3 容疑者浮上

 大西直純は、大河原三之助と同様、顔を赤銅色にしたごつい身体付きであった。正に、三之助と同様、気性の荒い漁師といった感じだった。
 そんな大西宅をその日の午後八時頃訪れた。
 大川が大西に警察手帳を見せると、大西は怪訝そうな表情を浮かべた。そんな大西は、警察に来訪される覚えはないと言わんばかりであった。
 そんな大西に、大川は、
「大西さんに聴きたいことがあるのですがね」
 と、大西の顔をまじまじと見やっては言った。
「僕に聴きたいこと?」
 大西はいかにも怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「そうです。それに関して、何か思うことはないですかね?」
 と、大川は眉を顰めた。
 すると、大西は、
「ないな」
 と、眉を顰めた。
「そうですかね。昨日、この刀昔在住の大河原三之助さんが、風蓮湖で死体で発見されたことをご存知ですよね」
 そう大川が言うと、大西は渋面顔を浮かべては言葉を詰まらせた。そんな大西は、正に聴かれたくないことを聴かれたと言わんばかりであった。
 そんな大西は、言葉を発そうとはしなかった。そんな大西は、まるで大川の出方を窺ってるかのようであった。
 そんな大西に、大川は、
「大西さんは、大河原さんの事件をご存知ですよね」
 と、大西の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、大西は大川から眼を逸らせては、
「ああ」
 と、素っ気無い口調で言った。
 すると、大川は小さく肯き、
「で、大河原さんは、既に何者かに殺されたということが、明らかになってるのですよ。鈍器で、後頭部を殴打され、その後、風蓮湖に遺棄されたということが分かってるのですよ」
と、大西に言い聞かせるかのように言った。
 だが、大西は言葉を発そうとはしなかった。
 それで、大川は、
「で、その大河原さんの事件に関して、どう思いますかね?」
 と、大西の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、大西は、
「特に何も思わないな」
 と、素っ気無い口調で言った。
「何も思わない? そんなことはないでしょう。大西さんにとって大河原さんは仕事仲間だったのですから」
 と、大川は眉を顰めた。
「だったら、気の毒なことになったと言えばいいのかな」
 と、大西は特に表情を変えずに、淡々とした口調で言った。
「それだけですかね?」
「ああ。それだけだ」
「では、大西さんは、大河原さんを殺した犯人に心当たりないですかね? また、動機に心当たりないですかね?」
 そう大川に言われると、大西は渋面顔を浮かべては、二十秒程言葉を詰まらせたが、やがて、
「ないな」 
 と、素っ気無く言った。
 すると、大川は、
「そうですかね」 
 と言っては、唇を歪めた。
 すると、大西は、
「そうですかね、とは、どういうことなんだ?」 
 と、怪訝そうな表情を浮かべた。そんな大西は、今の大川の言葉が腑に落ちないと言わんばかりであった。
 そんな大西に、大川は、
「つまり、大河原さんは、大西さんの身近であった人物です。それ故、大河原さんの死に何か心当たりあると思ったのですよ」
 と言っては、小さく肯いた。そんな大川は、大西に知ってることがあるのなら、隠さずに話してくださいよと言わんばかりであった。
 だが、そんな大川に、大西は、
「だから、さっきも言ったように、特に思うことはないんだよ」
 と、先程の表情とは異なって、いかにも決まり悪そうに言った。
 すると、大川は、
「そうですかね?」
 と言っては、唇を歪めた。
 そんな大川に、
「そうですかね。とは、どういうことなんだ?」 
 と、言っては、大西も唇を歪めた。
 そんな大西に、大川は、
「大西さんは、大河原さんに対して借金があったのではないですかね?」 
 そう言っては、大西の顔をまじまじと見やった。
 すると、大西の表情はさっと青褪め、言葉を詰まらせた。そんな大西は、もうそんなことまで突き止めたのかと言わんばかりであった。 
 大西は表情を強張らせたまま、言葉を発そうとはしないので、大川は、
「そうじゃないのですかね?」
 と言っては、眉を顰めた。 
 すると、大西は眼を大きく見開き、
「刑事さんは一体何のこと言ってるのかな?」
 と、戯けたような表情を浮かべては言った。
 すると、大川も戯けたような表情を浮かべては、
「つまり、大西さんは大河原さんと花札博打をやり、大西さんは負けてしまい、その結果、三百万もの借金を被ってしまった。しかし、大西さんはその三百万を払おうとはしなかった。それで、大西さんは大河原さんとトラブルになっていたのではないですかね?」
 そう言っては、大川は唇を歪めた。そんな大川は、警察に隠し事をしても無駄だだと言わんばかりであった。
 すると、大西は、
「一体、誰がそのようなことを言ったのですかね?」
 と言っては、唇を歪めた。そんな大西は、そう言った輩を非難してるかのようであった。
「大河原さんの奥さんですよ」
 と言っては、大川は小さく肯いた。
「大河原さんの奥さん、ですか。じゃ、奥さんは、大河原さんに騙されていたんですよ」
 と言っては、大西は小さく肯いた。
 すると、大川の表情は青褪め、そして、言葉を詰まらせてしまった。そう言われてしまえば、反論し辛くなってしまうからだ。
 そんな大川を見て、大西は薄らと笑みを浮かべた。そんな大西には、余裕すら感じられるかのようであった。
 そんな大西は、
「ははぁ。これで分かりましたよ。刑事さんは僕のことを疑ってるのですね。僕が大河原さんと花札博打をやり、負けてしまい、三百万もの借金を抱えてしまった。しかし、僕はさらさら返済する気がない。
 そんな僕と大河原さんは喧嘩になってしまい、その結果、僕が大河原さんを殺したという具合に!」
 と、いかにも甲高い声で言った。そんな大西は、かなり興奮してるかのようであった。 
 そんな大西に、大川は、
「そうじゃないのですかね?」
 と、大西の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、大西は、
「馬鹿馬鹿しい!」
 と、吐き捨てるかのように言った。そんな大西は、今の大川の推理は馬鹿馬鹿しくて話にならないと言わんばかりであった。また、そう言った大川のことを強く非難してるかのようであった。
「では、大西さんは、五月三十日の午後八時から九時に掛けて、何処で何をしてましたかね?」
 そう大川が言うと、大西は表情を赤らめ、言葉を詰まらせた。そんな大西は、正に訊かれたくないことを訊かれた為に、答えることが出来ないと言わんばかりであった。
 そんな大西を見て、大川は薄らと笑みを浮かべた。そんな大川は、正に大西は都会の狡賢い輩のように、巧みな偽装工作は出来ないと思ったからだ。
 大西が言葉を詰まらせたままなので、大川は、
「どうしたんですかね? 僕の質問に答えてもらえないですかね?」
 と薄らと笑みを浮かべては言った。
 すると、大西は、
「その頃は、根室の町で飲んでたかな」
 と、大川から眼を逸らせては、決まり悪そうに言った。
「根室の町で飲んでいた? それ、何という飲み屋ですかね?」
 大川は眉を顰めては言った。
「店の名前までは覚えてないな」
「では、その日は、車で自宅まで戻ったのですかね?」
「いや。そうじゃないんだ」
「じゃ、どうしたのですかね?」
「ですから、その日は、ホテルに泊まったんだ」
「何というホテルに泊まったのかな?」
「だから、根室グリーンホテルだよ」
「では、どの辺りの飲み屋で飲んでいたのですかね?」
「だから、市役所に近い所にある飲み屋ですよ」
 そう言われ、大川は、
「ふむ」
 と言っては、小さく肯いた。その辺りの飲み屋とは限られてるからだ。それ故、今の大西の証言が正しいかどうかの裏は容易く取れるだろう。  
 そう思った大川は、この辺で大西から話を聴くのを一旦終えることにした。

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