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そんな折に興味有りげな情報が滝川に寄せられた。その情報を滝川に寄せたのは、「森田荘」205室に住んでいる鈴木明夫という三十歳の会社員であった。鈴木は滝川に、
「少し気になることがあるんですよ」
と、堂島正行の捜査本部が置かれたS署に姿を見せては、神妙な表情を浮かべては言った。そんな鈴木は滝川に堂島正行の事件の捜査状況を訊き、それに対して滝川が思うように捗ってないと説明すると、署にまで行っては話したいことがあると言い、署にまでやって来たというわけだ。
そんな鈴木を滝川は小さな会議室に連れて来ては、早速鈴木から話を聞くことになった。
すると、鈴木は表情を改めては、
「実はですね。堂島さんの前の居住者も堂島さんだったのですよ」
と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。
そう鈴木に言われても、滝川は鈴木の言わんとすることが分からなかった。それで、怪訝そうな表情を浮かべては、
「はっ?」
「ですから、先日何者かに殺された堂島さんは十日程前に『森田荘』に引越して来たのですが、その堂島さんの前の居住者も堂島さんだったのですよ」
と、鈴木は些か真剣な表情を浮かべては言った。
すると、滝川の表情も些か真剣なものへと変貌した。何だが、その鈴木の証言が事件に重大な影響を及ぼしそうな感じがしたからだ。
そんな滝川を見て、鈴木は眼を大きく見開き、更に真剣そうな表情を浮かべては話を続けた。
「で、僕が何を言いたいかと言うと、堂島さんは、堂島さんの前に住んでいた堂島さんと間違えて殺されたのではないかということですよ」
そう言っては、鈴木は眼を大きく見開き、キラリと輝かせた。そんな鈴木はその可能性は十分にあると言わんばかりであった。
だが、鈴木にそう言われても、滝川は安易には鈴木の推理には同調出来なかった。何故なら、堂島正行殺しの有力な容疑者として、「森田荘」の管理人の皆川が既に浮かび上がっているわけだし、更に、堂島の前の居住者である堂島なる人物がどのような人物なのか、それに関する情報は滝川には何ら入手してなかったからだ。
それで、滝川は渋面顔を浮かべては、言葉を発そうとはしなかった。
すると、鈴木は、
「堂島さんの前の居住者は、何かと問題があった人物だったみたいですよ」
と、決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
その鈴木の言葉に興味をそそられた滝川は、
「何かと問題が多い人物ですか」
と、些か興味有りげに言った。
「そうなんですよ。何しろ違法なサラ金会社で働いていたそうですからね」
と、鈴木は眉を顰めては言った。
「違法なサラ金会社ですか」
「そうです。法外な金利を取り立てる会社ですよ」
と、鈴木はいかにも言いにくそうに言った。
すると、滝川は怪訝そうな表情を浮かべては、
「何故、そんなことを知ってるのですかね?」
「どうしてって、堂島さん自身が僕にそう言ったからですよ」
そう鈴木に言われても、滝川には事の次第がピンと来なかった。それで、怪訝そうな表情を浮かべていると、鈴木はそんな滝川の胸の内を察したのか、
「つまり、何故堂島さんが『森田荘』のような安アパートに住んでたかというと、安アパートの居住者は概してお金がないじゃないですか。それ故、堂島さんはそういったアパートの居住者に眼をつけ、堂島さんの会社でお金を借りてもらおうとしたわけですよ。まあ、営業活動の一環というわけですよ。それで、僕にもその話を持ちかけてきたのですよ」
と、眉を顰めては言った。
「成程。でも、そうだからといって、堂島さんが何かトラブルを抱えていたというわけではないのですよね?」
「そりゃ、そこまでは僕では分からないですよ。でも、そんな暴利をむさぼってる会社で働いてる人は、何らかのトラブルを抱えてたかもしれないですからね」
と、鈴木は言っては小さく肯いた。
「それで、堂島正行さんは、そのサラ金会社で働いていた堂島さんと間違われて殺されてしまったというわけですかね?」
「まあ。そういうわけですよ。何しろ、その堂島さんと先日殺された堂島さんは年齢も同じ位であったし、また、身体付きもよく似てたのですよ。それで、間違われても不思議ではないですよ」
と、鈴木は言っては眼をキラリと光らせた。そんな鈴木はその可能性は十分にあると言わんばかりであった。
そう鈴木に言われ、滝川は確かにその可能性はあると思った。それ故、とにかく一度、堂島正行の前に住んでいたという堂島という人物に会って、話を聞いてみる必要はあると思った。
だが、鈴木は今、その堂島が何処に住んでるかは知らないと言った。
それで、その点を「森田荘」を管理してる管理人の皆川に訊いてみることにした。そして、その一方、皆川に関する情報も集めることにした。皆川が他人の室に入居したりする悪趣味を持ってるような人物なのかどうかの捜査も行なわれることになったのだ。