第十一章 決意

 それはともかく、鬼頭からその存在を正になおざりにされてしまったかのような富子は、その後どうしたかというと、富子は鬼頭とは違って、鬼頭のことはまるで忘れ去ってはいなかった。それどころか、富子の胸中は今、鬼頭のことで一杯であったのだ!
 しかし、それは、当然のことであったといえよう。
 何しろ、富子は十九歳の時に鬼頭に処女を捧げて以来、鬼頭一筋で今に至ったからだ。富子にとって、正に鬼頭以外の男は存在してないかのようだったのだ。
 それ故、その鬼頭の為に、富子は村木殺しを実行したのである。
 そこまで富子は鬼頭に従順であったにもかかわらず、鬼頭は富子が村木を殺し、鬼頭が村木の金を手にして以来、鬼頭はまるで人が変わってしまったかのように、富子に冷たくなってしまったのだ。その鬼頭の心変わりの原因を富子が知りたいと思うのは、当然のことであるといえよう。
 それで、富子が取ろうとした手段は、盗聴であった。
 富子は、電気コンセントなんかに盗聴器をセットし、部屋の中での会話を盗み聞きするという手段を偶然知った。
 それで、それに関する書籍も購入した。
 その結果、盗聴という手段こそ、富子が最も知りたい鬼頭の秘密を入手出来る手段だと、富子は理解したのである。
 即ち、鬼頭は富子に関する話を鬼頭の友人なんかに電話で話す可能性は十分にある。それ故、その会話を盗み聞きしてやろうと、富子は思ったのである。
 富子はそう思うと、その翌日、電気街で盗聴器を早速購入した。そして、その一週間後に、早くもそれを鬼頭の部屋にセット出来る機会が到来したのである! 
 富子はその日も鬼頭の部屋で村木の金を鬼頭が幾ら手にしたのか、また、村木の金の分け前を富子に渡すように言った。
 だが、鬼頭はそんな富子の話をはぐらかすかのような返答を繰り返すだけであった。
 そんな富子は、今日も鬼頭の部屋を追い出されるかのようにして、鬼頭のマンションを後にしてしまったのだ。
 とはいうものの、富子は鬼頭の部屋に盗聴器をセットすることには成功していた。鬼頭が用を足してる時に、タンスの裏に盗聴器をセットすることに成功したのである。
 とはいうものの、その盗聴器から発せられる電波を受信出来る距離は制限がある為に、富子は鬼頭のマンションの近くに待機しては、受信機にイヤホンをセットし、イヤホンから聞こえて来る音に、じっと耳を傾けていた。
 すると、富子がイヤホンを耳にして二分もしない内に、イヤホンから鮮明な声が聞こえて来たのだ。
 それで、富子は固唾を?んで、それに耳を傾け始めたのだが、その鬼頭の声を聞くにつれて、富子の表情は徐々に蒼褪めて来た。しかし、それは当然であろう。富子が耳にしたその鬼頭の声は、鬼頭と由加との会話だったのだから。
 無論、イヤホンから聞こえて来たのは、鬼頭の声だけであって、鬼頭の電話相手である由加の声は、聞こえはしなかった。
 しかし、鬼頭が富子のことを話題にしてることが分かったし、また、その相手が女性であるらしいことも分かった。鬼頭の口振りから、富子はそう察知したのである。
 そして、その女性との間で、富子はまるで酒の肴のように話題にされ、また、こけにされてるということを富子は察知したのである!
 すると、富子の眼からは大粒の涙が流れ落ちた。そして、その涙は、富子の視界を遮った。
 しかし、富子はその涙をハンカチで拭おうとはしなかった。
 そして、富子の双眸はやがて大きく見開かれ、ギラギラと輝いた。その富子の双眸は、まるでワシのような厳しさを見せていた。
 そして、富子の双眸は、このように物語っていたに違いない!
<鬼頭辰之助は決して許すことは出来ない!>
 と。

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