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伊良部島の北側に連なる断崖にあり、伊良部島にやって来る渡り鳥サシバをかたどったフナウサギバナタ展望台は、伊良部島の玄関口である佐良浜港から車で五分程の所にあり、伊良部島の見所の一つだ。
因みに、フナウサギバナタとは、宮古島の方言で「船を見送る岬」という意味だ。
フナウサギバナタ展望台に似たような展望台が沖縄本島にもある。それは辺戸岬近くにあるヤンバルクイナ展望台だ。ヤンバルクイナは沖縄の天然記念物の鳥で、ヤンバルクイナをかたどった展望台。それが、ヤンバルクイナ展望台なのだ。
それはともかく、谷川幸助は、五十五歳の一人者だ。昨年、永年働いた会社を希望退職に応じては退職し、今は自由気儘な暮らしを送っている。
そして、今回の旅行は宮古島だった。
宮古島は周囲約百キロの島なので、ただ単に主だった観光地を巡るだけなら、一泊二日で十分だろう。
そう思った谷川は、一泊二日の予定で宮古島にやって来ては、昨日、西平安名岬や池間島などに行き、東平安名崎まで行こうとしたのだが、思ってた以上に時間が掛かってしまい、昨日、宮古島一周は出来なかった。
それで、今朝一番のフェリーに乗って伊良部島に行き、昼前のフェリーで宮古島に戻る計画であった。というのも、午後五時の飛行機で東京に戻らなければならないので、午後四時までには、宮古島空港に着きたかった。その四時になるまで昨日行けなかったスポットに行こうと谷川は思っていたのだ。
それはともかく、フェリーは時間通りに伊良部島に着いた。
伊良部島に来るのは、谷川は初めてであった。
最初に伊良部島に対して抱いた印象は、坂の多い島であったが、とにかく、当初の計画通り、まずフナウサギバナタ展望台に向かって車を走らせることにした。
フナウサギバナタ展望台へは海沿いの道を五分程走れば着くということなので、すぐに着けると思った。
そして、確かに計画通り、フナウサギバナタ展望台に五分程で着いた。
朝、まだ早い時間ということか、フナウサギバナタ展望台の駐車場には、車は一台しか停まっていなかった。とはいうものの、土産物売りのおじさんが茣蓙に貝細工などを並べては客を待っていた。
フナウサギバナタ展望台に着くと、谷川は早速フナウサギバナタ展望台の中に入り、階段を上り、展望台から辺りに眼をやった。
すると、宮古島やその周辺の海を眼に出来、なかなかの景色であった。
ただ、既に昨日、宮古島の代表的な観光スポットである砂山ビーチや池間島からの光景を眼にしている谷川は、フナウサギバナタ展望台の光景が、宮古諸島の代表的な眺めとは思えなかった。海が綺麗なのは相変わらずなのだが、ここからの眺めよりもっと良い眺めのスポットはあると思ったのだ。だが、フナウサギバナタ展望台はやはり必見であったという思いは変わりなかった。
そう思いながら、少しの間、フナウサギバナタ展望台からの眺めを愉しみ、そして、展望台から降り、車に戻ろうとしたのだが、その時、土産物売りのおじさんが谷川に声を掛けた。
「どちらから来られましたかね?」
「東京です」
「東京ですか。僕は出身は大分県なんですがね。この島に魅せられ、五年前に引越して来たのですよ」
と、いかにも感慨深げに言った。
「そうですか」
「そこからの景色もなかなかいいですよ。展望台からは、その辺りの景色は眼に出来ないですからね」
そう言われたので、谷川はそのおじさんが指差したその崖際に近付いて行った。
確かに、その辺りの海も綺麗で、気分が和んだのだが、その時、突如、谷川の表情が歪んだ。何故なら、谷川はその時、とんでもないものを眼に留めてしまったからだ。
それは、人間だった。人間の死体が、崖際でぷかぷか浮かんでいたのだ。眼の良い谷川が人間だと確信したのだから、間違いはないだろう。
それで、その一大事を土産物売りのおじさんに伝えた。
それを受けて、おじさんも崖際に来ては、眼下の海を眼にしては、それを確認した。
それを受けて、谷川は直ちに携帯電話で110番通報したのである。