2 身元が明らかになる

 愛冠岬の展望台で観光客の森によって発見された男性の遺体は、直ちに釧路市内の病院に運ばれては、司法解剖されることになった。というのは、後頭部に鈍器で殴られたと思われる痕があったからだ。
 すると、死亡推定時刻と死因が明らかになった。
 それは、五月三十日の午前九時から十時の間で、死因は後頭部を鈍器で殴られたことによる脳挫傷であった。即ち、殺しというわけだ。
 それを受けて、厚岸署に捜査本部が設置され、小河正志警部(55)が捜査を担当することになった。そして、捜査は捜査の定番通り、まず身元確認が行なわれることになった。 
 男性は、二十代の後半位で中肉中背の身体付きであったが、男性は身元を証明するものは何ら所持していなかった。男性の所持品は、小さな財布に入った十万程のお金だけだった。
 それ故、男性の身元捜査がまず行なわれたのだが、翌日になって、男性の身元が明らかになった。というのは、愛冠岬の駐車場から100メートル程離れた道路脇にシルバーのマーチが停められていたのだが、そのマーチはレンタカーであった。しかし、そのような場所にレンタカーが前日から停められてるのは妙だと、近くに住んでいる住民からの通報が警察に入った。
 それを受けて、そのマーチの借主のことが調べ出されたのだが、すると、それは程なく明らかになった。
 その借主は、帯広在住の沢口勝則という三十歳の男性であったのだ。
 それで、その沢口の免許証の写真と愛冠岬で他殺体で発見された男性の顔を照合してみたところ、酷似してることが分かった。
 それで、沢口がレンタカー店で沢口と応対した係員に、沢口の死顔とか服装、身体付きなどを説明すると、沢口のようだという返答を受けた。そんな沢口は、連れの女性、即ち、柿沢奈緒(28)と共に釧路市内のホテルに泊まり、三十一日には、根室市内のホテルに宿泊することになっていたらしい。
 それで、その根室市内のホテルに問い合わせてみたところ、そのホテルには宿泊しなかったことが明らかになった。
 それらのことから、愛冠岬で他殺体で発見された男性は、沢口勝則であった可能性が高まった。
 それで、沢口の両親に直ちに釧路市内のS病院に来てもらっては、沢口と思われる男性の遺体を見てもらった。 
 すると、それは、息子の勝則に間違いないという返答を受けた。
 これによって、愛冠岬で他殺体で発見された男性は、帯広在住の会社員であった沢口勝則であったことが明らかになった。 
 しかし、何故沢口は、殺されたのであろうか?
 その疑問を解決出来るのは、連れの女性であった柿沢奈緒と思われた。 
 しかし、その柿沢奈緒は、今や何処にいるのか分からないのだ。そんな奈緒は、沢口勝則と同様、犯人に殺されたのだろうか? それとも、奈緒が勝則を殺したとでもいうのだろうか?
 もし、奈緒が勝則を殺したのであれば、二人の間に何かトラブルが発生し、その結果、奈緒が愛冠岬で勝則の隙を見ては後頭部を鈍器で殴打し、殺したのかもしれない。男女間のトラブルによる殺人事件は度々発生している。それ故、今回の事件もそのパターンなのかもしれない。 
 それ故、早急に柿沢奈緒を見付け出さなければならないのだが、奈緒を見付け出す手段は今のところ、まるでない。
 それ故、まず、奈緒の友人たちから、奈緒と勝則の関係に聞いてみた。そんな奈緒は、今、帯広でOLをやっていて、奈緒は勝則と同じ会社勤めだという。
 そんな勝則と奈緒との関係だったが、実のところ、二人は密かに付き合っていたようで、勝則と奈緒が二人で旅行に行く位の間柄であったことを知ってる者は、あまりいなかった。
 しかし、知ってる者もいた。その中の一人が、前沢美樹であった。美樹は、
―私は、柿沢さんと沢口さんが付き合っていたことを知っていましたよ。
 と、小河の問いに対して、淡々とした口調で言った。
 そんな美樹に、小河は、
「柿沢さんと沢口さんが付き合っていたことを知っていた社員はあまりいなかったのですかね」
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
―そりゃ、知られてしまうと、なかなかやりにくいですからね。ですから、なるべく、知られないようにしていたのではないですかね。
 と言っては、美樹は小さく肯いた。
「そうですか。で、二人の仲は、どんなものでしたかね?」
―そりゃ、とても良かったですよ。つまり、柿沢さんは、将来、沢口さんと結婚したいと言ってましたよ。
「なるほど。で、沢口さんの方はどう思っていたのですかね?」
―さあ、それは分からないですね。私は、沢口さんと個人的にそのような話をしたことはないので。
 前沢美樹の話から、どうやら柿沢奈緒の気持ちは分かった。
 しかし、そんな奈緒のことをうっとおしくなった勝則が、別れ話を切り出した為に、奈緒がかっとして、事に及んだのかもしれない。
 それで、今度は勝則の友人だった者を見付け出しては、話を聞いてみることにした。
 そして、勝則と奈緒が付き合っていたことを知っていた会社の同僚がいた。それは、岡野正志(30)という男性であった。岡野は、
―沢口君は将来、柿沢さんと結婚するつもりだったようですよ。
 と、いかにも沈んだような口調で言った。それも、当然であろう。沢口勝則は、今やこの世にいないのだから。
 そして、そのような話は、岡野以外にも後二人の社員から入手することが出来た。
 即ち、沢口と柿沢との関係は良好だったようだ。
 それ故、二人の間に何らかのトラブルが発生した結果の事件と考えるのは、現実的ではないと思われた。
 となると、他にどのような動機が存在してるのだろうか? また、犯人はいかなるものなのか?
 今のところ、それを明らかに出来る手掛かりは皆目存在してなかった。

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