4 振り出しに戻った捜査
その一方、大河原三之助と喧嘩をしたと思われる人物の洗い出しも行なわれていた。
もっとも、喧嘩をした日が一年前の五月二十日で、その人物は一人でやって来て、乗っていた車はシルバーのマーチであるという以外は情報はなかった。また、その車がマイカーなのかレンタカーなのかも分からなかった。
そういった状況の為に、その人物の洗い出しは甚だ困難と思われた。
しかし、その思いは誤りであったことが分かった。何故なら、三之助と喧嘩をしたと思われる人物が誰だったかが、やがて明らかになったのだ。何故明らかになったかというと、その人物が、大河原三之助と思われる人物と喧嘩をしたという経緯を何と市役所の観光課に電話を掛けていたからだ。
電話に出た観光課の村木伸一(33)に、
「刀昔には、やくざがいるのか!」
と、まるで罵声を浴びせるかのような口調で言った。
松村は今の言葉の意味が分からなかったので、思わず、
―はっ?
という言葉を発した。
すると、男は、
「だから、風蓮湖沿いに刀昔という村があるじゃないか。あの村には、やくざが住んでるのか!」
男は、再び言葉を荒げては言った。
村木はこの時点で男の言った言葉の意味がよく分からなかったので、
―いいえ。刀昔には、漁業に従事されてる方が住んでますが。
と、とにかく丁寧な口調で言った。
「漁師か。しかし、その漁師の中には、やくざがいるんじゃないのか?」
と、男は再び声を荒げては言った。
そう男に言われても、村木は男が言わんとすることがよく分からなかった。それで、男の次の言葉を待つことにした。
すると、男は、
「一年前の五月二十日のことなんだが、俺は根室から野付半島に行こうとしてたんだ。すると、その途中、道路標識に刀昔とかいう地名が表示してあったんだ。その地名は元々知っていたので、俺は時間的に余裕があったということもあり、その道路標識に従って右折したんだ。
しかし、何処まで行っても、林の中の道でこの先、一体何があるのかと思っていたんだが、やがて、風蓮湖の湖岸沿いに小さな小舟が繋留されてるのが眼に入り、その内に人家も見えたんだ。それで、手頃な場所で車をUターンさせて、そこに車を停めたんだが、何と、その場所の道路を隔てた所にある人家の窓が急に開かれ、『こら! 人の土地に車を停めるな! この馬鹿野郎!』と、今まで耳にしたことのない位の強い罵声を浴びせられたんだ。
それで、俺はその時はまるで逃げるように、その場を後にしたんだが、何故その程度のことであんなに強い罵声を浴びせられたのか、分からなかったんだ。
それで、その日、野付半島にまで行った後、再び刀昔にまで戻って来たんだよ。その日、東京に戻ることになっていたんだが、急遽、飛行機をキャンセルしたんだよ。
そして、俺に罵声を浴びせた野郎に文句を言ってやろうと思ったんだよ。何しろ、そいつが住んでいる家は分かってるから、そいつと顔を合わせることは容易いからな。
それで、再び、そいつの家に行っては、玄関で、
『こら!』という感じで、そいつを呼び出したんだよ。
すると、やがて、そいつが俺の前に姿を現したんだ。そいつはよく見ると、顔を赤銅色にしたごつい感じの男だった。正に、典型的な漁師という感じだったな。
で、昼間のことを言い、そして、
『あの程度のことであんな強い罵声を浴びせるな!』
と、俺も強面の方だから、その強面の面を更に怖くしたような顔で言ってやったんだ。
すると、どうだ。あいつは『そんなことの為に来たのか。お前は馬鹿か!』とか言って来やがったんだ。それで、そいつと俺は、その後、激しい言い争いになったんだが、その後、何と猟銃を持って来ては、
『こら! このくそ野郎! 俺の前に二度と姿を見せるな!』
と、俺に銃口を向けたんだよ。
それで、俺はやむを得ず、その場を後にせざるを得なかったんだよ」
と、男はいかにも悔しそうに言った。また、その男は今でもそのことを思い出すとむかむかすると言わんばかりであった。
そう男に言われると、村木は、
―なるほど。
と言っては、小さく肯いた。男が言わんとしてることが凡そ分かったからだ。
また、今、男が話題にしてる男とは、先日、風蓮湖で他殺体で発見された大河原三之助であろう。男が語った話から、自ずからそう察知出来るというものだ。
だが、男が語ったその事件が発生して、既に一年以上が経過している。それなのに、何故、その話を今、市役所に知らせたのか? その疑問が松村の脳裏を自ずから捉えた。
それで、村木はその思い男に言った。
すると、男は、
「先日、風蓮湖で漁師の他殺体が発見されたという新聞記事を見たからさ。それで、その男は、俺と喧嘩した男ではないかと思ったんだ。何しろ、あの程度のことで俺にあんなことを言った奴だ。きっと、その調子で誰かに難癖を付け、喧嘩になったんじゃないのかな。それで、男は殺されたというわけさ。それで、俺はこの情報を警察に提供したくて電話をしたという次第さ」
と、男はまるで言い聞かせるかのように言った。
そして、この時点で男の姓名と連絡先も分かった。男の姓名は黒川春雄で、釧路在住の農協職員ということだ。そして、男が証言した日時とか話の内容から、今まで大川たちが探していた謎の男であることも明らかになった。
ところが、その男がこのような形で名乗り出たことから、男が三之助殺しの犯人である可能性は、小さくなった。
それで、この時点で捜査は再び振り出しに戻ってしまったような状況となってしまったのだ!
今までの捜査から、大河原三之助を殺した容疑者として、二人の人物が浮かび上がっていた。一人は三之助と花札博打をした大西直純。もう一人は、三之助から罵声を浴びせられた黒川春雄という具合だ。そして、その二人の存在は早々と突き止められたものの、大西に関しては、大河原殺しの犯人である可能性は、極めて小さくなってしまったのだ。というのも、大河原の死亡推定時刻に、大西が根室の町で飲んでいたという裏が取れたからだ。また、黒川も自らが名乗り出たことから、可能性は小さいだろう。
それで、新たな容疑者を探さなければならない。
それで、早速その捜査に取り掛かったのだが、すると、やがて、興味ある情報を入手するに至った。その情報を大川に提供したのは、旭川署の松村警部補であった。松村警部補は、大川に、