第十二章 終章

     1

 大道たちはまず、国松邸の近所の住人に聞き込み捜査を行なってみた。
 そして、そのポイントは、藤山花子のこととか、花子と徳三の関係といったものであった。
 すると、さ程時間を経ずに、有力な情報を入手することが出来た。 
 その情報とは、徳三と花子の関係のことであった。
 即ち、花子は徳三の恩人の娘だったのだ!
 徳三は太平洋戦争時に、フィリピンで瀕死の重傷を負ってしまった。そして、本来なら、徳三はその時に死亡していたのだ。
 しかし、花子の父親の藤山花太郎なる人物が、徳三の楯になり、敵兵の銃弾を受け、死亡したのだ。
 そういった事情の為に、徳三は藤山花太郎のことを生涯の恩人として、終生忘れることなく、また、その遺族に身を呈して尽くすことを誓ったのである!
 そして、花太郎の娘の花子が、訳あって離婚し、藤山家に戻ったものの、藤山家には、既に長男夫婦が居を構えていた為に、徳三が花子を国松邸のお手伝いとして雇い、花子の面倒を見ることになったのだ。 
 もっとも、徳三と花子の仲がどの程度のものなのか、例えば、夫婦仲なのかというようなことは、近所の住人では分からないとのことだった。
 しかし、二人の関係はとても親密で、とても雇い人とお手伝いには見えないという証言を大道たちは何人もの人たちから得た。また、国松家は徳三と重秀兼用のトヨタの高級車を所有していたのだが、重秀亡き後、花子が運転し、徳三が助手席に座ってるのが度々目撃されていた。
 それ故、徳三の犯行に、花子も手を貸しているのかもしれない。
 しかし、まだ何の証拠もない。
 また、今の状況では、国松邸を家宅捜索は出来ないというものだ。
 それ故、今後、どのように捜査して行けばよいのか、宗方たちは頭を悩ませたのだが、なかなか妙案は浮かばなかった。
 だが、大道は、
「国松さんが犯人なら、誰に遺産を遺すのか、それを明らかにする必要がありますよ。国松さんは遺産絡みで犯行を行なったと思われますからね」
 と、険しい表情で言った。
 すると、高野刑事が、
「それは、藤山花子さんですよ!」
 と、甲高い声で言った。
 そして、
「藤山さんはまだ五十を過ぎた位の年齢ですから、この先、まだまだ生きるに違いありません。それ故、秀明さんや徳丸さんに遺産を遺さず、その遺産を全て藤山さんに遺そうとしたのではないですかね」
 と、眼をキラリと光らせては言った。
 すると、宗方は、
「確かに高野君の言うことは、もっともなことだ!」
 と、甲高い声で言った。
「しかし、まだ証拠がないですからな」 
 と、大道は渋面顔で言った。
 その言葉を受けて、宗方たちの表情は曇ったが、重秀の妻であった早苗から話を聴いてみようということになった。
 早苗は今、大田区内にある実家に戻っていたので、早苗の実家に行き、早苗から話を聴いてみた。
 すると、早苗は、表情を曇らせた。そんな早苗は、徳三と花子の関係はあまり話したくないと言わんばかりであった。
 それで、宗方は、
「奥さんが言われたことは、国松さんに話しませんから、是非我々の捜査に協力していただけませんかね」
 と、まるで早苗に訴えるかのように言った。
 すると、早苗は、
「義父と花子さんが、何かの事件に関係してると言われるのですかね?」
 と、いかにも心配したような表情と口調で言った。
「その辺は、今の時点では、何と申し上げることは出来ません。しかし、全く関係していないとは思っていません」
 と、宗方は何とも歯切れの悪い言葉で言った。
 すると、早苗は、
「このようなことはあまり言いたくないのですが、義父は花子さんに対して、私以上に親近感を持っているみたいですね」
 と、決まり悪そうに言った。
「奥さん以上ですか」
 と、宗方は呟くように言った。
「そうです。花子さんは、義父の命の恩人の娘だということで、実子同様に接していました。
 年齢がもう少し近ければ、夫婦のような間柄と私は表現したかもしれませんが、何しろ、二人は年齢が三十も離れてますから、親子のような関係と私は表現しますね」
 と言っては、早苗は小さく肯いた。
「成程。でも、まさか、徳三さんと花子さんとの間に子供はいないでしょうね」
 と、大道は念の為に確認してみた。
 すると、早苗は眼を大きく見開き、
「それはないでしょう。もし、そのような人がいれば、国松邸の中で住めばいいですからね。しかし、そういったことはなかったし、また、私は主人からそのような話を聞いたことはないですよ」
 と、毅然とした表情を浮かべては言った。
「成程。では、国松さんの遺産を誰が相続することになるのか、奥さんは心当りないですかね?」
 と、宗方が言うと、早苗の言葉は詰まった。
 それで、宗方は、
「ひょっとして花子さんが徳三さんの遺産を相続するんじゃないですかね?」
 すると、早苗は、
「義父がその点に関して、どのよう思ってるのか、確かなことは言えませんが、その可能性は充分にあると思いますね」
 と、決まり悪そうに言った。
「重秀さんだけではなく、秀明さん、徳丸さんがいなくなりましたから、もし花子さん一人が国松さんの遺産を相続するとなれば、その額は莫大なものとなるでしょうね」
 と、宗方が言うと、
「私は主人が亡くなって、本当に残念です。義父は私にも遺産を少しは遺してくれるでしょうが、実際には主人が全て相続することになってたのですから」
 と、いかにも残念そうに言ったのであった。
 この辺で早苗に対する聞き込みを終え、早苗の実家を後にすることになった。
 早苗への聞き込みを終えた後、一層徳三への疑惑は高まった。
 即ち、徳三は自らの意思を無視して生まれた秀明と徳丸に、自らの遺産を与えたくなかったことや、自らの命の恩人の娘である藤山花子に、自らの遺産を少しでも多く遺したかった為に、秀明と徳丸を殺害したというわけだ。それ以外としても、感情的に憎かったのかもしれない。
 とはいうものの、依然として、証拠が無い。証拠がなければ、徳三を逮捕することは出来なのだ!

     2

 だが、懸命の聞き込みを行なった結果、遂に有力な情報を入手することが出来た。 それは、秀明の死体が発見されたT川河川敷に、秀明の死亡推定時刻から四時間程経った頃、辺りの通行人が徳三が所有してる車と同じトヨタのクラウンが停まってるのを眼にしたという証言を入手したのだ。
 その結果、徳三のクラウンの捜査令状が出ては、徳三のクラウンが捜査されることになった。
 すると、トランクから血痕が見付かり、鑑定の結果、秀明のものであることが明らかになったのだ!
 また、徳丸の上着に付いていた女性のものと思われる髪の毛の血液型が、花子のものと一致した。
 この事実を受け、徳三は署で訊問を受けることになった。
徳三は、最初の内は黙秘を貫ぬいていたが、やがて、真相を話し始めたのだ。
 そして、その内容は、凡そ宗方たちの推理通りであった。
 ただ、徳三は犯行は徳三一人で行なわれ、花子は全く関係なく、花子はただ徳三に命じるがままに、車を運転しただけだと言った。
 この徳三の証言が事実かどうかを明らかにするには、まだしばらく時間が掛かりそうであったが、もし花子が徳三の犯行に加担していたとしても軽微な罪に留まりそうであった。
 また、秀明は東屋の近くで徳三と話をしていた時に、徳三は事に及んだと言った。秀明はまさか徳三に殺されるとは思ってもいなかった為に、呆気なく魂切れたそうだ。
 また、徳三によると、秀明の死が公になった頃、徳丸が徳三の前に姿を見せ、徳三の遺産を全て徳丸に遺すようにと徳三に迫ったとのことだ。
 そんな徳丸の要求に応じる振りをしては、徳三は徳丸を油断させ、国松邸の中で人生の最後の力と言わんばかりの力を振り絞り、事に及んだのだ。
 徳丸としては、まさか徳三に殺されるとは思ってもみなかったので、秀明と同様、徳三の一撃をかわすことが出来ずに、呆気なく魂切れたとのことだ。
 また、徳三の遺産は予想通り、全て花子に遺贈することになりそうであった。

 

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