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一方、十月二十六日の平良港発、佐良浜港行きのフェリーの乗客の捜査が行なわれていた。というのも、もし邦生が八朗殺しの犯人なら、朝一番のフェリーで平良港から佐良浜港に行き、フナウサギバナタ展望台にまで行っては、フナウサギバナタ展望台から八朗の死体を海に遺棄したに違いないからだ。
その点を踏まえて捜査してみたところ、有力な情報を入手することが出来た。
というのは、宮古島フェリーの切符を販売してる比嘉正輝(40)が妙な証言をしたからだ。
比嘉は、その日の朝一番の平良港発佐良浜港行きのフェリーの乗客の中で、邦生の写真を見せて、シルバーのマーチに乗った邦生と思われる者を眼にしなかったかという問いに対して、
「その人物だとは断言は出来ませんが、気になる人物を眼にしましたね」
と、渋面顔で言ったのだ。
そう比嘉に言われると、又吉は思わず眼を大きく見開き、
「気になる? それはどういうことですかね?」
と、いかにも興味有りげに言った。
「ですから、刑事さんが言ったように、シルバーのマーチに乗った年齢と身体付きも刑事さんが言われたような男性を僕は眼にしたのですよ。でも、シルバーのマーチなんて珍しくもないから、そのことを普通なら覚えてはいないのですが、何故覚えていたのかというと、黒いサングラスを掛けていたからですよ」
と、いかにも真剣な表情を浮べては言った。そんな比嘉は、いかにも重要な証言をしたということを自覚してるかのようであった。
そう比嘉に言われ、又吉はいかにも厳しい表情を浮かべた。何故なら、比嘉が言ったその男性は、安里邦生である可能性があったからだ。即ち、又吉の推理通りだったというわけだ。
だが、
「では、その車のナンバーを覚えていますかね?」
と、いかにも真剣な表情を浮べては言った。
すると、比嘉は決まり悪そうな表情を浮べては、
「いや。そこまでは」
そう比嘉が言ったものの、今の証言によって、安里邦生への疑いは一層強まった。
また、二十六日の朝も、邦生の車がガレージに停まっていなかったことを確認したのだ。しかも、その日の午前中は邦生は会社を休んでいたのだ。
更に、安里邦生を追い詰める決定的な証拠が見付かった。それは、十月二十五日の午後八時頃の八朗の携帯電話の発信記録に、安里邦生宅に電話した記録が残されていたのだ。
この結果を受けて、邦生は宮古島署内で任意ではあるが出頭を要請された。
フェリーの比嘉の証言、更に、八朗の携帯電話の記録のことを又吉から聞かされると、邦生はいかにも決まり悪そうな表情を浮べては、言葉を詰まらせた。その邦生の表情は、又吉に対して今まで見せたことのないようなおどおどしたものであった。
そして、邦生の沈黙はまだしばらくの間、続いたが、やがて、邦生は、
「僕は玉垣君を殺してはいませんよ」
と、いかにも神妙な表情を浮べては言った。
「そう言われてもねぇ。その後の捜査で安里さんに不利な証拠が次から次へと出て来たのですがね」
と、又吉は言っては唇を歪めた。
すると、邦生は又吉から眼を逸らせては、いかにも決まり悪そうな表情を浮べては言葉を詰まらせた。
そんな邦生の様を眼にして、又吉は薄らと笑みを浮かべた。そんな又吉は、又吉の推理の正しさを実感した。又吉の推理に対して、それが事実でないのなら、邦生は激しく反論する筈だからだ。しかし、それがなかったからだ。
それで、又吉は邦生の顔をまじまじと見やっては、
「これは、どういうことなんですかね」
と言っては、邦生を睨め付けた。そんな又吉は、もうこの辺で何もかもを話したらどうかと言わんばかりであった。
すると、邦生は又吉を見やっては、
「僕は玉垣君を今でも憎いですが、殺してはいませんよ」
と、気丈な表情を浮べては言った。
「そう言われてもねぇ。状況証拠は、安里さんが不利なんですがね」
と言っては、又吉は唇を歪めた。
そう又吉が言っても、邦生は何も言おうとはしなかった。
そんな邦生に又吉は、
「十月二十六日の午前中は会社を休んで何処で何をしていたのですかね?」
と言っては、唇を歪めた。
又吉はその日の午前中、邦夫が会社を休み、また、邦生宅のガレージに邦生のマーチが停まっていなかったのは、フナウサギバナタ展望台で玉垣八朗の死体を遺棄する為に伊良部島に行った為だと推理していた。それ故、その点を追求してやろうと思ったのだ。
そう又吉が言っても、邦生は決まり悪そうな表情を浮べては、言葉を詰まらせた。
それで、又吉は、
「安里さんが何もかもを話してもらえないのなら、僕の推理が正しいということになってしまいますよ。そうでないのなら、はっきりとそれを否定してくださいよ」
と、なかなか言葉を発そうとはしない邦生に対して、又吉は些か苛立ったように言った。
すると、邦生は開き治ったような表情を浮べては、
「実は、当たってる部分もあるのですよ」
と、いかにも決まり悪そうな表情を浮べては言った。
「当たってる部分もある? それ、どういうことなんでかね」
と、又吉はいかにも納得が出来ないような表情を浮かべては言った。
「ですから、十月二十五日の夜、確かに玉垣君から電話があったのですよ」
と、携帯電話の発信記録は誤魔化せないと思ったのか、邦生はいかにも決まり悪そうな表情を浮べては言った。
すると、又吉は眼を大きく見開き、
「詳しく話してもらえないですかね」
「ですから、十月二十五日、僕が帰宅したのは、午後八時頃だったのですが、少しして玉垣君から電話があったのですよ。そして、僕に太郎の死の真相を話してやるから、今からパイナガマビーチまで来てくれと言うのですよ。
それで、僕は早速、パイナガマビーチにまで行ったのですよ。太郎の死の真相を話すと言われれば、行かざるを得ませんからね」
と、邦生は正にその通りだと言わんばかりに言った。
「なる程。それで」
「そして、僕は確かに玉垣君が指定したパイナガマビーチに行き、玉垣君と会ったのですが、すると、玉垣君は太郎の死の真相を話すどころか、馬鹿馬鹿しいことを次から次へと話すのですよ」
と、邦生は今でもそのことを思い出すとむかむかすると言わんばかりに言った。
「むかむかすることですか。それは、どういうことですかね?」
又吉は興味有りげに言った。
「太郎の死は、太郎が誤ってフナウサギバナタ展望台から足を踏み外した事故死だと吐かしたのですよ。
その話は今まで何度も聞かされてるので、僕は『そのようなことを話す為に僕を呼び出したのか』と玉垣君を怒鳴り付け、その結果、玉垣君と口論になってしまったのですよ。でも、殴り合いなんかはやりませんよ。単なる口論だけで終わったのですよ」
と、邦生は些か興奮しながら言った。
「その口論の時間は何分位でしたかね?」
「口論だけなら、二、三分位ではないですかね」
「パイナガマビーチで玉垣君と話をしていた時間はどれ位なんですかね?」
「そうですねぇ。十分もなかったと思いますね」
「その後、玉垣君と別れたのですか」
「そうです」
と言っては、邦生は大きく肯いた。
「だったら、何故最初からそう言わなかったんだ?」
又吉は邦生を非難するかのように言った。
「ですから、最初から僕が疑われてることを僕は分かっていました。僕には、玉垣君を憎む強い思いがあることを刑事さんは知っていますからね。
だから、玉垣君の死亡推定時刻に僕が玉垣君と会っていたということをあっさりと認めてしまえば、僕が犯人にされてしまいそうな気がしましてね。ですから、嘘をついたのですよ」
と、邦生はいかにも決まり悪そうに言った。
「じゃ、六月二十六日の午前中、何故会社を休んだのかな。また、安里さんのマーチで、何処に行ったのかな?」
と言っては、又吉は邦生を睨め付けるかのように言った。
すると、邦生は決まり悪そうな表情を浮べては、少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「それも、呼び出されたからですよ」
と、いかにも決まり悪そうな表情を浮べては言った。
「呼び出された? 誰に呼び出されたというのですかね?」
又吉はいかにも納得が出来ないように言った。
「知らない人物にですよ」
と言っては、邦生は眉を顰めた。
「知らない人物に呼び出された? それ、どういうことなんですかね?」
と、又吉は納得が出来ないように言った。
「その日の出勤時間は午前九時だったので、僕はいつも通り、出勤の準備をしていたのですが、すると、午前八時頃、妙な電話が掛かって来たのですよ」
と、邦生は決まり悪そうな表情を浮べては言った。
「妙な電話? それ、どういった電話なのかな」
と、又吉は興味有りげに言った。
「ですから、僕の秘密、つまり、六月二十五日の午後八時半頃パイナガマビーチで、僕が玉垣君と口論をしてた場面を眼にし、そして、その口論が高じて僕が玉垣君を殺したと主張し、その秘密を警察にばらされたくなければ、今、すぐにパイナガマビーチにまで来いと、僕に言ったのですよ。
僕は玉垣君を殺したわけではないのですから、その電話主に応じなければよいのですが、僕がその電話主に応じなければ、その男が知ってることを全て警察に話すと吐かしたのですよ。
それで、その男のことが多少気になったので、とにかく行ってみることにしたのですよ。
しかし、その男は約束の時間になっても、僕の前に姿を見せないのですよ。それで、僕はやむを得ず戻ったというわけですよ」
と、憮然とした表情で言った。
すると、又吉は、
「信じられないですね」
と、邦生と同様、憮然とした表情を浮べては言った。
「しかし、それが事実なんですよ!」
と、邦生は又吉に訴えるかのように言った。
そんな邦生は、自らの身の潔白を又吉に懸命に訴えてるかのようであった。
それで、この辺で一旦、邦生に対する訊問を中断することにした。
今までの捜査から、安里邦生が玉垣八朗殺しの容疑者であることは間違いなかったが、有力な証拠がない為に、玉垣八朗殺しの疑いでまだ逮捕には至れなかった。
しかし、いずれ、有力な証拠を入手出来ると、又吉は読んでいた。