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タザワ建設を辞めてからの森のことは、今の時点では皆目分からなかった。とはいうものの、森が死に至った動機はタザワ建設を辞めてから発生した可能性が高いと思われた。というのは、タザワ建設でアルバイトをしていた当時は、森は特にトラブルを抱えてなかったようだからだ。
それで、再び森の部屋を捜査してみることにした。以前は徹底的に捜査してなかったと判断したからだ。
それ故、森の死の手掛かりを得る為に、もう一度、森の部屋が徹底的に捜査されることになった。
すると、興味あるメモを眼にすることが出来た。それは、森の六畳間にあった小さな物入れの引き出しに入っていた小さなメモ書きに、車のナンバーと車種がメモされ、そのメモに赤のボールペンで○重と記されていたからだ。これは、やはり気に掛かるというものだ。
このことからも、この車のナンバーは気に掛かるというものだ。
もっとも、その車のナンバーが森の事件に関係してるかどうかは、今の時点では何ともいえない。だが、それ以外には、特に興味あるものは見付けることは出来なかったので、高橋はとにかく、その車の該当者を調べてみることにした。
すると、その車の所有者は、神奈川県横浜市在住の長崎四郎という人物のものだと分かった。
それで、高橋はとにかく、その長崎四郎という男性に会って話を聞いてみることにした。
高橋はその日の午後八時頃、長崎宅を突如、訪れた。その方が長崎の反応を率直に見ることが出来ると思ったからだ。
それはともかく、長崎は突如、長崎の前に姿を見せた高橋を見て、幾分か緊張してるかのようだった。
そんな長崎に、高橋は畏まった様を浮かべながら、
「長崎さんに少し訊きたいことがあるのですがね」
と、長崎の顔をまじまじと見やっては言った。
「僕に訊きたいこと? それ、どんなことですかね?」
と、長崎は怪訝そうな表情を浮かべた。
そんな長崎に、高橋は、
「長崎さんは、森幹夫という男性をご存知ですかね?」
そう高橋が言っても、長崎の表情には特に変化は見られなかった。そんな長崎は、森幹夫なる人物のことは、まるで心当たりないと言わんばかりであった。
案の定、長崎は、
「森幹夫? それ、誰ですかね?」
と、いかにも怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「長崎さんは全く森幹夫という人物に心当たりないのですかね?」
高橋は長崎の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、長崎は平然とした表情を浮かべては、
「ええ。そうです。僕は森幹夫という人物には、全く心当たりないですよ。それ、一体どのような人物なんですかね?」
と、高橋の顔をまじまじと見やっては、そして、いかにも興味有りげに言った。
それで、高橋は森が先日、大室山近くの道路沿いの草むらで変死体で観光客に発見された経緯を話した。
長崎はそんな高橋の話に、いかにも興味有りげな表情を浮かべては耳を傾けていたが、高橋の説明が一通り終わると、
「で、それが僕にどう関係してるのですかね?」
と、いかにも怪訝そうな表情を浮かべては言った。そんな長崎は、何故高橋が森幹夫に関することで、長崎宅を訪れたのか、その意味が分からないと言わんばかりであった。
そんな長崎に高橋は、
「本当に森幹夫という人物に心当たりありませんかね?」
と言っては、今度は森の死顔の写真を長崎に見せた。
それで、長崎は森のその死顔の写真にさっと眼をやった。
だが、そんな長崎の表情は、特に乱れはしなかった。その長崎の様からすると、実際にも長崎は森幹夫のことをまるで心当たりないかのようであった。
それで、高橋は、長崎のデミオのナンバープレートのメモ書きが見付かったことを話した。
長崎はそんな高橋の話に黙って耳を傾けていたが、高橋の話しが一通り終わると、
「それ、本当ですかね?」
と、いかにも信じられないと言わんばかりに言った。
「本当です。だから、我々はその車のナンバーから長崎さんに行き着き、そして、こうやって長崎さん宅を訪れたのですから」
と、高橋は長崎に言い聞かせるかのように言った。
「そういうわけですか。でも、何故ですかね。僕は森幹夫さんという人物はまるで心当たりないのですよ」
と、長崎は怪訝そうな表情を浮かべては首を傾げた。
「そうですか。でも、何故でしょうかね?」
と、高橋も首を傾げた。そして、
「でも、森さんの部屋には、長崎さんの車のナンバープレートのメモがあり、朱書きで○重と記されていたのですがね」
と、高橋は些か納得が出来ないように言った。
そう高橋が言っても、長崎は特に言葉を発そうとはしなかった。
「では、長崎さんはどういったお仕事をされてますかね?」
「自らで商売をしてますよ」
「どういった商売ですかね?」
「ラブホテルを営んでるのですよ」
「では、六月十七日の午後四時から五時頃、長崎さんは何処で何をしてましたかね?」
と、とにかく、森の死亡推定時刻でのアリバイを確認してみた。
すると、長崎は、
「その頃は、仕事中でしたね」
「仕事中ですか。ということは、森さんが経営してるラブホテルで何か作業していたということですかね?」
「そうですよ」
「もしよろしければ、そのホテル名を話してもらえないですかね?」
すると、長崎は、
「そのようなことまで話さなければならないのですかね」
と、渋面顔で言った。
それで、この時点で、高橋は長崎に対する聞き込みを終え、長崎宅を後にすることにした。
長崎は森幹夫のことをまるで知らないと証言したが、その長崎の証言をあっさりと信じてよいものだろうか? 何しろ、これは殺人事件なのだ。それ故、もし、森の事件で長崎に後ろ暗いものが存在していれば、長崎はあっさりと森のことを知ってると証言はしないというものだ。
とはいうものの、新潟市出身で三十歳だった森幹夫と、横浜の閑静な住宅街にある一戸建てに住んでいる四十の半ば位の長崎四郎と接点があるとも思えない。もし、長崎が森の死に関わりがあったのなら、二人の間に何らかの接点がある筈なのだ。だが、そのような接点が存在するのだろうか?