7

 
 長崎から話を聞いて五日経った。だが、捜査は進展しなかった。だが、六日目に進展が見られた。森の知人だったという者が名乗り出て、その知人が捜査を進展させるような証言を行なったのである。
 伊東署に姿を見せたその男、即ち、瀬名博之と名乗った三十半ば位の男は、大室山近くで変死体で見付かった森幹夫との事件で話したいことがあるという旨を伊東署の受付で話した。それで、瀬名は早速、取調室で高橋と話をすることにした。
 テーブルを挟んで高橋と向かい合った瀬名は、幾分か緊張してるかのようであった。
 それで、高橋は、
「まあ、楽にしてくださいな」
 と、穏やかな表情を浮かべては言った。そして、
「大室山近くで変死体で見付かった森さんの事件で話したいことがあるとか」
 と、再び穏やかな表情で言った。
 すると、瀬名は小さく肯き、そして、
「僕は森君から、妙な話を聞かされていたのですよ」
 と、眉を顰めては言った。
「妙な話ですか……。それ、どんなものですかね?」
 高橋は興味有りげに言った。
「最近、いい金蔓が出来たんだと、森君はいかにも嬉しそうな表情を浮かべては言ったのですよ」
「金蔓ですか……」
「そうです。森君はそう言ってました」
 瀬名は小さく肯いた。
「で、その金蔓とは、具体的にどういったものですかね?」
 高橋はいかにも興味有りげに言った。
 すると、瀬名は渋面顔を浮かべては、
「具体的には分からないのですよ。でも、僕はその出来事に遭遇したのは、伊豆だと思うのですよ」
 と、眼を大きく見開き、些か自信有りげに言った。
「伊豆ですか。どうしてそう思うのですかね?」
 高橋は興味有りげに言った。
「六月十日に、森君は伊豆半島の土肥に来たのですよ。というのは、土肥には、僕が住んでますからね。即ち、森君は僕にお金を無心に来たわけですよ。
 それで、僕は仕方なく、森君に二十万程工面してやったのですよ。
 何故、僕がそうしたかというと、実は僕は森君に恩があるのですよ。
 で、その恩がどういうものかというと、僕と森君は高校が同じでしてね。で、その高校で僕は不良グループに眼をつけられ、随分と虐めに遭っていたのですよ。
 で、今の時代、虐めに遭って自殺する生徒はいくらでもいるようですが、僕もその頃は、学校に行くのが嫌で、また、自殺したいと思ったこともありますよ。
 ところが、そんな僕のことを森君は救ってくれたのですよ」 
 と、瀬名は幾分か興奮気味に言った。
 そんな瀬名に、高橋は、
「でも、森君がどういったことをやったのですかね?」
 と、高橋は些か興味有りげに言った。
「その頃、森君も不良でしてね。もっとも、僕たちの学校が出来の悪い生徒の寄り集まりのような学校でしたから、不良のような生徒が多かったのですが、森君は一匹狼的存在でして、また、容貌がかなりの強面だったので、虐めに遭うということはなかったのです。
 また、森君の親父が、本物のやくざだったので、森君は虐めに遭わなかったのだと思います。
 で、そんな森君と僕は何故か馬が合ったので、僕と森君はかなり仲良かったのです。で、そんな僕が虐めに遭ってるのを見るに見兼ねた森君は、僕を虐めてる奴等に話をつけてくれたのですよ。
 何しろ、森君の親父は本物のやくざでしたからね。それ故、森君の機嫌を損ねることを恐れた僕を虐めてる奴等は、森君の言うことを聞いたというわけですよ」
 と、瀬名はその当時を懐かしむかのような表情と口調で言った。
「なる程。そういうわけでしたか……」
 と、高橋はいかにも納得したように言った。とはいうものの、今の話では、何故森が死んだのか、その手掛かりは話されていない。
 それで、瀬名に何かを言おうとしたのだが、そんな高橋の意図を察知したのか、瀬名は高橋に話す隙を与えずに、更に話を続けた。
「で、先程も話したように、森君は僕の家に金を無心に来たのですよ。で、僕は出身は森君と同じ新潟なのですが、叔父さんが土肥でホテルを営んでる関係で、僕もそのホテルで働いてるというわけですよ。 
 そんな僕のことを森君は知ってる為に、僕なら金を持ってると思い、森君は僕にお金を無心に来たのですよ。僕なら、森君を冷たく突き放さないということを森君は分かっていたのですね」
 と、瀬名は神妙な表情で言った。
「なる程。それで?」
「で、土肥の僕の家にやって来たのが、その日、つまり、六月十日だったのですよ。で、僕の家に来るのには交通の便が悪いので、森君はレンタカーを借りてやって来たというわけですよ」
 と、瀬名は些か表情を険しくして言った。そして、瀬名は更に話を続けた。
「で、僕はその時、お金に困ってる森君のことを可愛そうに思い、二十万程与えたのですよ。で、僕は今でも、その時の嬉しそうな森君の表情が僕の瞼にこびりついていますよ。
 ところがですね」
 と言っては、瀬名は大きく深呼吸した。そんな瀬名はこれから話すことが肝心だと言わんばかりであった。
 案の定、瀬名は、
「ところがですね。その五日後に何と森君は僕が森君に与えた二十万を返しに来たのですよ」
 と、眼を大きく見開いては、些か興奮気味に言った。
 そう瀬名に言われ、高橋は瀬名と同様に些か興奮したような表情を浮かべてしまった。確かに今の瀬名の話は、大いに興味を引かれるものであり、また、森の事件の謎を解く糸口となってもおかしくないと思われたからだ。
「で、僕は正にその時、びっくりしてしまい、森君に、『どうやってお金を工面したんだい?』と、興味有りげに訊いたのです。
すると、森君は、『金蔓が出来たんだ』と、いかにも嬉しそうに言ったのですよ。でも、その金蔓に対しての具体的な言及はなかったのですよ」
 と、瀬名はまるで高橋に言い聞かせるかのように言った。
 そう瀬名に言われ、確かにその話は重要だと高橋は思った。即ち、今の瀬名の話は、森の事件解決の鍵となるべく重要なものと思われたのだ。
 それで、その思いを高橋は語った。
すると、瀬名は些か安堵したような表情を浮かべた。瀬名は自らの話が警察の捜査に役立ちそうだということを、実感したからだ。
 それはともかく、
「で、その金蔓は、六月十日前までは、まだなかったわけですよね?」
「勿論、そうだと思います」
「ということは、六月十日から五日の間で発生したというわけですね?」
「そうだと思います」
「でも、その金蔓は伊豆で発生したのではないかと瀬名さんは思ってるのですね?」
「そうです」
「何故、そう思ってるのですかね?」
 と、高橋は興味有りげに言った。
 すると、瀬名は、
「その翌日に、僕は森君に電話を掛けたのですよ。少し用があったので。まあ、大した用ではなかったのですがね。
 すると、その時に森君は、その二十万は返せるかもしれないというようなことを言ったのですよ。ということは、森君はその金蔓は、伊豆で発生したかもしれないということですよ。何しろ、僕は森君が僕の土肥の家を訪れた翌日の夜の八時頃にそう言ったのですからね」 
 と、瀬名は些か自信有りげな表情と口調で言った。そんな瀬名は、その可能性は十分にあると言わんばかりであった。
 そんな瀬名に高橋は、
「で、森さんが土肥の瀬名さんの家を後にしたのは、何時頃でしたかね?」
「正午頃ですね」
「正午頃ですか……」
 高橋は呟くよう言った。
 そんな高橋に瀬名は、
「森君はレンタカーを借りて僕の家にやって来たのですよ。三島でレンタカーを借りたと言ってました。それ故、僕の家を出てすぐに三島に戻ったとは思えないのですよ。
 それ故、まだしばらくの間、伊豆周辺をドライブなんかしてたと思うのですよ。そして、その時にその金蔓を摑んだのではないかと、僕は思ってるのですよ」 
 と、瀬名は眼をキラリと光らせては言った。
 そう瀬名に言われ、高橋も確かにその可能性は十分にあると思った。だが、
「でも、そう瀬名さんは推理されてるだけで、それに関して具体的な事実は何も摑んではいないというわけですね」
 と、眉を顰めては言った。
「確かにその通りなんですよ」
 と、瀬名は決まり悪そうに言った。だが、
「でも、そのことが絡んで森君は殺されたのだと思いますよ」
 と、渋面顔を浮かべては言った。そして、
「僕は恐らくゆすりなんかの結果、森君は殺されたのではないかと思うのですよ。
 例えば、森君は轢き逃げなんかの場面を偶然に眼にしてしまうとします。
 で、森君はその轢き逃げ犯の車のナンバーを控え、後でその轢き逃げ犯をゆするとします。そして、森君は口止め料をせしめることが出来ると、確信してたのですよ。だから、僕に金を返すというようなことを、六月十一日に僕に仄めかしたのですよ。
 だが、結局、森君のそのゆすりは功を奏さなかったのですよ。何故なら、森君はその轢き逃げ犯に殺されてしまったわけですから」
 と、瀬名はいかにも力強い口調で言った。そんな瀬名は、正にそれが森の事件の真相だと言わんばかりであった。
 また、高橋も同感であった。 
 また、高橋はその轢き逃げ犯らしきものにも心当たりないわけではなかった。何故なら、森の部屋の中を捜査した時に、森の引き出しの中から見付かったメモ書きに○重と朱書きの記しと共に車のナンバーがメモ書きされ、更に、既にその車のナンバーの所有者まで突き止めていたからだ。
 もっとも、その車の所有者、即ち、長崎四郎は森との関わりを否定した。
 だが、そうだからといって、長崎の証言が正しいとは限らないだろう。
 そう思うと、高橋は些か納得したように肯いた。
すると、そんな高橋に、瀬名は、
「何か心当たりあるのですかね?」
 と、高橋の顔をまじまじと見やっては言った。
 そう瀬名に言われたが、高橋は長崎のことは言及しなかったのである。

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