4 有力な情報
今までの野々村たちの捜査によれば、小笠原を殺した可能性が最も高いのは、畑中登であった。動機は、遺産相続絡みで何らかのトラブルが発生し、その結果、事に及んだというわけだ。
畑中が小笠原と何を話したのか、言及したがらないのは、その会話の中に殺害に至る動機が存在してるからだ。
そう看做せるのだが、しかし、今の時点では、畑中を小笠原殺しで逮捕するわけにはいかない。
それで、再び東京の小笠原正明に電話をして、畑中との話の内容を話してみた。
そんな野々村の話に、正明は特に言葉を挟まずに黙って耳を傾けていたが、野々村の話が一通り終わると、
―親父は畑中に対して、親父の金をどれ位相続させるか、僕に何ら言及してなかったですからね。ですから、僕では何とも言えないですよ。
と、渋面顔で言った。
「では、小笠原さんは、畑中さんに殺されたとは思わないですかね?」
と、野々村は訊いてみた。
すると、正明は、
―よく分からないですね。
と言うに留まった。
それで、小笠原のレンタカーが見付かった八重根港辺りに立て看板を立てたりして、八丈島の住人たちから情報提供を呼び掛けた。
しかし、特に成果は得られなかった。
それで、今度は、小笠原が宿泊していた八重根港近くにある八丈スカイホテルの係員から話を聴いてみることにした。因みに、八丈スカイホテルは二階建てで、部屋数50の八丈島では比較的大きなホテルであった。
八丈スカイホテルの支配人である町田幹夫(57)は、
「正にお気の毒です」
と、改めて、小笠原に対する悔やみの言葉を述べた。
そんな町田に、野々村は改めて、小笠原が何者かに殺されたということを説明し、
「それに関して、何か思うことはありませんかね?」
と、町田の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、町田は、
「何もないですね」
と、決まり悪そうな表情を浮かべては言った。そんな町田は、警察の捜査に役立つことが出来ず、申し訳ないと言わんばかりであった。
そんな町田に、野々村は、
「何か気になるようなことを、小笠原さんは言ってなかったのですかね?」
と言っては、眉を顰めた。
「何も言ってなかったですね。何しろ、うちは民宿とは違いますから、お客さんと話をするのは、フロントで受付をする時位なんですよ。それ故、プライベートのことなど、何も話すことはないのですよ」
と、改めて、警察の捜査には役立てないと言わんばかりに言った。
そう町田に言われると、野々村は些か落胆したような表情を浮かべた。
しかし、
「小笠原さんは、何時頃チェックアウトされたのですかね?」
と確認してみた。何しろ、小笠原の死亡推定時刻は、午前八時から九時だ。それ故、八丈スカイホテルをチェックアウトして然程時間を経ずに殺されたのだ。それ故、チェックアウトした頃の様子を確認しておく必要があるだろう。
すると、町田は、
「午前八時過ぎに、チェックアウトなされましたよ」
と、淡々とした口調で言った。
「午前八時過ぎですか。で、その時の様子で、何か気付いたことはありませんでしたかね?」
「何もなかったですね。他のお客さんと、特に変わりなかったですよ」
「では、小笠原さんは、一人でチェックアウトされたのですかね?」
「そうです」
「そんな小笠原さんを、誰かが待っていたというようなことはありませんでしたかね?」
「そのようなことは、気付きませんでしたね」
と、町田は決まり悪そうに言った。
町田への聞き込みはこんな具合だったが、八重根港での立て看板等の情報提供は、成果を得ることが出来た。というのは、甚だ重要な情報が、警察に寄せられたからだ。その情報を警察に提供したのは、大賀郷に住んでいる高田朝雄という七十三歳の老人だった。高田は今は何もしていないが、以前は八丈島で漁師をやっていた男だ。
そんな高田は、
「そのアルトを八重根港に運んだ男を僕は見たよ」
と言っては、小さく肯いた。
「それ、本当ですかね?」
「本当さ。赤色をしたアルトだろ。そのアルトが停められていた場所や時間からして、間違いないと思うよ」
「詳しく話してもらえますかね」
と、野々村はいかにも愛想良い表情を浮かべては言った。
「それがだな。そのアルトに乗って来たのは、その小笠原という人物ではないと思うんだよ」
と言っては、高田はいかにも真剣な表情を浮かべた。そんな高田は、今から話す高田の証言がとても重要なものであるということを十分に認識してるかのようであった。
「それは、誰だったのですかね?」
と、野々村はいかにも真剣な表情を浮かべては言った。しかし、それは当然のことであろう。今から高田が話すことが、事件解決に繋がるかもしれないのだから。
そう野々村が言うと、高田の表情は強張り、そして、言葉を詰まらせた。そんな高田は、今になって証言をするのに躊躇ってるかのようだ。
だが、高田は表情を引き締めては、
「実は、僕の知ってる人物なんだよ」
そう言った高田の表情は、いかにも険しいものであった。
「それは、誰なんですかね?」
野々村は、高田に急かすかのようであった。
「それが、町田幹夫さんだよ」
「町田幹夫?」
何処かで聞いたような姓名だが、野々村はその名前を思い出せなかった。
それで、
「それ、一体誰ですかね?」
と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。
「八丈スカイホテルの支配人ですよ」
と、高田は淡々とした口調で言った。
そう高田に言われ、野々村は思い出した。今度の事件で八丈スカイホテルの支配人である町田幹夫から話を聴いたということを。
しかし、何故その町田が、小笠原のアルトを八重根港に運んだのか?
そう思うと、野々村の表情は、自ずから険しくならざるを得なかった。
そんな野々村は、
「それが、八丈スカイホテルの町田幹夫さんだったというのは、間違いないですかね?」
と、念を押した。
「間違いないですよ。僕は昔、八丈スカイホテルに僕が捕った魚を買ってもらってたことがあるんだ。その時の担当が町田さんだったのさ。だから、間違うことはないさ」
そういかにも力強い口調で言ったものの、そんな高田の表情は些か決まり悪そうであった。そんな高田は、正に町田のことを警察に言ったことに後ろめたさを感じてるかのようであった。
そう言われ、野々村の表情は一層険しくなった。というのは、それが事実なら、小笠原の事件に町田が関係してるということになるからだ。しかし、何故?
しかし、この高田の証言を受けて、野々村は八丈スカイホテルの町田幹夫から、再び話を聴かなければならなくなった。