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 谷川からの連絡を受け、宮古島署の警官たちが直ちに現場に駆け付け、また、その男性の死体をその三時間後に陸揚げすることに成功した。
 その男性はまだ若い男性であった。年齢は、二十代前半位と思われた。
 何故そんな若い男性が、このような形で発見されなければならなかったのか? 男性の死体を陸揚げした消防団員たちの誰もが、そう思ったことであろう。
 その男性の身元は、その日には明らかにはならなかったが、その翌日、明らかになった。
 というのは、宮古島に住んでいる無職の玉垣八朗(21)が、昨日帰宅しなかったのだが、警察が何か情報を持っていないかという問い合わせが、玉垣八朗の母親である房子から入り、それを受けて、フナウサギバナタ展望台で発見された男性のことに言及してみると、玉垣房子は念の為に、その男性の遺体が安置されている大沢病院に行ってみたところ、それは息子の八朗であったことが明らかになったのだ。
 これによって、身元は明らかになったのだが、また、死因も明らかになっていた。
 それは、首を絞められたことによる絞殺であったのだ。フナウサギバナタ展望台際の海で発見されたことから、足を踏み外してしまい、事故死したのではないかと思われたのだが、男性の首には明らかに何者かによって絞められたことによる鬱血痕があった。そして、それが男性の致命傷となったのだ。
 即ち、八朗は何者かに殺され、フナウサギバナタ展望台の海に遺棄されたのだ。
 この結果を受けて、宮古島署に捜査本部が設置され、宮古島署の又吉大吉(45)が捜査を担当することになった。
 又吉は那覇署に勤務していた時に、三度程、殺人事件の捜査に携わった経験があった。その実績が買われ、今回の殺人事件の捜査を担当することになったのだ。
 そんな又吉は、捜査の定番通り、まず八朗の両親から話を聞いてみることにした。
 又吉は、まず、玉垣八朗の両親である一朗と房子に、八朗の死は殺しによるものだということを改めて説明した。
 そんな又吉の説明に、一朗と房子は、さも険しい表情を浮べては、耳を傾けていた。
 そんな二人に、又吉は、
「で、玉垣さんたちは、八朗君を殺した犯人に心当りありますかね?」
 と、二人の顔を交互に見やっては言った。
 すると、二人はいかにも気難しげな表情を浮べては、なかなか言葉を発そうとはしなかったが、やがて、一朗が、
「何とも言えませんね」
 と、気難しげな表情を浮かべたまま言った。
「何とも言えない? ということは、何か思うことがおありなんですかね?」 
 又吉は一朗の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、一朗は険しい表情を浮かべたまま、
「八朗は、随分と悪でしたからね」
 と言っては、唇を噛み締めた。
「随分と悪、ですか……」
 又吉は呟くように言った。
「そうです。悪です。いわば、学生時代から不良でしたからね」
 と言っては、一朗は眉を顰めた。
「学生時代からの不良ですか。
 では、八朗さんが殺されるに至った動機というものに、思い当たることがあるのですかね?」
 そう又吉が言うと、一朗はいかにも険しい表情を浮べては、少しの間、言葉を詰まらせていたが、やがて、
「あの事件が関係してるのかもしれないですね」
 と、又吉から眼を逸らせては、いかにも決まり悪そうに言った。
「あの事件、ですか。それは、どういうものですかね?」
 又吉は好奇心を露にしては言った。
「八朗が高校二年の時だったのですがね。八朗は同級生を死に至らしめてしまったかもしれないのですよ」 
 と一朗は、再び又吉から眼を逸らせては、いかにも決まり悪そうに言った。
 そう一朗に言われると、又吉の表情は、俄然生気を帯びた。何故なら、その件が、八朗の死に関係してそうな印象を受けたからだ。
 それで、眼を大きく見開き、
「それは、どういったものなのですかね?」
 と、好奇心を露にしては言った。
「八朗が高校二年の十月の半ば頃のことですが、先程も言いましたように、八朗は不良学生でしてね。で、同級生虐めもやっていたのですよ。
 で、安里太郎君という八朗の同級生が、その十月の半ば頃、フナウサギバナタ展望台から落ちて死亡するという事故があったのですよ」
 と、一朗は又吉の顔をちらちらと見やりながら、いかにも決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「なる程。しかし、事故死なら、別にその件が今回の八朗君の事件には関係してないと思うのですがね」
 と、又吉は眉を顰めた。
 すると、一朗は渋面顔を浮べては、
「ところが、そうではないのですよ」
「そうではない? それ、どういうことですかね?」
 又吉は些か納得が出来ないように言った。
「安里君がフナウサギバナタ展望台から海に落ちて死んだ時に、八朗も一緒にいたのですよ。
 で、安里君は気の弱い学生だったらしく、うちの八朗たちに随分と虐められていたらしいのですよ。そして、その時も、八朗たちに無理矢理付き合わされたみたいなのですよ」
「なる程」
「で、その時に、八朗たちが冗談半分かもしれませんが、安里君の身体を海の方に押したんじゃないですかね。その弾みに安里君は海に落ちて死亡したというのが、安里君の死の真相ではないかと、僕は思ってるのですよ」
 と、一朗はいかにも厳しい表情を浮べては言った。そんな一朗は、今や八朗は死んだといえども、自らの息子が人を死に至らしめてしまったという事実に、強い苦痛を感じてるかのようであった。
 そんな一朗に、又吉は、
「そのことを八朗君は認めたのですかね?」
 そう又吉が言うと、一朗は眼を大きく見開き、
「いいえ。そのようなことは認めませんよ。しかし、その時に、安里君と一緒にいたのは、うちの八朗と、大山正人君という八朗の友人で、その大山君も八朗と同じく、札付きの不良だったのです。
 つまり、不良二人と気の弱い安里君の三人が一緒に、フナウサギバナタ展望台に行けば、どのような事態が発生したのか、八朗が否定しても、自ずから察せられるというものですよ」
 と、いかにも険しい表情を浮べては言った。そんな一朗は、八朗と大山正人が安里太郎を死に至らしめたのは間違いないことだと、確信してるかのようであった。
「もしそれが事実なら、殺人事件ということになるじゃないですか」
 と、又吉はいかにも険しい表情を浮べては言った。
「正にその通りですよ。それ故、その線に沿って、警察は八朗と大山君のことを捜査したのですがね。しかし、誰もその現場を見ていた者がいなかったので、その推理は推理として終わったのですよ」
 と、一朗はいかにも厳しい表情を浮べては言った。
「なる程。そういった事件があったのですか」 
 と、又吉は呟くように言った。又吉はその当時、沖縄本島の名護警察署に勤務していたので、その事件の詳細のことは知らなかったのだ。
 それはともかく、又吉は、
「で、玉垣さんは、その件が、八朗君の事件に関係してると思われてるのですかね?」
 そう又吉が言うと、一朗は又吉から眼を逸らせては、言葉を詰まらせた。そんな一朗は、滅多なことは口に出来ないと言わんばかりであった。
 だが、程なく又吉を見やっては、
「安里君のお父さんが、猛烈に八朗に罵声を浴びせましてね」
 と、一朗は又吉から眼を逸らせては、いかにも決まり悪そうな表情を浮べては言った。
「猛烈な罵声ですか」
 と、又吉は眉を顰めた。
「そうです。安里君のお父さんも、僕と同様、八朗と大山君が安里君をフナウサギバナタ展望台から海に突き落としたと思ったわけですよ。それ故、その思いを警察にぶつけたのですが、警察は証拠がないから、それを実証することは出来ませんでした。それ故、その怒りを八朗にぶつけたのですよ」
「具体的には、どういった罵声を浴びせたのですかね?」
「ですから、『地獄に堕ちろ!』『呪い殺してやる!』『この殺人野郎!』とかいう具合ですね」
 と、一朗は決まり悪そうに言った。
「なる程。で、八朗君はそのように言われ、どうしましたかね?」
「何も言い返さずに、ただ決まり悪そうな表情を浮べていましたね」
「安里君のお父さんの言葉が応えたのでしょうかね?」
「そうだと思います」
 一朗は又吉から眼を逸らせては、決まり悪そうに言った。
「そんな八朗君を見て、玉垣さんは一層八朗君と大山君が、安里君を意図的にフナウサギバナタ展望台から海に突き落としたと思われたわけですね?」
「まあ、そういう具合ですよ」
 と、一朗は又吉から眼を逸らせては、いかにも決まり悪そうに言った。
 そう一朗に言われると、又吉は小さく肯き、そして、
「で、その件が、今回の事件に関係してると、玉垣さんは推理されてるのですかね?」
 と、一朗の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、一朗は黙って肯き、唇を噛み締めた。
「どういう風に関係してると言われるのですかね?」
 又吉は興味有りげに言った。
「八朗に対してあれ程、強い憎悪を剥き出しにした人物はいないのです」
 と、一朗は渋面顔で言った。
「安里君のお父さんのことを言ってるのですね?」
「そうです」
 そう言っては、一朗は唇を噛み締めた。そんな一朗は、八朗を殺したのは、安里太郎の父親に違いないと言わんばかりであった。
「ということは八朗君を殺したのは、安里君のお父さんだと思われてるのですかね?」
 そう又吉が言うと、一朗は黙って肯いた。そんな一朗は、正に八朗を殺したのは、安里邦生しか考えられないと言わんばかりであった。
そんな一朗を見て、又吉もその可能性は十分にあると思った。それ故、安里太郎の父親のことはまず最初に捜査してみなければならないと思った。
 とはいうものの、
「安里君のお父さん以外に、犯人としての可能性がありそうな人物はいませんかね?」
「いないですね」
 そう一朗に言われたので、早速、安里太郎の父親の安里邦夫に会って、安里邦生から話を聴いてみることにした。

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