3 息子
畑中登は大賀郷に住んでいた。
そんな畑中登を、野々村はその日の午後七時頃に訪れた。というのも、その頃にならないと、畑中登は、都合が悪いと野々村に言ったからだ。
野々村は、畑中登を一目見て、何となく病的な感じの男性だと思った。そんな畑中登が、どういった仕事をして生計を立てているのかは、推測出来なかった。
そんな畑中に、野々村は、
「僕は、八丈島暑の、野々村といいます」
と言っては、警察手帳を見せた後、畑中に、
「僕が何故畑中さんの前に現れたのか、分かりますかね?」
と言っては、畑中の顔をまじまじと見やった。
すると、畑中は、
「分かりませんね」
と、即座に言った。そんな畑中の言葉や表情には、特に不自然さは感じられなかった。
そんな畑中に、野々村は、
「本当に分からないですかね?」
と言っては、眉を顰めた。
「ええ。分からないですよ」
「では、畑中さんは、今週の日曜日に誰かと会わなかったですかね? その誰かとは、日頃顔を合わせていない人物です」
そう言っては、野々村は再び畑中の顔をまじまじと見やった。
すると、畑中の言葉が詰まった。そんな畑中は、今の野々村の言葉に、何と答えればよいのか、迷っているかのようであった。
そんな畑中に、野々村は、
「今週の日曜日のことですよ。思い出せないことではないと思うのですがね」
すると、畑中は、
「そう言われてみれば、確かに日頃会わない人と会いましたね」
と言っては、小さく肯いた。
「では、それは誰でしたかね?」
と、言っては、野々村は畑中の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、畑中は、
「小笠原という男性と会いましたね」
そう畑中に言われると、野々村は納得したように小さく肯いた。これによって、捜査が一歩前進したと実感したからだ。
そんな野々村は、
「何時頃会ったのですかね?」
「午後五時頃でしたかね」
「午後五時頃ですか。では、何時頃別れたのですかね?」
「午後五時半頃でしたかね」
「何処で会ったのですかね?」
「底土港ですね」
「なるほど。で、その小笠原という人物は、どういった人物なのですかね?」
と、野々村はいかにも興味有りげに言った。
すると、畑中は言葉を詰まらせた。そんな畑中は、二十秒程言葉を詰まらせたが、やがて、
「刑事さんは、どうしてその小笠原という男性のことに興味があるのですかね?」
と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。そんな畑中は、正にそれが理解出来ないと言わんばかりであった。
そんな畑中に、野々村も、
「それに関して、何か思うことはないのですかね?」
と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「ええ。そうです。何もないですね」
と、畑中は再び怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「そうですか。では、そのことを説明しますね。
でも、その小笠原正孝という男性が、畑中さんにとって、どういった人物なのか、畑中さんにまず説明してもらいたいのですよ」
そう野々村が言うと、畑中は再び二十秒程言葉を詰まらせたが、やがて、
「僕の親父ですよ」
と、些か決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「そうでしたか。でも、姓が違いますね。何故ですかね?」
と、野々村が言うと、畑中は少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「刑事さんは、何故僕のプライベートのことを何だかんだと訊くのですかね?」
と、いかにも怪訝そうな表情を浮かべては言った。
すると、
「小笠原さんの事件をご存知ないのですかね?」
と、野々村も怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「知らないですね。親父がどうかしたのですかね?」
と、畑中は怪訝そうな表情を浮かべては言った。そんな畑中は、正に小笠原の死をまるで知らないようであった。
それで、野々村は、
「畑中さんと別れた後、小笠原さんがどうなったのか、畑中さんはご存知ないですかね?」
と言っては、眉を顰めた。
「知らないですよ」
と、畑中は淡々とした口調で言った。そんな畑中を見ると、畑中は本当に小笠原の死を知らないようであった。
「では、畑中さんは、小笠原さんとどのようなことを話し合われたのですかね?」
と、野々村はいかにも興味有りげな表情を浮かべては言った。
すると、畑中は野々村から眼を逸らせ、二十秒程言葉を詰まらせていたが、やがて、
「そりゃ、遺産相続のことですよ」
と、些か言いにくそうに言った。
「遺産相続のことですか……」
野々村は呟くように言った。もっとも、野々村はそうではないかとは思っていたのだが……。
「そうです。遺産相続のことです。というのも、僕は親父の正式の子供ではないので」
と、畑中は野々村から眼を逸らせては、些か決まり悪そうに言った。
もっとも、野々村はそのことを既に知っていたのだが、
「そうでしたか」
と、初めてそれを知ったかのように言った。そして、
「それに関して、どういったことを話し合われたのですかね?」
と、野々村が言った時に、畑中は怪訝そうな表情を浮かべては、
「でも、何故刑事さんは、僕のそのようなプライベートのことに興味があるのですかね?」
と、些か険しい表情を浮かべては、納得が出来ないように言った。
すると、野々村はこの時点で小笠原の死を話すことにした。
小笠原の死を淡々とした口調で話す野々村に、畑中はいかにも険しい表情を浮かべながら、何ら言葉を挟むことなく、じっと耳を傾けていた。そんな畑中の表情は、徐々に険しいものへと変貌して行った
そして、野々村の話が一通り終わると、
「それ、本当ですかね?」
と、いかにも信じられないと言わんばかりの表情と口調で言った。
「本当ですよ」
野々村は、決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
すると、畑中は野々村から眼を逸らせては、言葉を詰まらせた。そんな畑中は、甚だ深刻な表情を浮かべてはいた。しかし、それは、畑中の演技ではないかと野々村は思った。
野々村は畑中を小笠原殺しの有力な容疑者と看做していた。その動機は、怨恨だ。つまり、小笠原は畑中の実父にもかかわらず、認知しなかったのだ。そんな小笠原に対して、畑中が憎悪の思いを抱かなかった筈はないだろう。
そんな畑中に、野々村は、
「正にお気の毒です」
と、悔やみの言葉を述べてから、
「今、言ったように、小笠原さんの死は、殺しによってもたらされたのですよ」
と、いかにも言いにくそうに言った。
すると、畑中はいかにも険しい表情を浮かべた。そんな畑中の口からは、言葉は発せられようとはしなかった。
それで、野々村は、
「それに関して、どう思われますかね?」
と、畑中の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、畑中は十秒程言葉を詰まらせたが、
「分からないですね」
と、いかにも渋面顔を浮かべては言った。
「畑中さんと別れて、その翌朝、小笠原さんは何者かに殺されたのです。また、人捨穴に遺棄されたことから、犯人は車を持っていたに違いないのですが。もっとも、その車はレンタカーかもしれないですが。
これらのことを踏まえて、畑中さんは、小笠原さんを殺した人物に心当たりありませんかね?」
と、野々村は、畑中の顔をまじまじと見やっては言った。
しかし、畑中の口からは発せられた言葉は、
「分からないですね」
であった。