3

 聡子の前に現われた角田に、聡子は、開口一番に、
「主人の死の真相は分かりましたかね?」
 と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。そんな聡子は、一刻でも早く前川の死の真相を知りたいと言わんばかりであった。
 そんな聡子に、角田は、
「ご主人に生命保険金は出るのですかね?」
 そう角田が言うと、聡子の顔色が変わった。
 そんな聡子の顔色の変化を角田は見逃しはしなかった。
 そして、その角田の問いに、聡子がなかなか言葉を発そうとはしなかったので、角田は同じ問いを繰り返した。 
 すると、聡子は、
「どうして刑事さんは、そのようなことを言うのですかね?」
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「どうしてって、保険金のことは、少なからず興味がありますからね。ですから、正直に答えてくださいな。もっとも、既に我々は奥さんがご主人の死亡保険金を幾ら位受取ることになってるか、調査してますがね」
 と言っては、角田はにやっとした。 
 そう角田が言うと、聡子は角田から眼を逸らせては、言葉を発そうとはしなかった。そんな聡子に、角田は、
「奥さんはご主人が死亡したことによって、一億円の生命保険金を受取ることになっているのですね」
 と、まるで聡子を睨み付けるように言った。そんな角田は、隠しても無駄だよと言わんばかりであった。
 すると、聡子は角田を見やっては、
「まだ、出るかどうか分からないですわ」
 と、力無い声で言った。
「でも、我々が、ご主人の死を事故死として処理すれば、一億円の保険金は出るでしょうな」
「……」
「そうなれば、奥さんは大金持ちというわけですか」 
 そう言っては、角田はにやっとした。
 すると、聡子はむっとした表情を浮かべては、
「刑事さん、その言い方、私に失礼ですよ。まるで、主人が死んで、私が喜んでるかのようじゃないですか」
 と、いかにも不満そうに言った。
 すると、角田は表情を和らげ、
「それは、失礼しました」
 と言っては、
「ところで、奥さんは十月十五日は何処におられましたかね?」 
 と、まず前川の死亡推定時の聡子のアリバイを確認してみることにした。 
 すると、聡子は、
「その日は、家にいましたがね」
「一日中、ずっと家におられたのですかね?」
「ええ。そうです。私は体調を崩していまして、それで主人と一緒に八丈島に行かなかったのですが、私も主人と一緒に八丈島に行っていれば、こんなことにならなかったのに……」 
 と、聡子はいかにも無念そうに言った。
 そんな聡子に、角田は、
「では、そのことを誰かに証明してもらえますかね?」
「それは、無理ですわ。その日は、ずっと私一人でいましたし、また、誰も来ませんでしたから」
 と、聡子は些かむっとしたような表情で言った。
「では、奥さんは生命保険に入っておられなかったそうですが、それは何故ですかね?」
「それは、私が死んでも主人には収入があるので、生活に困らないからです。でも、主人が死ねば、私は生活に困るので、主人は一億円の生命保険に入っていたのですよ」
 と、聡子は角田を説得するかのように言った。
 そう聡子に言われると、角田は<なるほど>と思ったが、
「では、電話も掛かって来なかったですかね?」
「そのように記憶しています」
「では、その日、奥さんはご主人が八丈島に行くということを誰かに話しましたかね?」
 そう角田が言うと、聡子の言葉は詰まった。そんな聡子は、まるで思ってもみなかったような問いを発せられた為に、何と言えばよいのか、迷ってるかのようであった。
 そんな聡子の狼狽したような様を眼にして、角田は直感的に何かあると思った。 
 それで、同じ問いを繰り返した。
 すると、聡子は、
「特に話しませんでしたね。もっとも、主人が話していたかもしれませんが、それは私には分からないですよ」
 と、決まり悪そうに言った。
 そう聡子に言われると、角田は、
「ふむ」
 と言っては、気難しい表情を浮かべた。 
 そんな角田に、聡子は、
「どうしてそのようなことを訊くのですかね」
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。 
「ですから、ご主人を亡き者にしてやろうと目論んでいた者がいるじゃないですか。その者が、ご主人が八丈島に行ったことをチャンスとばかりに、ご主人の隙を見ては、千畳敷でご主人を海に突き落とす。つまり、殺したかもしれないということですよ。そういった可能性はあるということですよ」
 と、角田は聡子に言い聞かせるかのように言っては、小さく肯いた。角田は、その可能性は十分にあると言わんばかりであった。
 聡子はといえば、そう角田に言われ、一層険しい表情を浮かべた。そんな聡子は、その角田の言葉を耳にして、何か思うことがあると言わんばかりであった。 
そう思った角田は、
「それ関して、何か思うことがあるのですかね?」
 と、聡子の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、聡子は表情を和らげ、
「特に思うことはありません」
 と言っては、眉を顰めた。 
 そういう風にして、聡子から何だかんだと話を聴いたのだが、特に成果を得られることはなかった。
 それで、角田はこの時点で一旦、聡子から話を聴くのを止め、聡子宅を後にした。
 聡子宅を後にすると、角田は、角田と共に聡子から話を聞いていた大沢秀樹刑事(28)に、
「聡子さんの話は信頼出来ないよ。聡子さんは嘘をついたんじゃないかな」
 と、言っては、眉を顰めた。
「正に同感です。警部の問いに対する聡子さんの返答の仕方は、何となくぎこちなかったですからね」
 と、言っては、小さく肯いた。
「しかし、今の時点では、聡子さんの嘘を嘘だと証明出来ないよ。また、嘘をついたということは、聡子さんは前川さんの死に関して、何か思うことがあるか、あるいは、事件の重要参考人かもしれないということだ」
 と言っては、角田は小さく肯いた。
「では、その嘘をどうやって暴いて行くのですかね?」
「だから、もっと前川さんの知人たちに聞き込みを行なってみよう。まだ、話を聞いていない人がいる筈だ」
 ということになり、早速、前川の知人だった者から話を聞くことになった。
 すると、興味ある情報を入手するに至った。その情報を入手したのは、前川の兄の前川俊之という男性であった。 
 前川俊之は、角田に、
―聡子さんの弟の牛田治朗さんは、今、かなりの借金を抱えてるみたいなんですよ。
 と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。
「かなりの借金ですか……」
 角田は興味有りげな表情を浮かべては言った。
―そうです。僕が貫太郎から聞いたことによると、治朗さんはアパート経営に手を出しましてね。銀行から金を借りて、アパートを建て、賃貸収入を得ようとしたわけですか、土地の価格が下がり、また、アパートの稼働率もあまりよくなく、毎月の返済に四苦八苦してるそうですよ。
 と、再びいかにも神妙な表情を浮かべては言った。
 すると、角田は神妙な表情を浮かべた。
 だが、そうだからといって、その話が、果して前川の事件に関係してるのかどうかは、まだ何とも言えなかった。 
 それで、
「あなたは、その件が、前川さんの事件に関係してるのではないかと、推理されてるのですかね?」
 と、いかにも興味有りげに言った。 
 すると、俊之は、少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
―そりゃ、何ともいえないですよ。
 でも、聡子さんが一億もの保険金を受取るわけですから、そのお金が、治朗さんの方に流れてもおかしくはないと思うのですよ。何しろ、姉が思ってもみない大金を手にしたとなれば、弟である治朗さんは聡子さんに泣き付くかもしれませんからね。弟に泣き付かれれば、姉は心を動かされるかもしれないですからね。
 と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。そんな俊之は、その件は前川の事件に関係してる可能性はあると言わんばかりであった。
 そう俊之に言われると、角田の表情は、自ずから険しくなった。確かにそう言われてみれば、その通りだと思ったからだ。 
 となると、治朗が前川を殺したのだろうか? あるいは、治朗と聡子の二人の犯行だろうか?
 その可能性は有り得るだろう。
 それで思い切って、そのケースを俊之に話してみた。 
 すると、俊之は、
―聡子さんは、貫太郎の死には積極的に関係してないと思いますね。貫太郎と聡子さんの関係がそんなに悪いというようなことは耳にしたことはないですからね。
 それ故、治朗さんの単独の犯行ではないかと思いますね。
 つまり、治朗さんは聡子さんから、その日、貫太郎さんが八丈島に行くという情報を入手し、それを受けて、八丈島に行ったのですよ。そして、貫太郎の行動を密かに監視し、千畳敷に貫太郎が来た時をチャンスとばかりに、事に及んだというわけですよ。
 と、俊之はいかにも力強い口調で言った。そんな俊之は、その可能性は十分にあると言わんばかりであった。
 そう俊之に言われると、角田は正にその通りだと思った。即ち、今の俊之の推理は、十分に現実味のある推理だと思ったのだった。
 だが、俊之は、
―でも、絶対にそれが事実だとは、断言はしてないですよ。
 でも、貫太郎は千畳敷で足を滑らせ、事故死するというようなへまを仕出かす程、愚かな人間ではなかったと思いますね。それ故、貫太郎は誰かに殺されたのだと、僕は思うのですよ。そして、貫太郎を殺す可能性がある人物がいるとすれば、それはやはり治朗さんのことが思い浮かぶのですよ。何しろ、治朗さんという人物は、汗を流さずに楽をして金儲けをしてやろうという人物ですからね。そんな治朗さんですから、自らがもたらした借金は、不正な手段を用いて返済してやるという思いが生じても不思議ではないというわけですよ。
 その俊之の証言を受けて、早速、聡子に会って、聡子から話を聞いてみることになった。

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