3 第二の事件発生
田中の事件の進展具合はそんなものであったが、田中の事件が発生して二週間後に、何とF大生がまたしても殺されるという事件が発生したのである。
そのF大生の死体が見付かったのは、F大の近くの狭い路地沿いにある古い民家の庭の中であった。その民家は古びた二階建てなのだが、今は空家になっていた。窓は全て雨戸に閉ざされ、壁には蔓草が伸びていた。
その民家の敷地と路地とは垣根で遮られていたのだが、近くに住んでる住人が垣根越しにその空家の庭をふと眼にしたところ、その男の死体を眼にしたのだ。
とはいっても、眼にした時には、まだ死んでると確認したわけではなかった。
とはいうものの、その恰好がいかにも不自然だったので、男の傍らにやって来ては、様子を見てみたのだが、すると、生きてるようには見えなかった。それで、直ちに110番通報し、警官が駆けつけ、男の死を確認したのである。
男はS病院で直ちに司法解剖された。男の首にはロープのようなもので絞められた痕跡が見られたからだ。即ち、男の死は他殺による可能性があったのだ。
それで、直ちにS病院で司法解剖が行なわれたのだが、案の定、男はロープのようなもので首を絞められたことによる窒息死であることが明らかになった。即ち、殺しによる死である。
男の年齢は二十代の前半位で、学生と思われた。それ故、F大生の可能性があった。近くにはF大があったからだ。
それで、F大の関係者に男の死体を見てもらうことにした。
しかし、すぐには男の身元は明らかにならなかった。F大に勤務してるからといって、F大職員は全ての生徒の顔を把握してるわけではないからだ。
しかし、やがて、男の身元は明らかになった。F大の関係者で、その男のことを知っているという人物(学生)が現われたからだ。
その学生は、長田正一といった。何故、長田がその男のことを知っていたかというと、長田はその男、即ち、海老原剛(21)とは友人であったのだが、ここ二日間、長田は海老原とは連絡が取れなかった。
それで、長田は不審に思っていたのだが、そんな折に、F大生と思われる男の死体が見付かったという知らせを耳にし、長田は直ちにその男の死体が安置されているという病院に駆け付け、男の死体を眼にした。その結果、男は海老原剛だと確定したわけだ。
その結果を受けて、S署に捜査本部が設けられ、警視庁捜査一課の松山和義警部(50)が捜査を担当することになった。松山は、警部に昇進して二年目であり、犯罪捜査に携わるようになって十五年の正に脂の乗った働き盛りの警部であった。
では、何故松山のような警部が捜査を担当することになったかというと、ここ二週間程の間で、何とF大生が立て続けに二人も殺されるという事件が発生したからだ。
それを受けて、F大に出て来るのを拒む生徒も続出した。F大側から早く犯人を捕えてくれという要請を受けるまでもなく、松山たちは一刻も早く犯人を挙げなければならないのだ。
それはともかく、海老原より二週間程早く何者かに殺された田中五郎と海老原剛の事件は当然関係があるものと推定された。何しろ、二人共F大生ということと、殺された時期が接近していたからだ。
しかし、まず海老原が何故殺されたのか、田中の事件と関連付けることなく、捜査してみることになったのだ。
だが、海老原剛は「小松原荘」という古びた木造アパートに居住していて、アルバイトをしながら何とかやりくりしている貧乏学生という以外に、最初の段階では特に情報を入手出来なかった。
それで、次に海老原と親しかったF大生から話を聞いてみることにした。
しかし、特に有力な情報を入手することは出来なかった。松山たちが事前に入手してる情報、即ち、海老原は貧乏学生で、アルバイトをしながら何とかやりくりしてるという以外、特に情報を入手出来なかったのだ。それどころか、誰もかれもが、何故海老原が殺されたのか、それが皆目分からないという証言ばかりであった。
海老原とはそういう人間であったようだ。となると、何故海老原は殺されたのだろうか?
その手掛かりを得る為に、とにかく、「小松原荘」の海老原の部屋が捜査されることになった。海老原の死の手掛かりがあるかもしれないと松山たちは思ったからだ。
海老原が住んでいた「小松原荘」は、確かに古い木造アパートであったが、何しろ海老原たちは学生の身分であった為に、このようなアパートに住んでも何ら不思議ではなかった。というのも、松山自身も学生時代はこのようなアパートに住んでいたからだ。
それはともかく、海老原の部屋が早速捜査されることになった。といっても、海老原の部屋は四畳半の畳の部屋一室と押入れ、一畳程の小さな炊事場だけであったから、捜査にはさ程時間は掛からないであろう。
そう思いながら、松山たちは海老原の部屋を捜査したのだが、やはり成果は得られなかった。
その結果を受けて、次に田中五郎と海老原剛との間に接点がなかったという捜査が行なわれることになった。松山たちは、この二つの事件の間に関係があるのではないかと推理してるからだ。そして、接点があれば、その接点上に犯人がいることになるのだ。
その点を踏まえて捜査してみたのだが、成果は得られなかった。というのも、田中は四年生であり、海老原は三年生であり、クラブ、ゼミも同じではなく、共通の講義を受けてるわけでもなかった。更に、出身地もまるで異なっていて、また、二人の友人たちから話を聞いてみたのだが、誰もかれもが、二人に知人関係があったと思えないと証言したのだ。
その結果を受け、新村や松山たちは、渋面顔を浮かべた。新村や松山たちは、田中と海老原には接点があると推理していたからだ。しかし、その接点は確認出来なかったからだ。
それを受けて、新村は、
「困ったな」
と、渋面貌で言った。
そんな新村に松山は、
「まだ、完全に接点がないと決まったわけでもないですよ。我々がまだ接点を見出せないのかもしれませんからね」
と言っては小さく肯いた。
そして、その可能性は十分にあるということになり、引き続き、田中と海老原の友人や、田中と海老原のことを知っていそうな人物から話を聞いてみることになった。
すると、程なく興味ある情報を入手することになった。その情報をもたらしたのは、海老原と親しくしていたという海老原と同じF大生の斉藤雅也(21)という男性であった。斉藤は松山に対して、
「海老原君はいつも、『小松原荘』での暮らしを零していたのですよ。つまり、あんなおんぼろアパートで暮すのは嫌だという具合に。それで、僕が『じゃ、もっといいアパートに住めばいいじゃないか』と言ったところ、『金がないんだよ』という具合でした。そんな海老原君は、自宅から通学してる僕のことが羨ましそうでした。
ところがですね」
と、大きく息をつき、これから話すことが肝心だと言わんばかりの様を見せた。
そんな斉藤は眼を大きく見開き、更に話を続けた。
「最近になって、海老原君は僕に妙なことを言ったのですよ。
で、その妙なこととは、海老原君は、『あのおんぼろアパートで愉しみが出来たよ』と言っては、にやにやしたのですよ。
それで、僕はその理由を訊いてみたのですが、海老原君は『それは秘密さ』と言っては、にやにやするだけなのですよ」
と、斉藤はいかにも重要な打ち明け話をしたと言わんばかりにいった。
そう斉藤に言われ、松山の言葉は詰まった。
そんな松山に斉藤は、
「つまり、僕は海老原に『小松原荘』での暮らしを愉しみにさせたものが、海老原君の死に関係してるのではないかと思ってるのですよ」
と、言っては、力強く肯いた。そんな斉藤は、正にその可能性は十分にあると言わんばかりであった。
そう斉藤に言われると、松山は、
「成程」
と言っては、小さく肯いた。確かにその可能性は有り得ると思ったからだ。
そんな松山は、
「では、その愉しみはどのようなものだったのでしょうかね?」
と、いかにも興味有りげに言った。
すると、斉藤は冴えない表情を浮かべては、
「それは、分からないのですよ」
と言っては、小さく頭を振った。
それで、松山たちはとにかくその点を捜査してみることになったのだ。