7 事件解決
すると、その訊問を始めて一時間経った頃、前田は徐々に真相を話し始めた。
「事の始まりは、フロントで上山さんからある画像を見せられたことなんですよ」
と、前田は重苦しい口調で言った。
「ある画像? それ、どんな画像ですかね?」
沢口は興味有りげに言った。
「ですから、ある子供を他の子供たちが虐めてる画像ですよ」
と、正に蚊の鳴くような声で言った。
「ある子供を虐めている? そのある子供って誰ですかね? また、他の子供って、誰ですかね?」
沢口は納得が出来ないように言った。
「虐められてる子供とは、玉城和則君ですよ」
「玉城和則君?」
どこかで聞いたことのある名前だったが、沢口は思い出せなかった。
すると、傍らにいた野口刑事が、
「玉城和則君って、喜念浜海岸で遺体で打ち上げられた玉城和則君のことですかね?」
「そうです。その玉城和則君のことです」
と、前田は正に決まり悪そうに言った。
「なるほど。でも、どうしてその画像が、上山さんの事件に関係あるのですかね?」
沢口は、些か納得が出来ないように言った。
そう沢口に言われると、前田は少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、意を決したような表情を浮かべては、
「ですから、上山は僕をゆすったのですよ」
と、いかにも決まり悪そうに言った。
「ゆすった? それ、どういうことですかね?」
沢口はいかにも納得が出来ないような表情と口調で言った。
「実は僕は以前刑事さんから話を聴かれた時に、嘘をついたのですよ」
そう言っては、前田は決まり悪そうな表情を浮かべた。
「嘘? それ、どういうことですかね?」
沢口は眉を顰めた。
「ですから、上山さんがビューホテルに泊まった時に、何か気付いたことはないかというようなことを刑事さんに訊かれたのですが、その時、僕は特にないと答えたのですよ。しかし、それが嘘だったというわけですよ」
「なるほど。では、どういったことを上山さんは話したのかな?」
沢口は、眼を大きく見開いては言った。
「上山さんは喜念浜海岸で財布を拾い、その財布の中にSDカードが入っていて、そのSDカードに写っていた画像を僕に見せたのですよ。そして、その画像には、喜念浜海岸で少年がリンチにされてるような写真が写っていたのですよ」
と、前田は俯いては、いかにも言いにくそうに言った。
「少年がリンチにされてるような画像ですか……」
「そうです。しかし、それだけなら、別に僕は特に気に掛けることはなかったでしょう。ところが……」
と言っては、眉を顰め、
「つまり、その画像の中に、前田さんが知っていた人物が写っていたということですかね?」
「そうです」
「つまり、リンチを受けていた少年が、先日遺体で発見された玉城和則君だったということかな」
「正にその通りなんですよ」
そう前田が言うと、沢口は小さく肯き、そして、
「で、玉城君にリンチを加えていた少年の中に、前田さんの知ってる少年がいたというわけですか」
「正にそうです」
と言っては、前田は項垂れた。そんな前田は、正にその画像がなければ、今回の不幸は発生しなかったと言わんばかりであった。
「で、その写真を万一警察に渡されてしまうことを恐れ、僕は上山さんがビューホテルを後にした後、密かに上山さんの車をつけたのですよ。そして、人気の無いところでそのSDカードを渡してもらおうと考えたのですよ。そして、その場所が、畦プリンスビーチとなったというわけですよ」
と、前田は渋面顔で言った。
「なるほど。つまり、そのSDカードを上山さんが警察に渡してしまえば、玉城君の事件の真相が明らかになってしまうと前田さんは考えたのですね?」
「正にその通りですよ」
と、前田は渋面顔で肯いた。
そんな前田に、沢口は、
「でも、その場面が玉城君の事件の真相だということを何故上山さんは気付いたのですかね?」
と、沢口は些か納得が出来ないように言った。
「それは、新聞ですよ」
「新聞、ですか……」
「そうです。新聞です。上山さんがビューホテルに泊まった日の新聞に、玉城君の遺体が喜念浜海岸に打ち上げられたという記事が掲載され、また、玉城君の顔写真も載ったのですよ。その顔写真と上山さんが拾ったSDカードの画像に写っていたリンチを受けていた少年の写真が似ていたので、上山さんはその画像が事件の真相だとピンと来たのではないでしょうかね。それで、僕にその画像の写真を見せては、玉城君と思われてる少年をリンチにしてる少年のことを知らないかと僕に訊いたのですよ。でも、僕は知らないと言いましたがね」
と、前田は渋面顔で言った。
「では、上山さんはその少年のことを突き止めて、どうするつもりだったのでしょうかね?」
「さあ……、そこまでは知らないですよ。
でも、先程も言ったように、そのSDカードを警察に渡されてしまえば、堪ったものではありません。それで、上山さんが畦プリンスビーチに来た時に、僕は姿を見せて、あのSDカードを渡してくれないかと上山さんに言ったのですよ。ところが……」
と言っては、前田は言葉を詰まらせた。そんな前田は、上山が前田の言葉に従順であってくれたならば、事件は発生しなかったと言わんばかりであった。
そんな前田に、沢口は、
「ところが、上山さんは何と言ったのですかね?」
「上山はこう言ったのですよ。幾らで買ってくれるのかなと」
正にその上山の言葉は意外であり、許せるものではなかったと前田は言わんばかりであった。
そんな前田は、更に言葉を続けた。
「その上山の言葉に僕が言葉を詰まらせていると、上山は、
『何故そのSDカードが必要なのかい?』
と、険しい表情で言って来ました。
そう言われると、僕は言葉を詰まらせてしまいました。
すると、そんな僕に、上山は、
『つまり、喜念浜海岸に遺体で打ち上げられた子供は、あんたの子供が殺したんじゃないのかい。だから、その証拠が写ってる俺が持っているSDカードを警察に渡されたくないんじゃないのかな』
そう上山は言っては、にやっとしました。その上山の笑みは、とても嫌味のある笑みでした。
そう言われても、僕は大したお金を持ってるわけでもないので、言葉を詰まらせていると、上山は再び、
『幾らで買ってくれるのかい』
そう言っては、唇を歪めました。そんな上山は、まるではげたかのように、僕の持ってるお金を全て奪い取ってやろうと言わんばかりでした。
しかし、僕には出せるかお金はたかが知れていたので、
『十万でどうかな』
という言葉が自ずから発せられました。
すると、上山は呆然とした表情を浮かべました。それは、正にその僕の言葉は上山にとって予想だにしないものだったようです。
案の定、上山は、
『俺のことを馬鹿にしてるのか』
と、いかにも不満そうに言った。
すると、僕は、
『そのSDカードは喜念浜海岸で拾ったんだろ。それが、十万もの値がついたなんて、正にとんでもないプレゼントじゃないか』
と、正に上山を煽てるかのように言った。
すると、上山は、
『ふん!』
と、鼻を鳴らし、
『このSDカードを警察に渡せば、あんたの息子は逮捕されるんじゃないのかい』
そう言っては、冷ややかな眼を僕に向けました。
その上山の言葉は、確かにもっともなことでした。玉城君は、僕の息子たちにリンチにされ、死んでしまい、その事実を闇に葬る為に、息子たちが喜念浜海岸から玉城君の死体を海に遺棄したに違いないからです。
当初から、僕はそう思っていたのですが、何しろ証拠がありません。
それで、息子たちの犯行は闇に消え去るのではないかと思っていたのですが、そのSDカードを警察に渡されてしまえば、息子たちが逮捕されてしまうと僕は恐れたのです。
しかし、その思いを上山に話す必要はありません。それで、十万と吹っかけてみたのです。しかし、上山は、そんな僕を鼻であしらったのです。
僕が言葉を詰まらせていると、
『十万とはいやに安いじゃないか。その値段じゃ、警察に渡すしかないな』
と、上山は冷ややかな口調で言いました。
しかし、それはまずいので、
『じゃ、いくら欲しいのかい?』
『千万だ。千万だよ!』
と、上山は勝ち誇ったように言いました。そんな上山は、それ以上負けないと言わんばかりでした。
しかし、僕は、
『千万とはいやに高いじゃないか』
と、いかにも不満そうに言いました。それに、僕は千万ものお金を持ってはいなかったのです。
すると、上山は、
『じゃ、このSDカードを警察に渡していいのかい?』
そう言っては、唇を歪めました。
しかし、ないものはないので、
『そんなお金は持ってないんだ!』
と、正に悲痛な表情と口調で言いました。
『じゃ、仕方ないな』
そう上山は言うと、僕に背を向けては、僕の許から去ろうとしました。
そんな上山の後ろから僕は上山に飛び掛り、そして、無理矢理SDカードを奪い取ろうとしました。そして、上山と格闘になってしまったのですよ」
と、前田は俯きながら、いかにも言いにくそうに言った。
そんな前田に、
「その結果、上山さんは死んでしまったのかな」
と、沢口はいかにも重苦しい表情と口調で言った。
「正にそういうわけなんですよ」
と、前田はこの時点ではっきりと自らの犯行を認めた。
そんな前田に、沢口は、
「一人で殺したのかい?」
と言っては、眉を顰めた。というのも、畦プリンスビーチでの不審な場面を見た証言者によれば、上山を殺したのは、二人だったからだ。しかし、前田の口からは、もう一人に関して、何ら言及されなかったのだ。
しかし、やがて、そのもう一人に関しても、明らかになった。というのも、上山を殺した疑いで、ビューホテル勤務の前田が逮捕されたというニュースが徳之島内に広まると、やがて、野山正明という五十歳の男性が徳之島警察に出頭し、上山殺しを認めたからだ。
そして、その証言内容は、前田の証言と同様だった。
即ち、前田の中学二年の息子と前田の同級生の野山の息子が玉城を虐め、アクシデントもあって、玉城は息絶えてしまった。
そんな二人は両親に救いを求めたところ、前田と野山は、玉城和則の遺体を海に流すことにし、事件を闇に葬った。
ところが、その三週間後に、玉城和則の遺体が喜念浜海岸に打ち上げられ、そして、警察が捜査に乗り出した。ところが、そんな折に、何故か旅行者の上山という男性が、喜念浜海岸で財布を拾い、その財布の中にSDカードが入っていて、そのSDカードには何と二人の息子が和則をリンチにしてる場面が写っていた。このSDカードを警察が手にすれば、玉城和則の死の真相が明らかになるだろう。
それで、上山がビューホテルを後にしたのを尾け、人気の無いところで上山と話をし、SDカードを手にしようとしたところ、上山は悪知恵が働く男だったようで、千万もの大金を吹っ掛けられた。
それで、力ずくで奪おうとした結果が、今回の悲劇となったわけだ。
因みに、その後、誰がリンチの場面を写真に撮ったのかが、凡そ明らかになった。
それは、同級生のP君だった。P君という名前で、その事実を警察に手紙が寄せられ、その手紙には、喜念浜海岸で玉城和則の同級生たちが玉城和則をリンチにしてる場面の写真を密かに撮り、財布に入れて、喜念浜海岸に故意に遺棄しておいたことが記されていた。そうすれば、その財布を拾った誰かがそのSDカードを警察に届け、事件の真相が明らかになると期待したのである。
〈終わり〉
この作品はフィクションで、実在する人物、団体とは一切関係ありません。