崎山のアパートに姿を見せた中村を眼にした崎山は、眉を顰めた。そんな崎山は、中村の来訪を歓迎していないかのようであった。
 それはともかく、中村は、
「尾藤さんの事件はまだ解決してないのですよ」
 と、決まり悪そうに言った。そして、
「で、尾藤さんの事件で、その後、何か気付いたことや、我々に話さなければならないことは、ありませんかね?」
 と、崎山の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、崎山は、
「特にないですね」
 と、淡々とした口調で言った。
「そうですか。で、もう一度確認しておきたいのですが、七月一日の夜は、崎山さんと秋山さんは、宿泊先の部屋で、午後八時半頃床につき、朝まで目覚めなかったのですね?」
 そう中村が言うと、崎山は何ら表情を変えず、
「ええ。そうですが」
 と、何故そのようなことを訊くのかと、怪訝そうな表情を浮かべた。
 そんな崎山に、
「それは間違いないですかね?」
 と、念を押した。
「間違いないですよ」
 崎山は妙なことを言う人だなと、言わんばかりに言った。
「そうですか。では、この人物に記憶はないですかね?」
 と、中村は同僚の写真を崎山に手にしてもらった。というのも、その写真を持ってもらうことで、崎山の指紋を採取しようとしたのである。
 そんな中村の意図に気付かない崎山は、しげしげとその写真を見やっていたが、やがて、
「知らない人ですね」
 と、怪訝そうな表情で言った。
 同じような調子で、秋山の指紋も入手した。
 そして、「ブルースカイ」103室のサッシ周辺で採取した指紋と直ちに照合してみたのだが、その結果は見事に一致した。
 これによって、浜口が眼にした七月一日の夜の十時頃、「ブルースカイ」103室に窓から室内に入った二人の人物が、崎山と秋山である可能性が、一気に高まったのだ。
 この結果を受け、中村は直ちに崎山のアパートに向かった。
 何度もやって来る中村を眼にして、崎山は眉を顰めた。その様は、正に中村の来訪を歓迎してないかのようであった。
 そんな崎山に、中村は、
「七月一日の夜のことですがね。午後、九時から十時頃の間に、崎山さんたちが泊まっていた部屋に、誰かがやって来ませんでしたかね?」
 と、さりげなく言った。
 すると、崎山は些か表情を綻ばせては、
「誰もやって来ませんでしたよ」
 と、妙なことを言う人だなと、言わんばかりに言った。
「それは、間違いないですかね?」
 中村は崎山の眼を見据えて言った。
「間違いないですよ」
「では、崎山さんたちは、103室の窓を外側から触ったことはありませんかね?」
 そう中村が言うと、崎山の言葉は詰まった。そんな崎山は、今の中村の問いの奥に潜む意図を探ろうとしてるかのようであった。
 だが、やがて、
「そのような所には、触れていませんよ」
「秋山さんもですかね?」
「そうだと思いますよ」
 崎山は平然とした表情で言った。
 すると、中村は、
「それは妙ですね」
 と言っては、眉を顰めた。
「妙? 何故、妙なのですかね?」
 崎山は怪訝そうな表情で言った。
「では、七月一日の午後十時頃、何者かが崎山さんたちの室に窓の外から中に入って来なかったですかね?」
「入って来なかったですね」
 と、崎山は妙なことを言うんだなと言わんばかりに、些か笑みを見せては言った。
「では、崎山さんと秋山さんも、そのようなことはやりませんでしたよね?」
 中村は崎山の眼をまじまじと見やっては言った。
 すると、崎山は、
「勿論、そんなことはやりませんよ」
 と、笑顔を見せては言った。
 すると、中村は眉を顰めては、
「そうですかね……」
 と、崎山から眼を逸らせては、呟くように言った。そして、崎山を見やっては、
「実は妙な情報が寄せられたのですよ」
 と言っては、小さく肯いた。
「妙な情報? それ、どんなものですかね?」
 崎山は興味有りげに言った。
 それで、中村は浜口から寄せられた情報を崎山に話した。無論、浜口という名前には、言及しなかったが。
 そんな中村の話に、崎山は渋面顔を浮かべて、何ら言葉を挟まずにじっと耳を傾けていたが、中村の話が一通り終わると、
「それ、何かの間違いではないですかね?」
 と、怪訝そうな表情を浮かべた。
「我々もそうではないかと思いましてね。何しろ、そのような情報は、崎山さんたちから何ら入手してませんでしたからね。しかし、その証言者の証言は間違いないと、その証言者が言うので、我々は103室の外から指紋を採取してみたのですよ。窓から103室の中に入ったのなら、その証拠、つまり指紋なんかがしかるべき所に付いていないかと。
 すると、その結果は我々を驚かせました。何故なら、そのしかるべき所に、何と崎山さんと秋山さんの指紋が付いていたからです!」
 そう中村が力強い口調で言うと、崎山の言葉は詰まった。そんな崎山は、決して暴かれないと思っていた事実を、あっさりと見破られてしまい、正に気が動転してしまい、どうすればよいか分からず、言葉を失ってるかのようであった。
 そんな崎山に、中村は、
「これはどういうことなんですかね?」
 と、崎山に詰め寄った。そんな中村は、正に崎山と秋山が重大な事実を隠してると、断言してるかのようであった。
 そう中村に詰め寄られると、崎山はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべては、中村から眼を逸らせ、言葉を詰まらせた。
 だが、その崎山の表情と沈黙が、崎山たちに後ろ暗いものがあるということを、証明していた。もし、何ら崎山に後ろ暗いものがなければ、崎山はそのような様を見せず、また、沈黙する必要はないからだ。
 そして、そんな崎山を眼にすると、それは、崎山の誠実な人柄を証明してるかのようであった。
 それはともかく、崎山は署で中村たちから訊問を受けることになった。
 すると、崎山はあっさりと尾藤殺しを認めたのであった。
 だが、そんな崎山には、尾藤を殺したことに関しては、正しいことをしたと言った。そして、その崎山の説明は、このようなものであったのだ。

「尾藤をこのままにしておけば、日本の為にはならないのです。それ故、僕たちは尾藤を殺す必要があったのですよ」
 と、崎山はまるで教師が生徒に言い聞かせるかのように言った。
 すると、中村は眉を顰め、
「それ、どういうことかな?」
 と、些か納得が出来ないように言った。
「ですから、尾藤は法の網を逃れ、犯罪を犯すのが、得意なのですよ。
 多々戸浜で、サーファーの顔面にサーフボードをぶつけてしまい、失明させてしまったのですが、尾藤は元々、そういったことをやってやると、言ってたのですよ。また、それは過失で切り抜けられるということも知っていたので、それを実行したのですよ。また、慰謝料も保険から支払われるから大丈夫だと言ってましたね。即ち、尾藤は元々他のサーファーに悪さをしてやろうと思い、それを実行したというわけですよ。
 そんな尾藤は、尾藤の思い通りに無罪になると、その翌年、沖縄で第二の犯行を行ないました。
 それは、刑事さんも知ってるように、海部君の事件ですよ。尾藤と僕たちは、禁止されているスペアガンを用い、魚を採っていた時に、地元の漁師に見付かってしまい、命からがら逃げおおせたのですが、その為に犠牲になったのが、海部君だったのですよ。
 つまり、察しの通り、尾藤は海部君のマスクとスノーケルを故意に外しては、海部君を溺れさせ、そんな海部君の救助に漁師たちの時間を奪わわさせ、自らは逃げおおせたというわけですよ。
 つまり、尾藤という男をこのままにしておけば、一体、何人の人間が犠牲になるか分かりません。
 それで、僕たちはそんな尾藤の犯行を阻止する為に、尾藤を殺すという行為を実行したのですよ。でも、それは僕に言わせれば、正当防衛みたいなものなのですよ」 
 と、崎山は淡々とした口調で言った。そんな崎山の様は、何かに憑かれたかのようであった。
「でも、何故、尾藤君を殺さなければならなかったんだい? 警察に何故言わなかったのかな?」
 と、中村は些か納得が出来ないように言った。
「ですから、尾藤は法では裁けないのですよ。尾藤の犯行は巧みなのです。だから、僕たちが尾藤をこの世から抹殺しなければならないのですよ!」
 と、崎山は力強い口調で言った。そんな崎山の様は、依然として、何かに憑かれたかのようであり、また、尾藤を殺したのは、正しいことをしたのだと、言わんばかりであった。
 そんな崎山に、中村は、
「長田さんと海部さんを、七月一日に、多々戸浜に呼び出したワープロ打ちの手紙を郵送したのも、崎山さんなのかい?」
「そうです。長田さんと海部さんのどちらかを、尾藤殺しの犯人に仕立て上げようとしたのですよ。どちらも尾藤に対して、強い恨みを持ってますからね」
 と、崎山は言っては、力強く肯いた。そんな崎山は、長田と海部に迷惑をかけたという思いは、まるで感じられないようであった。
 それはともかく、これで尾藤の事件は解決した。
 しかし、今回の事件は、何となく後味の悪い事件だったと、感じざるを得なかった。それは、正に雲ひとつない青空が拡がってる多々戸浜の空と、対称的であったのだった。

   (終わり)

 この作品はフィクションであり、実在する人物、団体とは一切関係ありません。また、風景や建造物等が実際とは多少異なってることをご了解ください。

 

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