皆川に関しては、皆川宅の近所の住人たちに話を訊いてみたが、しかし、皆川に関して特に不審点を入手することは出来なかった。ただ、五十五歳まで印刷会社で働き、その後、「森田荘」の管理人となったという情報以外は、特に入手は出来なかった。それ故、皆川が密かに「森田荘」の居住者たちの室に侵入しては、その生活振りを盗み見してるなんていう悪趣味を持ってるなんてことは思えなかった。
 また、堂島正行の前に住んでいた堂島和男という人物にも早々と会うことが出来た。堂島和男が「森田荘」を借りる時に皆川に話してあった携帯電話に連絡がついたので、早々と堂島和男に連絡が取れ、和男と話をすることが出来たのだ。
 それで、滝川は和男に捜査協力を依頼し、駅前の喫茶店で滝川は和男と会って話をすることになった。
 滝川の前に姿を見せた堂島は確かに違法なサラ金会社で働いてるに相応しい容貌、即ち、かなり、人相が悪かった。
 それはともかく、堂島はテーブルを挟んで滝川と向かい合うと、
「僕に訊きたいことって何ですかね?」
 と、警戒したような視線を滝川に向けた。そんな堂島は自らの会社が行なってる違法行為に言及されるのではないかと、びくびくしてるかのようであった。
 滝川といえば、今回の堂島に対する聞き込みの目的は堂島が働いてるサラ金会社の違法行為を取り締まるのではなく、「森田荘」で殺された堂島正行に対する捜査だ。それ故、そのサラ金に関しては言及しないことにした。
 そんな滝川は表情を改めては、
「実はですね」
 と言っては、「森田荘」の和男の後に入居した堂島正行が先日、何者かに殺され、その事件を滝川が捜査してることを話した。そんな滝川の話を和男は何ら言葉を挟むことなく、険しい表情を浮かべながらじっと耳を傾けていたが、滝川の話が一通り終わると、
「それ、本当ですかね?」
 と、いかにも信じられないと言わんばかりの表情を浮かべては言った。
「本当ですよ。この事件のことを今まで知らなかったのですかね?」
「ええ。知りませんでしたね。僕は新聞を読まないし、また、TVのニュースも見ませんので」
 と、和男は渋面顔で言った。
「そうでしたか……」
 と、滝川は神妙な表情を浮かべては言った。そして、
「堂島さんは、先日『森田荘』の203室で殺された堂島正行さんと何か関係があるのですかね?」
 と、怪訝そうな表情を浮かべて言った。何しろ、堂島正行と堂島和男は姓だけでなく、年齢、更に身体付きも似通ってたとのことだ。それ故、この二人は何となく赤の他人とは思えないような印象を受けるのだ。
 だが、和男の滝川に対する返答は、
「全く関係のない人物ですよ」
 と、些か真剣そうな表情を浮かべては言った。
「そうですか。でも、奇妙な偶然というものが起こり得るものですね」
 と、滝川は首を傾げた。
「そうですよ。正に世の中、どんな不思議なことが起こり得るかわからないですよ」
 と、和男は滝川に相槌を打つかのように言った。
 そう和男に言われ、滝川は眉を顰めた。そして、
「実はですね。滝川正行さんは、あなたの代わりに殺されてしまったという可能性もあり得るんですよ」
 と言っては、和男の顔をまじまじと見やった。
 すると、和男は、
「僕の代わりにですか」
 と、啞然とした表情を浮かべては言った。
「ええ。そうです。何しろ、あなたはサラ金で働いておられますからね。で、違法な利率で営業してるという話も耳にしてるんですがね」
 と、嫌味を込めた口調で言うと、和男は、
「とんでもない!」
 と、違法な金利という滝川の指摘を即座に否定した。
 それで、滝川はその点に関しては、それ以上言及しようとはせずに、
「つまり、あなたは仕事上で他人に恨みを持たれてるのですよ。そして、その恨みの為に、犯人は『森田荘』に密かに侵入してはあなたを待ち伏せし、室の中であなたを殺そうとしたわけです。その結果、堂島正行さんがあなたに代わって殺されてしまったというわけですよ。何しろ、あなたと堂島さんは同姓ですし、年齢も身体付きも似通ってます。それ故、犯人はあなたと堂島正行さんを間違えて殺してしまったというわけですよ」
 と、和男に言い聞かせるかのように言った。そんな滝川は、その可能性は十分にあると言わんばかりであった。
 すると、和男は、
「僕は、その推理には賛成出来ませんね」
 と言っては、眉を顰めた。
「どうしてですかね?」
 滝川は、眉を顰めては言った。
「僕は他人に殺される位の恨みを持たれてませんよ。そのようなあてなど、全くありませんよ。それに、僕は個人でサラ金を営業してるわけではありません。会社の一社員に過ぎないのですよ。ですから、そんな僕を個人的に恨んでも仕方ないですよ。それに、金を借りた者は金利が高いということを最初から認識してるのですよ。それ故、サラ金会社の社員を恨むなんてことはしないと思いますよ」
 と、和男はまるで滝川に言い聞かせるかのように言った。そんな和男は、正に和男の言い分はもっともなことだと言わんばかりであった。
 和男にそう言われ、滝川はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべた。和男に聞き込みを行なえば、何らかの成果を得るだろうと期待していたのだが、その期待も空振りに終わってしまいそうだからだ。
 そして、結局、一旦和男に対する聞き込みを終え、滝川は来生刑事と共に和男の許を後にした。
 滝川の許を後にすると、来生刑事は、
「僕はどうもあの堂島という人物は胡散臭い人物のような気がしますね」
 と、渋面顔を浮かべては言った。
「そうか。実は、僕もそう思っていたんだよ」
 と、滝川は来生刑事に相槌を打つかのように言った。
「あの人相風体からして、僕は何となくあの堂島さんは今回の事件に一枚噛んでるような気がするんですがね」
 と言っては、眉を顰めた。
「僕もそう思わないこともないが、じゃ、具体的にどう一枚噛んでるのかとなると、それがよく分からんよ」
 と、滝川も眉を顰めては言った。
 すると、来生刑事は少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「僕は『森田荘』の203室の堂島和行さんの室に密かに侵入したのは、あの堂島和男さんである可能性があると思うのですよ」
 と言っては、眼をキラリと光らせた。
「何故、そう思うんだい?」
「そりゃ、堂島さんは以前、『森田荘』の203室に住んでいたからですよ。そりゃ、堂島さんは『森田荘』を後にする時に203室の鍵を管理人に返したでしょうが、密かに合鍵を作っていたかもしれませんよ。そして、その合鍵を使って203室に密かに侵入したところ、堂島和行さんが戻って来た。それで、トラブルとなり、事件となったというわけですよ」
 と言っては、来生刑事は眼をキラリと光らせた。
 その滝川が思ってもみなかった来生刑事の推理を聞かされ、滝川は思わず、
「成程」
 と、感心したように言った。確かにその可能性は十分にあると思われたからだ。
 しかし、いくらサラ金会社で働き、過酷な取立てをしてると思われる堂島和男といえども、「森田荘」の203室に密かに侵入し、金品を盗もうとするだろうか? 更に「森田荘」の他の室にも何者かが侵入したと思われるのだが、その点はどう説明すればよいのか?
 その点に関しては、来生刑事は何とも答えることは出来なかった。
 だが、この時点で堂島正行を「森田荘」203室で殺すことが出来た人物として、「森田荘」の管理人の皆川と「森田荘」203室の前居住者である堂島和男の存在が浮かび上がり、また、この二人は堂島正行殺しの容疑者ともなったのだが、しかし、その証拠を摑むことはまだ出来なかったのである。


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