第十二章 悪女

 時間は少し前に戻るが、鬼頭は鬼頭のマンションを愛車のBMWで後にし、星由加のマンションへと車を走らせていた。
 星由加は、岡野富子とは違って、かなりの美人で、また、スタイルも良かった。
 更に、今年二十五になったばかりであった。
 そんな由加と鬼頭が何故知り合ったかというと、それは鬼頭が働いている「葵」というクラブがきっかけであった。鬼頭は「葵」でバーテンダーをしてるのだが、由加はホステスとして働くようになった。その関係で、二人は知り合ったのだ。
 鬼頭は富子と同じく十九歳で童貞を失った。そして、その相手は富子であった。
 そして、二十六になるまで、鬼頭が経験した女は、富子一人だけであったのだ。
 しかし、二十七の時に、初めて風俗遊びを行なった。すると、まるで堰を切ったかのように、鬼頭は風俗遊びに興じるようになったのだ。
 そうなって来ると、鬼頭は富子以外の女に手を出すことに抵抗を感じなくなってしまった。そんな鬼頭がやがてものにしたのが、星由加であったのだ。
 由加は富子と違って、派手で垢抜けしていた。そんな由加は、明らかに富子とは違う女だと、鬼頭は感じた。
 また、そんな由加は、鬼頭にとってとても新鮮で、また、とても魅力的であった。
 それで、鬼頭は他の「葵」の従業員たちの誰よりも早く由加に眼をつけ、由加を初めて食事に誘ったその日に、由加をものにしてしまったのだ。
 そんな鬼頭は、無論、富子に鬼頭が風俗遊びを行なったことや、由加のことは話してなかった。
 それはともかく、鬼頭が富子に村木を殺し、村木の金を奪おうと持ち掛けたのは、実のところ、由加の所為だったのだ。
 というのは、鬼頭が由加と付き合い続けて行くには、鬼頭が稼ぐ金だけでは、到底足りなかった。何しろ、由加は金を持ってない男は、てんで相手にしないという女であったからだ。
 それ故、鬼頭は鬼頭が資産家だと由加に嘘をつき、鬼頭の有り金を由加の為に浪費し続けて来たのだ。
 だが、やがて、鬼頭の有り金は、底をつき始めていた。そんな折に、富子の口から、村木の話を聞かされたのだ。そして、その富子の話は鬼頭にとって助け舟同然であったのだ!
 それ故、鬼頭の口から村木を殺して村木の金を奪おうという言葉が発せられるのは、正に自然の成り行きであったかのようであった。
 更に、鬼頭は鬼頭が自らで手を下しては村木を殺さない手段を富子に持ち出した。そんな鬼頭は、もし万一、村木殺しが発覚してしまった場合には、富子が勝手に村木を殺したと、白を切るつもりであったのだ。
 そして、鬼頭は富子の機嫌を取っては、見事に鬼頭の思いを成し遂げたのである!
 それ故、鬼頭が今、いかにご機嫌であるか察知出来るであろうが、鬼頭が富子に話したこと、即ち、富子との結婚のことや、鬼頭が店を持つということは、無論、嘘であったのだ。それ故、富子が村木を殺し、鬼頭が村木の金を手にしたともなれば、鬼頭が富子に冷たくなったというのは、当然のことであるといえよう。
 そして、鬼頭は今、富子との付き合いを止めておかなくてよかったと、改めて思った。何しろ、富子は鬼頭に従順である為に、そんな富子を利用出来たのだから。
 とはいうものの、鬼頭が富子と付き合いを始めた当初から、鬼頭は富子のことを今のように魅力を感じていないわけではなかった。
 鬼頭は東北の田舎で生まれ育ち、デザイン関係の専門学校に進学する為に、上京した。そして、その専門学校で知り合ったのが、富子であり、田舎育ちの鬼頭にとって、決して美人とはいえないものの、東京で生まれ育った富子には、鬼頭が今まで知っていた女性には無い新鮮な魅力を感じた。
 そして、そんな富子と懇ろな関係になるには、さ程時間は掛からなかった。
 そして、鬼頭は富子と懇ろな関係になってからは、他の女にはまるで眼もくれなかったのである。
 しかし、水商売という仕事に携わってる為に、派手で美人という女性と知り合うことも少なくはなかった。
 そんな鬼頭であった為に、本来ならもっと早い時期に水商売の女を鬼頭の女にし、富子と別れるのが、自然の成り行きであった筈だったのだ。
 だが、そうならなかったのは、実のところ、鬼頭は女にもてなかったのだ。何となく田舎染みた容貌で、また、頭もよさそうではなく、また、金も持ってそうではなかった。
 そんな鬼頭であったから、今に至るまで、鬼頭に思いを寄せたことのある女は、富子以外には一人もいないといっても過言ではない位であったのだ。
 そんな鬼頭であったからこそ、富子は鬼頭に思いを寄せたのかもしれない。何しろ、富子も男にもてない女であった為に、女にもてない鬼頭なら、裏切られることもなく、安心して付き合えると、富子は思ったというわけだ。
 そんな鬼頭であったが、水商売の世界に入り、やがて、クラブのバーテンダーになった。
 そして、年月は経ち、鬼頭は都会生活がすっかり馴染み、また、風俗遊びに興じるようになったことを契機に、富子以外の女に手を出すようになった。
 そして、鬼頭が付き合うようになった二人目の女である星由加は、富子より遥かにいい女であった。
 すると、富子は鬼頭にとって、正に疫病神と成り下がってしまったのだ。
 だが、鬼頭は由加との付き合いの傍ら、富子との付き合いも続けていた。
 由加の方が富子よりもいい女であることは、歴然としていた。由加と富子のどちらを取るかとなると、鬼頭は無論、由加を取ることであろう。
 では、鬼頭は何故、富子に別れ話を切り出さなかったのであろうか? 鬼頭の性格に優柔不断な所があったからだろうか?
 そのことが関係してないことはないだろう。
 だが、そのことよりも、鬼頭は実のところ、富子の金のことを当てにしていたのだ。
 富子は鬼頭がパチンコなどに興じ、鬼頭の給料を使い果した時に、鬼頭に気前よく、金を与えた。
 富子は鬼頭が稼ぐ金は、たかが知れたものであることを知っていた。それ故、自らが節約してまでして、鬼頭に自らの小遣いを与えた。富子とは、そういった女であったのだ。
 鬼頭は、そんな富子の性格をよく分かっていた。
 それ故、鬼頭は鬼頭が金に困れば、富子が助けてくれる。鬼頭はそう実感していたのだ。
 即ち、富子はもはや鬼頭にとって、女としての魅力は感じさせることは出来ないものの、金蔓としては利用出来る! 鬼頭はそのように富子のことを看做していたのだ!
 それで、鬼頭は由加との付き合いの傍ら、富子との付き合いも続けて来たのだ。
 そんな状況であった為に、村木の億を超える金を手にしたともなれば、鬼頭の思いに変化が生じても当然と言えるだろう。今や、富子は鬼頭にとって利用価値の無くなった女と化してしまったのだから。
 それ故、鬼頭はそろそろ、富子との関係にピリオドを打たなければならないと思った。
 鬼頭が富子に冷たくしてやれば、富子の方から去って行くのではないのか?
 あるいは、鬼頭は由加と何処か遠方の地で暮してみようか?
 鬼頭はそう思ったりしていた。
 そして、遠方の地で暮らすということに関しては、由加に既に話を持ち出していた。
 だが、由加はなかなかそれを承知しないのである。
 そんな折に、富子は今日も鬼頭に、いつ結婚してくれるのとか、鬼頭の店をいつ始めるのかといった、鬼頭が触れられたくないことを、問い詰めて来たのだ。
 鬼頭はそんな富子の問いをかわすのに、四苦八苦してしまった。更に、富子は鬼頭が手にした村木の金を半分渡せと、詰め寄って来たのだ!
 鬼頭が手にした村木の金は、一億五千万程であった。そして、その一億五千万は、鬼頭が由加との新しい生活を始める為に、鬼頭にとっては、何としてでも必要な金であった。
 それ故、鬼頭は富子に既に渡した百万以外は、まるで富子に渡す気はなかったのである。
 それ故、鬼頭は早く富子のことを何とかしなければならないと思いながら、鬼頭は鬼頭のBMWに乗って、由加のマンションに向かっていた。
 そんな鬼頭の表情は、徐々に穏やかなものへと変貌して行ったのだった……。
 やがて、鬼頭は由加のマンションに着いた。
 由加のマンションは五階建で、外観はタイル張りであった。また、間取りは2LDKで、家賃は十五万であった。
 そして、鬼頭はその十五万を負担していたのだ。更に、由加の生活費として、三十万を渡していたのだ。
 それ故、鬼頭が稼ぐ金だけでは、由加をものにしておくことは到底不可能であったのだ。
 それはともかく、鬼頭が由加の部屋の中に入って行くと、由加はにこにこしながら、鬼頭を迎えた。
 そんな由加と共に、鬼頭はリビングの中に入った。リビングには、鬼頭が選んだペルシア絨毯が敷かれ、それが壁に掛けられたオランダの運河を描いた風景画と共に、異国情緒を醸し出していた。
 鬼頭はソファに座り、イタリア製のテーブルを挟んで由加と向かい合った。
 すると、由加は、
「さっきも、富子という女は、来ていたの?」
 そう言った由加は、些か不快そうであった。
「ああ。来てたよ」
 と、鬼頭は正に参ったと言わんばかりに言った。
「そう……。それは、迷惑だったね。でも、どうしてそんな女と別れないの? 何か理由でもあるの?」
 由加は、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「だから、富子とは長年付き合って来たんだよ。だから、富子は俺が別れてくれと言えば、自殺してしまうか、あるいは、俺が殺されてしまうかだ。富子という女は、そんな女なんだよ」
 と、鬼頭はいかにも困ったと言わんばかりに言った。
「そんな女と、今までよく付き合っていたものね」
 由加は鬼頭から眼を逸らせては、吐き捨てるように言った。
「俺、人を見る眼が無かったんだよ。そんな女だと最初から分かっていれば、付き合いはしなかったさ」
 鬼頭は顔を赤らめては、決まり悪そうに言った。そして、
「だから、由加と遠方で暮したいんだよ」
 と、まるで由加に訴えるかのように言った。
 そう鬼頭に言われると、由加は表情を曇らせては、言葉を詰まらせた。
 そんな由加に、鬼頭は、
「遠方で俺と暮らすことに、何か都合の悪いことでもあるのかい?」
 と、由加の胸の内を探るかのように言った。
「遠方って、どの辺りのことを言ってるの?」
 由加は眉を顰めては言った。
「九州か、北海道だよ」
 そう鬼頭が言うと、由加は、
「そんなに遠くに行くの?」
 と、鬼頭に反発するかのように言った。
「それ位遠くじゃないと、駄目だ。富子という女は執念深い女だ。だから、それ位遠くじゃないと、富子を撒けないよ」
 鬼頭は渋面顔で言った。
「……」
「でも、いつまででもないんだ。富子が俺のことを諦めた頃に戻ればいいんだ。九州とか北海道なら空気もよく、また、景色もいいぜ!」
 と、鬼頭はまるで由加の機嫌を取るかのように言った。
 すると、由加は、
「うーん」
 と、唸り声を上げた。そして、
「で、あんたは幾ら位、お金を持ってるの?」
 そう言っては、由加はまじまじと鬼頭を見やった。そんな由加は、正にその点は大いに関心があると言わんばかりであった。
「そりゃ、俺は大金を持ってるさ」
 鬼頭は、いかにも自信有りげに言った。
「大金だけじゃ、分からないわ。具体的な金額のことを言ってるのよ」
 由加は、いかにも興味有りげに言った。
「だから、億を超える位は持ってるさ」
 鬼頭は、再び自信有りげに言った。そして、笑みを浮かべた。
「どうしてそんなにお金を持ってるの? 自分で働いて貯めたの?」 
 鬼頭がバーテンダーという仕事に携わってることを由加は勿論知っていた。何しろ、由加は鬼頭がバーテンダーで働いてるクラブにホステスとして働くようになったのだから。
 それ故、由加は鬼頭の稼ぎがどれ位なのか、凡そ察せられた。それ故、由加は何故鬼頭が億を超える金を持ってるのか、納得が出来なかったのである。
 すると、鬼頭はにやにやしながら、
「だから、その点に関しては以前話したじゃないか! 忘れたのかい? 俺の家は資産家だったんだよ。
 で、親父が三年前に死んだので、俺はその遺産を手にしたんだよ。だから、俺は億を超えるお金を持ってるんだよ」
 と、正に由加に言い聞かせるかのように言った。
「ふーん。そういうわけか……。で、そのお金は私との生活に全部使えるの?」
 由加は怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「そりゃ、全部とはいかないが、その多くは使えるさ」
 鬼頭は力強い口調で言った。
「ふーん。で、そのお金、今、何処かの銀行に預けてあるの?」
 由加は甚だ好奇心を露にしては言った。
「いや。そうじゃないんだ」
 と、鬼頭はにやにやした。
「そうじゃない? それ、どういうこと?」
 由加は眉を顰めては言った。
「どうだっていいじゃないか」
 鬼頭は由加の疑問をはぐらかすかのように、にやにやしては言った。
「そう言わずに、教えてよ! 億を超えるお金をどのようにして保管してるのか、私、とても興味があるの。勿体振らずに教えてよ!」
 由加は鬼頭に甘えるかのように言った。
 すると、鬼頭は腰を上げては由加の隣に座り、由加の肩を右手で抱えた。そして、
「いつか、教えてやるよ」
 と言っては、その手を由加の背中に持っていっては、唇を由加の唇に合わせたのだった。

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