第二十一章 策謀

「一体、いつ実行するんだ?」
 そう言ったのは、長身の筋肉質の身体付きで、なかなかハンサムな男であった。そして、その男の姓名は、赤松弘信といった。
 赤松は今、裸であったが、その裸の上にバスタオルを羽織っていた。
 そして、赤松は今、ホテルの中にいた。
 だが、そのホテルは、シティホテル、ビジネスホテルといった類のものではなく、明らかに男女の行為を目的としたラブホテルであった。
 ラブホテルであるから、室の中には赤松一人だけがいるわけではなかった。赤松の相手の女もいたのだ。
 そして、その女は、赤松がハンサムであるように、美女であった。
 そして、その美女の名前は星由加といった。
 星由加……。
 何処かで聞いた名前である。
 確か、「葵」のバーテンダーで岡野富子の彼氏であった鬼頭辰五郎の新しい彼女も星由加といった筈である。
 そして、その星由加が、何と赤松弘信という男と共にラブホテルに入っていたのだ!
 そして、由加も赤松のように、裸の上にバスタオルを羽織っていた。
 そんな二人を見れば、二人がつい先程までどのような行為を行なっていたかは、自ずから察しがつくというものだ。
 それはともかく、つい先程、赤松は由加に、「一体、いつ実行するんだ?」と、訊いた。
 では、その言葉は一体どのようなことを意味してるのだろうか? そして、赤松と由加はどのような関係なのだろうか?
 まず、そのことを説明しておかなければならないであろう。
 由加と赤松が知り合ったのは、S高校の二年の時であった。即ち、二人は同じ高校の同級生であったのだ。
 そして、赤松や由加たち同年齢の者が高校二年ともなれば、少なからずの者が性体験をするように、赤松も由加もそれを経験していた。そして、赤松と由加は、その相手同士であったのだ。
 そして、高校を卒業すると、赤松は自動車のセールスマンとなり、由加はしばらくの間、家でぶらぶらとしていたのだが、やがて水商売の仕事についたのであった。
 そして、二人の関係は今になっても続いていて、今や二人は内縁関係にあるといっても過言ではなかったのだ。
そして、それだけの関係ともなれば、結婚してもよかったのだが、赤松と由加が稼ぐ金だけでは、贅沢な暮しが出来そうもなかった。
 だが、赤松は自動車のセールスマン以外は出来そうもなかったし、また、美貌だけが取柄の由加は、水商売以外の仕事は出来そうもなかった。そういった事情の為に、赤松と由加は籍を入れなかったのである。
 そういった状況であったが、由加が水商売の仕事についてからは、由加に言い寄って来る男は少なからず現われた。月に何十万と渡すから、愛人にならないかとか、一晩幾らなら、夜を共にしてくれるのかという具合に。
 由加はそんな男たちの申し出に、好条件のものがあれば、応じる時もあった。
 だが、そんな男たちとの関係は、所詮一時のものであって、由加の心は赤松から離れることはなかった。由加を金でものにした男の中には、由加との関係を永く続けることを望む者もいたが、由加はそれを巧みにかわし、由加は今日まで奔放に生きて来たのだ。
 そして、そんな由加の前にやがて現われたのが、鬼頭辰五郎であった。そして、由加にとってみれば、赤松以外に付き合う男としては、鬼頭が四人目となったのである。
 由加が付き合う条件として最重要視するのは、金であった。何しろ、由加の心は赤松以外にはなかった。それ故、金を由加の為に出せない男は、正に由加にとって無用であったのだ。
 鬼頭は由加に自らのことを資産家だと言った。バーテンダーとしての稼ぎは大したものではないということを鬼頭は認めていたが、家が金持ちだと由加に自慢し、由加に言い寄って来たのだ。
 由加は鬼頭のことを何となく田舎染みた所はあるが、なかなか男らしい所があり、また、金持ちということであれば、その金を由加に貢がせることも可能だと看做した。
 由加が今まで付き合った男は全て妻子持ちであった。即ち、由加と男は煩わしい情愛とかいったものに支配されるというものではなく、金によって結び付いたというれっきとした事実が存在していた為に、後腐れがなく、由加は妻子持ちの男とはスムーズに付き合えたのである。
 だが、鬼頭のように独身の男と付き合うことに、由加は些か抵抗を感じないわけではなかった。
 しかし、鬼頭があまりにも熱心に由加を口説き、また、鬼頭は金持ちだと言うので、由加は鬼頭に根負けしてしまい、鬼頭と付き合うこととなった。だが、それを決めたのは、由加の独断ではなく、赤松の口添えがあったからだ。赤松は鬼頭が金持ちなら、思う存分その金を分捕ってやれと、由加にアドバイスしたのである。
 それで、由加は鬼頭と付き合うことになってしまい、そして、その身体を鬼頭に与えた。
 そして、鬼頭と付き合っている内に、鬼頭が億を超える金を持ってることが分かった。
 更に、鬼頭はその億を超える金を銀行に預けてるわけではなく、鬼頭のマンション近くにあるレンタルボックスに保管してあることも分かった。更に、由加と赤松はそのレンタルボックスから既に鬼頭の奥を超えるお金を手入れることに成功していたのだ。
 というのは、由香が鬼頭のマンションを訪れた時に、密かに鬼頭が飲むドリンクに睡眠薬を入れ、鬼頭を眠らすことに成功した。そして、鬼頭が眠ってる間に、鬼頭が億を超えるお金を保管しているレンタルボックスが何処にあるかを突き止め、また、鍵も探し当てた。
 その鍵を用いて外に待機していた赤松に渡し、赤松がそのレンタルボックスに行っては、そのお金を手にすることに成功したというわけだ。
 そして、赤松を素早く鬼頭宅に戻り、鍵を由香に渡し、由香はその鍵を元の場所に戻したというわけだ。
 しかし、鬼頭によれば、そのレンタルボックスに億を超える金を鬼頭が保管してあることを知ってるのは、由加以外では誰もいないとのことだからだ。
 それ故、レンタルボックスに入っている鬼頭の金が盗まれてしまえば、自ずから由加が疑われてしまう。
 それ故、鬼頭の金を手に入れる為には、鬼頭を殺す以外に手はないと、赤松は由加に力説した。更に、赤松は赤松と由加の為には、鬼頭のその金が何としてでも必要だと、力説したのだ。
 そして、赤松が考え出した鬼頭殺しの手段とは、由加が鬼頭を自殺の名所と言われている石廊崎の断崖に誘い出し、由加と鬼頭が断崖から海を見てる時に、赤松が密かに二人に近付き、そして、隙を見ては赤松が鬼頭を断崖下の海に突き落とすというものであった。そして、赤松はその手段を可能にするのに、打ってつけの場所があるというのだ。
 そして、赤松はその場所なら、そういった事故が起こっても、何ら不思議ではない為に、鬼頭の死は事故死だと誤魔化すことが出来ると赤松は力説したのだ。
 そう何度も赤松に力説されると、由加は赤松の意に同意するしかなかった。
 即ち、由加も赤松と同様、鬼頭殺しを決意したのである!

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