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 波勝崎近くで、東京から伊豆半島に観光旅行にやって来た西条夫妻によって発見された変死体は、直ちに下田市内にあるK病院に運ばれ、司法解剖されることになった。というのは、男性に死をもたらしたのは、殺しである可能性があったからだ。
 そして、程なく男性の死因は明らかになった。
それは、失血死であった。胸部にボーガンのようなものが突き刺さり、そして、そのボーガンは何者かに抜き取られ、その結果、死亡したのだ。司法解剖の結果、男性の死はそのようなものであることが明らかになったのだ。
 また、死亡推定時刻も明らかになった。
 それは、六月十日の午後三時から四時頃であった。即ち、西条夫妻が現場を通り過ぎる一時間程前の事件であったのだ。
 それで、男性の事件を担当することになった静岡県警の柳田警部(50)は、死体発見者の西条夫妻に連絡を取り、西条夫妻が波勝崎に向かう時に擦れ違った車で怪しいのを眼にしなかったか、また、不審な場面を眼にしなかったのかということを問い合わせてみた。
 だが、そのようなことに、何ら気付かなかったという返答を受けた。
 もし、西条夫妻が何か不審な場面を眼にしていたのなら、それは一気に捜査を前進させることとなったかもしれないが、そうはならなかったというわけだ。
 それはともかく、被害者の身元を早急に明らかにしなければならないであろう。
 そして、男性の身元は案外早く明らかになりそうな塩梅であった。というのも、男性の死体が見付かった五十メートル程先の道路脇に自転車が停められていたのだが、その自転車が被害者の男性のものでありそうであったからだ。そして、その自転車には防犯登録シールが貼り付けてあり、その線から男性の身元は明らかになると、柳田たちは思ったのだ。 
 そして、その柳田の読みは、どうやら当たりそうであった。というのは、その自転車の防犯登録シールから、その自転車の所有者が明らかになり、そして、その所有者は今、行方不明となってることが明らかとなったからだ。
 そして、その男性は、下田市内に住む自営業の片山正臣(37)であった。正臣は下田市内で自転車販売業を営み、その仕事柄自転車でツーリングをするのが趣味であった。そして、その日も自転車に乗って伊豆海岸をツーリングすると言っては、自宅を出た。だが、その日、即ち、六月十日は、午後九時になっても、戻って来なかったのだ。
 それで、家族の者は心配していたのだが、午後十一時のニュースで波勝崎での事件を正臣の兄の誠が知り、警察に問合せてみたところ、どうも波勝崎で見付かった男性が弟の正臣である可能性があったので、午後十一時を過ぎたといえども、誠はK病院に向かった。何しろ、K病院は近くにあったのだ。
 そして、地下にある霊安室に安置されてる死体と対面したところ、それは、やはり、弟の正臣であったのだ。
 それで、柳田は改めて正臣が死体で発見された時の経緯を話した。
 すると、誠はそんな柳田の話にいかにも険しい表情を浮かべてはじっと耳を傾けていたが、柳田の話が一通り終わると、
「正臣が何故死んだのか、その理由は分からないのですかね?」 
と、いかにも険しい表情を浮かべては言った。
「まだ、正確には分かっていません。でもボーガンのようなものが刺さってしまったような傷痕が見られるのですよ」
「ボーガンですか……」
「そうです。ボーガンです。弓矢のようなものです」
「じゃ、正臣は故意に狙われ、射られ殺されたということですかね?」
 誠はいかにも納得が出来ないように言った。
 すると、柳田は、
「まだ、その辺のことは何とも言えません」
 と、眉を顰めた。
 そんな柳田に誠は、
「正臣は温厚な性格で、誰にも恨まれていなかったと思います。それ故、事故死だと思います」
 と、険しい表情を浮かべては言った。
 すると、柳田は、
「その可能性はありますね」
 と言っては、肯いた。そして、
「でも、何故あのような場所で惨事に遭われたのかは、まだ何も分からないのですよ」
 と、いかにも決まり悪そうな表情を浮かべては言った。

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