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 若村から話を聞いて、前川の事件に関しては一層の進展を見せた。即ち、角田たちの推理は推理ではなく、事実であったのだ。即ち、これによって、前川の事件は解決したというわけだ。
 しかし、牛田の事件はまだ解決出来てなかった。
 牛田の事件の謎を解くには、やはり、牛田が死の直前に一千万を要求されていたということの謎を解くことが重要であろう。
 では、誰に一千万を要求されていたのだろうか? また、牛田は何故一千万を払わなければならないのだろうか?
 それに関して、牛田の姉の聡子から話を聞いてみたが、聡子は心当りないと証言した。
 牛田は前川の死亡保険金欲しさに前川を殺した。即ち、牛田は金に困っていたのだ。
 となると、性質の悪い業者から金を借り、その返済資金なのだろうか? 
 その可能性はある。
 それで、牛田の部屋を徹底的に捜査し、改めて牛田が金を借りていた業者の洗い出しを行なった。
 しかし、その結果は成果を得られなかった。というのは、牛田は土地という担保があった為か、確実な業者からしか金を借りていなかったのだ。金を返さなければ、海に沈めてやるぞと言い掛かりをつけそうな業者から金を借りていたという事実はなかったのだ。即ち、金融業者によって牛田が殺されたという可能性は、極めて小さいという感触を角田は得たのだ。
また、既に牛田の死体が見付かった十一月十日に、牛田が八丈島に行ったということは既に確認済みであった。というのは、十一月十日の羽田発八丈島行きの飛行機の第二便の搭乗者名簿に、牛田の名前があったからだ。また、その搭乗券を牛田自身が購入したということも確認済みであった。
では、何故牛田はその日、八丈島に行ったのだろうか? その謎が解決すれば、捜査は大きく前進するであろう。
だが、その謎は今の時点ではてんで分からなかった。
さて、困った。牛田は何故八丈島で殺されたのか?
 その謎を解明するのには、まだまだ時間が掛かりそうであった。
 また、牛田は自殺したのではないかと主張する者も現われた位であった。 即ち、牛田は前川を殺しては、聡子から前川の保険金を頂こうと目論んだものの、その目論見が達成出来そうもないと悟り、失意の為に八丈島で自らで命を果てたというわけだ。牛田の死因は水死であり、絞殺や刺殺ではない。それ故、牛田が殺されたと決まったわけではないのだ。
 それ故、このまま捜査が進まなければ、自殺で事を済ませようという思いが角田の脳裏を過ぎったのだが、しかし、後少しだけ捜査をしてみることにした。
 というのは、牛田は偽造免許証を持っていたのだが、その入手経路がまだ明らかになってなかったからだ。牛田の死はその線からもたらされた可能性がないわけでもなかったのだ。
 それで、それを明らかにするということを踏まえて、再び牛田の部屋が徹底的に捜査されることになった。
 だが、成果を得られなかった。
 また、牛田の友人たちに聞き込みを行なってみたのだが、成果を得られなかった。
 しかし、牛田が偽造免許証を用いたことは事実であり、また、その偽造免許証は精巧に造られていて、一見、本物と見分けが出来ない位であった。
 そのことから、大掛かりな組織が関係した可能性があった。
 そして、その大掛かりな組織とは、過去の経験からして、中国人か韓国人である可能性があった。
 それで、牛田の友人や知人に中国人、あるいは、韓国人がいないか、その捜査が行なわれた。
 しかし、そのような人物はいないようであった。
 それで、次に牛田のアパートの居住者を調べてみたところ、李周明と陳陽明という中国系の居住者が入居してることが分かった。この二人は、果して牛田に偽造免許書を渡した人物なのだろうか?
 今の時点では何ともいえなかったが、とにかく、他に手掛かりがないことから、この二人のことを密かに捜査してみることにした。
 すると、忽ち成果を得ることが出来た。
 というのは、牛田が所有していた「コーポ牛田」202号室に住んでいた陳陽明に関する賃貸借契約書が牛田の部屋に見当らなかったからだ。他の居住者と交わした賃貸借契約書はきちんと保管してあるのにだ。
 それで、早速陳に会って話を聴いてみることにした。
すると、陳はパスポートを所持していないことが分かった。
 それで、陳をきびしく追及したところ、偽造パスポートで入国した事実を突き止めた。
 その結果を受けて、牛田が偽造免許証を入手したのは、陳からである可能性が高まった。
 すると、陳はその事実を認めた。
 即ち、牛田は家賃を免除してやる代わりに、陳から偽造免許証を入手していたのだ。
 しかし、陳の部屋には、偽造免許証を造る装置はなかった。それ故、陳の背後には大掛かりな組織があることが自ずから推定された。 
 だが、陳はそれに関して頑なに口を閉ざした。また、分からないを繰り返した。 それで、陳の部屋が徹底的に捜査されたのだが、しかし、それに関する手掛かりを得ることは出来なかった。また、牛田に偽造免許証を渡した組織とのトラブルの結果、牛田が殺されたのではないかという角田の問いに対しては、
「そのようなことはないのではないか」
 と言うに留まった。
 だが、角田としては、その組織と牛田との間でトラブルが発生し、牛田は八丈島で殺された可能性があると推理し、その組織を突き止めようとしたのだが、その手掛かりはまるでないといった有様であった。
 だが、陳の携帯電話の通話履歴を捜査して行くと、妙な男の存在が浮かび上がった。
 その男は上田誠という男だったのだが、N社で携帯電話を十台も契約してるのだ。それは正に不審な行動といえるだろう。
 それで、角田は早速、その上田誠という男と会って、上田から話を聴いてみることにした。
 すると、上田は何故十台も携帯電話を契約してるのか、その理由を明らかにはしなかった。
 また、上田は職業を明らかにしなかった。
 それで、上田のことを調べてみると、前科二犯であることが分かった。即ち、詐欺と窃盗罪により、二度刑務所暮らしを送った男だったのだ。そんな上田は、元コンピューターの技術者であった。その前科者に似合わないインテリ風の容貌から、かなりの学識を有する男であったのだ。
 それで、上田のことを更に追求すると、やはり、陳に偽造免許証を渡したのは、上田であったことが明らかになった。
 上田はその科学的知識に基づいて、精巧な偽造免許証を製造することに成功し、インターネットなどで売り捌いていたのだ。そして、陳も上田のサイトを見て、偽造免許証を手に入れたのだ。
 だが、上田の供述はそこまでであった。上田は、陳に偽造免許証を渡した後、陳と何ら会ったこともないし、また、携帯電話やパソコンでもやり取りしたことはなく、また、牛田とは何ら面識がなく、無論、牛田の死には、何ら関係はないと力説したのだ。
 また、上田のアリバイも確実のようであった。というのは、牛田の死亡推定時刻の十一月十日の午後七時から八時頃には、上田には確たるアリバイがあったのだ。即ち、上田はその頃、歯医者で治療を受けていたのだ。
 これによって、上田が牛田を殺した犯人ではないことは明らかとなった。
 

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