4 興味ある情報

 松山たちは、「小松原荘」での海老原の部屋を更に入念に捜査してみたのだが、海老原の「小松原荘」での愉しみというものがどのようなことなのか、てんでその手掛かりを見付け出すことは出来なかった。
 また、松山たちは、それに関して、推測すら出来なかった。というのも、「小松原荘」は正に古びたおんぼろアパートであり、このようなアパートに居住していれば、海老原だけではなく、誰もが愉しくないだろうと察せられるのだ。
 そういった事情であった為に、松山たちはとにかく、「小松原荘」に居住している他の住人たちから話を聞いてみることにした。
 しかし、成果を得られることは出来かった。「小松原荘」に居住してる誰もかれもが、「小松原荘」は夏は暑く、冬は寒く、他の居住者の生活音が手に取るように分かる正に居心地の悪いぼろアパートで、金がないから、このようなアパートで我慢してるんだという証言ばかりであった。そして、その証言は正に松山たちの思った通りであったのだ。
 とはいうものの、全く何の興味のない情報ばかりというわけでもなかった。中には、多少は興味ある情報も含まれていた。
 その情報を提供したのは、「小松原荘」207室に住んでいる児島康介というF大の四年生の男であった。そんな児島は他の「小松原荘」の居住者たちと同じく、「小松原荘」に対する不満を述べはしたが、ふと興味ある話をしたのである。
「『小松原荘』は隣室の声がよく聞こえるのですよ。でも、それが、逆にメリットにもなったことがあったのですよ」
 と言っては、にやにやした。
 そんな児島に、松山は、
「それ、どういう意味ですかね?」
 と、いかにも興味有りげに言った。
 すると、児島はにやにやしながら、
「隣室の居住者が以前、女を連れ込みましてね。そして、あれを始めたのですよ。あれを」  
 と言っては、にやにやした。そして、
「そのあれとは、どういうことか、分かりますかね?」
 と、松山の顔を見やりながら、にやにやしては言った。
「つまり、エッチということですかね?」 
 松山はそれしか思い浮かばなかったので、些か決まり悪そうな表情を浮かべながらもそう言った。
 すると、児島は、
「正にその通りですよ。何しろ、このアパートは防音が悪いわけですから、隣室の声が筒抜けというわけですよ。ですから、エッチの声も筒抜けというわけですよ。それなのに、隣室の男は度々女を連れ込んでは、エッチをするのですよ。俺に聞かれてるとも知らずに」
 と、顔を赤らめては、何となく言いにくそうに言った。
 そう児島に言われると、松山は、
「なる程」
 と言っては、小さく肯いた。正に児島の言ったことは、もっともなことだと思ったからだ。
 そんな松山に、児島は、
「要するに、僕はこのアパートに住み始めて既に二年になるのですが、その二年間でこのアパートにいて愉しい思いをしたというのは、このこと位ですかね」
 と言っては、渋面顔を浮かべた。そんな児島は、正にこのおんぼろアパートでの愉しみは、それ位しかないと言わんばかりであった。
 そう児島に言われると、松山は渋面顔を浮かべては言葉を詰まらせた。今の児島の証言が果して海老原の事件の捜査に役立つかどうか、分からなかったからだ。
 そんな松山に、児島は、
「ですから、海老原君の愉しみというのも、僕と同じことではなかったと僕は思いますね」
 そう言った児島の表情は、かなり真剣味のあるものであった。そんな児島は、児島の証言によって捜査が進展するのではないかと言わんばかりであった。
 そう児島に言われ、松山は少しの間、言葉を詰まらせたのだが、やがて、
「それ以外に何か思うことはないですかね?」
 と、興味有りげに言った。
 すると、児島は、
「そうですね」
 と、少しの間、言葉を詰まらせ、何やら考え込むような仕草を見せたが、やがて、
「104号室の小田島君のことですがね」
 そう言った児島の表情は、些か真剣味のある表情であった。そんな児島は、今から重要な話をするかのようであった。
 そんな児島に、松山は、
「小田島君のことですか……」 
 と、いかにも興味有りげな表情を浮かべては、呟くように言った。
「ええ。そうです。小田島君のことです。で、僕が思うには、小田島君はこのアパートに住むには相応しくないような人物だと思ったのですよ」
 と、児島は些か神妙な表情を浮かべては言った。
 そんな児島に、松山は、
「それ、どういう意味ですかね?」
 と、いかにも興味有りげな表情を浮かべては言った。
 そんな松山に、児島は、
「つまり、小田島君とこは、かなりの金持ちらしいのですよ」
 と、些か神妙な表情で言った。
「かなりの金持ち、ですか」
 松山は興味有りげに言った。
「そうです。何でも、小田島君の親父はパチンコ店を三つ経営してるそうです。この話は、小田島君から聞いた話ではないのですよ。小田島君の友人の友人から聞いた話なんですよ」
 と児島は言っては、小さく肯いた。
 そんな児島に、松山は、
「つまり、小田島君は金持ちというわけですか」
「そういうわけですよ」
 と言っては、児島は小さく肯いた。
「では、小田島君は何故こんなおんぼろアパートに住んでるのですかね?」
 と、松山は些か納得が出来ないように言った。
 そんな松山に、
「それなんですがね」
 と、児島はいかにも面白い話を知ってると言わんばかりに言った。 
そんな児島の話に、松山は引き続き耳を傾けようとした。
「以前、小田島君はギャンブル狂だったみたいですね。まあ、競馬狂とか競輪狂とでも言いましょうか。まあ、家がパチンコ店経営なんですから、小田島君がギャンブル狂というのは、当然と思われるのですが、奇妙なことに、親が小田島君がギャンブルをするのを咎めるそうなんですよ。まあ、学生の分際でギャンブルに現を抜かすのは何事かというわけですよ。それで、家は金持ちなんですが、小田島君は親から小遣いをたんまりとはもらえない。それで、このぼろアパート暮らしというわけですよ」
 と、児島は言っては肯いた。
 そう児島に言われたものの、今の児島の証言が海老原の事件に関係あるかどうかは、松山には分からなかった。
 それで、松山はその点を児島に確認してみた。
 すると、児島は、
「分からないですね」
と、いかにも神妙な表情で言った。
 松山は児島から興味ある情報を入手したものの、その情報が果して海老原の事件の解決に役立つかどうかは、何とも言えなかった。とはいうものの、海老原の「小松原荘」での愉しみとやらは分かったようだった。しかし、そうだからといって、それが事件の解決に役立つかどうかは分からなかった。



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