五年前に早川君が事故を起こした車に僕が同乗していたことは無論知っていました)
 それ故、先手を打って、僕はその三十五年前のことを警察に告白したのですよ。もっとも、車を運転していたのは、早川君だと嘘をつきましたが」
 そう言った高柳は、今や医学部長になることなど、どうでもいいと言わんばかりであった。
 そんな高柳に、長島は、
「でも、高柳さんは随分手の込んだ偽装工作を行ったのですね。早川君の死は自殺と思わした方が我々を欺けたのではないかな」
 と、長島が言うと、高柳は悔しそうな表情を浮かべ、俯いては言葉を詰まらせてしまった。そんな高柳は確かにその指摘はもっともで、自らの偽装工作工作は失敗だったと言わんばかりであった。
 とはいうものの、これによって、早川の死の真相は明らかになった。
 因みに、最近、高柳が健康診断を受けたというのは事実だったが、岸田が受取った手紙に高柳の唾液が付いていたというのは、嘘であった。だが、犯罪捜査にはこういった嘘も往々にして役に立つということを証明したのであった。

   (終わり)

目次