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それはともかく、まず何故、牛田は八丈島に来たのだろうか? その謎からまず解明していこうということになった。
とはいうものの、その謎を明らかにするには、なかなか時間が掛かりそうであった。何故なら、牛田は一人暮らしであったからだ。
もっとも、それを誰かに話していないとも限らない。それ故、まず、前川聡子から話を聞いてみることにした。
聡子の前に姿を見せた角田に、聡子は以前より一層陰鬱な表情に見えた。
しかし、それも当然かもしれなかった。一ヶ月もしない期間に身内を二人も失ったのだから。
そんな聡子に、角田はまず牛田が八丈島で亡くなったことに対して、悔やみの言葉を述べてから、
「しかし、妙なことになって来ましたね」
と、いかにも納得が出来ないような表情で言った。
そんな角田の言葉に、聡子は渋面顔を浮かべては何も言おうとはしなかった。
そんな聡子に角田は、
「正にこれは偶然とは思えないのですよ。つまり、ご主人が八丈島でお亡くなりになられたかと思えば、その三週間後に今度は弟さんがご主人と同じく八丈島でまたしてもお亡くなりになられるとは!」
と、些か興奮気味に言った。そんな角田は、正に聡子の夫と弟が相次いで八丈島で亡くなったことは、決して偶然ではないと言わんばかりであった。
だが、聡子はそう角田が言っても、角田から眼を逸らせ、何も言おうとはしなかった。そんな聡子の表情からは、二人の死に対して聡子が何か思うことがあるのかどうかを窺い知ることは出来なかった。
それで、角田は、
「奥さんはどう思われるのですかね?」
と、聡子の顔をまじまじと見やっては言った。そんな角田は、聡子がこの二人の死に対して何か思うことがあるのではないかと言わんばかりであった。
だが、聡子は何も言おうとはしなかった。
それで、角田は、
「奥さんは何か思うことがあるのではないですかね?」
と、聡子の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、聡子の表情はやっと角田を見やっては、
「それが、特に思うことはないのですよ」
と、いかに決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「本当に何も思うことがないですかね?」
角田は些か納得が出来ないように言った。
「ええ。そうです」
と、聡子は角田から眼を逸らせては、蚊の鳴くような声で言った。
「そうですかね? 僕は何か思うことがあるのではないかと思うのですがね。どんな些細なことでも構わないですから、何か思うことがあれば、率直に話していただきたいですね」
と、角田は聡子に訴えるかのように言った。
「でも、本当に何も思うことがないのですよ」
と、聡子は再び蚊の鳴くような声で言った。
それで、角田は、
「では、我々の推理を話すことにしますよ。
実のところ、我々はご主人を殺したのは、奥さんの弟さんだと思ってるのですよ。動機は無論、お金ですよ。ご主人が死ねば、奥さんにご主人の生命保険金が入ります。その金額は一億円です。弟さんは、アパート経営に失敗し、多額の借金を抱えています。その金額は、弟さんが返し切れない位のものです。これは、既に弟さんにお金を貸している金融機関などから確認を得ています。
それ故、弟さんはご主人が死ねば奥さんには一億円もの保険金が入ることを悪用し、ご主人を八丈島で殺しては、後で奥さんからお金を受取ろうと目論み、その目論見を実行したというわけですよ。
奥さんは、ご主人が十月十五日に八丈島に行くということを弟さんに言わなかったと言われましたが、それは嘘かもしれません。また、奥さんは言わなかったが、弟さんは何らかの手段でそのことを知ったのかもしれません。そして、八丈島に行っては、ご主人が千畳敷で佇んでいるのをチャンスとばかりに、ご主人の背後から体当たりしたりしては、海に突き落とし、ご主人を殺したというわけですよ」
と言っては、力強く肯いた。そんな角田は、その可能性は十分にあると言わんばかりであった。
すると、聡子は角田を見やっては、
「そんな!」
と、呆気に取られたような表情を浮かべては言った。そんな聡子は、そのようなことが有り得るのかと言わんばかりであった。
それで、角田は十月十五日に、牛田と思われる男が偽名で八丈島でレンタカーを借りた可能性があることに言及し、
「要するに、弟さんは偽造免許証を用いては、八丈島でレンタカーを借りた可能性があるのですよ」
と言っては、眉を顰めた。
「……」
「その点に関して、奥さんは何か心当りありませんかね?」
と、聡子の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、聡子は角田から眼を逸らせては、何やら考え込むかのような仕草を見せた。そんな聡子は、今の角田の言葉に何か思うことがあるかのようであった。
聡子はやがて、角田を見やっては、
「要するに、刑事さんは主人を殺したのは、治朗だと言われるのですかね?」
「その可能性は、十分にあると思っています」
と、正にその可能性は十分にあると言わんばかりに言った。
すると、聡子は角田から眼を逸らせては何も言おうとはしなかった。
それで、角田は、
「奥さんはそう思わないのですかね?」
と、聡子の顔をまじまじと見やっては言った。
「私はそのようなことを信じたくはありません」
「そりゃ、そう思うのは当然と思いますよ。奥さんの弟さんがご主人を殺したなんて、そんなショッキングなことを信じられないのは当然のことですよ。
でも、その点に関しては、捜査が進む可能性は十分にあると思いますよ。というのも、今、我々は弟さんが十月十五日に山田慎一という偽名を用いて八丈島でレンタカーを借りたという裏付けを進めています。つまり、山田慎一がレンタカーを借りる時に署名した筆跡が治朗さんのものであるということを証明出来れば、また、その書類に治朗さんの指紋が付いていれば、その証明は出来ますからね。治朗さんは十月十五日に八丈島に行ったことを頑なに否定していたわけですから、そのことが証明されれば、治朗さんは前川さん殺しの犯人と確定したみたいなものですよ」
と、角田は聡子に言い聞かせるかのように言った。
すると、聡子はいかにも神妙な表情を浮かべては、角田から眼を逸らせ、言葉を詰まらせた。そんな聡子は、正にそのようなことは信じたくないと言わんばかりであった。
「それはそれとして、何故治朗さんが死んだのか、それは今のところ、推測すら出来てないのですよ。ご主人は治朗さんに殺された可能性が高いのですが、では、治朗さんは何故死んだのかはまだ闇の中というわけですよ。たとえ殺人犯といえども、殺された可能性があれば、犯人を捕まえなければなりませんからね」
と、角田は些か表情を険しくさせては言った。
そんな角田に対して、聡子は、
「分かりません」
と言うだけであった。
牛田の事件に関しては、そういった具合であったのだが、前川の事件に関しては進展を見せた。何故なら、山田慎一という人物が署名した書類には、やはり、牛田牛田の指紋が付いていたからだ。又、筆跡も牛田のものだということが、鑑定の結果、明らかになった。即ち、当初思ったように、前川を殺したのは、やはり、義弟の牛田治朗であったのだ。動機も角田の推理通りだろう。
これによって、前川の事件は解決したみたいなものだが、まだ、牛田治朗の事件は解決していない。
それで、亡き牛田の部屋が徹底的に捜査されたのだが、特に成果を得ることは出来なかった。