堂島正行は、冴えないフリーターであった。大学進学の為に故郷の青森から上京したのは三年前。そして、アルバイトしながらの生活費を工面し、何とか東京での大学生活を持ち堪えて来たが、パチンコ、競馬といったギャンブルに現を抜かし始めたのが仇となり、生活費を事欠くようになった。それで、軽率にも魔が差してしまい、正行と同じアパートに住んでいる住人の室に忍び込んでは盗みを働いてしまった。そして、その時得た金は五万であった。
 五万という金額が、正行にとって多いのか、少ないのかは何とも言えなかったが、正行はこんなに簡単にお金を手に出来るものかと、世間を甘く見てしまった。そんな正行は、その後、正行が住んでるのと同じような安アパートに的を絞り、窃盗を繰り返すようになった。概して、安アパートの居住者は、貧乏人が多いというものだ。だが、いくら貧乏人といえども、三、四万位の金は部屋に保管してるというものだ。そして、その三、四万が正行の狙いであったのだ。正に塵も積もれば山となるというように、三万を十回手に入れれば、三十万だ。三十万あれば、四、五ヶ月位は暮らそうと思えば、暮らせないこともないのだ。それ故、僅かなお金でも、くすねるに越したことはないのだ。
 それはともかく、また、安アパートを正行がターゲットにしてる理由はもう一つあった。それは、安アパートの鍵はピッキングし易いからだ。最近のアパート、マンションの鍵は、ピッキングに強いシリンダータイプの鍵で、その種の鍵を工具で開けることは概して不可能というものだ。それに対して、かなり昔に建てられた安アパートの鍵は概してピッキングし易いのだ。それ故、正行が安アパートをターゲットにしたというわけだ。
 それはともかく、正行は既に三十回程ピッキング強盗を成功させていた。そして、それによって手にした金は、三百万に迫る位のものであった。
 それ故、僅かな時給で重労働を強いられるフリーターでの稼ぎよりは余程効率のよい仕事だと正行は思っていたが、このような犯行がいつまでも成功出来るとは思ってはいなかった。だが、正行のカモになりそうな安アパートがこの東京で数多くあるという事実を目の当りにすると、ピッキングという犯行に正行の食指が動かざるを得なかったのである。そして、正行が大学を中退したのも、実は正行はピッキング強盗にのめり込んでしまったからだ。今や、れっきとした犯罪者となってしまった正行は、市井の平穏な一市民として、学生生活を演じることが出来なくなってしまったのである!
 とはいうものの、正行がその犯行から手を引く日はやがて到来した。それは、正行が居住してるアパートの近くで窃盗事件が多発してるという新聞の記事を正行は遂に眼にするに至ったからだ。
 今まで正行は何度も窃盗を行なって来た。だが、犯行が巧みであった為か、正行の前に警察が現われたことはなかった。もっとも、被害者が警察に届けを出したのかどうかは、正行にとって明らかではなかった。何しろ、正行の被害に遭った者に当たり前のことであるが、警察に届けましたかと訊く訳にもいかないし、また、新聞にもその被害の記事は載らないのだ。それ故、正行の被害者がその被害を警察に届けたかどうかは正行には何ともいえなかったのである。
 正行の感触としては、そのどちらとも分からなかった。即ち、被害金額が三、四万と小額であった為に届けてないという可能性もあったし、また、たとえ、三、四万であろうと届けてるかもしれないというわけだ。
 ただ、被害金額が三、四万という小額であれば、そのような窃盗事件は記事としては面白味がないので、新聞社は記事にしないということもあるのかもしれない。また、正行がその窃盗金を三、四万にしてるのも、その程度の被害なら、被害者が警察に届けないか、あるいは、盗まれたということに気付かないという可能性があるという読みもあったのだ。
 だが、遂に正行の犯行によるものと思われる事件が新聞の記事となってしまったのだ。
 そして、正行はそれが潮時と思い、ピッキング強盗から足を洗うことにした。そして、再びフリーター暮らしに戻った。そして、三年が経ち、正行は二十三歳になった。正行が東京に出て来て、五年が経過したのである。



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