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それはともかく、森と高校時代の同級生で今も付き合いがあったという瀬名博之という男性から、正に貴重な証言を得た高橋は、その証言に基づいて捜査を一気に進めようとした。正に、その瀬名の証言は捜査を一気に解決出来ると思わせる貴重な証言であったのだ。
そして、まず、六月十日に伊豆方面で何か事件が起こってなかったか、早速調べてみることにした。
すると、早々と、その事件が見付かった。
それは、波勝崎での事件だ。六月十日の午後四時頃、波勝崎の猿苑近くで、下田で自転車販売業を営む片山正臣という男性がボーガンのようなもので胸を射られ、死亡してるのが、観光客によって発見されたのだ。そして、その片山の事件はまだ解決に至ってなかったのだ。
そして、正にこの片山の事件が、今、俄然、森の事件に関係あるのではないかと、大きくクローズアップされたのである。
そして、片山を死に至らしめた人物として、自ずから長崎四郎のことが浮上した。何しろ、森は片山の死亡推定時刻の頃、波勝崎の近くにいた可能性は十分に有り得る。そして、偶然に長崎が誤って片山をボーガンで射ってしまった場面を眼にし、また、長崎が片山を助けることなく、そのまま、逃げた場面を眼にしたとしたら……。
その可能性は十分にある。何しろ、森の部屋には、長崎の車のナンバーのメモ書きがあったのだから。そのメモがなければ、長崎と何ら面識のなかった森が、長崎の車のナンバーを控えるなんてことは、有り得ないだろう。
そう思うと、高橋は些か満足気に力強く肯いた。捜査が確実のゴールに向かって進んでることを実感したからだ。
そして、この時点で長崎がボーガンを射ったりしていないかという捜査が早速行なわれることになった。
その捜査はまず長崎の近所の住人からの聞き込みから行なわれた。
すると、早々と成果を得ることが出来た。そして、その証言を行なったのは、長崎宅の二件隣に住んでいる橋本喬という五十歳の会社員であった。高橋の「長崎さんがボーガンとか弓矢を射る趣味を持ってないでしょうかね」という問いに対して、橋本は、
「長崎さんの趣味は、弓ですよ」
と、平然とした表情で言ったのだ。
「弓が趣味ですか」
高橋も平然とした表情で言った。
もっとも、その橋本の証言を耳にし、高橋は大いに嬉しかったのだが、警察官たるものは、安易にその感情を捜査の時に出してはならないというわけだ。
「でも、どうして橋本さんはそのことをご存知なんですかね?」
と、訊いてみた。
「どうしてって、長崎さんの庭には、射的がありますからね。だから、知ってるのですよ」
と、橋本は何かそのことが重要なのかと言わんばかりに、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
そんな橋本に、高橋は、
「で、長崎さんはボーガンはやらないのですかね?」
「ボーガンですか。さあ、それは知らないですね」
「では、長崎さんはその弓で、動物を射ったりはしてなかったでしょうかね? そのような話を聞いたことはありませんかね?」
と、高橋は穏やかな表情を浮かべては言った。
だが、橋本はそう高橋に言われ、些か表情を険しくさせた。何故なら、高橋が長崎の違法行為を突き止める為に、橋本に何だかんだと話を訊いてるのではないかと、橋本は察知したからだ。
それで、橋本は些か表情を険しくさせては、言葉を詰まらせた。
そんな橋本に、高橋は、
「別に長崎さんが狩猟法に違反した事実を摑んでやろうと思ってるわけではないのですよ。ですから、もし何かそれに関して知ってるのなら、隠さずに話してもらいたいのですがね」
と、些か真剣な表情を浮かべては、橋本をまじまじと見やっては言った。
すると、橋本の表情は、些か強張った。率直に高橋の捜査に協力しなければ、何か罰が加えられるのではないかと、橋本は恐れたかのようだ。
案の定、橋本はいかにも高橋に嫌われてはならないと言わんばかりの穏やかな表情を浮かべては、
「そういえば、長崎さんは山で猿射ちをしたことがあるとか言ってましたね」
「猿射ち、ですか……」
「そうです。猿射ちです。何処の山か知りませんが、弓で猿を射るそうですよ。とてもスリルがあって面白いそうですよ。でも、そのようなことが公になれば、社会から指弾されるのは確実だから、このことは黙っていて下さいねと、言われたことがあるのですよ」
と、橋本は、恐らくこの話は決して他言しないでと、長崎に釘を刺されていたに違いないのだが、そのことはあっさりと忘れてしまったかのように、高橋にあっさりと話したのである。
そして、その橋本の証言は、高橋を大いに満足させたことは言うまでもないであろう。