5 捜査進展

 一方、田中五郎の事件では進展が見られていた。というのも、田中五郎を強烈に恨んでいたと思われる人物が見付かったからだ。
 その人物は、「小松原荘」104号室に住んでいる小田島一樹であった。
 では、何故小田島が田中五郎のことを強烈に恨んでいたかというと、要するに、田中五郎と小田島一樹は、何と異母兄弟であったのだ。田中五郎は、小田島一樹の父親の小田島慎一とクラブのホステスとの間に生まれた子供であったのだ。いわば、田中五郎は私生児であったというわけだ。小田島慎一は決して田中五郎を認知しようとはしなかったのだ。
 だが、田中五郎はそれに不満をもち、度々小田島邸にまでやって来ては、慎一に小遣いをせがんだ。 
しかし、慎一は頑として拒否した。
 その結果、五郎は小田島一樹にその恨みの矛先を向けた。
 五郎は一樹と同じ小学校に転向しては、一樹虐めに精を出したのだ。五郎はクラスの虐めっ子となる性質を有していて、学友たちを子分として、侍らせていた。そして、その子分たちと共に、異母兄弟であった小田島一樹を寄ってたかって虐めるのだ。そんな虐めの為に、一樹は不登校になったこともあるのだ。 
そして、中学になってからも、五郎の一樹虐めは続いた。
 しかし、一樹は我慢した。
 中学生になると、一樹は何故五郎が一樹を目の敵にしては虐めるのか、理解出来るようになっていた。
 即ち、五郎は、女好きの一樹の父親である慎一が、五郎の母親であるクラブのホステスをしていた明美を手込めにした結果、生まれた子供なのだ。
 そういった事情の為に、慎一は五郎をてんで相手にしなかったのだ。
それ故、五郎の怒りが、一樹に向かったのは、正に自然の成り行きであったかのようなのだ。
 そう理解した一樹は、そんな五郎に強く出ることが出来なかったのだ。
 とはいうものの、一樹と五郎は、高校は別となった。
 それ故、この時点で、一樹にとって、正に疫病神であった五郎は、やっと一樹の前から姿を消したのであった。
しかし、運命というものは、何と薄情なものだろう。何故か、一樹は五郎と大学が同じになってしまったのだ。そして、それによって、五郎の一樹虐めが復活してしまったのだ。五郎は一樹を大学構内で見付け出すと、何かと難癖を付けて来る。一樹はそれが嫌で、五郎の許から逃げようとする。そんな一樹のことを五郎は教室まで追い掛けて来る。そして、一樹と五郎が、教室内で度々口論してるのが、他の生徒たちに眼にされていたのだ。そして、やがて、その日、つまり、一樹が五郎のことを強烈に憎むようになった出来事が発生したのだ。 
 それは、一樹が学食でカレーライスを食べていたのだが、そんな一樹に何と五郎が一樹の頭の上から、五郎が手にしていたカレーライスをぶっ掛けたのである。一樹の顔面は、正にカレー塗れとなってしまったのだ。
 その件に関して、五郎は、五郎がトレーにカレーを載せて運んでる時に、一樹が足を引っ掛けた為に、バランスを失い、その結果、カレーが一樹の顔に零れてしまったと主張したのだ。
 そういう理由だったのだが、一樹はその時、皆の笑いものとなってしまったのだ。そして、その時には、女学生たちも数多くいたのだが、女学生たちはカレー塗れになっている一樹のことをさも面白そうに見ていたのだ。また、カレー作りのおばさんたちもである。
 もっとも、そう一樹が勝手に思っていただけなのかもしれないが、この事件のことを契機に、一樹はあからさまに五郎に対して憎悪を剥き出しにしたのだ。そして、その思いを一樹は、一樹の友人に語っていたという証言を新村たちは入手するに至ったのだ。
 その証言を受けて、一樹が新村たちから話を聴かれることになったのだ。 
 すると、一樹はあっさりと田中五郎に対して、強い憎悪を持っていたことを認めた。また、五郎のことを血を分けた異母兄弟とは認めず、地球上で最も憎き奴と断言した。 
 だが、五郎殺しは頑なに否定した。
 それで、五郎殺しの死亡推定時刻、即ち十月十五日の午後八時から九時に掛けて、何処で何をしていたか、訊かれた。
 すると、一樹は、
「小松原荘」の一樹の部屋で漫画本を読んでいたと証言した。しかし、そう言われてしまえば、どうにもならない。
 それで、新村たちは一旦、一樹に対する訊問を終えるしかなかった。
 一樹への訊問を終え、新村と共に、一樹への訊問に同席していた若手の小宮山刑事に対して、新村は、
「どう思う?」 
 と、意見を求めた。
「やはり、小田島君が怪しいですね」
 と、小宮山刑事は眉を顰めた。
「そうか。そう思うか。実は僕も同感だよ」
 と新村は渋面顔で言った。そして、
「それに、『小松原荘』の居住者の海老原君も、田中五郎の事件が起こって二週間後に何者かに殺されたんだ。その事件にも、小田島は関係してるかもしれん」
 と、言っては、唇を歪めた。
「つまり、田中五郎を殺したのも、海老原剛を殺したのも、小田島というわけですか」
 と、言っては、小宮山刑事は眉を顰めた。
「ああ。そうだ。一人殺してしまえば、二人殺しても同じことというわけさ。二人目は、ブレーキが利かなくなってしまったのかもしれないな」
 と、新村は言っては、小さく肯いた。
「僕も同感ですよ。田中五郎を殺したのは、恨みでしょうが、では、海老原君を殺した動機は、どのようなものでしょうかね?」
 小宮山刑事は、興味有りげに言った。
「海老原君は小田島君の隣室に住んでいたから、何かの拍子に小田島が田中五郎を殺したのを知ったのかもしれないな。そして、それをねたに、小田島をゆすったのかもしれないな。そして、その結果、海老原君は小田島に口封じの為に殺されたというわけさ」 
 と、新村はその可能性は十分にあると言わんばかりに言った。
「でも、何故それを知ったのでしょうかね?」
「そりゃ、そこまでは分からんよ」
「まさか、海老原君は小田島の部屋に盗聴器を仕掛けたのではないでしょうね?」
「それはないだろう。それに、まさか小田島が田中五郎を殺したことを他人に話すことはないだろう。それ故、盗聴器を仕掛けたって意味ないさ。それよりも、例えば、小田島が用を足してる時に、密かに小田島の部屋に忍び込み、何かを見付けたのかもしれないよ。そういったケースの方が可能性はあるよ。
 よし、とにかく『小松原荘』で小田島に関して何か興味ある情報がないか、聞き込み捜査を行なってみよう」

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