7 主婦の証言
しかし、その翌日、今度こそ、捜査を進展させる情報を入手したのだ。そして、その情報を警察に提供したのは、「小松原荘」の近所に住んでいる和光和代という五十歳の主婦であった。
和代は松山に、
「私、あの空家で死体で見付かった学生を殺した人物に心当たりあるんですよ」
と、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。そんな和代は、それ以上、真剣な表情を浮かべることは出来ないと言わんばかりであった。
そんな和代に、松山は、
「それ、一体、どういった人物ですかね?」
と、いかにも好奇心を露にしては言った。
「ですから、あの殺されたF大生と同じ位の年齢の人物ですね。身体付きも同じ位ですよ」
と、和代はいかにも真剣な表情を浮かべては小さく肯いた。
そんな和代に、松山は、
「詳しく話してもらえますかね」
と、和代と同様、いかにも真剣な表情で言った。
「私はあの日、つまり、あの空家でF大生の死体が見付かった前日の午後八時頃、あの空家の近くを通り掛ったのですよ。すると、薄暗い街灯の下に二人の学生があの空家の中に入って行くのを見たのですよ。そして、その十分後にも、その空家の前を通り掛かったのですよ。私は近所にあるコンビニで買い物を済ませ、家に戻るその途中にあの空家があるから、自ずからあの空家の前を通ったというわけですよ」
と言っては、和代は大きく肯いた。そして、話を続けた。
「で、その時、私は見てしまったのですよ。その空家からつい十分程前に空家の中に入って行った二人の内の一人が、その空家から出て来るのを。
で、その学生と思われる人物は、私と眼が合いました。
すると、その学生は、正にまずい場面を眼にされてしまったと言わんばかりに、私から眼を逸らせ、その場をそそくさと後にしたというわけですよ」
と、和代は力強い口調で言った。そんな和代は、正に今の和代の証言の重要さを十分に認識してるかのようであった。
「その時間は、十月二十九日の午後八時頃に間違いないですね?」
と、松山は念を押した。何故なら、その時間帯が、海老原の死亡推定時刻であったからだ。
「ええ。間違いありません。私が自宅に戻ったのは、午後八時十分でしたから、絶対に間違いありません」
と和代は、いかにも力強い口調で言った。
すると、松山は力強く肯いた。そんな松山も、その和代が眼にしたというF大生風の男が、海老原を殺した最有力人物であることに間違いないと思ったからだ。
それで、松山は、
「その人物の写真を見れば、その人物だということが分かりますかね?」
「いや。そこまでは分からないですね。何しろ、夜でしたからね。
でも、殺された男と同じ位の身体付きでしたね。それに、銀縁の眼鏡を掛けていましたよ」
そう和代に言われ、松山は馬場浩二のことを思い出した。和代が語った男の特徴が、馬場と似ていたからだ。
それで、馬場は改めて松山たちから話を聴かれることになった。
だが、馬場は和代が見た人物は馬場ではないと頑なに主張した。
しかし、海老原の眼鏡に馬場の指紋が付いていたということか、和代と馬場との間に、何ら面識がなかったことから、馬場は偽証した可能性が高いと疑われた。そして、これによって、馬場の部屋、即ち、「山田荘」201号室が家宅捜索されることになった。
すると、程なく有力な物証を見付けるに至った。
その有力な物証とは、田中の死顔の写真である。明らかに死んだと思われる田中の顔写真を馬場は、馬場のタンスの引出しに保管していたのだ。更に、何と海老原の死顔の写真と思われるものも同じように、タンスの引出しに保管していたのだ。このような写真を撮れるのは、二人を殺した犯人しか出来ない術というものであろう。
これを受けて、馬場は再び署に出頭を要請され、松山たちから訊問を受けることになった。
すると、馬場は、
「これは、何かの陰謀だ!」
と、いかにも声を荒げては言った。
「陰謀? それ、どういうことなんだ?」
松山はいかにも納得が出来ないように言った。
「ですから、僕のタンスの引出しに田中五郎や海老原の死顔の写真が入っていたということですよ。僕はそんなもの、まるで知らないのですよ」
と、馬場はいかにも顔を真っ赤にしては言った。
「そんな馬鹿なことがあるものか! あんたのタンスの引出しの中に入ってたんだ! あんた以外に誰が入れたと言うんだ!」
と、松山は馬場の話は話にならないと言わんばかりに言った。
「そう言われても、僕はそれをまるで知らないのですよ。ただ言えることは、僕が写したものではなく、また、僕が入れたものではないということですよ! これだけは間違いないです!」
と、馬場は正に松山に訴えるように言った。そんな馬場は、正に今の馬場の証言には、何ら疚しいものはないと言わんばかりであった。
「じゃ、一体誰が入れたというんだ?」
松山はいかにも納得が出来ないように言った。
すると、馬場は少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「ですから、これは罠なんですよ!」
と、顔を真っ赤にしては言った。
「罠?」
「そうです! 僕のアパートの部屋の鍵は、ピッキングし易い鍵です。それ故、誰かが密かに僕の部屋の忍び込み、僕を犯人に仕立てたのですよ! そうに違いない!」
そう馬場に言われ、松山の言葉は詰まった。そう言われてみれば、そのような可能性がないと断言出来なかったからだ。
しかし、一体誰がそのようなことをやったというのか?
それで、松山はそれに関して言及してみた。
すると、馬場の言葉は詰まった。
だが、馬場の沈黙は長くは続かなかった。馬場は、
「そりゃ、小田島ですよ! 小田島しか考えられない! 小田島は、小田島が田中五郎殺し、海老原殺しの容疑者として疑われてることを知っています。それ故、先手を打って僕が犯人であるかのような偽装工作を行なったのですよ! それが、その写真というわけですよ! そうに違いない!」
と、いかにも甲高い声で言った。そんな馬場は、正にそうに違いないと言わんばかりであった!
そう馬場は、頑なに主張した。
さて、困った! 田中五郎の事件も海老原の事件も、馬場が犯人で決まりだと思った矢先に、この馬場の懸命な弁解振りだ。そんな馬場を見てると、馬場の主張が正しいとも思えて来るのだ。
しかし、馬場の部屋に件の写真を入れた人物が犯人であることは確実と思われた。何しろ、その写真には、田中と海老原の死顔が写されていたからだ。
その点を踏まえて捜査してみることにした。
そして、その捜査は決して不可能ではないと思われた。何故なら、田中五郎の写真には、何と指紋が付いていたからだ。そして、その指紋は、馬場のものでもなく、また、小田島のものでもなかったのだ。
そして、やがて、その指紋の主が何と明らかになったのだ! その指紋は、何と和光和代のものだったのだ!