第十三章 姦計

 富子は今、涙を流しながら、イヤホンから聞こえてくる鬼頭の声を耳にしていた。
 即ち、富子は鬼頭に騙されていたのだ! そうとも知らずに、富子は鬼頭が持ち出した話に気乗りしなかったにもかかわらず、鬼頭が言った通りに村木を殺してしまったのだ!
 また、鬼頭は村木から手にした金が幾らだったのか、その金額を正確に話そうとはせずに、また、富子に百万しか渡さないことにも納得が出来た。
 即ち、鬼頭は村木から手にした金は、富子に百万以上は渡すつもりはないのである!
 そして、鬼頭は村木から手にした億を超える金を、鬼頭の新たな女の為に使おうとしてるのだ! 
 そう察知した富子は、その事実があまりにも衝撃的であった為に、正に茫然自失の表情を浮かべては、しばらくの間、何もする気になれずに、その場から動くことが出来なかった。
 だが、やがて平静を取り戻して来ると、鬼頭はこの先、一体富子に対してどのように出て来るのかという思いが、自ずから富子の脳裏に込み上げて来た。
 富子が鬼頭の電話を盗聴した結果、鬼頭に富子以外の女がいることはまず間違いなかった。そして、鬼頭にとって、富子よりもその女の方が大切であることも間違いなかった。
 即ち、富子は鬼頭にとって、不要な女に成り下がってしまったのである!
 富子は一体いつ頃から、富子が鬼頭にとって不要な女と成り下がってしまったのか、その点に関して、思いを巡らせてみた。
 すると、一年位前からではないかという思いが沸き上がって来た。というのは、一年位前から鬼頭は富子に対して、時々ではあるが、冷やかな態度を見せ始めたのである。その鬼頭の態度は、四、五年前なら決して見せないものであったのだ。ということは、一年位前から、鬼頭は富子以外の女と付き合い始めたのだろうか? その可能性はある。
 それはともかく、鬼頭の性格からして、鬼頭が同時に二人の女と付き合うのは無理だと思った。
 となると、鬼頭はいずれ富子に対して別れ話を切り出して来るのではないのか?
 そう富子が思うのは、もっともなことであった。
 とはいうものの、鬼頭がそのような安易な手段を用いるだろうか?
 富子と鬼頭が交わした約束では、村木から奪った金で鬼頭は鬼頭の店を始め、そして、富子と結婚する筈であった。そして、鬼頭は富子が今でもその約束を信じてると看做してるに違いないのだ!
 それなのに、鬼頭が富子とのその約束を破るという旨を富子に話し、富子に別れ話を切り出して来るだろうか?
 幾ら鬼頭といえども、そんな富子にとって都合の悪い言い分を、富子が承知するとは思っていないだろう。
 となると、鬼頭は一体、富子に対してどのような手段を取ろうとしてるのだろうか?
 富子の脳裏には、その疑問が浮かび上がり、それに関する思いを巡らさざるを得なかった。
 そして、それに関する思いを巡らせながら、富子のマンションに向かっていたのだが、やがて、富子は富子のマンションに着き、部屋の中に入った。
 部屋の中に入ると、富子は見慣れた富子の部屋が、いつもより殺風景に見えた。
 そして、程なく寝室に置かれてるベッドに大の字になった。
 すると、忽ち疲れが押し寄せ、富子はあっという間に眠りに陥ってしまったのである。
 一体、どれ位眠ったのか富子には分からなかったが、富子は眼が覚めた。
 それで、腕時計を見てみると、午前三時であった。
 午前三時となれば,朝までまだまだだが、富子の意識は妙に冴えていた。
 そんな富子の脳裏には、鬼頭のことを決して許さないという思いが自ずから込み上げて来た。
 十九歳の時に、鬼頭に処女を捧げて以来、富子はずっと鬼頭に思いを寄せて来たのだ。そんな富子は、鬼頭以外の男を知らなかった(村木を別にして)。そして、二十九歳になった。
 そして、鬼頭の為に、村木殺しまで行なったのだ! 
それなのに、鬼頭はそんな富子のことを裏切ったのだ!
その事実を目の当たりにして、富子は正に悔しくて仕方なかった。これ程の悔しさを感じたのは、富子は生まれて初めてのことであった。
そして、富子はやがて鬼頭に復讐をしなければならないと決意した。
鬼頭が、鬼頭にとって不要な女と成り下がった富子に対して、どのような手段を用いて来るかは、富子はまだ分からなかった。
 しかし、そんな鬼頭に先手を打って、鬼頭に復讐をするのだ! 今や、富子は鬼頭に復讐しなければならないのだ! それが、富子の遺された人生でやらなければならない最も重要なことなのだ!
 そう決意した富子は、暗闇の中ではあるが、まるで野獣のように眼をギラギラと輝かせながら、鬼頭に対する復讐に関して思いを巡らせたのであった。

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