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 森の死を受けて、静岡県警捜査一課の高橋一郎警部(51)が、捜査を担当することとなった。
 といっても、今の時点では、何故、森が殺されたのか、また、犯人に関する情報は全く入手はされてなかった。
 だが、森は過去に居酒屋で乱闘騒ぎを起こし、警察で散々油を絞られた男だ。それ故、過去に何か問題を起こし、それが原因となって、今回の死に繋がった可能性は十分にある。
 それ故、まず森の知人から聞き込みを行なってみることにした。
 ところが、その捜査は最初の時点で躓いてしまった。というのは、森は都内の「星和荘」という木造モルタル塗りの古びたアパートに住んでることは早々と明らかになったのだが、そんな森の職業は明らかにならなかったのだ。管理人などの話からすると、昼間もしばしばアパートの部屋の中にいたりして、正に何をしてるか分からないような人物だったとのことなのだ。
 これでは、捜査は捗らないという思いを高橋たち捜査陣が抱いても、もっともなことだというものだ。
 とはいうものも、森の家族状況は分かったので、とにかく、森の父親に連絡を取って森の死を伝え、また、森の交遊関係や収入源などを確認してみることにした。
 因みに、森は新潟市出身で、家族状況は父親と妹の三人で、母親は五年前に他界してるとのことだ。
 新潟市在住の森の父親の正男に連絡が取れると、まず高橋は、森の死を伝えた。 
 すると、正男はなかなか言葉を発そうとはしなかった。
 それで、高橋は、
「今の時点では、何故、幹男さんが殺されたのか、その動機と犯人はまるで分かってないのですよ」
 と、いかにも申し訳なさそうに言った。
 すると、正男は、
―僕はいつかはこんなことになるんじゃないかと思ってましたよ。
 と、いかにも沈んだような声で言った。
 それで、高橋は、
「それ、どういうことですかね?」
 と、眼を大きく見開き、いかにも興味有りげ言った。
―幹男は子供の頃から問題児でしてね。高校を中退後、東京に出たのですが、職を何度も替え、やがて、フリーターになりました。でも、それも長続きせず、今では何をして生計を立ててるのか、僕でも分からなかったのですよ。そんな幹男ですから、何か悪いことをやってしまい、それが仇となり、死んでしまったのではないですかね。
 と、正男はいかにも落胆したように言った。 
 正男はそう言ったものの、幹男が殺された動機、犯人にはまるで心当たりないと証言した。
 それで、高橋はこの辺で正男に対する聞き込みを終えた。
 森正男の証言から、確かに森幹夫という男は警察が常日頃からマークしなければならないような不審な人物であり、また、父親の正男が証言したように、何かの事件に巻き込まれ、その結果トラブルが発生し、死に至ったと看做すのが妥当と思われた。
 とはいうものの、一体幹男がどのようなトラブルに巻き込まれたのか、それを明らかにしなければならないというものだ。
 それ故、その手掛かりをまず突き止めなければならないであろう。
 そこで、まず幹男が住んでいた「星和荘」の幹男の部屋がまず捜査されることになった。幹男の部屋の中なら、幹男の交友関係を始めとして、事件解決に繋がる手掛かりを入手出来る可能性は十分にあるというものだ。
 それで、高橋は部下の大田刑事(30)と共に、早速幹男の部屋の捜査に取り掛かった。
 幹男の部屋の間取りは六畳一間に三畳程のキッチンがあり、小さな浴室とトイレも付いていた。そして、家賃は4・5万だそうだ。
 そんな幹男の部屋の捜査に早速取り掛かったのだが、幹男が今、どんな仕事をして生計を立ててるのか、その手掛かりはなかなか摑めそうにはなかった。
 また、アドレス帳のようなものも、ないようであった。
 だが、銀行の通帳は見付かった。
 それで、後で銀行に問合せてみることにした。
 そして、まだしばらくの間、高橋は大田刑事と共に、幹男の部屋の中を捜査してみたのだが、特に成果を得ることは出来なかった。部屋の中には携帯電話もパソコンも無かったのである。
 それで、とにかく銀行に行って、幹男の口座の入出金具合などを確認してみることにした。
 すると、残金は今、五万程であった。
 また、ここ一年程は定期的な入金記録はなかった。そのことから推すと、幹男はここ一年位は定職にはついてなかったように思われた。
 だが、一年程前までは、その前の半年間程に及んで、タザワ建設という会社から一ヶ月ごとに定期的な入金があった。
 だが、タザワ建設といっても、その会社に関する情報はまるでなかった。
 それで、「星和荘」の管理人なんかに、タザワ建設という会社に心当たり無いものか、高橋は訊いた。
 すると、管理人の森川聡(65)は、
「この近くにそういった名前の会社はありますよ。でも、とても小さな会社ですがね。でも、僕はこの土地に三十年住んでますからね。だから、その会社のことを知ってるのですよ」
 そう森川に言われ、電話帳から、そのタザワ建設を調べだし、早速電話を掛けて人事担当者に繋いでもらい、森幹男が働いていたかの確認を行なってみた。
 すると、人事担当の戸田という男性は、
「そういえば、そのような人に半年ばかり働いてもらいましたかね」 
 と、さして関心がなさそうに言った。
 そんな戸田に、高橋は、森幹男の死を話した。 
 すると、戸田は、
―へぇ!
 と、いかにも驚いたように言った。
「森さんの死をご存知なかったですかね?」
―ええ。今、初めて知りましたよ。
「そうですか。で、我々は今、森さんの事件を捜査してるのですが、それに関して何か心当たりありませんかね?」
―ないですね。僕はただ森さんをうちのアルバイトとして採用しただけなので。
「じゃ、森さんと親しかった人物はいませんかね」
―そうですね。一応、そのことを確認してみますよ。
 そう戸田は言っては、何処やらに電話をし、何やら話していたが、やがて、
―森さんと同じく、松川君というアルバイトの男性が、森さんとは結構親しかったとのことですよ。
 と言っては、小さく肯いた。
「じゃ、松川さんと話をしたいのですがね」
―松川君は今、仕事中なので、手を離せないとのことです。それ故、夜になってから、電話か、あるいは、直に会って話をしてみてくださいな。
 そう戸田に言われたので、高橋はとにかく、午後八時になってから、松川の携帯電話に電話をしてみた。
 すると、電話は繋がった。
 それで、高橋は森の死を速やかに話し、そして、
「森さんの死で何か心当たりありませんかね?」
 そう高橋が訊いても、松川は言葉を詰まらせたので、
「森さんの父親の話だと、森さんは随分と素行が悪く、何かのトラブルを起こしてしまい、それに絡んで殺されたのではないかと言うのですがね。で、松川さんは森さんと親しくしていたとのことですから、それに関して何か心当たりありませんかね?」
 と、高橋は何とか森の事件の手掛りを摑もうとした。
 すると、松川は、
―森さんは、大室山の近くで絞殺体で見付かったのですかね?
「そうです。大室山に向かう道路脇の草むらで、観光客がたまたま発見したのですよ」
―そうですか。でも、確かに森さんは何か仕出かしそうな感じの人でしたからね。
 と、松川は眉を顰めては言った。
「その何かに関して何か、具体的に心当たりありませんかね?」
―それが、具体的にはないのですよ。でも、森さんは他人の弱みに付け込んではゆすったりしたことがありましたからね。ですから、そういったことをやったのかもしれませんね。
 と、松川は神妙な表情で言った。
「ゆすりの結果、殺されたということですかね?」
―何もそうだと断言はしてませんよ。でも、そういった可能性もあるということですよ。
「なる程。で、今まで具体的にどういったゆすりをやったことがあるのですかね? 松川さんはそれに関して具体的に何かご存知ですかね?」
―ええ。森さんは高校時代の同級生だった田中さんの奥さんが浮気してる現場に出くわしたことがあったそうですよ。
 で、森さんはそのことを田中さんに直接に言うのではなく、田中さんの奥さんに田中さんに黙っていてやるから口止め料を払えという具合に、奥さんをゆすり、実際にも口止め料をせしめたことがあったそうですよ。このことを、森さんは僕に自慢げに話しましたからね。
 で、こういったことを、森さんは僕に酒を飲んでる時に自慢気に話したのですよ。
 ですから、今回の事件も、森さんのゆすりが関係してるのではないかということですよ。
 と言っては、松川は肯いた。そんな松川は、正に森の死の真相はそうに違いないと言わんばかりであった。
 また、高橋もそう思った。
とはいうものの、それに関する具体的なことは、松川は何も分からないと言った。また、松川はタザワ建設を森が辞めてから既に一年近くになるのだが、タザワ建設を辞めてからの森が何をしてたのか、分からないと言った。また、それに関して情報を持ってそうな人物も心当たりないと言った。 
 それで、この辺で松川に対する聞き込みを終えることにした。
 松川の推測通り、森は何者かをゆすり、その結果、ゆすり相手に逆に殺されてしまった……。高橋もその可能性は十分にあると思った。
 だが、その森のゆすり相手に関しては、まだ闇の中だ。それ故、その闇に光を照らさなければならないというものだ。

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