第十一 第三の犠牲者
1
相模湖は相模川をダムで塞き止めた人造湖で、新宿からは中央本線で一時間程で着く。
相模湖周辺には自然遊歩道が設けられていて、都心から僅か一時間程でこのような自然豊かなスポットが存在してることからも、東京で働き相模湖周辺で住みたいという人が増加してるのも、肯けるというものであろう。
それはともかく、相模湖遊覧船乗場近くで土産物店を営んでいる福島聡美(46)は、いつも通り午前七時に起床し、店の前を箒で掃きながら、樹幹越しに相模湖を見やっていた。
相模湖は、まるで鏡のような湖面を朝陽に煌めかせ、その光景はいつ見ても風情があるものだと、聡美は眼を細めた。聡美は相模湖畔で土産物店を営むようになって十年になるのだが、これからもまだまだこの仕事に携わるだろうと思っていた。何故なら、相模湖の魅力は色褪せずに、見る者の心を和ませてくれるからだ。
それ故、今夏も多くの観光客がやって来るに違いないと、聡美は今夏の売上に思いを巡らせていたのだが、聡美はふと湖畔を散歩したくなり、箒を傍らに置いては、相模湖畔を歩き始めた。朝の空気はとてすがすがしく、聡美は正に気分爽快であった。
だが、相模湖の駐車場に向かって少し歩き始めた時、聡美の表情は忽ち強張ってしまった。何故なら湖畔沿いの遊歩道に、中年の男性がうつ伏せになって倒れていたからだ。
それで、聡美の表情は、忽ち強張ってしまったのだが、程なく、その男性の傍らにまで行っては、屈み込み、男性の顔を見やっては、
「もしもし」
と、声を掛けた。
しかし、何の反応も見られなかった。
それで、聡美は男性を少し揺り動かしてみた。
すると、その時、聡美の表情は、一層強張った。何故なら、男性の身体が硬直していたからだ。
〈死んでいる〉
聡美はそう直感した。
しかし、まだ死んだ確認したわけではなかった。
それで、聡美は男性を仰向けにしようとしたのだが、聡美はその時、「わっ!」という悲鳴を上げ、男性を手放してしまった。何故なら、男性は上着の胸の辺りが、血で赤黒く染まっていたからだ。
〈こりゃ、大変だ!〉
聡美は心の中でそう叫ぶと、疾風の如く家に戻っては、110番通報したのであった。
2
聡美からの通報を受け、所轄署の警官が四名、パトカーに乗って、相模湖に急行した。とはいっても、都内とは違って、現場に着くのに少し時間が掛かってしまった。
聡美の案内の下に男性の許に着いた警官は、男性の死体や周辺の写真を撮った。更に、辺りに犯人の手掛かりはないものかと、捜査を始めた。
また、一番年長と思われる警官が、聡美から男性の死体を発見した時の経緯を聞いた。
そして、警官たちの捜査が一通り終わった頃、救急車が到着し、男性の死体を担架に載せては運んで行った。
男性の死が、殺しによってもたらされたのは、明らかであった。
それ故、男性は相模原市内の病院で司法解剖されることになった。
すると、死因が明らかになった。
それは、柳刃包丁のような鋭利な刃物で刺されたことによるショック死であった。
また、死亡推定時刻が明らかになった。それは、昨日、即ち、七月三日の午後八時から九時間であった。
男性の死を受けて、津久井署内に捜査本部が設けられ、神奈川県警捜査一課の大道誠警部(50)が、捜査を担当することになった。
大道は、身長180センチ、体重80キロの巨漢で、柔道四段の猛者であった。
だが、頭の切れもなかなかのもので、今まで少なからずの難事件を解決に導いた実績があった。
それはともかく、相模湖畔で発見された男性の事件を解決するには、まず男性の身元を明らかにる必要があった。
それで、まず指紋の線から捜査を行ってみたのだが、すると、男性の身元は呆気なく明らかになった。何故なら、男の指紋が警察に保管されていたからだ。
それによると、男性の姓名は、金丸徳丸(38)で、住所は東京都立川市××となっていた。そして、徳丸は三十の時の傷害事件を起こしては逮捕されたことがあり、その時に警察に指紋を採取されたのだ。
金丸徳丸の死体が発見されたという情報は、早々と宗方と野村に伝えられた。
宗方と野村の表情はと言えば、信じられないと言わんばかりであった。何故なら、金丸徳丸は、重秀の事件と秀明の事件の有力な容疑者であり、宗方たちが行方を追っていた人物だったのだ。しかし、行方はまるで分からずに、宗方たちは焦りすら感じていたのだが、その金丸徳丸が相模湖畔で死体で発見されたというのだ。しかも、その死体は刺殺体であったのだ。
それを信じろと言われても、信じる気にはなかなかなれそうもなかった。何故なら、金丸徳丸という男は、殺すことはあっても、殺されるような人物には思えなかったからだ。
それはともかく、徳三に徳丸の死体を見てもらうことになった。
3
高野刑事が運転するパトカーで、徳三は相模原市内のK病院にやって来た。
そんな徳三は、徳丸とは赤子の時に一度眼にしただけで、それ以降眼にしたことはないと言ったが、実子であることには間違いないので、一度眼にしてもらうことにしたのだ。
徳三は杖をつきながら、ゆっくりとした足取りで、地下にある霊安室に向かっていた。
そして、徳丸の死体が安置されている柩の前まで来ると、病院の職員が徳丸の顔を覆っていた白布を捲った。
すると、そこには、苦悶の表情を浮かべた徳丸の顔が晒し出された。
その徳丸の顔を徳三はまじまじと見やった。
そして、その時間は三十秒程続いたのだが、やがて、徳三は、
「これが、金丸徳丸か……」
と、呟くように言った。
その徳三の言葉は、まるで徳丸のことを赤の他人だと言わんばかりであった。いくら実子だといえども、長年顔を合わせていないのだから、他人と思ってしまってもやむを得ないのかもしれない。
しかし、指紋が一致したのだから、この男は徳三の実子の金丸徳丸であることは確実なのだ。
そして、しばらくの間、沈黙の時間が流れたのだが、宗方は、
「誰が徳丸さんを殺したのでしょうかね? また、何故殺されたのでしょうかね?」
と、いかに困惑したような表情を浮かべては言った。
すると、徳三は、徳丸を見やったまま、
「分からんな」
と言っては、小さく頭を振った。そして、この時点で、宗方たちは、徳丸の死体が安置されているK病院を後にすることになった。
4
宗方たちは、国松重秀と菊川秀明を殺したのは、金丸徳丸だと推理し、徳丸の行方を追っていたのだが、意外にもその徳丸が相模湖畔で刺殺体で発見されてしまったのだ。
こうなってしまえば、重秀たちの事件は、振り出しに戻ってしまったような状況になってしまった。
「一体どうなってるのでしょうかね」
高野刑事は困惑したように言った。
その高野刑事の言葉に、宗方は何も言おうとはしなかった。宗方は事件の真相に対して推理すら出来ないような状況になってしまったのだ。
すると、大道警部が、
「ひょっとして、国松さんの遺産相続人はまだいるんじゃないですかね」
と、眼をキラリと光らせては言った。即ち、秀明や徳丸以外にも、徳三にはまだ認知していない子供がいるのではないかということだ。
そう大道に言われ、宗方と高野刑事は言葉を発そうとはしなかった。何故なら、そのようなケースは、今まで想定してなかったからだ。
「何しろ、国松さんの遺産は、七億、八億と思われています。それ故、国松家の者が殺人事件に巻き込まれたとなれば、その動機は遺産絡みですよ。宗方さんたちは、元々重秀さんや秀明さんが殺されたのは、遺産絡みだと推理されていたわけですよね?」
と、大道は、宗方と野村の顔を交互に見やっては言った。
「それも、そうですが……」
と、宗方は呟くように言った。
すると、大道は小さく肯き、
「ですから、僕は国松さんの遺産相続人がまだいるんじゃないかと思うのですよ。そして、その人物が徳丸さんを殺したのではないかということですよ」
と、大道は再び眼をキラリと光らせた。
それで、宗方たちはその点を確かめる為に、国松邸に向かった。
宗方は実のところ、その大道の推理はあまり賛成出来なかった。しかし、今、捜査は完全に壁にぶち当ったような状況になっていたので、大道の推理に基づいて徳三から話を聞いてみることにしたのだ。
徳三は依然のように、東屋で宗方たちを迎えた。そんな徳三に、徳三と初対面の大道は、
「国松さんに確認しておきたいことがあるのですがね」
と、畏まった様で言った。
「それはどんなことかな」
徳三は籐椅子に腰を下ろしながら、疲れたような表情で言った。
「国松さんの遺産はどうなるのですかね?」
大道はいかにも興味有りげに言った。
「どうなるとは?」
徳三は大道をまじまじと見やっては言った。
「つまり、国松さんの血を引いた重秀さん、秀明さん、徳丸さんがお亡くなりになられました。となると、国松さんの莫大な遺産は誰が受け継ぐのかということですよ」
と、大道は渋面顔で言った。
すると、徳三は眼を閉じ、少しの間、言葉を発そうとはしなかったが、やがて、眼を開け、
「まだ、決めてない」
と、素っ気なく言った。
「ということは、国松さんの血を引いた子供はもういないということですかね?」
「ああ。そうだ」
徳三は大道を見やりながら、きっぱりと言った。
そう徳三に言われ、大道たちは渋面顔を浮かべた。何故なら、今の徳三の言葉で早くも大道の推理は崩れてしまったからだ。
だが、甥姪はいるかもしれない。
それで、そのこと言及してみると、徳三は、
「姪が三人いるのだが、今の時点では、その姪にわしの遺産を相続させるつもりはない」
と、きっぱりと言った。
「じゃ、社会に寄付でもなさるつもりですかね?」
すると、徳三は眼を大きく見開き、大道を睨み付けるかのような表情を浮かべては、
「そのようなつもりはない!」
「ということは、身内以外の誰かに、遺贈なさるつもりですかね?」
と、大道は徳三の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、徳三は、
「だから、まだ考えていないんだ!」
と、声を荒げては、大道を怒鳴り付けるかのように言った。
すると、大道はいかにも穏やかな表情を浮かべては、
「もしよろしければ、国松さんが可能性としてありそうな人物がいれば、その人物のことを話していただきたいのですがね」
と言ったのだが、すると、徳三は、
「今の時点では、そのようなことは答えられない!」
と、声を荒げては、再び大道を突き放すかのように言った。
すると、大道は落胆したような表情を浮かべては、口を噤んでしまった。
すると、宗方が、
「改めて聞きますが、金丸徳丸さんは、ここしばらくの間で、国松さんたちにコンタクトを取って来なかったですかね?」
「ああ。そうだ」
徳三は宗方に眼を向けようとはせずに、素っ気なく言った。
「そうですか。でも、何故徳丸さんは、秀明さんがこの家にいたということを知っていたのでしょうかね?」
宗方たちは、ここしばらく間で、徳丸がこの辺りで眼にされていないか、捜査を行って見たのだが、そのような証言は得られなかったのだ。
しかし、そのことは、宗方たちの推理と矛盾していた。何故なら、徳丸は国松邸の近くで身を潜めていて、秀明が国松邸から出て来たのを眼にし、秀明がT川河川敷に来たのをチャンスとばかりに、犯行に及んだというものであったからだ。
しかし、徳丸が国松邸の近くに身を潜めていなかったとすると、事前に徳丸は徳三たちに連絡を取り、徳三の遺産のことで話し合ったという可能性が発生するのだ。それで、宗方はその可能性に関して徳三に言及してみたのだ。
しかし、その可能性はないというのが、徳三の返答であった。
そんな徳三に、
「我々の推理を改めて話しますと、重秀さんは秀明さんと間違われて殺されてしまいました。犯人は徳丸さんです。
そして、秀明さんも徳丸さんに殺されてしまいました。動機は徳三さんの遺産を少しでも多く受け取りたかったからでしょう。
しかし、今度はその徳丸さんが殺されてしまったのですよ。これは、我々の予想外事件であり、また、何故徳丸さんが殺されたのか、犯人、動機がてんで分からないのですよ。
国松さんは、それに関して、何か思うことがありかますかね?」
と、宗方は徳三の胸を内を訊いた。
すると、徳三は、
「その謎を解くのが、あんたらの仕事でしょうが」
と、些か嫌味を込めた口調で言った。
「ということは、国松さんは、徳丸さんを殺した犯人、動機に関して、まるで心当りないということですかね?」
と、野村は徳三の顔をまじまじと見やっては言った。
「ああ。そうだ」
と徳三は、野村を突き放すかのように言った。
それで、三人はこの辺で国松邸を後にすることになった。
5
国松邸を後にすると、大道は、
「僕はどうも妙に思いますね」
と、眉を顰めた。
「何が妙なのですかね?」
宗方は興味有りげに言った。
「国松さんの説明ですよ。国松さんは国松さんの遺産の相続人をまだ決めていないと言ってましたが、本当はもう決めてるんじゃないかということですよ」
「そういうこともあるかもしれないが、そのことが、何か問題なのですかね?」
と、高野刑事。
「そりゃ、問題だよ。重秀さんや秀明さんが殺されたのは、遺産相続絡みなんだ。要するに、相続人が一人減れば、その分だけ、相続額が増えるというわけだ。
即ち、重秀さんと秀明さんを殺した犯人は徳丸さんだと、我々は思っていた。
だが、その徳丸さんが殺されてしまった。
となると、一体誰が得をするのかというと、それは、国松さんの遺産受け取ろうとしてる人物だ。その人物は、本来、法律的には国松さんの遺産相続人ではないのだが、国松さんの実子が全て死んだとなれば、国松さんの遺産をまるまる受け取ることが可能となる。
即ち、その人物が徳丸さんを殺したというわけだよ」
と、大道は眼を大きく見開き、その可能性は充分にあると言わんばかりに言った。
そう大道に言われると、宗方は、
「成程。その可能性はありそうですね」
と、大道の推理に相槌を打つかのように言った。
すると、大道は小さく肯き、
「それ故、僕は国松さんの意中の人のことを知りたかったんだよ。その人物は国松さんから、国松さんの遺産を遺贈されるかもしれないということを耳にし、犯行に及んだのかもしれないからな。
しかし、国松さんはその人物のことを我々に話そうとはしないんだ。それは、何故かということだよ」
そう大道が言うと、宗方は、
「確かに僕もその点は引っ掛かるな」
と、相槌を打つかのように言った。
すると、大道は小さく肯き、更に話を続けた。
「それに、僕はまだ妙に思ったことがあるんだよ。それは、国松さんは、秀明さんや徳丸さんが死んでも、あまり哀しそうにはしてなかったということなんだよ」
と言っては、大道は眉を顰めた。
「ですから、その説明は簡単ですよ。というのは、秀明さんも徳丸さんも、国松さんが望んで生まれた子供ではなかったからですよ。二人とも、生まれてから、その存在を徳三さんは知ったのですよ。それ故、二人とも、国松さんにとって見れば、疫病神みたいな存在だったのですよ。
ですから、妙な言い方になるかもしれませんが、二人が死んでくれて、国松さんは清々してるんじゃないですかね」
と、宗方はその可能性は充分にあると言わんばかりに言った。
すると、大道は、
「それですよ! それ!」
と、眼を大きく見開いては、興奮気味に言った。
「それとは、どういうこですかね?」
野村は怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「つまり、国松さんにとって、秀明さんと徳丸さんが死んでくれてよかったということですよ。
つまり、国松さんは、秀明さんと徳丸さんには、国松さんの遺産を相続させたくなかったのですよ。それ故、二人が死んでくれて、国松さんは内心では、大喜びしてるということですよ!」
と、大道は力強い口調で言っては、力強く肯いた。
「確かにそうかもしれません。しかし、そのことが何か事件に関係あると言われるのですかね?」
と、野村は些か納得が出来ないように言った。
「そりゃ、あると思いますね。
というのは、我々は今まで秀明さんを殺したのは、徳丸さんだと推理していました。しかし、その推理が正しかったのかということですよ!」
と、大道は今度は表情を険しくさせては言った。
「それは、どういうことですかね?」
宗方は今でもその推理を頑なに信じているので、大道の今の言葉に些か反発するかのように言った。
「宗方さんたちは、T川の河川敷で秀明さんと徳丸さんが話をしていた時に、徳丸さんが秀明さんを殺したと推理していましたが、その推理が正しいのかということですよ。
僕はその推理はおかしいと思うんですよ。
というのは、我々は依然として徳丸さんが、国松邸の近くに身を潜めていたという推理を確認出来ていません。
となると、どうして徳丸さんが秀明さんの後をT川河川敷まで尾けることが出来たのかということですよ。
国松邸周辺は細い道がないから、もし国松邸の近くに徳丸さんがいたのなら、誰かにその姿を眼にされてる筈なんですよ。しかし、それがないのですよ。
となると、最初からそのようなことはなかったのではないかということですよ」
と、大道は宗方たちに言い聞かせるかのように言った。
すると、野村が、
「となると、どういうことになると、大道さんは言われるのですかね?」
と、眉を潜めては言った。
「僕は秀明さんは死体発見場所以外で殺され、そして、T川の河川敷にまで運ばれたと思うのですよ」
「別の場所といっても、例えば、どういった場所を想定してるのかな?」
と、宗方。
「例えば、国松邸内ですよ!」
そう言った大道の表情は、とても厳しいものであった。
すると、野村は、
「そんな馬鹿な!」
と、吐き捨てるように言った。野村は、そのような可能性は無いと言わんばかりであった。
そんな野村を制するかのように、大道は更に話を続けた。
「国松さんは元々、秀明さんのことを疎んじていたのですよね。そんな秀明さんを何故国松邸内に住まわすようになったかというと、それは、秀明さんを正式な子供だと認めたからではなく、重秀さん殺しと疑われている秀明さんのことをこのままの状態にしておけば、秀明さんは何らかの犯罪を犯してしまうかもしれないと恐れ、その結果、秀明さんは国松さん宅に住むようになったと思うのですよ」
「成程」
と、宗方。
「そうですよね。それ故、国松さんは心底では秀明さんのことを自らの子供だと認めてはいなかったのですよ。
それはそれとして、秀明さんは我々警察に対して、重秀さんを殺したのは、国松さんには秀明さん以外にも認知されていない子供がいて、その子供が重秀さんを秀明さんと間違えて殺したのではないかという推理を我々に話しました。そして、その推理を我々は国松さんに話しました。
そして、我々はその秀明さんの推理を重視し、実際にも重秀さんを殺したのは、その子供、即ち、金丸徳丸さんだと看做し、徳丸さんの行方を捜しましたよね」
「ああ。そうだ」
と、宗方。
「そうですよね。ところが、それは国松さんにとって、好都合だったのですよ」
と、大道は力強い口調で言っては、力強く肯いた。
「それは、どういうことですかね?」
野村は納得が出来ないように言った。
「つまり、秀明さんを殺したのが、徳丸さんだと我々に思わすことが出来たからですよ!」
そう言った大道の表情は、とても厳しいものであった。
そう大道に言われ、宗方たちの言葉は詰まった、。何故なら、大道が言わんとしてることは、甚だショッキングなことであることを理解したからだ。
そんな宗方たちに、大道は話を続けた。そして、その内容は、やはりショッキングなものであった。
「即ち、秀明さんを殺したのは、国松さんだったのですよ!」
そう言い終えた大道の表情は、とても厳しいものであった。そして、その双眸は激しく燃えているかのようであった。
その大道のショッキングな言葉を受けて、宗方たちは少しの間、言葉を発することが出来なかったが、やがて、宗方が、
「僕はその推理は欠点があると思いますね」
と、大道に挑むかのように言った。
すると、大道は宗方を見やっては、
「それは、どういったものかな?」
すると、宗方が、
「では、大道さんは徳丸さんを殺したのは、誰だと思ってるのですかね?」
「恐らくそれも国松さんではないかな」
と、大道は淡々とした口調で言った。
「ということは、国松さんは、徳丸さんの居場所を知っていたのでしょうかね?」
と、宗方。
「その可能性はありますよ。国松さんは、徳丸さんが今、何処で何をしてるのかは知らないと言ってましたが、それは嘘だったというわけですよ。
あるいは、秀明さんの死を知り、徳丸さんの方から国松さんにコンタクトを取って来たのかもしれませんがね。
いずれにしても、国松さんは秀明さんが死んだ後に、徳丸さんと会ったのですよ。
そして、徳丸さんは秀明さんの亡き後、国松さんの唯一の遺産相続人になろうとし、それを迫ったのではないでしょうかね。そして、国松さんはその徳丸さんの言い分に応じた振りをし、徳丸さんを油断させ、その隙に徳丸さんを刺殺したというわけですよ。徳丸さんは、まさか国松さんに殺されるとは夢にも思っていなかったので、呆気なく魂切れてしまったのですよ」
と、大道はそれが事の真相だと言わんばかりに言った。
すると、宗方は渋面顔を浮かべては、言葉を発そうとはしなかったが、すると、高野刑事は、
「徳丸さんの死体は、国松さんの車で相模湖にまで運んだということですかね?」
「そうじゃないかな」
と大道は言っては、小さく肯いた。
「じゃ、国松さんが車を運転したのでしょうかね?」
高野刑事は怪訝そうに言った。
というのは、確かに国松宅には重秀の車があったことにはあったのだが、その車を高齢の徳三が運転するかというとそうも思えなかったのだ。というのも、ここしばらくの間、徳三が車を運転してるのを見たことがないという近所の住人の証言を耳にしたことがあったからだ。
そんな高野刑事の胸の内を大道は察したのか、
「ひょっとして、お手伝いの藤山花子さんが、共犯なのかもしれないな」
と言っては、眉を潜めた。
「お手伝いの藤山花子さんが共犯?」
高野刑事は些か納得が出来ないよに言った。
「ああ。そうだ。というのは、今は重秀さんの妻であった早苗さんが実家に戻っているので、あの広い国松邸内は、国松さんと藤山さんの二人だけだ。
とはいうものの、国松さんの犯行を眼にされてしまうかもしれない。それ故、国松さんは藤山さんを丸め込んだのかもしれないということさ」
そう言っては、大道は眼をキラリと光らせた。
そのように大道に言われ、宗方たちは少しの間、言葉を発そうとはしなかったが、やがて、野村が、
「藤山花子さんとは、一体どういった女性なんですかね?」
と、いかにも興味有りげに言った。
「それは、分からないですね。花子さんに対しては、我々はまだ、何も捜査してませんから」
と大道は冴えない表情を浮かべては言った。
「もし大道さんが推理されたように、国松さんが、秀明さんや徳丸さんを殺したとすれば、その動機はやはり、自らの遺産の相続させたくないからでしょうかね?」
と、宗方。
「国松さんの死後、秀明さんも徳丸さんも、裁判で認知を訴えて来るでしょう。そうなってしまえば、認知は認められる可能性はありますよ。国松さんはそれを嫌い、事に及んだのかもしれませんね」
と、大道はその可能性が最も高いと言わんばかりに、些か自身有りげな表情と口調で言った。
「国松さんは、秀明さんを殺したのが徳丸さんだと、我々に思わすことが出来ると思い、事に及んだのですかね。そうなると、徳丸さんを殺したのが、誰だと思わせようとしたのですかね?」
と、宗方は渋面顔で言った。
すると、大道も渋面顔を浮かべては、
「そりゃ、そこまでは何とも言えませんが……」
だが、大道は、
「国松さんはまさか、国松さんが秀明さん殺しの犯人と疑われることはないと、高をくくっていたのかもしれませんよ。
それに、国松家では、重秀さんと秀明さんが変死してしまいました。そして、その犯人はまだ明らかになってません。
それ故、混乱に乗じて徳丸さんを殺しても、真相は明らかに出来ないと判断してたのかもしれませんね」
と、その可能性は充分にあると言わんばかりに言った。
そして、四人はまだしばらくの間、何だかんだと意見を出し合っていたのだが、結局、大道の推理、即ち、秀明と徳丸を殺したのは、徳三だという推理に基づいて今後、捜査を進めることにした。
もっとも、野村は徳三犯人説に賛成出来ないと言ったが、今の世の中、どういった出来事が発生するか分からないという大道の主張に基づき、捜査を進めることになったのだ。