第十一章 事の終わり

     1

 翌朝、貫太郎は目覚めると、家の中にあった缶詰などで、軽く朝食を済ませ、午前十時頃になると、仲宗根ダイビングショップを訪れてみることにした。花江の葬式が終わった今、西表島に留まらなければならない理由が無くなった為に、一旦東京に戻ろうと思い、その旨を次郎に伝える為に、仲宗根ダイビングショップを訪れようと思ったのだ。
 そして、すぐに仲宗根ダイビングショップに着いたのだが、店の中に次郎の姿は見当たらなかった。
 だが、田中加奈子がいたので、貫太郎は加奈子に、
「叔父さんは?」
 すると、加奈子は、
「今日は用があるから、夜まで戻らないそうよ」
 と、表情を曇らせては言った。
「そうですか……」 
 貫太郎は呟くように言った。
 そんな貫太郎に、加奈子は、
「本当に大変なことになってしまったね」
 と、貫太郎に同情するかのように言った。
 加奈子にそう言われると、貫太郎は表情を曇らせたが、何も言おうとはしなかった。
 だが、貫太郎は程なく明日にでも東京に戻りたいという旨を話した。
 すると、加奈子は、
「飛行機の切符を確保出来るかな」 
 と、眉を顰めた。
 そう加奈子に言われると、貫太郎は、
「飛行機の切符か……」
 と言っては、表情を曇らせた。確かに、飛行機の切符を思い通り確保出来るとは限らないからだ。
 更に、加奈子は、
「それに、今日次郎さんがいなくて困ってるのよ。ダイビングをしたいというお客さんを二組も断ったんだから」
 と、いかにも残念そうに言った。
 そう加奈子に言われ、貫太郎は困惑したような表情を浮かべたが、そんな貫太郎に、
「私が飛行機の切符を確保出来るか、訊いてあげようか」
 そう加奈子が言ったので、加奈子にそうしてもらうことにした。
 だが、加奈子の思った通り、明日の切符は満席だった。
 だが、明後日なら確保出来るとのことなので、明後日の切符を確保することにした。
 そういった事情で、貫太郎は明後日まで西表島に留まることになった。
 とはいうものの、この西表島には、もはや花江はいないし、また、次郎の姿も今は見ることが出来なかった。
 もっとも、花江の兄の仲宗根和雄が石垣島に住んでるとのことだが、貫太郎はまだ和雄とは親しげに会話を交わしたことはなかった。
 それ故、貫太郎は和雄と一度、じっくりと話をしなければならないと思っていたのだが、そんな和雄は、石垣島の観光会社で働いるとのことなのだが、今は忙しくて休暇を取れないらしかった。
 それはともかく、貫太郎は加奈子に、
「田中さんは、四ヶ月程前に、武井晴夫という男性客がバラス島のダイビングポイントで事故死したことを覚えていますかね?」
「そりゃ、覚えてるよ」
「で、武井さんの遺体はまだ見付かっていないのですよね?」
「そうよ」
「何故見付からないのかな?」
 貫太郎は怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「そりゃ、潮に流されたんじゃないかな。ダイビングで遭難しても、必ずしも遺体が見付かるとは限らないからね」
 と、加奈子は淡々とした口調で言った。
「ということは、武井さんはやはり事故死したということですかね」
「そうよ。それ以外に何があるって言うの?」 
 と、加奈子は当然だと言わんばかりの表情を浮かべた。
 そんな加奈子を見て、加奈子は武井の死の真相を知らないようだ。
 だが、加奈子に武井の死の真相を話すわけにはいくまい。何しろ、次郎がそのことを公にするのを堅く拒んでるのだから。
 すると、加奈子は、
「で、義人君は今後、どうするの?」
 と、いかにも深刻な表情を浮かべては言った。
「どうするって?」
 貫太郎は怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「つまり、仲宗根家を継いで、西表島に住むのか、それとも、今までのように東京で暮らすのかということよ」
 と、加奈子はいかにも真剣な表情を浮かべては言った。
 そう加奈子に言われると、貫太郎は、
「それが、迷ってるんだよ」
 と、加奈子から眼を逸らせ、決まり悪そうに言った。
「そう……。
 では、私の考えを言わせてもらえば、義人君には仲宗根家を継いでもらいたい。そして、この西表島に住んでもらいたい。更に、このダイビングショップを手伝ってもらいたいのよ。
 今、ダイビングのお客さんを案内するのは、次郎さん一人で請け負ってるのよ。
 もっとも、私も案内することもあるんだけど、そうなると、店番がいなくなってしまう。そりゃ、花江おばさんがいれば、私がお客さんを案内出来るんだけど、花江おばさんはあんなことになってしまったし……。それに、花江おばさんが抜けた為に、民宿の方も大変みたいよ。要するに、このお店だけではなく、民宿も人手不足なのよ。 
 それで、義人君さえよければ、私たちと一緒に仕事をしてもらいたいというわけ」
 と、加奈子はいかにも真剣な表情を浮かべては言った。その表情からして、確かに加奈子は貫太郎がこの西表島で暮らすことを切望してるかのようであった。
 それで、貫太郎は、
「もう少し考えさせてもらいたいんだよ」
 と、加奈子に訴えるかのように言った。
 すると、加奈子は、
「分かったわ」
 と言っては、それに関して、これ以上、言及しようとはしなかった。
 そんな加奈子を、貫太郎は仲宗根ダイビングショップに残し、以前のように、自転車を漕ぎ始めた。そして、星砂の浜に向かった。
 星砂の浜に来たからには、貫太郎は自転車から降り、浜に出てみることにした。
 星砂の浜は、以前のように、人の姿は見当らなかった。
 それはともかく、貫太郎はしばらく浜に佇み、波音に耳を傾けながら、ぼんやりとしていた。
 そして、程なく、星砂を探し始めた。
 すると、それはすぐに見付かった。
 貫太郎は星砂を掌に載せ、少しの間、弄んでいたが、やがて、それを握り潰した。
 貫太郎は紺青色の海を見入り続けながら、この数カ月の間で、随分色んなことがあったものだと、改めて感じ入った。竹富島で偶然に生みの母親と再会し、そして、中上家の両親が、養親であることを知ってしまった。それなのに、生みの母親が死んでしまった……。
 これ程、衝撃的な出来事が、こんな僅かの間に経験したことは、今までになかった。それ故、この数カ月は、貫太郎が生まれて以来、最も衝撃的な日々となったのだ。
 しかし、運命とは不思議なものだと、貫太郎は改めて思った。竹富島で生みの母親と偶然に再会するなんて、正に奇跡としか言いようがないというものだ。
 もし、竹富島で花江と再会しなくても、いずれ、中上の両親が養親であったということは、分かったであろうが、花江が生みの母親であったということは、分からなかったであろう。
 それ故、貫太郎が竹富島に行ったのは、花江の魂が呼び寄せたのだろうか?
 貫太郎は以前もそう思ったことがあったのだが、今、改めてその思いを痛感したのだ。
 また、花江が死んだのは、どうやら貫太郎の所為、即ち、キャラメルの箱の所為ではないようなので、それに関しては、貫太郎は胸を撫で下ろしたのだが、そうだからといって、花江は貫太郎の前に姿を見せることはなかった。
 そう思うと、貫太郎は改めて、花江を失った悲しみが込み上げて来た。
 そういう風にして、今日一日は過ぎてしまった。
 そして、貫太郎がその夜を過ごしたのは、無論、花江宅、つまり、貫太郎宅だったというわけだ。

     2

 翌朝になると、貫太郎は昨日のように、午前十時に仲宗根ダイビングショップに行った。貫太郎は次郎のことが、気掛かりだったのだ。
 というのは、次郎は花江と黒川を殺したならず者たちに、復讐をすると言わんばかりのことを一昨日貫太郎に言ったからだ。それ故、貫太郎は次郎のことが何となく気掛かりだったのだ。
 それで、仲宗根ダイビングショップに入ると、次郎の姿を探してみたのだが、次郎の姿は見られなかった。
 だが、加奈子がいたので、
「叔父さんは?」
「それがまだ来てないのよ」
 と、加奈子は冴えない表情で言った。
「いつも、何時位に、お店に来るの?」
「いつも十時頃には来てるんだけど。私より遅い日は、滅多にないのよ」
 と、加奈子は再び冴えない表情で言った。
「じゃ、僕が様子を見て来るよ」
 と、言っては、貫太郎は仲宗根ダイビングショップのすぐ近くにある次郎宅に向かった。次郎宅は、花江宅と同じような感じの家であった。
 玄関扉のブザーを押したが、家の中には、何の反応も見られなかった。
 それで、貫太郎は扉を開けようとしたのだが、鍵は掛かっていた。
 また、窓には分厚いカーテンが閉められたままで、家の中に次郎がいる気配はなかった。
 それで、貫太郎は仲宗根ダイビングショップに戻り、事の次第を加奈子に話した。
 すると、加奈子は、
「それは、おかしいね」
 と、些か納得が出来ないように言った。
 そんな加奈子に、貫太郎は、
「叔父さんは昨日、何処に行ったのかな?」
 貫太郎はそれに関して、推測出来ないわけではなかったが、そう言った。
 すると、加奈子は、
「それは、聞いてないのよ」 
 と、渋面顔で言った。
 その加奈子の言葉を聞いて、貫太郎も渋面顔を浮かべた。というのは、貫太郎はこの時、嫌な予感が過ぎったからだ。
 その嫌な予感とは、次郎は奴等、即ち、花江と黒川を殺した奴等とトラブルを起こし、その為に帰れなくなってるのではないかと思ったのだ。となると、次郎の身に危険が及ばないのだろうか?
 そう思うと、貫太郎の表情は、一気に青褪めたが、貫太郎はその思いをすぐに払い退けた。何故なら、あの生気溢れる次郎に、もしものことは起こり得る筈はないと思ったからだ。
 そんな貫太郎は、その後、加奈子と、何だかんだと他愛無い話をしていたのだが、十時半になっても、次郎は姿を見せようとはしなかった。
 それで、貫太郎は心配そうな表情を浮かべては、
「叔父さん、まだ来ませんね」
「本当ね。どうしたのかしら」
 と、加奈子も心配そうな表情で言った。そして、
「今日は昼からお客さんが来ることになってるのよ」
 と、冴えない表情で言った。
「じゃ、どうするの?」
「私が案内するしかないわ」
 と、加奈子は再び冴えない表情で言った。
「だったら、その間、僕が店番をしようか」
「お願いしたいところだけど、ダイビングの知識が無いと、お客さんに応対出来ないわ。だから、その間は店を閉めておくしかないのよ」
 加奈子にそう言われ、貫太郎は渋面顔を浮かべたが、その時に電話が鳴った。
 それで、加奈子は飛びつくように、送受器を取った。というのは、既に何度も電話を掛けても繋がらない次郎からの電話だと思ったのだ。
 それで、
「もしもし」
 と、加奈子は甲高い声で言った。
 しかし、送受器から聞こえて来た声は、次郎の声ではなく、加奈子の知らない人物の声であった。
 それで、加奈子は失望したような表情を浮かべたが、その加奈子の表情は、忽ち強張ったものへと変貌した。何故なら、その男は、
―僕は八重山署の安室と申す者ですが。
 と言ったからだ。
 八重山署の警官から電話を受ける当ては全くなかったが、よくない知らせではないかと察知し、加奈子の表情は強張ったのだ。
 そして、強張った表情のまま、次の安室の言葉を待った。
―そちらは、仲宗根ダイビングショップに間違いありませんかね?
 そんな安室の口調には、まるで感情というものは、感じられなかった。
「間違いありませんが」
 加奈子はそう言った。
―そちらの店は、仲宗根次郎さんという方が、店主なのですかね?
「そうですが……」
 加奈子は呟くように言った。
―仲宗根さんは身長170センチ、体重は65キロ位ですかね?
「それ位だと思いますが」
―そうですか。で、仲宗根さんは、顎鬚を生やしておられますかね?
「生やしてますが」
 と、加奈子は次郎の顔を思い出しながら言った。
 だが、加奈子の表情は、依然として強張ったままであった。何故なら、警察が次郎の身体的なことを訊いて来るなんて、尋常ではないからだ。
 案の定、安室は、
―実はですね。言いにくいことですが、今朝、石垣島の米原ビーチで、仲宗根次郎さんと思われる方の遺体が発見されたのですよ。
 そう安室に言われ、加奈子は、脳天をハンマーで強打されたような衝撃を受け、言葉を発することが出来なくなってしまった。即ち、加奈子の嫌な予感は、やはり、現実と化してしまったようだからだ。
 そんな加奈子は、頭に血が上ってしまい、言葉を発することが出来なかった。
 それで、安室は、
―もしもし。
 と、甲高い声で言った。
 それで、加奈子は我に返り、
「聞こえてますが」
 そんな加奈子に対して、安室は、
―で、仲宗根さんと思われる男性の遺体は、今、石垣市のK病院に安置されてましてね。変死の疑いがあり、今、司法解剖が行なわれてるのですよ。
「変死ですか……」
 加奈子は呟くように言った。
―そうです。変死です。
 安室は何ら感情の感じられないような声で淡々とした口調で言った。
 そう安室に言われ、加奈子は返す言葉がなかった。あの次郎が変死したなんて、それは、加奈子には信じられなかったからだ。
 それで、
「でも、その男性が、どうして仲宗根次郎さんだと分かったのですかね?」
 と、加奈子は気丈な表情を浮かべては、安室に反駁するかのように言った。顔立ちとか身体付きが似ていても、人違いということも有り得るからだ。
 加奈子のその問いに対して、安室は、
―財布に名刺が入っていたのですよ。<仲宗根ダイビングショップ 店主 仲宗根
次郎> という名刺が。それで、そちらに電話してみたという次弟なんですよ。
 と、安室は相変わらず感情の感じられないような淡々とした口調で言った。
 それを聞いて、加奈子は強張った表情のまま、何ら言葉を返すことが出来なかった。今の安室の説明からすると、やはり、安室が言ったように、米原ビーチで発見されたという男性の遺体は、次郎である可能性が高いと思ったからだ。
 それで、加奈子は言葉を発することが出来なくなってしまったのだが、そんな加奈子に、安室は、
―で、仲宗根次郎さんなのかどうか、その遺体を確認していただきたいのですよ。それで、確認出来る方に、今すぐに、八重山署に来ていただきたいのですよ。
「分かりました」
 と、加奈子は言っては、安室との電話を一旦終えた。
 そして、不安そうな表情で、加奈子と安室との電話を耳にしていた貫太郎に、加奈子は安室との電話内容を話した。
 すると、貫太郎は険しい表情を浮かべては、言葉を発することは出来なかった。
 加奈子と安室の電話を傍らで耳にしていたので、加奈子と安室の電話が、どのような内容かは凡そ察知出来たのだが、しかし、加奈子が話した内容は、やはり、貫太郎が思っていた通りだった。やはり、貫太郎が恐れていた災難が、現実と化したのである!
 また、貫太郎は何故次郎が死んだのかも、無論、推察出来た。
 即ち、次郎は花江と黒川を殺した奴等に抗議に行き、それが仇となり、殺されてしまったのだ! これ以外に、次郎の死は、考えられないのだ!
 そう思うと、貫太郎はいかにも強張った表情を浮かべては、言葉を発することが出来なかった。貫太郎は徐々に頭に血が上り、平静を失ってしまったのだ!
 そんな貫太郎に、加奈子は、
「悪いけど、義人君が八重山署に行ってくれないかな。私は昼からお客さんを海に案内しなければならないから、手を離せないのよ」
 と、いかにも困惑したように言った。
 そう加奈子に言われ、貫太郎は、我に還ったような表情を浮かべては、肯いたのだ。

     3

 貫太郎は石垣島に向かう連絡船に乗り、ライトブルーに煌めく海を見やりながら、どうしようもないやるせなさに襲われていた。
 一昨日の次郎の話から、何故花江と次郎が死んだのかは、凡そ推察は出来ていた。中国マフイアか、そういった類の者に殺されたのだ。
 とはいうものの、その原因を作ったのは、元はといえば、次郎なのだ。次郎が安易にさいころ博打に手を出してしまったから、このような災難に巻き込まれてしまったのだ!
 それ故、次郎は自らで身を滅ぼしてしまったみたいなものだ。花江と黒川は、そのとばっちりを受けてしまったのだ。
 そう思うと、貫太郎はどうしようもないやるせなさを感じざるを得なかったのだ。
 しかし、まだ付き合いが始まったばかりだった次郎のことを責めるわけにもいかないだろう。それに、次郎は今やこの世にはいないのだから!
 そう思ったりしてる内に、やがて、連絡船は石垣島の離島ターミナルに着いた。
 貫太郎は連絡船から降りると、八重山署に向かった。もっとも、八重山署は今まで一度も行ったことがなかったので、地図を片手に向かったというわけだ。
 今や、すっかり夏の気配を見せている石垣島の強い陽光の下に、歩みを進めるのは、なかなか大変だった。額から徐々に汗が流れ、その汗が眼に入り、また、シャツが汗で濡れた。
 何故、こんなに不幸が次から次へと襲い掛かるのだろうか?
 その思いが、八重山署に着くまでに、何度貫太郎の脳裏を駆け巡ったことか!
 八重山署の受付で、来意を告げると、然程時間を経ずに、ごつい感じの制服姿の警官が、貫太郎の前に姿を見せた。その警官は、
「僕は安室といいます」
 と言っては、軽く頭を下げた。そして、貫太郎に、
「では、早速ご遺体を見てもらいましょうかね」
 と言っては、貫太郎は安室が運転するパトカーに乗っては、K病院に向かった。 
 そして、K病院に着くと、貫太郎は安室と共に次郎と思われる男性が安置されている霊安室に向かった。
 そして、安室が柩を開けると、そこは確かに物言わぬ次郎が横たわっていた。
 それで、貫太郎はその旨を言った。
 すると、安室は、
「そうでしたか」
 と、何ら表情を変えずに淡々とした口調で言った。
 すると、この時になって、貫太郎の表情は、大いに歪んだ。
 そして、再び次郎を見やったのだが、次郎の表情は、大いに歪んでいた。その死は、正に悪漢どもによってもたらされたということを物語っていた。
 それで、貫太郎は程なく次郎から眼を逸らせた。
 そんな貫太郎に、安室は、
「あなたは、仲宗根さんの甥でしたね?」
「そうです」
「では、仲宗根さんには、ご家族はおられないのですかね?」
「叔父さんは、独身でした……」
 貫太郎は呟くように言った。
「そうでしたか。
 で、司法解剖の結果、仲宗根さんは水死だと判明したのですがね」
「水死、ですか……」
「そうです。しかし、我々はその死が、仲宗根さんの意思によってもたらされたとは思ってませんでしてね」
 と言っては、安室は眉を顰めた。
「ということは、何者かに殺されたということですかね?」
 貫太郎は渋面顔で言った。
「その可能性が高いと思っています」
 と安室も渋面顔で言った。
 そう言われると、貫太郎は俯き、言葉を詰まらせた。
 貫太郎は何故次郎が殺されたのか、分かっていた。
 だが、その理由は安室には言えない。そうなれば、次郎のことを警察に売ることになるからだ。次郎と花江が殺されたのは、元はといえば、次郎がさいころ博打に手を出してしまい、その結果、武井の保険金詐欺に加担してしまったからだ。だが、その経緯を警察に話すわけにはいかない。何故なら、次郎がそう貫太郎に約束させたわけだから!
 それに、そのことを警察に話したからといって、警察の捜査に役立つかもしれないが、次郎は戻って来ないのだ!
 それ故、貫太郎は俯いては、言葉を発そうとはしなかった。
 そんな貫太郎に、安室は、
「それに関して、何か思うことはありますかね?」
 と、貫太郎の顔を覗き込むかのように言った。そんな安室は、どんな些細な情報でも構わないから、入手したいと言わんばかりであった。
 だが、貫太郎は、
「特にないですね」
 と、呟くように言った。
 すると、安室は、
「残念ですね」
 と、いかにも残念そうに言った。そして、
「で、西表島では、このところ、三件、事故なのか事件なのか判別出来ないような出来事が発生してましてね」
 と、冴えない表情で言った。
「その三件とは?」
 貫太郎はそう言った。
「まず上原に住んでいた黒川佐吉という民宿を営んでいた六十八歳の男性が、上原港で水死体で発見され、その次に仲宗根花江さんという民宿手伝いの女性が、大原港で水死体で発見され、その次が仲宗根さんというわけですよ」
「ということは、警察はその三つの死が関係してると推理されてるのですかね?」
 貫太郎は渋面顔で言った。
「そりゃ、今の時点では何とも言えませんが、関係してる可能性はあると思いますね」
 と、安室は眉を顰めては言った。
 すると、貫太郎も渋面顔を浮かべ、安室から眼を逸らしたが、すぐに安室に眼を向け、
「実は、僕がその仲宗根花江の息子の義人と申す者なんですよ」
 と、力無い声で言った。
 すると、安室は襟を正しては、
「そうでしたか……」
 と、いかにも貫太郎に同情するかのように言った。
 しかし、それもそうだろう。
 今、眼前にいる若者は、先日、母を亡くし、昨日は叔父を亡くしたのだ。それ故、安室はそんな貫太郎の心情を充分に察せられたのだ。
 また、安室は今までに刑事という職業柄、何度も身内を失った遺族と対面して来た。そして、何度対面しても、その遺族と悲しみを分かち合って来たのだ。
 それはともかく、安室は今まで、この仲宗根義人という若者と話してみて思ったことは、この若者は何かを知ってるのではないのか? それは、義人の仕草などから、そう思ったのだ。もっとも、義人が知ってることが、果して次郎の死に関係してるということに義人は気付いていないのかもしれない。それ故、安室は義人にしつこく話を聴かなければならないだろう。
「お母さんを亡くされ、そして、今度は叔父さんを亡くされたにもかかわらず、直ちに捜査協力を依頼するのは僕としても心苦しいのですが、我々は事件を一刻も早く解決しなければならず、また、そのことが亡くなられた二人の供養になると思いますので、仲宗根さんには是非捜査に協力していただきたいのですがね」
 と、安室は穏やかな表情と口調ではあるが、そう言っては力強く肯いた。
 そして、
「僕は、花江さんと次郎さんが相次いで亡くなられたということから、その動機は仲宗根家の内部にあると思いますね。つまり、仲宗根家内部で何かトラブルのようなものが存在していたのですよ。
 で、仲宗根さんは、それに関して、何か心当りありますかね?」
 安室は貫太郎をまじまじと見やっては言った。
 すると、貫太郎は、
「ないですね」
 と、安室から眼を逸らせては、素っ気なく言った。
「そうですかね? どんな些細なことでも構わないですから、何か妙に思ってるようなことはないのですかね? また、花江さんや次郎さんは、何か妙なことは言ってなかったのですかね?」
 そう安室に言われたものの、貫太郎は「知らない」と言い、また、貫太郎が三歳の時に花江と生き別れになり、最近になって実子であったことが分かったという経緯の凡そを話した。
 その貫太郎の話に、神妙な表情を浮かべては耳を傾けていた安室は、貫太郎の話が一通り終わると、冴えない表情を浮かべた。というのは、話が何だかややこしくなって来て、犯人が何処に潜んでるのか、見当がつかなくなって来たからだ。
 それで、安室は渋面顔を浮かべては、少しの間、言葉を詰まらせたのだが、やがて、
「とにかく、我々は仲宗根次郎さんと親しくしていた人たちから話を聞き、捜査を進めることにしますよ。仲宗根さんは今日はもうこれでよろしいですから」
 と言ったので、貫太郎はこの辺でK病院を後にすることにした。

     4

 K病院を後にし、強い陽光を浴びながら、歩みを進めてる貫太郎は、まるで夢遊病者ようであった。
 貫太郎は何だか頭の中が空白になってしまい、離島ターミナルに着くまでは、何ら思考することが出来なかったのだ。 
 だが、離島ターミナルに着き、離島ターミナル内のベンチに腰掛け、一息つくと、自ずからこの思いが貫太郎の脳裏に込み上げて来た。
 これからどうすればよいのかという思いが。
 また、貫太郎は何故花江と次郎が殺されたのかを知っている。それ故、本来なら、その情報を警察に話さなければならないのだ。
 だが、それは次郎を警察に売ることになる。また、次郎はそのことを警察に話さないでくれと、貫太郎に懇願したのだ。
 何故次郎がそこまで貫太郎に懇願したのか、貫太郎はその心情が理解出来なくはなかった。それ故、貫太郎としては、やはり、次郎を裏切ることは出来なかったのだ。
 そういった思いが、次から次へと、貫太郎の脳裏に込み上げて来たのだ。
 そして、今、貫太郎は西表島に向かう連絡船に乗船していた。
 そんな貫太郎の周囲には、ライトブルーに煌めく綺麗な海が拡がっていた。
 そして、その綺麗な海に生活の糧を求めてる次郎は、その海と同様に、とても心の綺麗な人だった……。貫太郎はそのように思っていた。
 それ故、そんな次郎を汚すわけにはいかなかったのだ! 次郎を綺麗なまま、あの世に送り出さなければならないのだ!
 その思いが、今、貫太郎の脳裏を捕えて離さないのだ。
 貫太郎はこの時、次郎がさいころ博打で負けたことから発生した今回の事件は、決して他言すまいと、心の中で誓ったのだ! そんな貫太郎は、この時、もうこの八重山諸島から離れたいという思いが、込み上げて来た。この八重山諸島にこのまま居続ければ、貫太郎は重い十字架を背負って生きていかなければならないという思いに捕われたのだ。
 それ故、明日、東京に戻れば、もう決して八重山諸島には来まいと、決意したのだった。

     5

 上原港に着くと、貫太郎は早足で仲宗根ダイビングショップに戻った。
 すると、加奈子が丁度、ダイビング客を彼らの民宿に送り届け、戻って来たところであった。
 そんな加奈子は、疲れ切った表情を浮かべていた。貫太郎が初めて眼にした時の夢多き女性の様は消え失せていた。
 そんな加奈子に、貫太郎は開口一番に、
「やはり、叔父さんだった……」
 と、力無く言った。
 すると、加奈子も、
「そう……」
 と、力無く言った。
 そして、二人の間にしばらくの間、沈黙の時間が流れたが、やがて貫太郎は、
「どうなるの?」
 と、加奈子を見やっては、呟くように言った。
「どうなるの、とは?」
 加奈子は再び力無く言った。
「だから、このダイビングショップがどうなるのかということなんですよ」
 と、貫太郎も再び力無く言った。 
 貫太郎は既にこのダイビングショップを継がないことを決めていた。だが、その思いを加奈子に話すのは、何となく心苦しかったのだ。
 すると、加奈子は、
「私では何とも言えない。でも、私は仲宗根ダイビングショップを辞め、鹿児島に戻ろうと思ってるのよ。
 そりゃ、義人君が継いでくれればありがたいんだけど、義人君はまだダイビングのいろはも分からない位だから、義人君が一人前になるまで、私一人が頑張るということは、無理なのよ。また、民宿は誰かに明け渡さなければならないと思うのよ。 
 もっとも、この店も民宿も、私がオーナーでは無いから、最終的な判断を下すのは、次郎さんのお兄さんの和雄さんだと思うけど、私は私の意見を述べるつもりよ」
 と、開き直ったような表情と口調で言った。
 すると、貫太郎は、
「そうですか……」
 と、呟くように言った。貫太郎も、それが最善策だと思ったのだ。
 それで、貫太郎は幾分か穏やかな表情を浮かべたのだが、加奈子は、
「何か不満はある?」
「不満とは?」
「だから、義人君は今後、このお店で頑張りたいと思ってるのかということよ」
 と、加奈子は貫太郎の胸の内を探るかのように言った。
「そりゃ、そのようなことは思ってないよ。僕はダイビングは好きだけど、まだ一度もやったことはないし、また、西表島の海のこともまるで知らないからね。
 だから、お客さんに西表島の海を案内することは無理だよ。だから、後を継ぎたいという気持ちが全くないというわけでないけど、現実的には無理だよ」
 と、貫太郎は冴えない表情を浮かべては言った。
 すると、加奈子は貫太郎の言葉に対して何も言おうとはせずに、小さく肯いた。そして、
「このお店の後継ぎが決まるまでは、このお店はしばらくお休みだわ」
 と、微かに笑みを見せては言った。だが、その笑みは、とても寂しげなものであった。
 すると、その加奈子の笑みに釣られ、貫太郎も微かに笑みを浮かべたが、その笑みは加奈子と同様、寂しげなものであった。
 すると、加奈子は、
「でも、どうして次郎さんや花江おばさんは、死んだのかしら」
 と、小さな声ではあるが、いかにも納得が出来ないように言った。そんな加奈子は、次郎と花江が、何故死ななければならなかったのか、その理由は皆目分からないと言わんばかりであった。
 そう加奈子が言うと、貫太郎は加奈子から眼を逸らせ、言葉を詰まらせた。貫太郎は、その理由を知っていた。
 二人を殺したのは、次郎とさいころ博打をやった奴等なのだ!
 しかし、それは加奈子に言うことが出来なかった。次郎がそう貫太郎に誓わせたのだから!
 加奈子の言葉に、貫太郎は加奈子から眼を逸らせては、何も言おうとはしなかった。そんな貫太郎に対して、加奈子は、
「私、そのことに関して、全く心当りないこともないのよ」
 と、貫太郎から眼を逸らせ、呟くように言った。
 すると、貫太郎は眼大きく見開き、好奇心を露にしては、
「それ、どういったものですかね?」
 すると、加奈子も眼を大きく見開き、
「それはね。最近、といっても、ここ数カ月位、次郎さんは何となく元気が無かったのよ。何か悩みを抱えていたみたい。義人君はそのことが分からなかったのでしょうがね」
 と、渋面顔で言った。
「何か悩みを抱えていたのですか」
 と、言っては、貫太郎は眉を顰めた。
「そうよ。
 それで、私はそのことを次郎さんにさりげなく訊いてみたのよ。
 すると、次郎さんは笑顔を繕い、『私の気の回し過ぎだよ』と言ったのよ。
 でも、今、思うと、やはり、私の気の回し過ぎだったとは思わないわ。やはり、私の勘は当っていたと思うの。
 そして、そのことが絡んで、次郎さんは、死んだのかもしれない。そして、花江さんは、そのことに巻き添えを喰らったのかもしれない」
 と、加奈子は深刻そうな表情を浮かべながら、淡々とした口調で言った。
 すると、貫太郎は加奈子から眼を逸らせ、神妙な表情を浮かべた。加奈子に、貫太郎の知ってることを話せない為に、貫太郎は後ろめたさを感じたのだ。 
そんな貫太郎は、加奈子を見やっては、
「叔父さんが、どんなことで悩んでいたのか、見当はついてるのですかね?」
 と、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。
 すると、加奈子は神妙な表情を浮かべては、
「全くついてなかったのよ」
 と、渋面顔で言った。その加奈子の様には、嘘は感じられなかった。加奈子は保険金詐欺に関して、まるで知らないみたいだ。
 加奈子がそう言った後、二人の間に少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、貫太郎は、
「田中さんは、いつまで西表島に留まるつもりですかね?」
 と、さりげなく訊いた。
「そりゃ、このお店の後継ぎが決まるまでは留まりたいと言いたいところだけど、こちらにも都合があるから、長くても、一週間ね」
 と、加奈子は寂しげに言った。
「そうですか」 
と、貫太郎も呟くように言った。
「それに、次郎さんを殺した犯人探しにも協力をしなければならないだろうし」
「ということは、警察に何か情報提供出来るのですかね?」
「そりゃ、少し位は出来ると思うわ」
「それは、どんなことですかね?」
「だから、さっき言ったように、次郎さんはここ数カ月の間、元気が無かったのよ。私は元気が無くなる前の次郎さんのことをよく知ってるから、その違いが分かるのよ。
 それ故、そのことが事件に関係してると思うのよ。だから、そのことを警察に話すつもりよ。
 それに、次郎さんと花江さんを殺した犯人を早く捕まえてもらわないと、私も気が気で仕方ないのよ」
 と、加奈子は沈痛な表情で言った。
 すると、貫太郎は、
「そうですか」
 と、加奈子から眼を逸らせては、この辺で一旦、加奈子との会話を終え、家に戻ることにした。これ以上、加奈子との会話を続けるのが、嫌になったからだ。
 貫太郎は実のところ、この場で何もかも、本当のことを言ってやりたかった。次郎と花江を殺したのは、次郎とさいころ博打をやった奴等なんだと!
 しかし、それを言うことが出来ないのだ。
 加奈子のように、人を騙すことを知らず、自然と共に生きて来たような人間を騙すことに貫太郎はやるせなさを感じた。 
 それで、貫太郎は口実を作り、この辺で仲宗根ダイビングショップを後にした。

     6

 花江宅に戻り、八畳間の畳の上に膝を抱え込むようにして腰を降ろしながら、貫太郎は沈痛な表情を浮かべていた。
 そんな貫太郎は、
「もう何もかもが嫌になった……」
 と、呟いた。
 では、何故貫太郎はそう思ったのか?
 貫太郎は、次郎と花江の死の真相を知ってるのに、それを隠すことが嫌になったのだ。次郎にもしものことがあっても、そのことを警察に話さないようにと、次郎から言われたのだが、その次郎の思いに縛られるのが、嫌になったのだ!
 貫太郎は既に、末吉という刑事と加奈子に嘘をついた。
 しかし、今後、後、何人に嘘をつかなければならないのだろうか?
 また、いつか、貫太郎が花江と次郎の死の真相を知っていたにもかかわらず、隠していたということが、公になるかもしれない。
 そう思うと、貫太郎は一層憂鬱な気分に陥ってしまった。
 そんな貫太郎はまだしばらくの間、両手で膝を抱え込むような恰好で畳の上に腰を降ろしていたのだが、やがて、貫太郎は眼を開け、意を決したような表情を浮かべた。そんな貫太郎は、何かを決意したかのようだ。
 では、貫太郎は何を決意したのだろうか?
 そう! 決意したのだ! 何もかもを警察に話すということを!
 そうなれば、次郎を裏切り、そして、そのことは、次郎を汚すことになるかもしれない。
 しかし、貫太郎はもう嘘をつくのが、嫌になったのだ! もうこれ以上、加奈子たちに嘘をつくのが、嫌になったのだ!
 そう決意すると、貫太郎は幾分か気が楽になった。それで、些か穏やかな表情を浮かべたのだが、すぐに貫太郎の表情は曇った。何故なら、たとえ貫太郎の知ってることを全て話したとしても、花江と次郎は、もはや生きて戻っては来なかったからだ。
 すると、この時、突如、玄関扉のブザーが鳴った。
 それで、貫太郎は我に還った。
 すると、再び玄関扉のブザーが鳴った。誰かがやって来たのだ。
 まだ、午後七時になったばかりなので、誰かがやって来ても不思議ではない。立て続けに惨事が発生してるのだから、何か大切な知らせを知らせる為に、誰かが貫太郎を訪ねて来たのではないかと、貫太郎は思ったのだ。
 それで、貫太郎は立ち上がり、玄関に行っては、鍵を開けた。
 すると、そこには白いポロシャツと白いスラックスをはいた三十位の貫太郎の見知らぬ男が立っていた。
 そんな男を眼にして、貫太郎は何となく嫌な感じの男だなという思いが、一瞬、貫太郎の脳裏を過ぎった。
 そんな貫太郎に、男は、
「仲宗根さんですかね?」
 と、まるで淡々とした口調で言った。
「そうですが」 
 貫太郎は小さな声で言った。
「先日、石垣島でお亡くなりになられた仲宗根次郎さんの甥ごさんですかね?」
 男は再び淡々とした口調で言った。
 それで、貫太郎は、
「そうですが」
 と、呟くように言った。別にそのこと隠す必要はなかったからだ。
 すると、その時、男は突如、貫太郎の眼前にまで来たと思うと、貫太郎の顔面に素早く湿った布を押し当てた。
 それで、貫太郎はもがいたのだが、呆気なく意識を失ってしまったのだった。

     7

 貫太郎は意識が戻ると、海の香りが鼻をついた。また、貫太郎のいる所は、上下左右に揺れていた。
 そう思った貫太郎は、眼を開けたのだが、すると、忽ち表情を強張らせた。何故なら、貫太郎の見知らぬ男が四人、貫太郎の傍らにいたからだ。
 また、貫太郎が囚われの身になってることが、すぐに分かった。何故なら、貫太郎の手足はロープできつく縛られていたからだ。
 だが、口は自由だったので、
「あんたちは、誰なんだ!」
 と、声を荒げては言った。そして、慎重に男たちの顔ぶれを見回すと、先程、貫太郎と話をした三十位の嫌な感じの男が眼についた。
 そして、腕時計に眼をやった。
 すると、午後十時だった。
 貫太郎は三時間程、意識を失っていたのだ。また、貫太郎の眼前にいる人相の悪い三十位の男に、湿った布を押しつけられ、意識を失ったことを思い出した。
 貫太郎の問いに、嫌な感じの男は、
「俺たちが誰なのか、分からないのかい?」
 と言っては、にやにやした。
「分からないよ」
 貫太郎は男を睨め付けては、声を荒げては言った。
「分からないかい? そりゃ、おかしいな」
 と言っては、男はにやにやした。その男は、まるで貫太郎を嘲笑ってるかのようであった。
 この時、貫太郎の脳裏には、<もしや……>という思いが過ぎった。
 そう! 貫太郎の脳裏には、この男たちは、花江と次郎を殺したならず者たちだという思いが、貫太郎の脳裏を過ぎったのだ!
 そんな貫太郎を眼にして、男たちは、にやにやした。そして、
「やっと俺たちが誰なのか、分かったようだな」
 この時、貫太郎は辺りの様子が分かって来た。
 貫太郎は今、船の上にいるのだ! 辺りを照らしている薄暗い明かりが、それれを明らかにしたのだ! 船の上だから、よく揺れるのだ!
「あんたちは、僕の母さんと叔父さんを殺した奴等だな」
 という言葉が、自ずから貫太郎の口から発せられた。
 すると、その男は貫太郎から眼を逸らせては、
「ヒッヒッヒッ……」 
 と、まるで悪魔のような笑い声を上げ、そして、その後、言葉を発そうとはしなかった。また、他の三人の男も同様であった。
 そんな男たちに、貫太郎は、
「僕をどうしようと言うんだ?」
 と、怒りの表情を向けた。そんな貫太郎は、貫太郎の手足を縛ってるロープを早く解いてくれと言わんばかりであった。
 すると件の嫌な感じの男が、
「あんたはどうしてこんな目に遭ったのか、分かるかい?」
 と、貫太郎に問い掛けた。そして、その男には、笑みは見られなかった。
「分からないな」
 貫太郎はいかにも不満そうに言った。
 すると、その男は貫太郎を睨め付けるようにしては、
「あんたは余計なことを知り過ぎてしまったんだよ」
 と言っては、貫太郎から眼を逸らせた。その男は、些か貫太郎に同情してるかのようであった。
「余計なことを知り過ぎてしまった?」
 貫太郎はいかにも納得が出来ないように言った。
「ああ。そうだ。思い当たることはないのかい?」
 男は貫太郎の胸の内を探るかのように言った。
 すると、貫太郎は自ずから次郎が貫太郎に次郎の秘密を話したことを思い出した。次郎は花江の葬式が終わったその日に、花江宅に来ては、さいころ博打で二千万もの借金を作ってしまった為に、保険金詐欺に関わったことや、花江と黒川を殺したのは、次郎とさいころ博打を行なった者だという旨を話したのだ。貫太郎はそのことを思い出したのだ。
 それ故、貫太郎は渋面顔を浮かべては、言葉を詰まらせたのだが、そんな貫太郎に男は、
「我々はちゃんと知ってるんだよ」
 と、さも得意そうに言った。
「ちゃんと知っている?」
 貫太郎は眉を顰めた。
「ああ。ちゃんとな。
 俺たちは、あんたの母さんの葬式があった日の夜、仲宗根次郎が外出し、あんたの母さん宅に行くのを眼にしたんだ。
 その時、あんたの母さんの家の玄関扉には鍵が掛かってなかったので、俺たちは密かに仲宗根次郎とあんたとの会話を盗み聞きさせてもらったというわけさ。仲宗根次郎は、誰かに余計なことを言わないかと俺たちは心配だったから、俺たちは仲宗根次郎の動きを監視していたのさ。
 すると、次郎は案の定、さいころ博打に負け、俺たちの保険金詐欺事件に協力したということや、あんたの母さんや黒川を殺したのが、俺たちだと吐かしやがった。それで、俺たちは仲宗根次郎を許さなかったんだが、秘密を知ったあんたを今度は殺さなければならなくなったというわけさ」
 と言っては、男はニヤッと笑った。正に、その男の笑みは嫌味のある笑みであり、また、冷酷な笑みであった。
 男にそう言われても、貫太郎は言い逃れをしようとは思わなかった。次郎から耳にしたことは、誰にも話さないから、助けてくださいと、命乞いをするつもりは、毛頭なかった。
 それで、男から眼を逸らせ、不貞腐れた表情を浮かべては、言葉を発そうとはしなかった。
 すると、男は再び嫌味のある笑み、冷酷な笑みを浮かべては、
「どうやら、腹を据えたようだな」
 と言っては、小さく肯いた。そして、
「しかし、それもそうだな。あんたには、もう母さんもいないし、叔父さんもいなくなったからな。だから、もはや生きる気力も希望も無くなったのも同然じゃないか。
 だから、今すぐにでも、母さんや叔父さんのいる所にまで送ってやるよ」
 と言ったかと思うと、他の男たちに目配せをした。
 すると、四人の中で一番年下と思われるごつい感じの男が、
「兄貴、こいつに遺書を書かせることを忘れてはまずいぜ」
 と、まるで慌てたように言った。
 すると、男は、
「そうであったな! アッハッハッ!」
 と、豪快に笑った。
 だが、笑ったのは、ほんの僅かな時間で、男の表情は、すぐに険しいものへと変貌し、そして、貫太郎に、
「いいか! 今から俺の言う通りに書くんだ!
<僕はもう生きて行くのが疲れました。母さんも叔父さんも死んでしまい、そのショックの為に、将来の希望が無くなってしまったのです。だから、今から母さんや叔父さんのいる所に行くことにします>
 このように書くんだ!」
 と、男は貫太郎を怒鳴りつけるように言っては、貫太郎に紙とボールペンを渡そうとした。
 だが、貫太郎は男から眼を背け、男の命令に歯向かうような仕草を見せた。
 そんな貫太郎を眼にして、男は、
「分かったよ」
 と、吐き捨てるように言っては、他の男たちに、
「どうする?」
 すると、先程のごつい男は、
「じゃ、こいつの靴と財布を上原港の防波堤においておきましょうよ。そうすれば、こいつは自殺したと看做されますよ」
 と、いかにも自信有りげに言った。
 すると、男は、
「そうするしかない。それでいいか?」
 と、他の男たちに、確認した。
 すると、誰も異議を唱えようとはしなかった。
 
     8

 これによって、貫太郎の運命は決定された。
 貫太郎はこの男たちの手によって、まだ二十一という短い命に終止符を打たれることになったのだ。
 貫太郎がこのような死を迎えるなんて、昨日の時点では、まるで予想すら出来なかった。それ故、貫太郎は正に予期せぬ死を迎えることになったのだ。
 思えば、貫太郎の運命がおかしくなったのは、竹富島で花江と再会したことから始まったみたいだ。花江と再会し、西表島に来さえしなければ、このような形で死を迎えることはなかったのは間違いない。また、次郎がもたらした災厄によって、黒川と花江が死んでも、貫太郎がそのとばっちりを受けることはなかったのだ。
 しかし、貫太郎は花江は無論、次郎のことも恨みはしなかった。こうなることが、貫太郎の運命だったのだと、妙に静観した境地に身を任せていたのだ。
 そんな貫太郎の身体は、男たちに手足を縛っていたロープを解かれるやいなや、男たちは貫太郎の身体を抱え上げ、そして、一気に貫太郎を海の中に放り込んだのだ! そして、その作業はとても迅速に行なわれたのだ!
「ザブン!」
 という音と共に、貫太郎の身体は海の中へと落下した。
 だが、寒くはなかった。何しろ西表島は既に泳げる季節に入っていたのだから。
 海の中に放り込まれた貫太郎は、岸まで泳ごうとしたのだが、岸が何処にあるのか分からなかった。しかし、泳ぐしかなかった。
 しかし、程なく力尽きてしまった。そして、貫太郎は自らの身体が海に沈んで行くのを感じた。
 貫太郎は、どんどんと海の中に沈んで行った。
 海の深さは、貫太郎の背が届くわけがなく、そんな海に中に貫太郎はまるで重石のように、沈んで行ったのだ!
「苦しい!」
「助けて!」
 貫太郎は心の中で何度も叫んだ!
 だが、その叫びは長く続かなかった。
 <奈落の底に落ちて行くというのは、こんな感じなのだろうか……>
 そう思ったのが、最後であった。
 貫太郎の意識はこの時消え失せ、そして、貫太郎の死体はその後、人眼につくことはなかったのだった。

   <終わり>

この作品はフィクションです。実在する人物、団体とは一切関係ありません。
また、風景や建造物の構造が実際とは多少異なってることをご了解ください。

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