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八丈島から東京にまで、大型客船のさるびあ丸で行こうとすれば、十一時間も掛かる。
それ故、さるびあ丸で東京にまで戻ろうとすれば、一日がかりだ。しかし、永山治(21)はまだ学生ということもあり、今回はさるびあ丸で戻ることにした。何しろ、飛行機は八丈島から東京まで四十五分で行けるものの、やはり、料金が高いのだ。それ故、お金を節約する為に、さるびあ丸で戻ることにしたのだ。
そんな永山は、さるびあ丸の出港時間までは、まだ時間がある為に、待合室で時間をつぶしていたが、やがて、出港時間が近付いたので、待合室で待機していた乗客たちは、埠頭で待機しているさるびあ丸に向かって歩き始めた。そして永山もその後に続いたのだが、永山はふと岸壁際にまで近付いて、眼前に眼を向けた。魚が泳いでいないかと思ったのだ。
だが、特に魚はいないようだった。
それで、すぐに岸壁際から離れようとしたのだが、その時、永山の表情が一気に緊張したものに変貌した。何故なら、とんでもないものを眼にしてしまったからだ!
それは、人間だった! 人間の死体が、岸壁際にぷかぷか浮いているのを眼にしてしまったのである!
この事態は直ちに近くにいた係員に伝えられた。
そして、係員もそれを認めた。
だが、そうだからといって、さるびあ丸の出港時間が変更になることはなかった。さるびあ丸は、時間通り、底土港を出港したのだ。それ故、永山は永山が発見したその男性の死体がその後、どうなったかをまだしばらくの間、知ることはなかったのであった。
永山が発見した男性の死体は、直ちに八丈島署員によって陸揚げされた。
その男性は、年齢は四十前後位に思われ、中肉中背の身体付きで、黒い上着と白いズボン姿であった。
そんな男性の外見からすると、外見上には目立った裂傷などがない為に、男性は水死したものと思われた。
しかし、解剖してみないことは、正確な死因は分からないであろう。
八丈島署は、男性の死に事件性があると判断した為に、男性の死体は司法解剖されることになった。
すると、死亡推定時刻と死因が明らかになった。死亡推定時刻は十一月十日、即ち、昨日の午後七時から八時頃であり、また、死因は水死であった。
死因が水死であったとはいえども、今の時点では、男性の死は事故か自殺か、あるいは、殺しなのかといったことは、まだ何ともいえなかった。
それ故、まず、身元を明らかにする必要があった。
男性は免許証とかいったものは所持してはいなかったが、今のところ、八丈島の者ではないと思われた。まだ、そのような情報は入ってなかったからだ。
それ故、男性が観光客であった可能性があったので、その線から捜査することになったのだが、ところがその捜査を行なう前に、男性の身元が明らかになった。
というのも、男性のことを知っているという八丈島署員が現われたからだ。
それは、大沢刑事であった。大沢刑事は直にその男性から話を聴いたことがあったのだ。即ち、その男性は、ある事件の参考人として、警察から事情聴取されたことがあったのだ。
即ち、その男性は、何と牛田治朗であったのだ!
この思ってもみなかった事の成り行きを受けて、角田はいかにも驚いたような表情を浮かべていた。牛田治朗という男は、殺すことはあっても、殺されるような男には見えなかったからだ。もっとも、まだ牛田は殺されたと決まったわけではないのだが。
それはともかく、前川の事件の最有力容疑者で、牛田の逮捕は時間の問題だと、角田は思っていたのだが、その牛田が死ぬとは一体どういう事態が発生したのか? しかも、何故、牛田は八丈島で死んだのだろうか?
正に、それは謎であった。
前川の死の真相がまだ解明していないというのに、また厄介な問題が発生してしまった。
そう思うと、角田の表情は、正に一層困惑したものに変貌せざるを得なかった。
だが、この謎をこれから明らかにしていかなければならないのだ。それが、角田の責務なのだ!